第三十話 危険人物
敵をあっさり始末してしまうと、すぐさま噴水の小屋へと取って返す。
緊急事態だったので、事をアリューシャ一人に任せたけど、もし万が一があったら彼女のトラウマになりかねない。
部屋に入り、扉を鞘で閂をかけて封鎖する。
安全を確保した後、噴水のそばで怪我人の世話をしていたアリューシャに声をかける。
「アリューシャ、様子はどう?」
「ん、ケガはそんなに深くないよ。でも意識がないの」
「ポーションは?」
彼女にも十本程度の高級ポーションを渡してある。その代わりボクの持ってる分が残り二十本程度まで減っているけど。
ベヒモス戦で持ってきた大半を消費してしまっている。どうにかしないと……
とにかくこのポーションだと、この世界の人間は瀕死からでも全快するほどの回復力を示すはずだ。
「一本つかったけど、のどが詰まってるのか、ちゃんと飲めないみたい」
空になった瓶を一つ持ち上げてみせる。
ボクが呼吸を調べてみると、呼吸はきちんとしている。多分体勢が悪いので、食道が閉じてしまっているのだろう。
背中を怪我しているのは、十三、四歳位の少年だった。十五は行ってないだろう。
なので遠慮なく装備と服を脱がし、背中の傷を検分する。
「済まないな、チャージバードを倒したと思ったら、いきなり物陰から襲われてしまって……」
ボクのそばに来て、装備を取るのを手伝ってくれたのは、先ほど松明を渡してくれたリーダーらしき人だ。
その顔は後悔で染まっている。
「シャドウウルフって言う位ですからね。奇襲は得意だそうです」
「ああ、知っている……いや、知っていたつもりだった。完全に俺達の油断だ」
「……うん、傷はそれほど深くないですね。でも奇襲されたのなら、まずは体勢を立て直さないと。治癒術師は――」
「重ねてスマン、そいつだ」
「あー……」
それはもう、不運としか言い様ない。
戦闘直後の奇襲。しかも回復役を最初に潰されてしまうとなると、撤退もやむを得ない。
むしろ他の犠牲が出るより先に、退却の判断を下したのは英断と言える。
「それは運が悪かったですね。まぁ、犠牲が出なくて幸いです」
上半身を持ち上げ、喉を反らさせる。
食道が開いたところでポーションの瓶を口に突っ込み、一気に流し込んだ。
「あぁ、助けてもらってなんだが――」
「なんです?」
「そういう時って口移しとかするモンじゃないか?」
「なに期待してんですか。ボクの唇はそんなに安くありません」
そもそも男とキスするとか、真っ平ゴメンだ。こう見えても、心はまだ男なのだ。
しばらくすると、少年の睫毛がぴくぴくと動き出す。
首筋に手を当て脈の安定を確認し、鼻先に手を持って行き、呼吸も確認しておく。
容態が落ち着いた事を確認したところで、少年が目を覚ました。
「――あ」
「あ、おはよう。調子はどうかな?」
ビックリ眼の少年は、声も無くこちらを見つめている。
どうやら専属でヒーラーをやってるらしく、身体はあまり鍛えられていない。
抱き上げた手から伝わる感触も、ほっそりとしている。
上半身の服を脱がされ、色白の肌を晒した姿は、耽美のな雰囲気を醸しだす。
腐った趣味のお姉さんなら鼻血噴いて喜ぶところだろう。
……ところで?
「声、出ない? 大丈夫?」
「ひゃ! あ、いえ、大丈夫です」
抱き上げて色々確認していたせいで、少しばかり顔が近かったか?
少年は頬を真っ赤に染めて視線を逸らす。
――おい、そっちに顔を向けるな。そこはボクのおっぱいがある場所だ。
「むぷっ、あっ、す、すみません」
「いいから、落ち着いて」
身体を起こして座らせる。
そのまま両手で顔を挟んで固定し、瞳孔の様子を調べる。
視線が揺れている様な様子もないし、脳に影響はなさそうだ。
至近距離でじっと見つめていると、少年の鼻から出血し始めた。
「あ、マズイ。やっぱりどっか治りきってない所が……」
「ひがっ、ちがいますからっ! これは、違くて――」
少年は咄嗟に立ち上がろうとして、足を滑らせ、ボクの上に倒れこんできた。
もちろんそのまま避けてもよかったのだが、そうすると彼が地面に激突してしまう。
だから、まぁ……正面から受けとめる形で抱き止めてあげる。
「あぅ、その、ごめんなさい! ワザとじゃなくて――」
「判ってる、判ってるから」
コイツはあれだ。ラッキースケベ属性持ちだ。
ボクの薄い胸に顔をうずめた後、反射的に飛び退る少年を見て、そう思った。
今後はなるべく近付かないことにしよう。うん。
「はぁ、心配させるな、お前は……」
「す、すみません、ヤージュさん。真っ先に気絶してしまって」
「お前はまだ若いから仕方ないさ。でも彼女達にはきちんと礼をしておけ」
「はい。助けて頂いてありがとうございます。今は色々あれですので、後日きちんとお礼に伺いますから」
「いや、いいですけどね。困った時はお互い様です」
できればこのラッキースケベ君とは距離を開けておきたいのだ。
コイツはきっと着替えてる最中とかに入室してくるタイプだ。もちろんノックはしない。
「それにしてもあの剣技は凄かったな。お嬢ちゃんは食堂の子だろう? それに弁当も。いつもありがとうな」
「こちらこそ、お金払ってきてもらってるのに、あんな料理で」
「この大草原で、あれだけの料理が食えるんだから上出来だよ。今後も頼むわ」
「ええ、任せてください」
そういってヤージュと呼ばれた男が手を差し出す。
ボクもその手を握り返す。
「俺はヤージュ=ナガン。これでもそこそこの腕はあるつもりの冒険者だ。今はこの体たらくだが……」
「ボクはユミルです。この子はアリューシャ」
「あ、あの! ボクはカロンです。その、よろしくお願いします!」
「はい、よろしく」
この少年はカロン君か。覚えておこう、要警戒人物としてな!
その後、魔術師のリビさんと、斥候のアドリアンさんと自己紹介を交わした。
どちらも二十歳後半で、立ち回りに隙がない所をみると、カロン君だけがやや未熟な印象を受ける。
「まぁ、俺の趣味でな……若手の育成って奴だ。それに治癒術師ってのは数が少ない。貴重なんだ。だから出来るだけ仲間に入れて育てるようにしてたんだが……」
「今回の事、ですか?」
「はは、面目ない限りだ」
新人の育成に、いきなりここを選ぶってのはどうなんだろうね?
パワーレベリングのつもりだったんだろうけど、ここはそれほど甘く無かったって所かな。
「まぁ、不意を突かれたり回復役を潰されたのは不運でしたが……この時間まで引っ張るのは、ちょっと無茶じゃないですか?」
すでに食堂は閉めて、夜も遅い時間だ。
若年者を連れてこの時間まで迷宮に篭るのは、パワーレベリングにしても頑張りすぎだ。
「まったくだ、俺の不徳の致す所って奴だな。道に迷ってしまってな……ようやく知った道に出たと思ったら、この有様さ」
「そうですか……ここはまだ発見されて間がないですから、しょうがない所ですね。まぁ気を付けてください」
「ああ、肝に銘じておくよ」
顔見しり程度の相手には少しきつかったかも知れないが、ここでは本当に油断が即死に繋がるのだ。
ボクも一ヶ月前のベヒモス戦で思い知った。
出来る限り、警告はしておかないと。
少しくどい位に注意して、ボク達はヤージュさんを入り口まで案内することにした。
カロン君とは距離を取りたかったが、彼は病み上がりなのだ。
未熟で病み上がりの治癒術師を抱えて戦闘になるとか、さすがに心許ない。
せめてボクが護衛に入るくらいはしておこうと思う。
むしろ、戦わせるものか。アリューシャの目の前で犠牲者なんか出されては困るし。
かといって、別れた冒険者が翌日死んでたなんて思いも、なるべくはさせたくないのだ。
翌朝、弁当販売を終えた後、裏の畑の様子を見に行った。
すると、案の定芋が一日で生え繁っていた。ついでに雑草も。
この生育振りは、もはや迷宮内と変わらない。
「すっごいね!」
「うん、草が一日で生えるから、こうなるんじゃないかとは思ってたけど……アリューシャ、迷宮の復元力が外に漏れるとか、あるの?」
「うん、力の強いめーきゅーだと、外までえいきょうが出ることがあるんだって」
この迷宮はレベル的にかなり高いそうだから、そういう事もあるかも知れない。
それに問題はまだあるのだ。
田舎の婆ちゃんが趣味で作ってた芋も、上は青々と繁っていてもしたの芋が未熟とかよくあった。
そして芋が大きく育ってても、味や甘さがスカスカという可能性もあるのだ。
「とにかく収穫して味の確認だ!」
「おー!」
二人揃って芋引きを始める。
アリューシャには魔導騎士の衣装の一部である指貫グローブを着けさせておく。
本当は軍手が欲しいところだけど、ここの職人はほとんどがドワーフだし、手袋というのはその加工の難度からして、意外と高級品らしいのだ。
今の状況で注文を出すのは、少し気が引ける。
「んーぅー!」
両足を踏ん張って、必死に芋の蔓を引っ張る幼女というのは微笑ましい。
彼女の筋力のステータス値は、全能力の中で最も低く、一般人の平均を僅かに下回る。
そんな彼女の筋力では、なかなか収穫できないようだった。
ボクは、抜けない芋に悪戦苦闘するアリューシャを見て、ニヤニヤしている。ああ、本当にこの子は癒しの天使だ。
そんなボクの様子に気付いて、彼女は頬を膨らませた。
「もう、ゆーねもちゃんとおしごとするの!」
「はいはい、ごめんね」
ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、片手で芋の蔓をつかんでゆっくりと引き上げていく。
ボク的には大して抵抗も無く引き抜くことが出来た。一気に引き抜かなかったのは、ボクの筋力で引くと蔓の方が耐えられないと判断したからだ。
「おお、なかなか……きちんと育ってるじゃないか」
「おいも、おっきいね」
アリューシャは今にも涎を垂らさんばかりの表情をしている。掘りたての芋でもオーケーだなんて、この子の食いしんぼ属性は、ちょっと危ないレベルかも知れない。
まぁそれもそのはずで、土から出た芋は丸々と太っていて、そこらのスーパーに並んでいても遜色がない大きさになっていた。
一つの蔓に幾つも生っているタロの芋を手に取り、パキリと割ってみる。
内部も充分瑞々しい。軽く舐めてみたら、少しだけ甘いタロ独特の芋の風味が舌に残った。
「うん、味も問題なさそう」
「ホント? わたしも食べる!」
「ちゃんと料理した方が美味しいよ?」
「でもゆーねだけ、ずるいー」
仕方ないので彼女にも芋を手渡す。
ペロペロと芋の断面を舐めて『おいしい』と繰り返す様は、まるで子犬だ。
「お昼はこの芋を焼いて食べてみようか?
「ほんと? じゃあ、しゅーかく、はやくおわらそう!」
アリューシャは期待に満ちた顔で芋引きに戻る。ボクも彼女に続いて収穫に取り掛かった。
芋は昼までの間に全て収穫し終わり、軽く土を流して籠に入れておく。
どうやら、芋の安定供給の目処は立ったかも知れない。
この調子なら果物の木も簡単に栽培できそうだった。
日曜は次の週ですよね?