第二十八話 二日酔い
翌朝の食堂は死屍累々の有様だった。
そりゃ、久しぶりのアルコールに浮かれて、酒豪と名高いドワーフ御用達の酒をがぶ飲みしたんだから、さもありなん。
かく言うボクも、頭が痛い――
ガンガン痛む頭を抑えながら、小屋へと戻る。
早く帰らないと、アリューシャが目を覚まして、寂しがってしまう。
早朝に目を覚ませたので、まだ間に合うはずだ。
「ボクは……小屋へ、帰るんだ……」
ずるずると身体を引きずり、小屋の扉を開けると……最悪の事態が待っていた。
ベッドの上でアリューシャが、泣きながらへたり込んでいたのだ。
彼女は、涙に濡れた目でこちらを見つけると、一目散に飛びついてきた。
「うわぁぁぁぁん! ゆーね、どこいってたのぉ!」
「あぁぁ、アリューシャ、ゴメン! 謝るから少し静かにぃぃぃ!?」
甲高い子供の泣き声と抱きついてきた衝撃、それと自分の絶叫で盛大にダメージを受けた。
アリューシャに押し倒された状態で、頭を抱えてのた打ち回る。
「うぐぅぅぅ」
「どーしたの、ゆーね。あたまいたいの? めーきゅーでやられたの?」
「違うよ、大丈夫だから……これはお酒の影響だから」
「ふつかよい?」
「そう、それ」
この歳でよく二日酔いなんて単語知ってるなぁと感心しつつ、頭を撫でて慰める。
とにかく、アリューシャに事情を話して、こっそり抜け出した言い訳をしておく。
夜の酒盛りに子供を連れて行く訳にはいかないのだ。いや、ボクも子供だけど。
「お酒できたの?」
「うん、ただあのままじゃちょっと売れないね。ドワーフ専用だ」
「じゃあ、だめじゃん」
「薄めたら何とかなるかもね。それよりアリューシャ、二日酔いに効く薬草とか知らない?」
「しりませーん。わたしをおいてくような人は、くるしんでください」
ツーンと顔を逸らして口を尖らせる。
いつもなら可愛い仕草だけど、今のボクにとっては悪魔の表情だ。
「おーねーがーいー! 何でもするからぁ」
「むぅ、じゃあケーキつくって?」
「治ったら作るぅ!」
「ほんと? やったぁ!」
ピョンと飛び上がり、地下室への扉へ飛び込んでいく。
チクショウ、すでに用意してありますってか!?
しばらくすると手に見慣れた野草を持ったアリューシャが出てくる。
「これはヨモギみたいな味だけど、頭痛にもきくの」
「へぇ、調味料に使ってた奴じゃない」
アリューシャはこの草をヨモギって言ってるけど……この世界にもヨモギと言う名前で存在するのだろうか?
見た目はどちらかと言うとネギっぽいんだけど。
「ちゃんとすりおろして、汁ものまないとダメだよ」
「うえぇ」
ヨモギの汁も飲むとか、苦そう。
アリューシャは擂り鉢代わりの石を取り出して、ゴリゴリと摩り下ろしはじめる。
ボクは横で果汁入りの水袋を取り出して、一気に呷っておく。
なんだかダメなお父さんみたいだ。今後は二日酔いに注意しよう。
薬を飲んで午前中は安静にしておく。
お弁当や食堂も、悪いけど今日はお休みだ。どうせ昨日の惨状では、まともに動けるのはドワーフ達だけだ。
まともに稼動できるパーティも存在しないだろう。
組合支部も昨日職員の大半が参加してたし、アルド親方のお弟子さん達もラッパ飲みしてたので、ドワーフ以外はダウンしてるはずだ。
多分、今日はこの地の労働力は全て停止しているはずなので、休んでもきっと大丈夫。
「ゆーね、お水のむー?」
「うぃー」
小屋でダウンしているボクの世話を、アリューシャが甲斐甲斐しく焼いてくれる。
なんだか娘に看護される親のような気分になって、にやにやしてしまう。
しばらくゆっくり休んでいると、頭痛も少し和らいできた。
「それはわたしのおくすりが効いてるの!」
「うん、どっちにしてもアリューシャありがとねぇ」
ベッドの上でぐんにょりとノビるボクを見て、アリューシャは軽く溜息をつく。
「もー、ゆーねはわたしが居ないとダメなんだから」
「うん、ボクはアリューシャが居ないとダメダメだから、一緒にお昼寝しよう」
「だぁめ! ちゃんとお昼ごはん食べてからだよ」
アリューシャは台所でいつもの芋饅頭を作る手順で、ヨモギを芋に混ぜ込んでいく。
野草饅頭のヨモギ版を作っているようだ。そのままだと苦くないかなぁ?
「アリューシャ、それじゃ苦くない?」
「だいじょーぶ、バナナも入れるもん」
「え、まじで?」
ヨモギとバナナと芋ってあうんだろうか?
タロの芋って物凄く淡白な味で、何か入れないと物足りないのは確かにあるけど。
しばらくしてアリューシャはヨモギ入り芋饅頭を持ってきた。
勇気を出して口にしたそれは――その、コメントを控えさせてもらおう。
コメントしない事が答えになっているはずだ。
アリューシャの薬が効果を発揮したのか、ヨモギ饅頭(こう言うと美味しそうに聞こえる)を食べて一寝入りしたら体調は元に戻った。
アリューシャと一緒にお昼寝したので、リラックス効果もばっちりだ。
すでに日は傾いているが、二日酔いの薬……これを売らない手は無いだろう。
宿泊小屋まで出張して、二日酔いに効く薬草として、ヨモギを売りに出す。
一束三十ギルにしたから、そんなに暴利ではないはずだ。
「こういうのもあるんですね……次から常備してもらえると助かります」
「ヒルゥぅぅぅ……俺にもくれぇぇぇ」
「アーヴィン、騒ぐなぁぁぁ」
感心した様子のヒルさんとは対照的に、アーヴィンさんは床に転がっている。
そしてアーヴィンさんの声にクラヴィスさんが悶える。
その惨状は、まさに水揚げされたマグロのような状態だ。
唯一平然としてそうなヒルさんだが、彼とて完調とは言い難いっぽい。いつもの怜悧な顔に生彩がない。むしろ青白くて怖い。
多分、無理をしているんだろう。
「まぁ、摩り下ろすのはサービスしてやってあげますよ。一気に飲み込むことをお勧めします」
「不味いんですか?」
「かなり」
「…………いただきます」
数瞬躊躇った様だけど、二日酔いの苦しみには勝てなかったみたい。
懐からカードを取り出し、所持金襴から三十ギルを表示させ、ボクのカードに重ねる。
これでヒルさんのカードから、ボクのカードへ三十ギルが移動することになる。
この手順がカード払いと言うやり方らしい。もちろん誰から誰へ移動したか等の履歴も残るので、詐欺事件などで利用されても証拠能力は高い。
「ついでにアリューシャ謹製のヨモギバナナ饅頭、食べます?」
「美味しいですか?」
「……………………」
「今は胃が弱ってるので遠慮します」
「賢明ですね」
「ゆーね、それどういうこと!?」
そんなの答えられる訳ないじゃないか!
ぽかぽか殴りかかるアリューシャをあしらいながら、次の獲物……もとい、次の患者の元へ薬を届ける。
こうして村中の酔っ払いどもに救いの手を差し伸べていると、とっぷりと日が暮れてしまった。
ボクも薬を売っておしまいという訳にはいかない。
なぜなら、この村には極少数ながら、この芋酒を物ともしない酒豪が存在するのだ。
具体的に言うとドワーフ達。
彼らの夕食を食堂に用意しないといけない。
「という訳で疲れてるかも知れないけど、アリューシャも頑張って」
「うん!」
いつも通りの元気な返事に、精神的に癒される。
子供っていいなぁ……ボクも欲しい、って!?
「いやいや、違うぞ! ボクが産みたいと言う訳じゃなく!」
ブンブンと頭を振りながら、食材の準備をする。
今日はどうせドワーフ達しか来ないだろうし、肉主体の料理にしよう。
五層にいるフレイムゴートと言う羊の肉をスライスして、大量に用意しておく。
同じように野菜類も刻んでトレイの上に纏める。
石を焚き火で加熱して、客が来たらトレイに載せて渡す。
後は自由に石で肉を焼いて食ってくれ!
「という訳で今日はジンギスカンです。石が冷えて肉が焼けなくなってきたら、こっちに持ってきてくださいね。交換しますから」
「じんぎすかんってなーに?」
「おう、任せろ。それにしてもお嬢は二日酔いにはならなかったか。意外と強いな」
「なりましたよ! アリューシャの薬がなかったら今日は食堂も夜までお休みでした」
「がははは! そりゃそうだ。ドワーフでも酔える酒を未成年に飲まれちゃ立つ瀬がねぇ」
「そんなの寄越さないでください! そもそも未成年に飲まさないでください!」
「自分から飲みに来たんじゃねぇか」
「記憶にございません」
とにかく、あの酒はドワーフ以外には向いてない。
あれを商品化するには、薄めて多少の味を付け足した方がいいだろう。
梅酒的な加工を試してみよう。
石畳から取り出した焼き石はこういう料理に向いている。
肉と野菜はすでに切って塩や魚醤、香辛料等で味付けしてあるので、ボクらの作業は冷えた石を暖めなおすことだけで済む。
ついでに石を焼きながら、アリューシャと夕飯をつまんでおく。
ボクもアリューシャも胃袋が小さいので、ドワーフ達よりも先に満腹になってしまった。
散々呑んで食ってしたドワーフ達をいい加減にしろと蹴り出してから、食器の後片付けをして、小屋へ戻る。
なんだかんだで今日もおさんどんする羽目になってしまった。
翌日、アルドさんから芋酒を受け取り、改良に乗り出すことにした。
酒自体を水で薄め、ブドウのような果実を漬け込んだもの、イチゴのような果実、スーリを漬け込んだもの、レモンもどきのリモーネの果汁を混ぜたもの等で味を調整する。
一種のチューハイと言う奴だ。
やや芋の匂いが強いので土臭い雰囲気はあるが、甘みは強いから果実系とよく合った。
水で薄める割合を実際に何度も飲んで試してみた。
「ゆーね、ゆーね、わたしも飲みたい」
「ダメ、子供は飲んじゃいけないの」
「えー、けちー!」
どうも果物を入れた段階で、好奇心のメーターを振り切ってしまったらしい。
さすがに子供に酒は飲ませられないので、モラクスの牛乳にスーリの実を入れて潰し、即席のイチゴ牛乳を手渡してごまかしておく。
アリューシャは満面の笑みでイチゴ牛乳を口にし始めた。チューハイの事はすでに頭から消えたようだ。
とりあえず、三種類の酒を作っておいて、店に出すことにしよう。それとドワーフ用の原酒も。
ついでに、二日酔い用のヨモギも忘れずに並べておけば、売り上げは倍増するはず。
さらに、ふと思いついてイチゴ牛乳に少量の酒を混ぜた、ストロベリーミルクもどきとか、作っておく。
これらは女性向けに需要があるかも知れない。
「こっちはわたしが飲んじゃダメ?」
「だめー」
「えー、いいじゃない」
「これでもお酒なの。背が伸びなくなっちゃうよ!」
「そんなのヤダ! ゆーねよりおっきくなるもん」
「失礼な。ボクだって……まぁ、小さいけどさ」
酒を飲んで背が伸びないというのは、科学的な根拠がないのだ。
そもそもユミルは基本的にもっとも小さなアバターを使用して、カスタマイズしている。
小さいのは当たり前なのだが、子供に言われるとムカッと来た。大人にして置けばよかったかも。
そんなやり取りをしながら、バナナミルクのカクテルも作ってみた。
元の芋酒がかなり強いので、本家のカルーアミルク顔負けに度数の高いカクテルになったかも知れない。
ラインナップを完成させる頃には、ボクはすっかりべろんべろんになっていた。
またアリューシャのお薬の世話になったことは、ナイショにしておこう。
こうしてボクの店に、ついにアルコールが並ぶことになった。
連日投稿はこれで最後になります。
次は9日の投稿を予定しています。