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番外編 第十四話 騒動の償い

 ユミル市の冒険者組合。その一室に大陸を代表するメンツが秘密裏に集まっていた。

 彼らの送迎には、アリューシャの【ポータルゲート】の魔法が本領を発揮していた。


「それにしても、今回は世話になったな。こっちの手落ちだってのに」


 タルハンの領主であるレグル=タルハンは、開口一番に謝罪の言葉を発していた。

 同時に深々と頭を下げる。貴族である彼がここまで頭を下げるのは、対外的に見てあまり良い対応とは言い難い。外交面で甘く見られる可能性があるからだ。

 しかしそれでもこうして謝罪しているのは、明らかに今回の問題が冒険者組合側の管理不行き届きだったためだ。


「あの馬鹿どもの動向はこっちでも監視していたんだが、ああいう抜け道や会合場所まで用意しているとはな」

「結構周到に隠されていた通路だったので、見落としていても仕方ありませんよ。それに実害もありませんでしたし」


 恐縮するレグルに、ユミルは気楽な声をかける。この大らかな性格ゆえに、彼女に信を寄せる者は多い。

 しかしその声に呆れた言葉を返したのは、同席していたタモンである。


「僕やキーヤンのところは実害はなかったけど、あなたはそうじゃないでしょう? 毒を盛られたって聞いてますよ」

「効いてなかったんだから、いいじゃない」

「うちの検査部で調べたところ、象でも昏倒する猛毒だったんですけどね」

「今のボクに一般基準が役に立つとでも?」


 高度百メートルから落下しても平気、毒を口にしても平気、魚雷の爆発を至近で受けてもピンピンしている。

 そんな人物を暗殺しようというのだから、ある意味黒幕連中は大物だ。


「知らないということは、ここまで愚かな行為を誘発するんですね。それで、その生き残りはどうなりました?」

「ガイエル曰く『死んでもいい弟子というのは初めてだ。実に楽しみである』と言っていたぞ。その後どうなったかは、俺も知らんし、知りたくもない」


 タモンに話を振られ、キーヤンが肩を竦めて首を振る。

 あの古竜王が死んでもいいレベルの訓練を施しているのなら、マイルズ子爵程度では生き残ることは難しいだろう。


「今頃ひき肉になっているかもしれませんね。それで、実行犯の彼女の処遇なんですが……」


 額から一筋の汗を流しながら、冒険者組合ユミル市支部の支部長であるヒルが次の問題を提示する。

 ユミルはその言葉を聞き、少し慌てたように声を上げた。


「別に、セラさんはもう暗殺者は引退するって言ってるし、実質、害はなかったわけだし、半ば無理やり引き受けさせられた状況も考えると、ボクとしては無罪を主張してあげたいかなぁって」

「わたしも、セラお姉ちゃんは悪い人だと思えないんだよ?」


 ユミルだけでなくアリューシャまで弁護に回ったことで、一同の中に免罪の空気が流れる。

 ユミルはともかく、アリューシャには甘々な面々だった。タモンを除くと、彼女はみんなの妹であり、娘であり、孫である。甘くなるのも致し方ない。


「まあ、アリューシャがそういうなら、別に?」

「うちに関わらないと約束してくれるなら、僕も異論はありませんよ」

「標的にされたキーヤンさんとタモンさんがそういうなら……でも、無罪放免とはいきませんね。しばらくはこのユミル市で監視下に置かせてもらうことにしましょう」

「いいんですか?」


 ユミルの問いに、ヒルはやれやれと言わんばかりの仕草で首を振る。


「対外的にも見せしめは必要になります。しばらくは組合の下請けということで、厳しめの依頼を格安で受けてもらいましょう」

「そうやって自分の手駒を増やそうって考えか? ヒルもなかなかやるようになったじゃねぇか」

「レグルさんほどじゃありませんよ。真っ先に頭一つ下げるだけで、組合への不信を振り払ったでしょう?」

「悪いと思ったのは事実だよ。下心があったことは否定せんがな」


 ヒルに痛いところを突かれたレグルだが、一向に悪びれた様子を見せなかった。

 こういう面の皮の分厚さが、貴族として生きていくには必要なのだろう。

 この会合の結論を聞いて、ユミルとアリューシャは嬉しそうに歓声を上げる。


「じゃあさ、セラさんはしばらくボクのところで預かるってことでいいかな?」

「ユミルさんのところで? 組合の資材回収に従事してもらおうと思っていたのですが」

「それを含めて、ボクたちが依頼を受けてもいいじゃない」

「ふむ……?」


 ヒルはユミルの提案を、顎に手を当てて思案する。

 ユミルが迷宮の最下層に出入りする、この街のトップランナーであることは誰もが知るところだ。

 もちろん安全であるとは限らない。むしろ非常識な力の応酬をする下層の資材は、組合としても喉から手が出るほど欲しい。

 その手伝いをさせるなら、これは事情を知る者から見たら、充分に罰となるだろう。


「まあ、いいでしょう。では下層にあるミスリル鉱石を五十キログラムほどお願いできますか?」

「いいよー。セラさんの都合を聞いてから採りに行ってくるね」


 アリューシャがそういうと席を立ち、ユミルの手を引いて、組合の部屋を飛び出していった。

 大人になっても無邪気で元気いっぱいな彼女たちの行動に、一同はしばし微笑ましい気分に浸る。

 そして三人は気付いた。


「あの、僕はどうやってケンネルに帰ればいいんでしょう?」

「あ、俺も……」

「組合の転移装置、まだ設置してないよなぁ?」


 ケンネル帝国のタモン、コーウェル王国のキーヤン、キルミーラ王国のレグル。

 彼らはこのユミル市から帰国しようと思うと、一週間以上の時間が必要になる。

 今さら長旅に出るくらいなら、アリューシャたちが迷宮から戻ってくるのを待った方がマシだった。

 彼らは溜息を吐き、しばし時間を潰すべく、酒場へと足を向けたのだった。




「そんなわけで、セラさんはしばらくボクの監視下に置かれることになりました、やったー」

「わぁい!」

「わ、わぁい?」


 組合支部にある宿泊施設に駆け込んできたユミルとアリューシャは、セラの姿を確認するや否や、そう宣言した。

 かなりの処罰を覚悟していたセラは、それだけで済んだかと安堵すると同時に、不安に襲われる。その程度の罰でいいのか、と。


「それ、喜んでいいのかしら……? まあ、ユミルさまのそばに置いてもらえるなら、些細なことなんだけど」

「え、さま?」

「そりゃ、敬いもするわよ。だって命の恩人なんだもの!」

「むむむ、新たなライバルの予感ー」

「アリューシャ、威嚇しない。それにセラさんも。ボクにそんな気遣いは必要ないから」


 ユミルは例によって楽観的な意見を述べるが、セラとしてはそうはいかない。

 彼女がユミル暗殺を企んだことは、一部の人間に知られている。


「でも、事情を知ってる人はそれでいいのかしら?」

「ヒルさんとボクがいいっていってるのに、反論する人はこの街にいないんじゃないかな? それに、そんなに簡単な処罰じゃないんだよ」

「え?」

「迷宮下層に行ってミスリル鉱石を取ってくるように依頼を受けたからね。もちろんセラさんも一緒に」

「ちょ、ミスリル!?」


 様々な魔道具の原料として使用されるミスリル鉱石。それはこの草原迷宮でもかなり下層に行かないと入手できない貴重な鉱石だ。

 そして相応に危険度も高い。今のセラでは、かなり荷が重い依頼だった。


「無理無理無理、私じゃそこに行く前に死んじゃう!」

「大丈夫、ボクが一緒だから。それにアリューシャがいるから、下層までひとっ飛びだよ!」

「そんな便利さは欲しくなかった!」

「というわけで、れっつごー!」


 アリューシャがそういうと、瞬く間にユミルの姿が掻き消え、次にセラの視界が闇に閉ざされる。

 いつの間にか、暗い部屋の中に転移させられていた。

 これはユミルが『課金ガチャ』の機能で手に入れた、パーティメンバーを呼び寄せるアイテムによる効果だ。

 まずアリューシャがユミルを下層に飛ばし、その先でユミルが仲間を呼び寄せるアイテムを使用したらしかった。


「ひ、ひわわわわあわわわわわわ!?」


 いきなり闇の中に放り出されたセラは、周囲の状況を知って更に混乱する。

 その視界を埋め尽くさんばかりにミスリルゴーレムに包囲されていたからだ。

 高価な素材を使って生み出されたゴーレムは、素材の高級さに応じて能力が強化される。ミスリルで作られたゴーレムは、それ相応の力を持っていた。

 しかも目の前を埋め尽くすほどの数。一人だったら一瞬で肉片にされていたところだ。


(テイワズ)起動、【マキシブレイク】!」 


 ユミルがそう叫ぶと、周囲に爆炎が巻き起こる。いや、爆炎を纏った剣風の嵐だ。

 それが容赦なくミスリルゴーレムを切り刻み、薙ぎ払っていく。

 周囲十メートルほどが破壊の嵐で覆われ、ミスリルゴーレムが数体、破壊される。

 しかしその空隙(くうげき)を埋めるかのように、後続のゴーレムが押しかけてくる。

 さらに巻き起こる破壊の嵐。


「ほら、セラお姉ちゃん、早く素材を集めないと」

「え? え?」


 ユミルの起こす破壊の嵐は、アリューシャとセラには効果を及ぼさない。

 それを利用して、薙ぎ倒されるゴーレムから素材を回収していくアリューシャ。

 正直目の前に迫るゴーレムを無視して素材集めに励めるほど、セラは図太くなかった。


「ちょ、待って、来てる来てる! ああっ!?」


 目の前に迫っては吹き飛ぶゴーレム、そんな紙一重の状況なのに鼻歌混じりで素材集めに励むアリューシャ。

 これからセラは、この二人と一緒に冒険せねばならないらしい。


「胃が……胃に穴が……」


 ストレスで腹の奥がキリキリと痛みだす。これは罰だ。間違いなく、処罰と呼んでいい境遇だ。

 自業自得とはいえ、嬲り殺しにされている気分を、セラは味わっていた。


「どんどん行くよー、もっと集まれー」

「やめて、ちょっと休ませてぇ!?」


 迷宮の中で、セラの悲痛な叫びが木霊する。

 しかしそれを聞き届ける者はいない。いても助けの手など伸ばしはしない。

 やがて彼女は悟る。これがユミルの日常なのだと。

 なるほど。こんな日常を送る者を暗殺しようなど、確かに愚かな行為だったと思い知った。


 こうしてユミル市に新たな住人が一人加わった。

 彼女はユミルに引き回され、迷宮の底に連日拉致されていく。

 そんな彼女を、憐憫の目で住人たちは見送っていたのだった。


これにて番外編は終了となります。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

続きを書く予定は今のところありませんが、書籍が続刊すればまた書くかもしれませんw


今後の更新予定ですが、3月1日より英雄の娘の連載を再開する予定です。

よろしかったら、そちらもお楽しみください。

またコミカライズの方も、明日15日に公開される予定ですので、ぜひご覧ください。

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000063010000_68/

https://seiga.nicovideo.jp/comic/32592

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セラ、悪い人じゃないって、今まで何人かは暗殺してるんでしょ? 二つ名が付くくらい殺してるんだよね? 殺せた、上手くいく、って内心哄笑を上げてたよね? それが、悪い人じゃない?
[良い点] 何度読んでも大人アリューシャ×少女ユミルはいいですね。 いい加減流れに身を任せましょうよ。
[気になる点] 読み返して 恐縮するレグルに、ユミルは気楽な声をかける。この大らかな性格ゆえに、彼女に信を寄せる者は多い。  しかしその声に呆れた言葉を返したのは、同席していたタモンである。 「僕や…
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