番外編 第十二話 反撃開始
カツカツと足音を響かせながら、セラは秘密の会合場所への抜け道の地下道を歩く。
組合の幹部たちとの面会は、いつもこの場所で行われる。
過去何度も通った通路だが、その顔にはいつもと違う緊張が浮かんでいた。
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫、大丈夫。危なくなったらボクが守るから」
「そうやって女の子を誑し込むのね」
「しっつれいな!」
気軽な声がその場に響くが、周囲にはセラの姿しかない。
ただ、この会話でセラの緊張がほぐれたのは間違いない。正面に見えてきた鉄扉を、意を決した表情で押し開ける。
その向こうは、いつものようにホールを仕切られた小部屋と机があった。
セラは中央の机に向かって歩き、その上に手に持っていた包みを叩きつけるように載せた。
「ご依頼のユミルの首よ。どうぞ確認して」
包みを開けて中から少女の首を取り出す。今なおどろりと切断面から血を流すそれを、机の上に陳列してみせた。
取り囲むように区切られた小部屋からは、その表情はよく見えてはいない。
しかも金髪が顔にかかって、なおさら顔が判別できなくなっていた。
「ふむ……少し下がれ」
「ええ」
ここは秘密の会合場所なため、幹部の面々も最小限の従者しか連れてきていない。
ましてや、人に聞かれては不味い話題をするこの部屋には、他の者を介在させることなどできなかった。
故に確認は、自身の目で行う必要があった。
自身の安全のため、セラを遠ざけ、自分の足でテーブルのそばに寄る。その人数を見て、セラはわずかに眉をひそめた。
「人数が少なくない?」
「お前には関係の無い事だろう?」
「そうはいかないわよ。後で確認してないからって言って報酬をケチられるかもしれないじゃない」
「我らがそんな真似をするものか。まあ、確かに二名ほど欠席してはいるが、報酬は満額支払ってやるから、そこは安心しろ」
「ま、いいけどね。いない連中の顔は把握したわ」
「なに?」
セラとて、このような職に就く以上、マヌケではいられない。
自分をこき使う連中の顔くらい、身の安全のために把握している。
ここでようやく、自分たちの正体を知られていたことに気付く幹部たち。
「へー。じゃあ、ここの人たちは始末してオーケー?」
「オーケーよ」
唐突に話に割り込んでくる、甲高い声。同時にセラの影から一人の少女がにじみ出るように姿を現す。
それは、スキル【クローク】によって潜んでいたユミルだった。
「なっ、ユミルだと!?」
「はぁい、組合幹部の不穏分子の方々。お元気? 元気だったら死んでもらうけど」
「なにを――」
朗らかな宣言と共に、幹部たちの返事を待たずに、どこからともなくニュッと巨大な鉄の棒を取り出す。
それは明らかにユミルの身体よりも大きく、太く、巨大だった。
「じゃーん。九三式酸素魚雷ー」
「なにを言っているんだ、貴様! セラ、貴様裏切ったな!?」
「クッ、ここは一旦退却を――」
「と、扉が開かんぞ! 一体どういうことだ!?」
ユミルの出現により、その場は混乱の極致へと陥っていた。
状況を理解するためにセラを糾弾する者、その場から速やかに逃げ出そうとする者、現状を理解できず、ただオロオロするだけの者。
それを存分に楽しみつつ、ユミルはさらに別のアイテムを取り出す。
それは巨大な盾で、ユミルどころかセラの身体すらすっぽりと覆えるほどの大きさがある。
それをセラに覆いかぶせ、彼女も手足を縮こまらせてその下に潜り込む。
「悪いけど、この地下室の周囲には、アリューシャが【インヴァルネラブル】……ええと、出入り禁止の結界を張らせてもらったよ」
「なんだと!?」
「オウムじゃないんだから、他のセリフはないのかな? いやいいけど。それじゃ、イッてみよーか!」
いうが早いか、ユミルは鉄棒――魚雷に向けて剣を振り上げる。
その気配を察し、ぎゅっと盾の下で身をこわばらせるセラ。状況がよく理解できず、ただ棒立ちになっている幹部たち。
そして剣は容赦なく振り下ろされ、魚雷の先端部を強打した。
直後、目も眩むほどの爆発が室内を満たし、幹部たちをバラバラに吹き飛ばしていく。
「きゃあああああぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
唯一、盾の下に隠れていたセラだけが、その爆炎から逃れることができていた。悲鳴を上げつつも盾をしっかりと保持して身を護る。
爆発は室内をくまなく破壊して回り、ついたてはおろか、壁や天井すらも破壊して回る。
崩れた天井は結界によって支えられ、建物は形を崩すことなく破壊の嵐を乗り越えていた。
「あっつぅ! いったぃ!? いや、さすがにこれはちょっと無茶だったか!」
「あんたは何で生きてるのよ!?」
至近距離で爆発を受けたユミルは、しかし大きな怪我をした様子もなくその場に立っていた。
実際、ユミルは普通に耐えきれると判断して、この行動を選択していた。
それでも無傷で爆発を乗り切ることはできなかったらしく、あちこちに火傷を負っている。
しかしその傷跡は見る間に癒されていき、三分も経たずに完治してしまっていた。
「クッ、つくづくバケモノね、あなた」
「失礼な、これはスキルの効果なんですぅ。あと装備の力もあるけど」
「それはいいけど、私たちは大丈夫なんでしょうね?」
「え、なんで?」
「結界に取り込まれたままじゃない。いつになったら解除されるの?」
「ああ、これ? もう少し内部が落ち着くまで待って。今のまま解除しちゃうと大量の酸素が流れ込んで、また爆発が起きちゃうかもしれないし」
いわゆるバックドラフト現象である。それほどまでに、アリューシャの【インヴァルネラブル】は強固で、遮蔽密度が高い。
ユミルの説明を聞き、セラは再び首を傾げる。
「それだとなんで、私たちは平気で息してるのよ?」
「それはボクがエアタンクというアイテムを持ってるからだね」
元々肩に装備する防具なのだが、効果のほどはイマイチなため、倉庫の中に死蔵されていたものである。
数々のネタアイテムを誇るミッドガルズオンラインだからこそ、存在したアイテムかもしれない。
「それで、ここに来てない連中の名前はわかる?」
「ええ、それは確実に。私だって保険を掛けないほど愚かじゃないわ」
そう言ってセラは二名の貴族の名前をユミルに告げた。
キルミーラ王国、王都キルマル。そこに冒険者支援組合幹部であるマイルズ子爵の屋敷が存在した。
保守的な彼にとって、近年急速に勢いを増してきたユミル市とケンネル海運、それとキーヤン酒造に関して、苦々しい思いを抱いていた。
また、これらに対して支援する動きを見せている組合のタルハン支部についても同様だ。
「まったく忌々しい。だがそれも今日まで、という話だろうな」
急遽招集が掛けられたのだが、この日、彼はようやく目を付けていた組合の女性職員を寝室に呼び込んだばかりだった。
忌々しい連中の報告を聞くより、見目麗しい職員とのひと時の方が、彼にとっては重要だった。
なので今日の会合は欠席し、職員と食事を楽しみ、ようやく……というところで、私室のテーブルの上に報告書が載せられているのを発見していた。
「子爵様、今はそんな報告書よりも、この逢瀬を楽しみましょう?」
立ったまま書類を流し見るマイルズの背中に、落としたばかりの女性職員がしなだれかかる。
それを跳ねのけ、職務に励むような勤勉さを、彼は持ち合わせてはいなかった。
「そうだな。つまらん話はここまでにしよう」
腕を解き、背後の女性を正面から抱きしめ、情熱的に唇を重ねた。
そのまま胸元をまさぐるように手を動かし、衣服を剥ぎ取ろうとした瞬間、室内に三人の男が踏み込んできた。
「御屋形様、失礼します!」
「なんだ、騒々しい!? 状況を読め、貴様ら!」
女性と絡み合っている状況で使用人に踏み込まれ、逆ギレ気味に怒鳴り返すマイルズ。
しかしそれを見て使用人たちは、まったく動じる様子を見せず、報告を続けた。
執事服に身を包んだ三人は、マイルズには見覚えのない顔をしていた。
しかしこの屋敷には無数の使用人が出入りしているため、見覚えのない者がいてもおかしくない。
「申し訳ありません、しかし――」
「しかし、なんだ!?」
「――この警備のザルさ加減だけは報告しておかねぇとな」
「なに?」
唐突に口調を変えた使用人に疑惑の声を向けた瞬間、彼らの手元には剣が現れていた。
「ふ、不埒者め!?」
「人に暗殺者を送っておいて、よく言ってくれるよなぁ」
「貴様ら、何者だ!」
「ここまで言ってわからない? 俺はキーヤン、こっちはツレのハウエル。おまけでガイエル」
「我、オマケなのか?」
「いいから、ここは任せろって」
場の空気を読まずに苦情を述べるガイエルを押し黙らせ、キーヤンはマイルズに向き直った。
マイルズは女を離さず、むしろ盾にするようにしてじりじりと後退る。
もちろんその意図は女にも伝わっており、何とかしようともがいているが、こればかりは男女の筋力差が露骨に出ており逃れることができなかった。
「アンタが組合本部の意向を無視して、俺たちに暗殺者を送ったことはすでにバレてる。大人しく投降するなら命は取らないってレグルの旦那が言ってたぜ?」
「またレグルか! あの裏切り者め!」
組合以外の勢力の拡大には、レグル=タルハンの意向が大きく反映されている。
彼ら組合至上主義な面々にとっては苛立たしい限りである。
キーヤンの答えを聞くや否や、マイルズは女を彼らの方に突き放し、テーブルの上の呼び鈴を手に取った。
キーヤンたちは突き倒された女性を、かろうじて抱き留め、保護する。
「おっと! 大丈夫か?」
「え、ええ。ありがとうございます。えっと、キーヤン様?」
「もう大丈夫だから後ろに下がってな。無関係の人間まで裁こうとは思ってない」
「は、はい」
少し、いや明らかに頬を紅潮させ、女性が彼らの後ろに回り込む。
それを見てハウエルは藪にらみの視線を彼に送っていた。
「またお前は、そうやってめったやたらとフラグを乱立させやがる……」
「なんのことだよ!」
「ヴィーに報告しておかねばならんな」
「やめて、また搾られるから!?」
必死の形相で抗議するキーヤン。その隙にマイルズは手に取った呼び鈴を鳴らし、人を呼んだ。
「おい、侵入者だ! 排除しろ!」
マイルズの言葉に応じて隣室の扉から十人ほどの護衛が雪崩れ込んできた。
それぞれ室内で取り回しやすい長さの小剣を装備している。
体格もよく、厳つい男たちが飛び込んできたことで、室内が狭く感じるほどだ。
「これは……めんどくさそう」
「任せたキーヤン」
緊張した素振りすら見せない三人。特にキーヤンとハウエルは、人数の多さにげんなりとした顔をしていた。
「ふ、組合でも選りすぐりの冒険者を護衛にしておったのだ。貴様らが逆に攻勢に出ることなど、想定の範囲内よ!」
「あー、そう? でももう少し腕が立つ連中を選んだほうが良かったな。これならメンドクサイだけで脅威にはならねぇって」
「ふん、見え透いた強がりを」
余裕を取り戻したマイルズは、護衛の後ろで胸を反り返してキーヤンを嘲笑う。
いかに英雄と呼ばれるキーヤンでも、十名を超える腕利き冒険者には敵わないと思っているからだ。
しかし実際は、キーヤンにとって目の前の連中は面倒な相手でしかない。
彼らなど、ユミルの相手をしてきたキーヤンにしてみれば、子猫がじゃれついてくる程度の障害でしかなかった。
「あー、でもメンド……そうだ、師匠がやってくれよ?」
「む、我か? なぜに?」
「そりゃ、セラ嬢ちゃんが逃げ出したのは師匠のせいじゃん? 彼女を捕らえておけば、先制して暗殺できたかもしれないんだからさ」
「それは結果論のような気がしないでもないが……ふむ、だが『死んでもいい弟子』というのは初めてだな」
どこか狂気を含んだ笑みを男たちに向けるガイエル。それだけで男たちは腰が引けてしまっていた。
だが戦場の空気を読む能力のないマイルズは、一人だけ気勢をあげる。
「ふははは、これこそ飛んで火にいる夏の虫というやつよ。全員捕らえて晒し首にして――」
その言葉が終わらないうちに、護衛たちの姿が掻き消える。
いうまでもなく、ガイエルの仕業だ。
「お前は弟子としては素質がなさそうだが、まあいい。先に送った者どもも、大して変わらんしな」
「な……、なにが?」
「多分死ぬと思うが、死なぬように気をつけろよ?」
言うが早いか、マイルズの姿もその場から消え去った。
「さて、我も先に帰るとするか。お前たちは修行も兼ねて歩いて帰って来るがいい」
「おいおい、置いていく気かよ?」
「まあいいさ。休暇だと思えば苦でもない」
ハウエルは置いて行かれることに不満そうだったが、連日命懸けの修業を強いられているキーヤンは気楽そうだった。
ハウエルの言葉に応えることなく、ガイエルは姿を消す。
すでに心は新しい弟子のしごき方に向かっているのだろう。
それを見てハウエルとキーヤンは肩を竦め、堂々と屋敷から出ていったのだった。
12話が消えてて、書き直したらなぜか1話増えました。
番外編は全14話の予定に変更です。