番外編 第十話 ユミルの実力
書籍版、ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ発売されました。
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ユミルによって案内された部屋は素朴な作りのログハウスで、新規の入植者のために用意されたものだという話だった。
すぐ近くにはユミル本人の家もあり、彼女が去り際に『何かあったら気兼ねせずに押しかけていいからね?』と言ってくれたほどだ。
その様子から、セラを警戒している気配はない。
「無警戒なのはいいのだけど、どうやって仕留めるかしらね?」
荷解きもそこそこに、部屋の中央で突っ立ったまま、顎に手を当て思案する。
タモンもキーヤンも、そしてユミルも。組合に反旗を翻すだけあって、相応の実力者もしくは実力者の庇護を得ている。
正面から戦った場合、セラに勝機はまったく無いと明らかにわかる。
「それになにより、時間が無いわ。もうユミルを狙うしかない……」
というか、選択肢がそれしかないと、セラは考えていた。
タモンは頻繁に海に出るため狙いにくく、しかも周囲には秘書を名乗る正体不明の女や、危険なモンスターにそのまま食いつく蛮族紛いの乗組員がいる。
はっきり言って手を出すのはためらわれる相手だ。
キーヤンも同じである。
本人の力量はよくわからない所だったが、俊英アーヴィンに剣鬼ハウエルが脇を固め、正体不明のドラゴンであるガイエルが張り付いている。
彼らの目を掻い潜って仕留めるのは、国王の暗殺に匹敵するほど難しいだろう。
その点、ユミルは違う。
彼女の周りにも多くの人がいるが、その大半は一般市民。
アリューシャという百合な世界に片足踏み入れてる少女もいたが、警戒するほどではないだろう。
標的三人の中で、最も簡単に仕掛けられる相手と、セラは考えていた。
「問題は、本人の異様なまでの耐久力よね。なんで百メートルも落下して平気なの? 魔道具でも使ったのかしら?」
あの時、セラはユミルの落下を見てから現場に向かっていた。
もし魔道具を使用していて無事軟着陸を決めていたのだとしたら、それを処分する時間は充分にあった。
もっとも狙われていると気付いていないユミルが、わざわざ処分する理由もわからない。
「墜落直前に逆噴射する何かを身に着けていた可能性もあるかしら? それとも、浮遊する【レビテート】的な魔法を発動させた可能性もなきにしもあらず、かな? まあいいわ」
どちらにしても、クレーターが地面にできるほどの勢いでぶつかっているのだから、ユミルが並外れた耐久力を持つことは理解できた。
それならそれで、打つ手はある。
「タフな相手を倒すには……毒に限るわね」
如何に身体能力を強化する魔法に長けたセラといえど、元は体力に劣る女性である。
どうやっても届かないタフな標的だって、今までには存在した。そういう相手を仕留めてきたのが、毒の存在である。
「問題はどの毒をどうやって飲ませるかよね。まあ彼女はこの街の食堂をよく使うみたいだし、そこから攻めてみるかな」
ユミルはあまり自炊はしない。必要なら労を惜しまず作るのだが、基本外食が主流という情報が入っていた。
これは彼女が自分の腕前は、一般的な域を出ないと自覚しているからである。
なんだかんだでアリューシャを溺愛している彼女は、おいしい物を食べさせたいと思うあまり、外食が多くなる傾向にある。
その隙は、セラにとって狙い目でもあった。
「まずは、食堂に潜り込んでみるかな」
毒一式を詰め込んだポーチを腰に吊るし、ニタリと笑ってから彼女は部屋を出たのだった。
迷宮のある街らしく、多くの冒険者が出入りする食堂。ユミルたちも、連日そこに出入りしているらしい。
その食堂の片隅、厨房から料理が運ばれてくる近くの席でセラは食事をとっていた。
もちろん、ただの食事ではない。ユミルを待ち受け、彼女の食事に毒を盛るためである。
新顔の彼女は、一人で食事していると、頻繁に他の冒険者から声を掛けられていた。
この街の冒険者は、他所の街よりも遥かに馴れ馴れしいと、セラは感じていた。
何度も素気無い態度を取ることで、ようやく解放される。気難しい新入りと認識させ、どうにか人を遠ざけていた。
実際は、新たな街にやってきたばかりで緊張してる初心な娘と判断され、ほっこりした笑顔で遠巻きに見守られていたに過ぎないのだが、それはセラにはわからない。
そうやってどうにか孤独を確保した頃、ユミルたちがやってきた。
食堂の隅に位置するセラに気付くことなく、中央付近の席を陣取り、給仕に注文を飛ばす。
その流れに淀みはなく、この食堂を頻繁に使用してるという慣れを感じさせた。
「お姉さん、タルハン風キノコパスタとベヘモスステーキのライスセット、おねがい」
「はぁい」
その注文を聞きつけ、セラは『しめた』とほくそ笑んでいた。
これだけではユミルとアリューシャ、どちらが何を注文したのか、よくわからない。
しかし、アリューシャの方は『お肉♪ お肉♪』と歌っていたので、おそらくベヘモスステーキとやらを注文したのだろう。
逆にユミルはあまり大食漢に見えない。
細い手足はむしろ貴族の令嬢といっても差し支えないほど華奢で、髪もよく手入れされた濃い色の金髪をしていた。
いかつい大剣で武装をしていなければ、それこそ勘違いしてもおかしくない。
そんな彼女に毒を盛る。その行為に一抹の後ろめたさを感じながらも、セラはこっそりと準備を進めていた。
ユミルが頼んだのはキノコパスタ。この街では食材はほとんど自給自足だ。キノコも迷宮から採取したものを使用しているはず。
ならばそこに毒キノコが混じっていてもおかしくはない。
といっても、明らかに毒キノコが料理に混ざっていれば気付かれる。そこでセラは、毒キノコの胞子部分を一つまみ取り出し、待機しておく。
もちろん、自分が毒に侵されぬよう、手袋をして、だ。
そして給仕の娘が注文された品を持って彼女のテーブルのそばを通る際に、素早くそれを振りかけた。
運んでいた娘も、ユミル本人も、それに気付いた素振りはない。
この辺りの一連の流れるような動作は、さすが組合が選んだ暗殺者と言える熟練の動きだった。
席を立ち、トイレに向かう振りをして様子を窺う。
ユミルとアリューシャは毒を盛られているとは思わず、喜々としてフォークを食事に突き立てていた。
「ごめんなさいね?」
毒はユミルの食事にのみ盛ってある。アリューシャに危険はないが、これから起きる惨劇にセラは謝罪の言葉を口にした。
そんなセラのことに気付かず、食事を勧めるユミルとアリューシャ。
だが一向に彼女たちに異変は訪れなかった。
「……おかしいわね?」
セラの言葉と同時にユミルは料理の感想を口にしていた。
「おー、今日のパスタは香辛料が効いてるね。ピリピリしておいしいかも」
「そうなの? わたしにも一口くれる?」
「どーぞ、どーぞ」
ユミルはフォークに巻き付けたパスタをアリューシャの口元に運ぶ。
これをパクリと満面の笑みを浮かべて食いつくアリューシャ。
彼女はしばらくもぐもぐと咀嚼したのち、奇妙な顔をしていた。
「ユミル姉、これなんか変じゃない? ピリピリっていうか、ちょっと痛いよ?」
「この苦みがわからないとは、アリューシャの味覚もまだまだお子様だね」
「っていうか、これ毒じゃない? わたしのHP減ってるもん」
「え、うそ? ボク減ってないよ?」
「ユミル姉の場合、自動回復があるから毒のダメージ以上に回復しちゃってるんだよ」
ユミルの職業である魔導騎士は、耐久力と回復力に優れた職業だ。中には時間経過でHPを回復していくスキルも存在する。
その回復力が毒のダメージを上回っているから、ノーダメージのように見えるのだ。
「そ、そんなことないし? ボク、普通だし?」
「目を逸らしながら言わないで。もう、しょうがないなぁ」
そういうとアリューシャは【キュア】の魔法を起動させる。
いくつかの状態異常を回復させる魔法で、解毒などもこれに含まれる。
まずは自分、次にユミルをこれで癒し、毒を消し去った。
この一部始終を目撃したセラは、ぱっくりと口を開き、茫然としていた。
ユミルに盛った毒は、象でもイチコロな猛毒である。それを口にしてノーダメージとは、とても信じられなかった。
いやユミルだけではない。アリューシャという少女も、大したダメージのようには見えなかった。
それは二人揃って、人外じみた耐久力を持っている証である。
「うそ、でしょ……」
それでも彼女には一つだけ理解できたことがある。毒で殺すのは不可能だということだ。
さいわい毒を盛ったのは彼女だと知られた様子はない。注文したのがキノコパスタだったので、事故だと思われているようだった。
「毒じゃ、無理か。なら別の手を考えなきゃ」
暗殺を仕掛けたことを知られていない。なら次の手も打てる。
「あいつは冒険者だから……次は迷宮で仕掛けてみるか」
腕利き冒険者が油断して、迷宮で命を落とす。この世界では普通にある事態だ。
ユミルは特に頻繁に迷宮に潜るため、その隙を狙うことはできる。
とりあえずこの日は、これ以上のちょっかいはかけられない。変に手を出して暗殺を悟られては台無しだからだ。
翌朝、セラは暗視効果を得られる魔道具を装備して、迷宮に潜っていた。
彼女の視線の先には、アリューシャを先導するユミルの姿があった。
彼女たちはセラとは違い、明かりを用意していた。おかげでセラも追尾しやすく、ありがたいと感じていた。
ユミルたちは、一層のモンスターを羽虫を払うかのごとき容易さで薙ぎ払い、ズンズンと進んでいく。その足取りに迷いはない。
「うわぁ、予想以上にバケモノだ」
その剣の激しさに、セラは思わず言葉を漏らす。
この迷宮の難易度は高い。一層ですら、危険度の高いチャージバードやシャドウウルフが出没する。
それをいともたやすく斬り伏せるユミルに、戦慄すら覚えていた。
「あんな真似、アーヴィンやハウエルでもできないわよ。キーヤンならできるかもしれないけど……」
実際に彼らの剣を見たことはないが、それでも伝え聞く噂で力量のほどは想像がつく。
その基準から推測しても、ユミルの剣の腕は勝るとも劣らない。いや、圧倒しているといってもいい。
上層では余裕をもって敵を倒している。それは逆説的に油断もしていると言えた。
「一層は付け入る隙がないけど、二層なら……」
情報では、この迷宮の二層からは罠が仕掛けられている。さらに隠密行動の得意なスライムも出没する。
罠で足を止め、スライムをけしかければ、セラでも倒せる隙が生まれるかもしれない。
そう考えつつ、尾行を継続する。
そしてついに、二層へと降り立ったのだった。
暗い通路の中を、アリューシャの装備したイフリートの冠から噴き出す炎が照らし出す。
ユミルは新装備なのか、赤い刀身の片手剣を装備していた。さらに白銀の盾が冠の炎の光を反射している。
それを見て、アリューシャは小さく首を傾げていた。
「ユミル姉、それ初めて見た装備だよね?」
「うん。アリューシャの新スキルの課金ガチャで出たんだ」
「へー、どんな効果?」
「それはぁ……ナイショ!」
にへへ、と悪戯っぽい表情で相好を崩すユミル。
そんな彼女に応えるかのように、エルダートレントの群れが通路の先から現れていた。
その数にセラは圧倒される。もしこれが彼女の前に現れていたのなら、自分は尻に帆をかけて逃げ出していただろう。
「うわ、すごい数。これはさすがにユミルでも手こずるわね」
ユミルは超絶の剣士とはいえ、しょせんは一人。数の暴力の前には、なす術もない……までもいかなくとも、時間はかかるとセラは考えていた。
しかしそんなセラの想像とは違い、ユミルは余裕の表情を保ったまま、エルダートレントの群れの中に踊りこんでいた。
手近なトレントに容赦なく斬りかかるユミル。
その一撃でトレントは粉砕され、次の標的へ。
それを数度繰り返したところで、突如として上空に隕石が現れた。
上空といっても、洞窟内なのでそれほど高度があるわけではない。せいぜいが十メートル。
だが勢いよく降り注ぐ隕石は、それ以上の威力をもって周囲に撒き散らされる。
周辺の数十匹を巻き込み、焼き払っていく。
そしてその隕石が途切れるより先に、さらに召喚されて降り注ぐ。まるで絶え間なく降る隕石の雨。
圧倒的数の暴力をあっさり覆す範囲魔法の連打に、エルダートレントたちは瞬く間に殲滅されていった。
「ぬふふ、新装備の威力やよし! これは迷宮探索が楽しくなるね」
「トラキチおじさんがまた泣いちゃうよ? 配置する端から薙ぎ払うの、やめてって」
「今日の目的は炭集めだからね。エルダートレントを焼く分には問題なし」
「炭どころか灰になってるのもあると思う」
「最高に灰ってやつだぁ!」
「おもしろくなーい」
「しょぼーん」
見ているだけなら暢気極まりない二人の会話。しかしその片割れの命を狙うセラからすれば、冗談では済まない話だった。
あの二人はアレだけの数を冗談交じりに撃退できる力がある。
どうみても異常な光景。しかもそれをおかしいと思っていない。
それはあの光景が二人にとって日常である証でもある。
「あかん、これ」
セラは何度目かわからないいつもの呟きを残し、その場から立ち去ったのだった。
新装備は灼〇の剣とデ〇ビッドシールドである。あと太極〇護符もw
それと、あと3話で終了予定です。
また、書籍版が昨日発売されました。
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