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番外編 第八話 逃亡、そして最後の標的へ

 うっすらと瞼の裏に光が差していく。

 その光に反応するように、セラの意識は覚醒していった。


「ここは……?」


 見慣れない部屋の光景に、疑問の言葉が浮かぶ。

 意識の覚醒と同時に、失神前の状況が思い返されていく。

 樽に詰められ、川に流され、崖から落とされた。

 さんざん手足や頭を打ち付け、喉が裂けるほど悲鳴を上げて、気絶した。

 クールな自分のイメージと相反する醜態に、次第にやり場のない怒りが浮かび上がってくる。


「思い……出した! あの野郎!?」


 反射的に口を突く悪態と共に、反射的にベッドの脇に拳を落とす。同時に部屋の扉がノックされた。

 セラの返事を待たずに扉が開く。

 一瞬着替え中だったらどうするんだと思わなくもなかったが、入ってきたのは女性二人だったので、そこは大目に見ることにした。


「あ、目を覚ましてるよ、ヴィー姉ちゃん」

「よかった。怪我はもう大丈夫みたいね」

「は、怪我?」


 入ってきたのはヴィーという卵を抱いた少女と、リンと呼ばれた小さな少女。

 ヴィーの言葉にようやくセラは、自分が怪我をしていたことを思い出した。

 樽の中であちこちぶつけていたのだから、無傷のはずがない。


「そういえばかすり傷一つないわね」

「そりゃあガイエル様が直してくれたんだから、傷一つ残ってるはずがないわ」

「今、治すのニュアンスが少し違った気がするんだけど……?」

「え、詳しく聞きたい?」


 ヴィーはしれっといってくるが、その口調だけで早くも聞くのが怖くなった。

 そして彼女よりも先に質問に答えたのは、リンの方だった。


「えっとね。折れた骨とか流れ出した血をもとの場所に『転移』させて、全部揃ってから【ヒール】で引っ付けたんだって」

「聞かなきゃよかった」


 しみじみとそう答えるセラ。

 折れた骨はまだわかる。だが、流れ出た血液まで元の場所に戻して、回復魔法で引っ付けるなんて、聞いたことがない。

 確かに通常の治癒術師でも、大量の出血を癒すことは可能だ。しかしそれは【リジェネーション】などの魔法で、血液を再生させることで治療するのが普通である。

 ガイエルの手法ならば、確かにいくら出血しても【ヒール】だけで事足りるだろうが、回復魔法をかける前の段階がハンパなかった。

 転移魔法をこんな治療に使うくらいならば、素直に【リジェネーション】する方がよっぽど楽だ。


「ああ見えて転移魔法を自由自在に使いこなせるってわけなんだ? 逃げ出すのも一苦労ね……」

「あ、やっぱり逃げちゃうんだ?」

「しまっ――!?」


 つい愚痴をこぼすかのように自然に漏れた脱走宣言に、ヴィーはさらっと返答する。

 しかしその態度は、すでに知っていたかのように、平然としていた。


「気にしないで、大抵ここに来た人は初日に逃げだそうとするから。それに私たちも協力するつもりでここに来たんだし」

「え?」

「だって、男の人が強くなるって言って自分を追い込むならわかるんだけど、セラさんは綺麗だから、傷跡が残っちゃうのはかわいそうじゃない?」

「そんなこと……」


 セラ自身も自分の容姿が整った方である自覚はある。なので、この申し出は本来ならば、ありがたい話だ。

 しかし今回は、キーヤン暗殺という任務を帯びてここにいる。その任を果たさないうちに逃げ出していいものかどうか、躊躇してしまった。

 その逡巡が、ヴィーとリンドヴルムの目には躊躇(ためら)いとして映る。

 彼女には力を求めるよほどの理由があるのだろう、と。


「どうしてもっていうなら、無理には連れて行かないけど……多分これが最後のチャンスになるよ?」

「最後もなにも、がいえるさまの目はごまかせないから、みのがしてもらうだけなんだけどねー」

「それに、次も生きていられるかは、保障できないし?」


 それを聞いて、セラは気絶前の惨状を思い出す。

 転移魔法を自在に使いこなすガイエルという男。その男の無茶を、泣き言をいいながらも平気で受け止めるキーヤン。

 さらには若き俊英アーヴィンと剣鬼ハウエルまでいる。

 タモンほどの絶望感はないが、それでも正直言って難敵といわざるを得ない。自分一人の手には、とても負えない。

 それでも、暗殺を果たさなければ、自分が追われる身になってしまう。その迷いは、続けて発せられたリンドヴルムの言葉によって、解消さえた。


「まあ、がいえるさまから逃げられる場所なんて、ゆみるさまのところしかないんだけどね」

「ユミル? あのユミル市の?」


 一度はすれ違ったターゲットの名を聞いて、セラはハッと顔を上げる。

 タモンとキーヤンの暗殺は難しい。しかしユミルの首だけでも獲ることができれば、組合の腹黒共の依頼は達成したことになる。

 そして、そのユミルの懐に入るための大義名分が飛び込んできた。これを逃す手はない。

 キーヤン暗殺は、正直難しい。いや、キーヤン自体の攻略は難しくは感じないが、あのガイエルという男が厄介過ぎる。

 むしろキーヤンは放置しておけば、修業で勝手に死ぬのではないだろうか?


「わかった。この修業はさすがに私の限界を超えている。だからあなたたちの好意に甘えさせてもらう」

「うんうん、それが賢明だよ」

「わーい、さとがえりだー!」


 リンドヴルムがぴょこんと跳ねて喜びを表現する。この姿だけ見ていれば、普通の可愛い幼女にしか見えない。

 しかしセラは、彼女が片腕で大木を薙ぎ払った場面を見ている。彼女も普通の人間ではないと、セラは理解していた。


「それじゃリンちゃん、ユミルさんのところまでお願いね」

「はぁい!」


 そういうとセラは二人に集落の外れまで連れてこられた。

 そこは外れといっても結構距離が離れており、視界も遮られている。

 そんな場所で、リンドヴルムはスポンと勢いよく服を脱ぎ捨てた。唐突に始まったまったく色気の無いストリップに、セラは唖然とする。


「は? えぇ?」


 疑問の声を上げる彼女の前で、リンドヴルムの身体がむくむくと膨れ上がる。

 その姿は瞬く間にドラゴンの形を取り戻し、黒光りした鱗に覆われていく。


「ちょ、ま、まさか、ドラゴン!?」

「うん。いってなかったっけ? この集落の住民の大半はドラゴンなんだよ?」

「ええぇぇぇぇ!?」


 ドラゴンたちが作る集落。そこに住むドラゴンスレイヤーのキーヤンと、地方の英雄二人。

 その組み合わせには、違和感しか覚えない。

 動転してただただ立ち尽くすだけのセラの襟首を、リンドヴルムが器用に咥え、背中へと放り投げる。


「きゃわああぁぁぁぁ!」


 悲鳴を上げて手足をばたつかせたセラだが、リンドヴルムのコントロールが良く、見事に背中にまたがる形になった。


「それじゃ、行ってらっしゃい」

「グルァ!」


 この形では人語を操ることができないのか、リンドヴルムは低い唸り声で返事をする。

 そして大きく羽を一打ちしてから、力強く地面を蹴って宙に舞った。最初のひと蹴りから目を開けていられないほどの加速を見せる。

 地上は見る間に遠くなっていく。その速度は明らかにワイバーンなどとは次元が違う。


「は、はや、はやすぎ!?」


 かすれ声で抗議をするが、そのかすかな声は風の音にかき消されてリンドヴルムまで届かなかったのだった。





 ユミル市。大陸中央の草原地帯。そのさらに中央に存在する世界樹の麓に存在する新興都市。

 この街の長であるユミルは、世界有数の剣士であると同時に、著名な開発者でもある。

 特に道具と遊具の開発に力を注ぎ、作業の効率化と、それによって増えた余暇の楽しみを世界の人間に提供していた。


 それほどの人材となると、さぞ地元民から尊敬されているだろうと思われがちだが、彼女に関してはその範疇になかった。

 大抵の人間に話を聞くと、困ったような顔をして、しかし親愛の情を浮かべつつ、こういうのだ。『だってユミルだし』と。

 その日も、多くの人がそんな感情を抱きながら、遥か上空を眺めていた。


 リンドヴルムに乗ってユミル市の近くまでやってきたセラは、彼女に連れられて世界樹の麓までやってきていた。

 ユミル市の別名が『ドラゴンが立ち寄る世界樹の街』ではあっても、実際にその威容を直視してしまうと、さすがにパニックが起こる。

 それを配慮して、街から離れた場所で着陸し、歩いてこの街までやってきていた。


 世界樹の麓に群がる民衆を見て、セラは嫌な予感が背筋に走るのを感じていた。

 この仕事を受けてから、彼らに関わることでろくな目に遭ったことはない。早くもそれを実感しつつあるセラであった。


「な、なにごと?」

「わかんない。でもゆみるさまのやることだしぃ?」

「あなた、彼女の騎竜だったんでしょ? 行動パターンとか、わからないの?」

「だってあの人、なにやるか予想つかないんだよ。水鉄砲大会にスライム持ち込むくらいだしー」

「なによ、それ……」


 水鉄砲の大会にスライム鉄砲を持ち込んだのは、タルハン市の語り草になっている。

 天才的発想を持つがゆえに、他者が理解できない変態的行動を平然と行ってしまうのは、今も昔も変わらない。

 この日も、そんな性質を存分に発揮していた。


「あ、アリューシャおねえちゃん!」

「おー、リンちゃんお久しぶりー」


 豪奢な薄い色の金髪を持つ美少女が、こちらに手を振ってくる。

 スタイル抜群だというのにピョンピョンと跳びながらそんな仕草をするものだから、主張の激しい部分が凄まじい主張を行っている。

 細めな体型のセラとしては、いろいろと物申したい気分になってきていた。


「どう? ガイエルさん、堕とせた?」

「まだー」

「頑張らなきゃだめだよー。女は押せ押せなんだから」

「うん、わかった」


 ガイエルからすれば、有難迷惑極まりない助言をリンドヴルムに行うアリューシャ。

 事情を知らないセラから見れば、それは微笑ましい姉妹の会話にしか見えない。

 だがとにかく、今はユミルの状況を把握しないといけないと思いなおす。


「それでこれは?」

「うん、『ばんじぃじゃんぷ』をやるんだって」

「バンジージャンプ?」

「高いところから紐を付けて飛び降りる遊びなんだって」

「ふぅん、それって楽しいの?」

「さぁ?」


 暗殺を生業とするセラにとって、敵から逃げるために二階三階から飛び降りることは日常茶飯事だった。

 高い場所から飛び降りるという行為は、怪我をする可能性があるだけで、面倒極まりない行為でしかない。


「なんでも、元は確実に死にかねない場所から飛び降りることで勇気を示す、儀式的な行動だったんだって。それが遊びに進化したとか?」


 アリューシャの説明を受けながら、セラも上空を見上げていた。

 張り出した枝の上に、確かに一人の少女の姿が見て取れる。

 こちらは生い茂る緑の背景に映える、濃い色の金髪をサイドで結んだ少女で、なぜか水着を着ている。

 その体型は遠目に見ても子供っぽく、セラとしてはやや親近感を持ってしまう。


「最近、トラキチおじさんがゴムでできたゴーレムを放流しだしたから、それを使ってみたとか言ってたよ」

「ゴム?」

「柔らかくって、ぐにぐにしてて、伸びたり縮んだりするんだよ。あと黒光りしてるの」

「へ、へぇ?」


 アリューシャの説明を受けてセラが想像するのは、卑猥な形の卑猥な箇所になってしまっていた。

 小さく頭を振ってその妄想を振り払う。


 そうこうしているうちに、張り出した枝で待機していた少女――ユミルが、枝の先端部に進み出て、軽くジャンプなどして調子を確かめていた。

 その足元にドワーフの一人が紐のようなものを結び付けている。

 枝の高さは百メートルを超えており、かなりの高空で、その動きすら明確には見て取れないほどだ。

 しばらくしてドワーフがユミルの足元から離れ、ユミル一人が取り残された。

 彼女は両手を大きく広げ、深呼吸している様子だった。

 そしてしばらく逡巡した後、枝から大きく飛び出したのだった。


キーヤン編終了、そしてユミル編へ。

ちょっと切りどころを失敗しました(´・ω・`)

後5話で番外編も終わる予定です。


それと書籍版、明日発売予定です!

ひょっとしたら、もう置いている店もあるかもしれませんね。

ぜひぜひ、よろしくお願いしますw

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