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番外編 第四話 海の悪魔

 翌日、前日と同じように激務を終えたセラは、やはり同じように甲板に出ていた。

 酷使された身体を冷やすという意図は同室の者にも伝えてあるので、不在を心配されることはない。

 もちろんそれが本来の目的ではなく、召魔香を撒くのが目的だった。


 船は高速で移動しているため、水中とはいえ召魔香は広範囲に振り撒かれることになるだろう。

 そうなると、襲ってくるのは船尾側からになる。

 そこでセラは、船首側に浮き輪を用意して隠しておく。これで少しは安全にこの船から逃げることができるはずだ。


「これでよし、と。あとはしばらく時間を待てば、モンスターの群れがこの船を襲撃するはず。その機会を見逃さないようにしないと」


 群れで襲われれば、この巨船とて、さすがにただでは済まないだろう。

 その隙にタモンを暗殺し、船から離脱する。

 そうすれば、少なくとも自分は襲撃によって船から落ちたと判断される可能性が高い。

 問題はタモンにどう近付くかである。


「と、言ってもアイツはホイホイ出歩いてるから、狙いどころは結構多いんだけどね」


 意外と責任感も強そうなので、ひょっとしたら先頭に立って指揮を執る可能性もある。

 問題なのは従者の存在なのだが、こちらは戦闘経験が薄そうなので、どうとでも目をごまかせると判断していた。


「後は機を待つだけってね」


 ニヤリと黒い笑みを浮かべながら、セラは自室へと戻っていく。

 今日も同室の先輩に酷使した腕をマッサージしてもらう予定なのだ。

 何かと気を使ってくれる先輩には悪いが、順調な船旅はここまでにしてもらおうと、心の中で哄笑を上げていたのだった。





 夜も更けた頃合いになって、唐突に汽笛が激しく短い間隔で吹き鳴らされた。

 同時に館内に設置されているスピーカーから、モンスター襲撃の報が知らされる。

 もちろんセラにとって、スピーカーという設備は初めて見るモノなので、突然室内に響き渡った男の声に狼狽してしまっていた。


「な、なに――男!?」

「落ち着いて。これは声だけを船全体に響かせる道具なんだよ」

「え、そうなの? ってことは見られてたり……?」

「さすがにそんな機能は聞いたことがないねぇ。でもこの船なら、そういうのもあるかもしれないね」

「ちょ、じゃあお風呂とか、身体を拭いたりとかしてるところとかも、見られてたんですか!?」

「それは無いと思うけどね。ここの社長は紳士だから。それにあれだけの美女を侍らせてるんだから、うちらには興味持たないだろうよ」


 肩を竦める先輩に慌てる様子はない。

 それにしても、『地味目の美少女』を自他共に認めるセラにとって、覗かれている可能性というのは、いささか放置できない問題だ。

 なにより、『仕込み』も見られていた可能性もある。


「知ってて放置したのか、運よく見られなかったのか……」

「あはは、あんたは若いから気にしちゃうんだろうね」

「いや、そういう問題じゃなく」

「なに、私くらいの年齢になったら、むしろドンと見ておくれってもんだよ」

「それはそれで問題が……っていうか、いやに落ち着いてますね? モンスターの襲撃らしいですよ」

「ああ、この船なら問題ないよ。大抵のモンスターは吹っ飛ばしちまうからね」

「そんなに……?」


 先輩コックはこの船の兵装をセラよりも評価しているようだった。

 しかしセラはそこまでの知識はない。何より、この騒動を仕掛けた本人である以上、どれほどの群れが襲い掛かってきたのか、知っておかねばならなかった。


「わ、私、少し様子を見てきます!」

「ちょっと!? 部屋にいる方が安全だってのに……」


 先輩コックの止める間もなく自室を飛び出したセラに、呆れたような声を漏らす。

 彼女はセラが『好奇心を抑えられず飛び出していった』と勘違いしていた。

 実際、好奇心といえば間違いではないのだが、緊迫感は本人と大違いである。


「ま、若いうちはいろんなモンを見たがるもんさね」


 すぐに戻ってくると楽観的に見なし、ベッドに横たわる。

 事実、警報も『警戒態勢』を取れとしかいってこなかった。つまり『上』は対応できる範囲の敵と判断したのだろう。

 それを経験しているからこそ、彼女はくつろいでいたのだった。




 セラは持ち前の健脚を活かし、瞬く間に甲板へと躍り出た。

 そこには彼女同様、襲撃者を一目見ようとする乗組員が大量に押しかけていた。

 なぜか船首側の甲板には行けなくなっていたので、船尾側から襲撃者の姿を垣間見る。

 押し合いへし合いしている人の群れの隙間からどうにか確認できた襲撃者の姿に、セラは驚愕の声を漏らす。


「グランドクラブ――!?」


 そこには小山のように、海面から盛り上がった偉容が鎮座していた。

 無論、航行するこの船の後方に島があるというのはあまりない話だ。つまりあの島のような影こそが襲撃してきたモンスターの姿ということになる。

 そして、それほどの巨体を持つ海棲型モンスターを、セラは一種類しか知らなかった。


 グランドクラブは文字通り、大地のように巨大なカニ型のモンスターである。もちろん大地ほどは大きくなく、せいぜい小島程度の大きさだ。

 それでもその大きさは海棲生物の中でもずば抜けており、航海中で出会いたくないモンスターの中でも、トップクラスに位置する。

 一見すると小島のようにも見えるが、胴体だけで二百メートル以上、足を含めると全長で六百メートルにも及ぶ巨体を持っていた。

 もちろんカニというだけあってハサミも持っており、その筋力も巨体相応。

 足の一振り、ハサミの一挟みで軍用艦すら真っ二つにへし折る怪力を誇っている。


 しかも元が海棲生物だけあって、水中での移動は意外と早い。

 下手な船では逃げ切ることもできない、まさに海の悪魔とも呼べるモンスターである。


「ちょ、大物過ぎる!?」


 この船の人間に恨みはないが、この襲撃で死んでしまっても仕方ないと割り切れる程度には、彼女も覚悟していた。

 しかしこれでは、船どころか自分まで巻き込まれてしまう可能性が高い。

 脚の一掻きで波高数メートルはあろうかという波を起こしているのだから、逃げることすら難しい。


「まずい、これじゃ泳ぐことも難しいじゃない」

「あぁん? 嬢ちゃんこの船は初めてか? 力抜けよ」

「力抜けって、そんな気楽な!」

「大丈夫、大丈夫。タモンさんなら一撃だからよ」

「一撃って――!?」


 今、セラの目の前にいるグランドクラブは、海棲モンスターの中でも特に大きなモンスターだった。

 召魔香を撒いてあれしか敵が来なかったのは、他のモンスターをあのグランドクラブが吹き飛ばしてしまったからだろう。

 小型のグランドクラブですら、倒すのにこの世界の戦艦数隻は必要になる。

 目の前の敵ほどの大きさともなれば、それこそ国家を上げて戦力を集める必要があるはずだった。

 それを一撃と言い放つ船員に、セラは驚愕を隠せない。

 この船の人間は、どいつもこいつも楽観主義すぎる、と吐き捨てたい気分になるほどに。


 そうこうしているうちに船は大きく回頭を始め、グランドクラブに対し船腹を晒す態勢を取った。

 これは通常の戦艦でも同じ機動で、こうすることで船全体にある装備を敵に向けることができる。

 セラは大砲が火を噴くものだと思い、反射的に耳を押さえ、目を強く閉じた。

 しかし実際は、船体中央にある筒のようなものを乗せた部分から、何かが海中に投射されたに過ぎなかった。


「え、不発?」


 耳をつんざく轟音を覚悟していただけに、ドン、ドンと振動を起こしながら投げ込まれるだけの事態に、拍子抜けの気分になる。

 しかしそれは、セラがそれが何かを知らなかっただけで、実際はこの船にとって最大の攻撃を仕掛けた瞬間でもあった。

 三つの魚雷発射管から五発ずつの魚雷が海中に撃ち込まれ、そのまま自走して敵へと殺到する。

 水面にわずかな白い航跡だけを残し、凄まじい速度で迫るそれを、セラは船上から認識することができなかった。

 何が起こったのかわからない。しかし周囲の者たちは歓声を上げてその先を見つめている。


 かつて日本軍が使用していた九三式酸素魚雷の航跡は、他国の魚雷よりも隠密性が高いため、初見のセラではそれがどう動いていたのか理解することは難しかった。

 しかし何度か船に乗っている船員たちは、その動きも、威力も知り尽くしている。

 しばらくして発生した爆発に、船員たちも破裂するかのような歓声を上げた。


「な、なに!?」


 しかし何が起こったのか理解できないセラだけは、状況に取り残されている。

 目の前では十五発の魚雷を受けたグランドクラブが、腹側を抉られ、悶え苦しんでいた。

 さらに追い打ちとばかりに船首側にある二門の主砲が火を噴いた。


「うひっ!?」


 唐突に巻き起こった爆音に、セラは思わずしゃがみ込んで耳を押さえた。

 もし船首側で状況を観察していたのなら、鼓膜を破壊されていたことだろう。

 だからこそ船首甲板へは、立ち入れないようにされていたのだ。


 轟音直後、グランドクラブの甲殻に爆発が起こり、ひび割れ、砕け、肉が飛び散る。

 この世界の大砲ではヒビ一つ入れることが難しいそれを、この船の砲は紙のように砕いてのけた。


「うそ……グランドクラブよ? 海の悪魔の甲羅なのよ?」

「はっは! この船ならこれくらい普通のことさ。もっとでっかい船だったら一発で粉々になっていただろうよ!」

「い、一発で……」


 もはやセラには言葉もない。

 目の前で展開される、一方的な蹂躙行為に顎を落とすばかりだった。

 グランドクラブも自らが何に手を出そうとしたのかようやく悟ったらしく、反転して逃亡を試みていた。

 しかしそれをこの船は許さない。

 再び轟音が響き、今度はハサミと脚数本が弾け飛んでいた。


「なんで、逃げようとしてるのに?」

「そりゃ、あのカニが美味いからだろうなぁ」

「はぃ?」

「あれ、美味いんだよ。鍋にしてよし、焼いてよし、生でもよし」

「えええぇぇぇぇ!?」


 グランドクラブを食らう。本来なら追い払うだけでも精いっぱいのモンスターを、捕食すると目の前の船員は言ってのける。

 もはやセラには理解不能な領域だった。

 その暴威を振るう主を暗殺しなければいけないと、はたと思いだす。


「……うん、無理」


 どう考えても無茶だ。

 あんな攻撃を自分に向けられたら、肉片一つ残らないだろう。

 むしろどうして敵対しようと考えたのか、依頼主の正気を疑う。


 目の前ではもはや息絶え、プカリと海面に浮かぶグランドクラブ。

 それを回収しようと小型艇に一斉に乗り込み、海面に降りる船員たち。


 一部から『ヒャッハー、新鮮なカニ肉だぁ!』と歓声が上がっているところを見ると、どちらが襲われた側なのか、わかったものではない。

 現に船員たちはグランドクラブの死骸に取り付き、その肉を解体し始めていた。一部の人間は剥き出しになった生のカニ肉に齧りついている。

 それを見咎め、殴り飛ばす上司という光景がそこかしこで展開されていた。まるで砂糖に(たか)る蟻のごとく。

 単艦では倒せないはずのグランドクラブが、あっさりと始末され、食い散らかされている。その光景はもはや狂気の沙汰である。

 タモンだけではない。船員たちもすでにおかしい。


「アレはもはや海賊……いや、蛮族ね。逃げ出したい……」

「んー? 安心しなって。もうカニは死んじまったからよ。今夜はカニ鍋だぜ!」

「おかあちゃん、たっけて」


 呆然と呟くセラ。結局彼女は、この船旅でタモン暗殺を成し遂げることはできなかった。

 三日後、次の接岸地に到着した後、そそくさと契約解除を申し出て、町を離れたのは言うまでもなかった。



  ◇◆◇◆◇



「クックック、どうやらあの小娘は逃げ出したようだな……」

「ヒリュウ姉さん、正気に戻って」

「私の提督にちょっかいかけようなど百年早い」

「姉さんだけのじゃないからね?」

「だが、第二第三の刺客が現れないとも限らない。守りは万全にしておかねば」

「刺客って、別に暗殺者でもないのに」


 着岸後、宿の一室でそんな会話が行われたとか、行われなかったとか。

 なんにせよ、嫉妬からくる妄想ではあったのだが、一部真実を見抜いていたことは、本人たちも知らずにいたのだった。



  ◇◆◇◆◇


これにてタモン編は終了となります。

次は舞台を移してキーヤン編に入ります。

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これ、上手くいったって指名手配食らうだけじゃん。 冒険者登録情報から仕事内容を受けて、海上で艦が沈んで、自分だけ助かる? もしくはタモンだけが死ぬ? それでバレないと? 雑な仕事だなあ、おい。 そんな…
[気になる点] 誤変換:速い しかも元が海棲生物だけあって、水中での移動は意外と早い。 余字:ら しかし実際は、船体中央にある筒のようなものを乗せた部分から、何から海中に投射されたに過ぎなかった。 …
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