第二十五話 能力値の違いに気付きました
ステータスの詳しい数値等が出てきます。
そういう物に違和感を持たれる方はご注意ください。
未だかつて見たことも無い速度で逃げ出したアリューシャだったけど、敏捷度をカンストさせたボクから逃げられるはずも無かった。
あっさりと背後から羽交い絞めされ、取り押さえられる。
「やー! ゆーね、はなしてぇ!」
「だぁめ。ちゃんと登録しないとダメでしょ」
「いたいのやーなのぉ!」
じたばた、じたばた。
全力で暴れているようだけど、ボクとアリューシャの筋力値はおよそ五倍。
いくらアリューシャが五歳児離れしてると言っても、逃げられるはずも無い。
「ほら、ほんのちょっとチクッとするだけだから――」
「や!」
「チーズケーキ作ってあげるよ?」
「――っ!? でもやだ」
一瞬言葉に詰まった辺り、実にわかりやすい。
この子、そのうち飴玉で誘拐されたりしないだろうか……少し心配になってきた。
「あの……血液が望ましいだけで、別に体液であれば何でもいいので、唾液とかでも構わないですよ?」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ただ唾液の場合、ノイズが多いので登録に失敗する可能性が高いんです。このカードも安いものじゃないんで、出来れば失敗して欲しくないと思い血液を提供して貰ってるだけで」
「そうだったんですか。じゃあ、失敗分の補填はしますんで、唾液でやってもいいですか?」
「補填さえしてもらえるのなら、存分にどうぞ。ついでにいくらか嵩増しして請求もいいですか?」
「ダメです」
ちゃっかり賠償に上乗せしてくる発言をやってのける辺り、油断ならない。
というか、今のは冗談……だよね?
ヒルさんは外見が真面目系なので、見分けが付かないよ。
アリューシャの登録も、幸いな事に一発で成功した。
失敗が無かったので賠償は発生しなかったが、ヒルさんが露骨に舌打ちしていたのは、ちょっと『なんだかなぁ……』って思う。
「わぁ、わたしの『すてぇたす』がちゃんとのってる!」
「どれどれ?」
アリューシャは早速自分の組合証を起動して、中の登録データを読み込んでいた。
そこには噴水広場で見た彼女の能力値が、そのまま記載されていた。
低くて十、高い物でも四十をいくつか超える。レベルが八十台にしてはかなり低めだけど、五歳児ならこんなものかも知れない。
「って、待ってください! 四十だって!?」
そんな彼女の能力に過敏に反応したのは、やはりヒルさんだった。
「んぅ?」
「何かおかしいですか?」
「おかしいって……いや、おかし過ぎです! この世界の一般人の能力は平均でも十程度、英雄クラスでもようやく七十に達するかどうかですよ?」
「――え?」
英雄で七十程度――じゃあ、敏捷がカンストして、百五十あるボクはどうなるんだろう?
「そもそもレベルが八十? 人間は最大でも二十までですよ?」
「……は?」
その、ボクはここに転移した時で百八十八、今回のレベルアップで二百になったんですけど?
「すみません、ちょっとボクの記憶にある数値と色々ズレが出てるんですけど」
いや、考えてみれば当然なのかも知れない。
ボクとアリューシャはおそらく別のゲームから転移してきたから、数値の基準が違う。
その違いが、この世界の人々とも、有っておかしくない。
ヒルさんに詳しく聞いたところ、この世界の一般人の能力は平均十程度。
冒険者になる者なら、戦闘系の数値が十台後半から二十台になる。
三十でベテラン、四十でちょっとした英雄レベル。五十を超えるとまさに希代の英雄という奴だそうだ。
そして、レベルは一般人でゼロ。駆け出しで二、三。正騎士で七から十。国が欲しがる英雄クラスで十五、最大で二十。
ミッドガルズ・オンラインで二十レベルなんて、駆け出しも良い所だ。
「つまりボクは……調整されないまま、基準の違う世界に来ちゃったって事か?」
「え、なにか?」
「い、いえ、なんでもないです!?」
もしそうだとすれば、今のボクはまさに超人だ。
それにボクの持ってる武器も、全て聖剣レベルの逸品ってことになる。
「まっずい……」
これはまずい。そういった異常が、この組合証を見ることで視覚化されてしまうのだ。
少なくとも、アイテム欄やステータスのページを他人に見せるのは、徹底的に回避しなければならない。
そして、それはアリューシャにも言える事だ。
そうと決まれば出来るだけ早くここを離れたい。彼女がボロを出す前に。
「すみません、登録が済んだのなら少し小屋に戻ってもいいですか? さすがに激戦だったので疲労してしまって」
「あ、ええ。これは気が利きませんでした。登録は完了しましたので、もういいですよ。これからは組合があなたの後ろ盾になります。それだけは忘れないでください」
「はい、ありがとうございます」
「ゆーね、だいじょーぶ? おてていたい?」
「ん、違うよ。アリューシャも今日は疲れたでしょ。早く帰ってご飯にしよう」
「うん!」
彼女はボクの左腕の惨状を見ている。それを心配してくれているのだろう。
でも、それを口にされるとマズイ。座ってると手が生えてくるレベルの回復力を持ってるとか、ばらされたくは無い。
彼女に悪気は無いだろうけど、使い減りしない戦力の末路なんて悲惨な物だと決まっている。
ヒルさんに軽く挨拶をして、早々に立ち去ることにした。
「という訳で、アリューシャも自分のステータスとか他人に見せちゃダメだよ?」
「うん、わかった。ゆーね、こまるんだよね?」
「ボクだけじゃなくて、アリューシャも困るの」
「りょーかいです」
アリューシャはキリッと敬礼してみせた。
小屋に戻って周囲を確認し、アリューシャと打ち合わせる。
能力の違い、装備の性能の違い、その他諸々の機能の違い。
それらを噛んで含めるように説明したけど、まだ幼い子供の事だ。どこまで理解できているかは判らない。
だけど他人に見せちゃいけないという、一点だけ理解してもらえれば、それでいい。
「ハァ、まさかこんな事になってたなんてねぇ」
「むしろ、ゆーねの方が気付くのおそいと思うの」
「そんな事……ん?」
組合証に自分の能力を表示させて眺めていると、妙な部分に気が付いた。
能力はいつも見慣れたユミルの物だ。
今日のレベルアップで多少伸びている……というか、シミュレーションのサイトなどで作成した完成形の能力になっている。
問題は……種族。
「種族、エインヘリヤル……?」
確かゲルマン神話なんかで、戦乙女によって戦士の魂を収穫され、天界で戦いに備える者たちの総称だったか?
レトロゲームにそういうのが有ったような気がする。
「はぁ? なんで人間じゃないの、ボク!?」
「ん、ゆーね、にんげんだよ?」
「だよね? あ、アリューシャのも見せて」
「ダメ、人に見せちゃいけないっていわれたもの」
「ボクはいいの!」
妙なところで頑固な反応を見せるアリューシャに、ホッとした様な融通が利かないと呆れる様な気分にされる。
とにかく、アリューシャのステータスを見せてもらったところ、やはり人と違う文字が出てきた。
「――種族、女神(封印中)?」
「ん、これ『めがみ』ってよむの? わたしかみさま?」
「……みたいだね」
彼女が噴水部屋で言っていた『アドミニストレータ権限』というコトバ。
つまりアレは、彼女の力の解放度の事を示していたのかも知れない。
「予想以上に……色々マズイかも知れない」
「んぅ?」
がっくりと項垂れるボクに、かくんと首を傾げるアリューシャ。
その仕草が可愛かったので、とりあえず胸元に抱き寄せて頬擦りしておく。ああ、癒される……
「そう言えば、おかしな点は色々有ったよなぁ」
まず最初の一歩。
迷宮の入り口でアリューシャの泣き声が聞こえた点だ。
彼女は謎の封印で封じられていた上に、分厚い鉄の門扉で閉じられた部屋に居たのだ。
普通であれば、彼女の声が聞こえるはずは無い。そもそも、部屋の中の水音だって聞こえるはずもなかったのだ。
あの噴水は水量は多いが、鉄扉を突き通して水音を響かせるほど勢いがある訳じゃない。
「つまりあの時の水音って、アリューシャの聞いてる音がボクに転送されてた?」
「ん~」
ぷにぷにのほっぺの感触があまりに気持ちよすぎて、思わずキスする。
そのままペロペロと頬を舐める。
アリューシャは、さすがにちょっとむずがっているけど、ボクの癒しが優先だ。
「あの扉に触れた時のショックとか、あの謎の光の膜とか、全部アリューシャの封印のための設備だったのかも知れないな」
「もー、ゆーね。なめちゃだめー」
「まぁいいや。とにかくこれから目立たないようにしよう。そうしよう」
幸い、迷宮権利者としての収入源は確保している。地味に目立たず生きていく事は可能なはずだ。
そう決意して、ボクはアリューシャと一緒にベッドに入った。
先にお風呂行ってて良かったよ。もう出歩く気力が無くなってきてるし。
翌朝、小屋の前にテーブルを並べて、そこに燻製やチーズなどを並べ、出発前に冒険者に売ってみた。
人が集まるのなら、これから先、現金があった方が良いと思っての行動だ。
香辛料と、果物の甘味の混じった燻製肉は評判がよく、あっという間に売切れてしまう。
チーズ類は女性陣に人気だった。今度はチーズケーキも出してみよう。
現在、この草原の真ん中には四つのパーティが存在している。
一つはアーヴィンさんたち。常駐の警邏を兼ねた人たちだ。
残る二つは迷宮探索の第一陣。かなりの腕利きたちらしい。彼らが二パーティ、十人ほど。
そして残る一つが、一週間後の帰還と輸送を担当するパーティたち。
これに草原支部の職員五名とアルドさん達職人が五名ほど。
ボク達を合わせて、計三十名ほどがこの迷宮のそばに住み着いている。
「このくらいの人数なら、きっと隠し通せるよね?」
「ゆーねはうかつだから、わかんない」
「なにおぅ!」
ボク達は、そんな雑談をしながら、迷宮からかなり離れた場所に来ている。
手にはアルドさんから借りてきた巻尺。
とにかく今のボクの身体能力を測らねばならない。との程度平均から外れているのか、自覚が無いのだから。
まずは百メートル走でもして、敏捷度百五十がどれくらいの物なのか調べてみよう。
ストップウォッチはもちろん無いけど、組合証には時間表示機能がある。それを利用しよう。
「とんでもねぇ……」
「ゆーね、すごいねぇ」
「……アリューシャも凄かったね」
「えへへぇ」
草原の真ん中でがっくりと手を付くボク。横には得意満面のアリューシャ。
今までは目安になる基準が無かったので気にも留めなかったけど、巻尺で百メートルという基準を知る事で、色々と凄まじい能力が判明した。
まず、アリューシャの足だけど……これがまた、凄まじく早かった。
なに、百メートル八秒台って……ウサイン・ボルトすら超えてるじゃない?
五歳児の出せる速度じゃないって!
「アリューシャ。今後、人前で全力疾走禁止ね?」
「えー!」
「ボクもだけど」
そして問題はボクだ。
これはもう、人の範疇に納まるものじゃなかった。
時速百六十キロ以上ってなんだよ。百メートル十秒で走る人でも時速三十六キロだぞ。
百メートル二秒で走った時は顎が落ちたよ。
ボクはこんな動きを人前でやってたのか……
「自重しないと!」
「もうおそいとおもうの」
「ま、まだ間に合う……たぶん」
ボクは冷や汗を流しながら、そう呟いてみた。
自分でも説得力無いと、そう思った。
これにて第一章の終了となります。
今後は半竜の方もありますので、週一の更新を目指して頑張ります。