第二百五十六話 伝説の少女
かつて一つの大陸があった。
四つの国に三つの経済圏、そして一つの聖域を抱えたその大陸は、ある時期急激にその文化を発展させた。
三つの経済圏の一つは冒険者支援組合。
大陸において最も大きな組織であり、最大の版図を誇る。
冒険者を通じ、大陸全土に網の目のように張ったネットワークを持ち、最大の権益を誇る組織でもあった。
もう一つはケンネル王国を本拠地とした、ケンネル海運組合。
海運が主軸ではあるが、内陸部の商業にまで手を伸ばした、商人達の組合である。
これは冒険者支援組合とは微妙に経済圏をずらす事で、ライバルでありながらも協力し合える体制を取っている。
無論、競争相手である以上、互いの利益を奪うべく、虎視眈々と監視し合う仲ではあった。
最後の一つは、北部コーウェル王国に居を構える、キーヤン酒造。
一酒店かとおもいきや、ドラゴンとも交流がある謎の商店だ。その規模は他の二つから見れば取るに足らない存在とも言える。
しかし、神出鬼没に買い付けを行い、ドラゴンとの取引があるという後ろ盾を持つため、下手に手出しできない勢力だった。
冒険者支援組合も、ケンネル海運通商組合も、このキーヤン酒造には手を出したくとも出せない状況に陥っていた。
三つの経済圏の中で最も小さく、しかし侮れない勢力である。
彼等は互いを監視し合い、その版図を狙い合う均衡の中で、かろうじて平和を享受していた。
そしてそれを仕組んだ存在は、やがて忘れられていく……
「だけど、その経済圏同士のにらみ合いを仕組んだのが、この街の開祖であるユミル様だという話なんだ」
大陸中央部に位置するユミル市。
巨大な世界樹の麓にある、国と経済の緩衝地帯。
かつては冒険者支援組合に所属していたが、いつの間にか疎遠になり、やがて独立した地域となっていた。
一応組合に所属してはいるが、その影響力は限りなく薄い。
その巨大な街の麓にある大迷宮。その一層にある安全地帯で、少年は背後の仲間に向かってそう説明した。
「でもよ、それってあくまで噂だろ?」
冒険者仲間の戦士が、そう茶化す。
この迷宮の難易度は高い。ここに足を踏み入れるからには、若年と言えどそれなりの修羅場を潜ってきている証拠だ。
彼等もまた、年若くはあれど数多の戦闘を切り抜けてきた俊英達である。
「まあ、証拠なんて無いんだけどね。でもそうでも考えないと、こんな所にこんな像があるはずないでしょ」
迷宮内の小さな泉。その中央には用途不明の台座。
そして奥には一人の男と石像と、少女の銅像が設置されていた。
男の方は謎だが、少女はこの街の開祖ユミルを模した物だと伝えられている。
「しっかし、なんでこんな厄介な所に銅像を建てるかねぇ」
「街中に立ててくれた方が便利なんだけどねぇ」
モンスターの徘徊する迷宮内。その中にある安全地帯に設置された銅像の清掃。
それが今回、彼等の引き受けた仕事だ。
「贅沢言わない。そのおかげで割りのいい報酬がもらえるんだから」
「そうそう。それに、なんでも言い伝えじゃ、ここが『始まりの場所』なんだとか?」
「なんだよ、言い伝えって?」
ユミル市が作られて、かれこれ百年が経つ。
その間に二つの経済組織が設立され、急激に勢力を伸ばしていた。
だが不思議な事に、それらの組織は組合に対抗できる程度まで大きくなると、その成長をピタリと止めている。
そしてこの街も組合から距離を取りだし、三つの組織と均一に取引するようになっていた。
その仕掛け人と呼ばれるユミルが作ったこの街も、その時期に急速に成長し、新たな経済圏を作る一歩手前で停滞していた。
まるで何者かの意志によって、勢力を操作されているかのように。
「ユミルと呼ばれる街の開祖がどこから来たのかは未だ謎のままなんだ。彼女の歴史は唐突に、この場所から始まっている。だから彼女が初めて確認されたここが『始まりの場所』って呼ばれているんだ」
「へぇ、お前詳しいな?」
「俺のひい爺ちゃんが、この街と縁が深かったらしくてな。小さい頃よく聞かされたんだよ」
「おまえのひい爺ちゃんって……ケンネルの王様を拉致したとかホラ吹いてたんだろ?」
「言うなよ……アーヴィン爺ちゃんは我が家の黒歴史だ」
がっくりと地面に手を突き落ち込む少年。そんな仲間を、一緒に居た魔導士の少女が窘める。
「ほら、無駄話してないでちゃんと仕事しようよ。掃除しないと帰れないんだよ?」
「あ、そうだな。さっさと済ませてしまうか」
「おう……ああ、そうだ。最後に一つ。ここって女神の泉って呼ばれてるんだろ? それってこのユミルって人から取ったのか?」
「どうも違うらしいよ。でも間違いじゃないかな?」
「どういう事だよ?」
床に手を突いていた少年は起き上がって膝に着いた埃を叩き落とす。
そして少年の言葉に答えた。
「女神の正体は不明なんだけどね。ユミルは色んな娯楽を生み出したり、色んな問題を調停したらしいんだ。それでこの近隣では、アイデアが浮かぶ事を『ユミルが囁く』って例えるらしい」
「ふうん……」
「で、彼女縁のこの泉は、別名、ユミルの泉って呼ばれているんだよ」
自慢げにうんちくを披露する少年。その背後で、部屋の扉が開いた。
この小部屋は外の廊下との境に扉が設置されている。鍵は付いていないが、心理的に遮られている事が安心感を増す。
「あれ、先約かな?」
入ってきたのは美しい少女二人。
濃い色の金髪で左側を結った小柄な……幼いと言ってもいい少女と、薄い色の金髪を後ろに流した、スタイルのいい美少女。
一応武装してはいるが、この厳しい迷宮を戦い抜けるとは思えないほど華奢な二人だ。
「あ、こんにちわ」
「はい、こんにちわ。像の掃除?」
「ええ、組合の依頼で。あなたは?」
魔導士の少女に尋ねられ、金髪の小柄な少女は小さく首を傾げた。
少しだけ考え込み、ニッコリと魅力的な笑みを返す。
「そうだね……ちょっとした里帰りってところかな? ボクはこの街でよろず屋をやってる――」
少女――ユミルは、久方振りの故郷に、こうして帰還したのだった。
ゲームキャラで異世界転生して、大草原で始めるスローライフ 完
ゲームキャラで異世界転生、この話を持って完結となります。
二年と二日に渡ってご拝読頂き、誠にありがとうございました。