第二百五十二話 提案
タルハン沖海戦の戦況は、近代艦対ボク達という異様な様相を成していたが、タモンを確保した事であっさりと終結した。
もちろん、戦力としてはタモン以外にも存在したが、彼の能力にベッタリと寄りかかっていたケンネル水軍は、その能力を失った事で瞬く間に戦意を喪失したのである。
空母は元の木製の軍用艦へと戻り、憑依され身動き一つとれなくなったタモンに、擬人化された軍艦のアバターたちが寄り添おうと近付いてくる。
彼女達は船に憑依しないとその力を発揮できず、タモンの命令無くては自発的に戦闘行為も行えない。
故にタモンが無力化した現在では、船に憑依する事もできず、彼を守るために戦闘する事もままならない。
しかし、彼女達も戦えないとはいえ、彼を連れ去ってこの場より逃げる事はできる。
だから彼女達がタモンに近付かないよう、ボクは剣を向けて牽制する。
「悪いけど、彼の身柄は預からせてもらうよ」
「くっ……」
「安心して、今のところ彼を害するつもりはないよ。彼は……少しばかり許しがたい事はしたけど、その能力は将来的に有用だからね」
「アナタが嘘をついていないという保証は?」
ここに来た時のボクと似たサイドテールの髪形の少女が、ボクに噛み付いてくる。
確かにボクが言葉を翻して彼を殺害する可能性も皆無ではない。
「そうだね、もちろん無いよ。でも君達は負けたんだ。この場で即首を飛ばさないだけ、ありがたいと思って欲しいね」
「そんな事――!」
「許されない? だけど、それを止める手段は君達にはないでしょう?」
「…………ここはケンネル軍の真っ只中ですよ?」
「結構。一般兵の百人や二百人でボクを止められるとでも? それにこちらにはガイエルさんもいるんです」
少女は空を見上げ、大きく肩を落とした。
全ての戦況をひっくり返した、この世界最大の理不尽。
彼を倒すためには、それこそ遠距離からの砲撃戦は分が悪い。一息に懐に潜り込み、能力を使う間もなく殲滅する近接戦能力が必要になる。
それを行える存在は、ケンネル水軍には存在しない。いや、武術すらこなすガイエルさんに近接戦で勝てるのは、この世界ではボクくらいだろう。
「……降伏、するしかないんですね」
「ケンネル国王を見捨てるという手も、無い事は無いですけどね」
「あの国は私達にとって最後の拠り所です。見捨てる事はできないでしょう」
帰るべき故郷を失い、ドルーズ共和国とキルミーラ王国に戦争を仕掛けた張本人。
そしてガイエルさんとも敵対してしまったから、北のコーウェル王国にも住み辛いだろう。
そもそも北は竜族の聖域が海への入り口を塞いでしまっているので、彼等が活躍できる土壌が無い。
少女の降伏宣言を受け、ボクは手を挙げてセンリさん達に合図を送った。
艦載機と激戦を繰り広げ、空中で一息ついていた彼女達は、ボクの合図を受けてタルハン水軍の元へ戻っていく。
すぐにでも軍を近付け、彼等を捕縛しにやってくる。
「後ろのオジサンも。抵抗は無駄だし、すれば余計な被害が出るだけだと理解して」
「わ、わかっている。あんなバケモノにどうやって対抗しろというのだ……」
タモンの監視に付けられていた高級将校は、そう言ってその場にへたり込んだ。
もはや立ち続ける気力も失ったのだろう。
こうしてタルハン沖海戦は、互いに死者が存在しないまま終結するという、奇妙な終わりを見せたのだった。
その日、草原の迷宮にある、極秘の会議室に過去最大の人数が集まっていた。
ボクと、アリューシャ、センリさんのいつものメンバーに、ヒルさんとレグルさん、ガイエルさん、キーヤンとハウエル。
そしてケンネル王国から、タモンとケンネル王の計十人が集まっていた。
「さすがにこの人数を集合させると、少し狭く感じますね」
「こんな迷宮に連れて来てどうするつもりだ? 武装解除したまま迷宮に放置して、モンスターの餌にでもするつもりか?」
ケンネル王はふてくされた様にそう吐き捨てた。
彼もタモンも手足を拘束され、逃亡できないようにされている。
設置されたテーブルに座らされ、立ち上がる事も困難な態勢で固定されていた。
「そんな真似を今更してどうするって言うんです。ここに来てもらったのは、今後の事を相談するために集まってもらったんです」
「今後? 命を盾に賠償金を毟り取る魂胆か」
「ああもう。話が進まないので少しばかり黙っていてもらえますか?」
仮設の領事館から強引に拉致されたケンネル王は常時ふてくされた状態だった。
対してタモンの方は、完全に敗北を受け入れており、静かな物だ。今回は軍艦のアバターすら連れて来てはいない。
そもそも彼女達はタモンの意に従うだけの存在なので、この場に居ても意味はない。
「無論賠償についても話し合ってもらいますが、それだけじゃないです。今回話し合いたいのは、組合の今後についてですよ」
「組合の今後?」
ここで初めてタモンが反応を示した。
彼にしてみれば、仇敵の組合に対する恨みはそう捨てられる物じゃない。
「ええ。今回はマルティネスの存在がきっかけに、これほどの大問題にまで発展しました」
奴が薬の独占という汚職を行わねば、タモンが暴走する事も無かっただろう。
そんな存在が権力を握り、暴威を振るう。それを止められない組合の状況もかなり末期と言える。
「組合側の代表としては、それに関しては、言い訳のしようもないですね」
キルミーラの代表としてレグルさんが、組合の代表としてヒルさんがこの場に来てもらっている。
無論、それは組織としての意向ではない。
各組織に代表者を派遣してもらって、それがマルティネスやロゥブディアのような奴だったら、目も当てられない。
ボク達の事情に詳しく、組織内でも一定の力を持つ存在――その代表として、ヒルさんとレグルさんに来てもらっている。
「そうだ……お前達が――!」
「タモン、言いたい事はあるでしょうけど、ここは抑えてください」
ここで彼に恨み言をぶちまけられては、纏まる話も纏まらない。
「さて、タモンの主張もわかります。ここまでことが大きくなってしまったのは、組合に自浄能力が失われているから。そしてそれが失われたのは、組合に対抗組織が存在しないから。それ自体はボクも理解できます」
「確かに、一国すら超える権力を持つ冒険者支援組合は、内部の腐敗に関してはかなり弱いですね」
「それを是正すべく、俺も頑張っていたんだがな」
「レグルさんは既にキルミーラの貴族ですからね。もはや組合内の発言力は低いでしょう」
「……まぁな」
ヒルさんは苦い顔をし、それにレグルさんが答えた。
彼の最優先はタルハンである。街の運営に深くかかわる為には、キルミーラ王国に属するしかなかった。
だから彼は、後をヤージュさんとヒルさんに託している。
そのヤージュさんは転生者の事情には、あまり詳しくないので、この場には呼んでいない。
「そこで、とりあえずケンネルの賠償とかそういうのを置いておいて、その対処を考えたいんです」
ボクはそう宣言し、テーブルに置いてある水晶型のマジックアイテムを起動した。
すると、例によってトラキチの映像がテーブルの脇に現れる。
「こんにちわ、トラキチ。今日はよろしくね」
「ああ、例の……そっちは?」
二十五年に及ぶ引き籠りのトラキチは、初めて会うタモンやケンネル王に警戒感を示す。
ボクは初対面の人達に互いを紹介し、トラキチがこの迷宮の真の支配者である事を説明した。
「この迷宮の……管理者!?」
「ええ、ダンジョンコアは自我を持ってます。成長すれば、このようにその自我を表現する手段すら持つでしょうね」
トラキチの脇には、ラミとキーコの二人が寄り添っていた。
ボクの紹介を受け、片手をあげて挨拶する二人。
「ん」
「おっすおっす」
「まぁ、こんな感じですね」
「驚いたな、じゃあタルハンの俺が持ってるコアも人型になれるかもしれないって事か」
「そうですね」
これで役者はそろった。後は上手く話を誘導していくだけだ。
ボクは大きく息を吐き、気を落ち着ける。
「タモンの言う、新しい組織。それを作った所で組合によってあっという間に潰されてしまうでしょう」
「だからこそ、組合の経済力を削ぎ落し、その上で新しい組織を……」
「そのために民衆から敵意を受けていては、話にならないでしょう」
ボクの指摘に、タモンは言葉を詰まらせて黙り込む。
彼だってその事実に思い到らない訳ではない。これまで敢えて、その事実に目を瞑っていただけだ。
だが現実として組織を作るなら、それを無視する訳にはいかない。
「そこでボクは提言します。組合の資金力をそのままに、組合に対抗できる組織を作りましょう」
「無理だ!」
「いくらなんでも、それは不可能だろう?」
「組合はダンジョンコアを複数保持している。それに対抗できる資金力は、ケンネルのコア一つではとても釣り合うまい」
タモンが絶叫し、レグルさんが否定し、ケンネル王が解説する。
無論ボクだって、その程度の事は理解している。
「そうですね。現在組合は五つのコアを保持しています」
「五つ? 四つじゃないのか? ラドタルトにタルハン、マクリームとこのユミル村」
「いや、実はここ、コアが二つあるんだよ」
ボクの言葉を修正するケンネル王に、トラキチが説明する。
彼の横に立つコアの化身は二人いるのだ。
「そう言えば二人……そんな事があり得るのか!?」
「天文学的可能性だが、皆無とは言えない。その具現がこの草原という訳だ」
ラミとキーコの頭を撫でながら、トラキチがそう告げる。
信じられない表情で猫のように目を細める少女を見るケンネル王。
だがその事実にタモンは反対の声を上げる。
「だとすれば、ケンネルとの生産力の差は五倍に及ぶ。現状のまま新しい組織など、不可能に近いだろう?」
「そうですね。コアの数は全部で六つ。もしユミル村が組合を抜け、ケンネルと手を結べば、それも可能でしょうね」
「おい、まさか!?」
ボクのアイデアにレグルさんが驚愕の声を上げる。
だがそれを、アリューシャが否定した。
「レグルさん、落ち着いて。そんな事しませんよ」
「そーだよ。いくらユミル姉でも、そんな恩知らずな真似はしないよ」
「アリューシャ、いくらって何よ? ボクは義に篤い男――じゃないけど、人間……でもないけど、まぁそんなだよ?」
慌てたレグルさんを諫め、ボクはさらに話を重ねていく。
「最終的にユミル村は組合から微妙に距離をとる事になるでしょう。ですが組合の敵対組織に――ケンネルと手を結ぶ事はあり得ません」
「それだと例えユミル村のコアが計算できなくなったとしても、ケンネルの一個に対し三個を組合が持つ事になる。三倍差もあれば、あっさり潰されてしまうぞ」
ここも反対意見を出したのはケンネル王だ。
彼の言葉は感情論に走りがちなタモンとは違い、きちんと筋道を立てて反論してきている。
どうやらかなり理性的な人物のようである。同時に、ラドタルトの爆撃を命じた様に、冷酷な人材でもあると見受けられた。
「ええ。現状のままではケンネルはどう足掻いても新組織を作り出す事なんてできません」
「なら、どうしろというんだ?」
「組合の経済力を維持しつつ、ケンネルの経済力を強化する。そのための方法――」
ボクはここで一旦言葉を切った。周囲の視線がボクに集まってくるのを感じる。
それを確認してから、ボクは最後の切り札を切る事にした。
「増やしましょう。ダンジョンコアを」
「はぁ?」
ボクの声に、一同が揃って珍妙な声を上げたのだった。