第二百五十一話 海戦終結
ボクは剣を構えてタモンと対峙する。
彼は基本的にアバターの無い存在、つまり彼個人には戦闘力が存在しないゲームからの転生者だ。
ボクがいくらネタキャラとは言え、レベルの上限を突破した現在、圧倒的な戦闘力を誇っている。彼に勝てる道理はない。
それでも油断はできなかった。
相手は目的の為なら虐殺も辞さない狂人。それを自覚した上で由とする、最も性質の悪いタイプだ。
奴の目的はマルティネスの命とタルハンの迷宮核。
それが奪えないなら、死んだってかまわないと思っている。
言わば死兵。自爆すら厭わないだろう。
「降伏してくれる気は、無いかな?」
ボクの描く未来図には、彼の存在も必要である。
できる限り生かして、落ち着いた状態でもう一度話を聞いて欲しい。
だがそのためには、状況が整っていない。
力ずくで事を進めたら、奴は自殺を選んでもおかしくない程、自身を顧みていない。
「ない。君の温い考えでは組合は改めない。なら一度徹底的に潰す必要がある」
「潰しちゃったら再建できないでしょ。キミが作る組織が新たな組合になるだけだ」
新しい組織を作るのはいい。だがその後もきちんと考えないと、今と同じように根腐れを起こすだけ。
なんにせよ、この状況はよくない。正面からの力押しで事を押し付け合ってしまう。
目的としては彼の確保、同時に無力化。改めて交渉。そのために自害すらできない処理も行わねばならない。
そのための手駒がまだ足りない――
もう少し時間を引き延ばさねばならないか、そう思った時、耳に装着していた通信道具から報告が届いた。
「ユミル、ケンネル王の確保に成功した。今村まで帰還している。俺達は残存の囮部隊を助けに再出発する」
「わかりました、そちらは良しなに」
通信の主はアーヴィンさんから。これでヒルさん経由で停戦を発表させれば、戦争は終わる。
だがその報告はボクの耳にしか届いていない。それでは意味が無い。
「こちらはケンネル国王の身柄を確保しました。このまま戦ってもそちらには勝利はないですよ?」
「な、なんだと!?」
この言葉に驚愕の声を上げたのは、タモンの後ろに付いていた男だ。
恰幅のいい、いかにも軍人然とした風貌。おそらくは彼を監視するために付けられた将官だろう。
ボクはインベントリーから小さめの投影装置を取り出し、囚われた国王の姿を映し出す。
これは橇レースの際に利用した撮影装置を、センリさんが小型化した物だ。現在は向こうで捕らえた人質の状況を、こちらに送信してくれている。
「へ、陛下!?」
「嘘ではないことが分かりましたか? 指導者を奪われた以上、あなた方には勝利はありません。負けたんですよ」
「クッ……卑怯な……」
「卑怯結構。民間人の住む場所に軍用艦で押し掛ける連中に、正々堂々と相手してやる筋合いはありませんので」
「くっ、仕方ない、我々は――」
「それがどうした?」
降伏を口にしようとした将官を妨げ、タモンがゆっくりと口を開いた。
「俺の目的はマルティネスを殺し、タルハンのコアを奪って組合の力を削ぐ事だ。もはや陛下の身はどうでもいい」
「貴様、タモン!」
「そう、どうでもいいんだ……もはや! 恨みさえ晴らせれば!!」
狂気に彩られた血走った視線。
元々、危うい所で正気を維持していたような男だ。目標を目の前にして、完全に血迷ってしまったとしてもおかしくない。
だが、そうなる可能性も考えないでもなかった。国王を確保した以上、こちらの勝利は揺るがない。
あとは目の前の狂人をどう処理するか、だ。
とにかく、これで一手整った。
そこへ続いて、胸元の道具からもう別の報告が届く。
「ユミル様、配置に尽きました」
「了解、即座によろしく」
「なにを話している? 流星、奴を攻撃しろ! 周囲の被害は気にするな、艦橋を撃て!」
ボクの会話を聞き、訝しみ、続く策を察知して攻撃を指示するタモン。
その声に反応して、窓の外からエンジン音が響いてきた。流星とは二次大戦時の艦載機の一種だ。
彼はその能力上、攻撃が即座に効果を発揮する事は難しい。
「いざとなったら、主砲で――な、なんだ!?」
そんなタモンの足元から、白い霧が立ち上って彼を覆う。
いや、霧に見える何か、だ。
「ぐぅっ、なんだ、コイツは!?」
「紹介しましょう。エルダーレイスのイゴールさんですよ。あなたを無傷で確保するためにご協力いただきました」
「レイス、だと……」
「タモン、あなたは普通の拘束では自殺も省みない。だからね……憑依して身体能力を奪わせて貰います。例えこの船が鋼鉄製でも、物質をすり抜けるレイスを防ぐ事はできません」
ボク達が正面に立って彼の注意を引き、海中からイゴールさんに潜入してもらったのだ。
まさか、ボク達にレイスという仲間がいるとは、彼も思っていなかっただろう。初めて海の中を進むとあって、イゴールさんも手間取ったようだが、かろうじて間に合った。
そしてこの空母ユニットを管制するアバターも、斥候職として鍛え上げ、隠密能力を持つレイスを感知する事はできないに違いない。
「させる……かぁ! 大和、主砲を――!」
「タモン、な、なにを……」
無力化される事を恐れ、よりによって一番デカい戦艦に、主砲での攻撃を命じる。
それを聞いて、もう将官は戦慄したような声を上げる。おそらく彼は、タモンがそこまでやると予想できなかったのだろう。
例えここでタモンが死んでも、それはそれでボク達の勝利だ。だがしかし、勝利のその場にボクがいないのでは、意味がない。
「くっそ、やっぱ自爆攻撃を命じてきたか!」
叫びながらもコンソールを呼び出し、新たな機能を呼び出す。
三年前、アリューシャが新たに得た特殊能力。
ここまで使う事は無かったが、事ここに及んでは使用しないと命に関わる。
そのコンソールのボタンにはこう書かれていた『character select』と。
ボタンを押し、コンソールに表示される、懐かしいアバター達。
ミッドガルズ・オンラインはVRゲームではなく3Dですらない。2Dのドット絵を利用した、シンプルな大規模同時接続型RPGだ。
それだけにデータ量に余裕がある。それを利用して、複数のキャラクターを登録できる『スロット』が用意されていた。
たった一つのアカウントで、複数のキャラクターを楽しめる。これは昨今流行のゲームとしては、逆に珍しいシステムだった。二十年前のゲームだからこそのシステムと言える。
呼び出したボクの姿は即座に光に包まれ、背はやや高く伸び、アリューシャに似た衣装を身に纏っていた。
そう、このキャラクターの職業は、大司教。アリューシャと同じ職業だ。
つまり、彼女と同じ魔法が使える。
「間に合え――」
だがアリューシャと比べると、こちらのボクの能力は低い。
限界を突破して成長する彼女に比べ、ボクのこのキャラは、あくまでゲーム時代のままだ。
遅い詠唱、こちらを向く主砲。まるで競争のように時間が経過していく。
この期間、ボクはほぼ無防備なのだが、タモンもこちらに斬りかかる事はできなかった。
イゴールさんに憑依されてまともに身動き取れない上に、足には監視役の男がまとわりついているからだ。
「ぐが、ががががが……」
何かしゃべろうとしているのか、それとも追加の命令を出そうとしているのか。
タモンは嗚咽のような声を漏らして痙攣していた。
おそらくイゴールさんの憑依が進行しているのだろう。一般的冒険者としての能力しか持たない彼は、イゴールさんに抵抗するのは難しい。
「ならば……この攻撃を凌げばボクの勝ちだ! 防げ、【インヴァルネラブル】!」
間一髪、ボクの防御魔法が先に完成し、直後、大型戦艦の主砲に込められた三式焼霰弾が空母の艦橋に叩き込まれた。
まるで超大型の火炎放射器のような炎の奔流。
本来ならばガラスを融かし、艦橋内部を地獄のように焼き尽くすはずの爆炎。
しかし、その炎は艦橋まで届く事無く吹き散らされた。
ボクの展開した防御魔法がその炎を完全に防いでいるのだ。
アリューシャがかつて入学試験で使ったこの魔法は、外部の攻撃を徹底的に遮断する。
それは戦艦の主砲であろうが、例外ではない。
だがこの魔法、効果時間があまり長い方ではなかった。宙に舞う炎が消え、ほぼ同時に【インヴァルネラブル】の効果も消える。
だがこれで終わりじゃない。
タモンの無力化は成功しているが、その命令は生きている。
その前にこちらが戦艦を破壊せねば、また砲撃を受けてしまう。
続け様にコンソールを操作。同じくキャラクターセレクトを選択し、今度は大魔導士を選択する。
今度はアリューシャの姿とは似ても似つかない、ずるずるとした杖とローブの姿に変化する。
「【ミーティアコラプス】!」
杖を一振りして、魔法を発動させる。
戦艦の主砲は射撃間隔がかなり長い。大雑把に見て一分に一発程度だろう。
だがこの【ミーティアコラプス】の魔法は発動が早く、逆に効果後の技後硬直時間が長いタイプだ。
【メテオクラッシュ】の発展系の魔法で、高威力広範囲で非常に使い勝手がいい。
臨時のパーティに参加すれば、大魔導士はこの魔法を撃っているだけでいいとまで言われていた。
術の発動に応じて、三つの隕石が戦艦に直撃する。
だが、さすがに世界に名を馳せた巨大戦艦。その三発では沈まず、かろうじて耐えている。
しかしこの魔法、技後硬直時間が長いとは言え、効果時間の長さもそれなりにある。
魔法の効果が終わる頃にはまた次の魔法を放つ事ができる。この連続攻撃こそ、大魔導士の真骨頂だ。
再び墜落した隕石が、着弾地点で崩壊し、破壊の嵐を撒き散らす。
さすがに計六発の隕石には耐えられず、巨大戦艦は二つに折れて海中に没していった。
「やはり本職の魔法は威力の桁が違うなぁ……」
オートキャストで放つ魔法もかなりの威力があるが、やはり一段下の魔法でしかも低レベルだ。
ボクの知力がいくら高いとは言っても、破壊力の次元が違った。
「って、えええぇぇぇぇぇぇ!?」
ボクはそこから周囲を警戒して驚愕の声を漏らす。
そこにはこちらに向かってくる艦載機群と、こちらに砲口を向ける別の戦艦の姿だった。
「やっべ! 超やっべぇ!?」
まずは攻撃を防がないと、でもまずはキャラセレを――
「間に……合わない!?」
完全に出遅れている。防御魔法が間に合わない。
ボクのHPならボクだけでも生き残る頃は可能だろうけど、タモンも、その監視役の男も助からない。
しかも憑りついているイゴールさんの安全も難しい。
とっさにタモンの前に仁王立ちになり、せめて身体で攻撃から守ろうと悪足掻きを図る。
無論、艦橋内に充満する炎から守り切れるはずがない。
これは完全にボクの油断だ。タモンに指示された艦を沈めた所で、完全に安心してしまった。
「最後の、最後で……」
後悔の声を上げた所で、もう遅い。
砲口に光が灯り――そして戦艦そのものが海上から消えた。
「……へ?」
突然の異変に、ボクの認識がついて来ない。
まるで抉られたように海上がへこんでいて、そこに遅ればせながら海水が流れ込んでいく。
「一体、なにが……」
「どうも危機のようだったので、とりあえず飛ばしておいたぞ」
そこへ響く、重低音。
そして翳る太陽。
そこには悠々と宙に舞う、ドラゴンの巨体が浮かんでいた。
「あ……ガイ、エルさん?」
「うむ。一仕事済んだので、こちらにやってきたのだ」
本当に……なんて便利な人だ。でもお陰で助かった。
「いえ、ありがとうございます。命拾いしました」
「そうか、それはよかった。で、この蚊トンボ共も処理するか?」
よく見ると、艦載機がガイエルさんの巨体にビシビシ銃弾を撃ち込んでいる。
しかし、桁外れの耐久力を持つガイエルさんは、対して堪えたようには見えない。
「あ、お願いします」
「ではそのように」
声と共に、まずセンリさん達の姿が消えた。そして次に海面の高さが下がる。
いや、海面から数メートルの海水を自分の頭上に転移させたのだ。
巨大な海水の塊が、怒涛の如く降り注ぎ、艦載機を海面へ叩き落していく。
破壊には到らなくとも、推力を失った飛行機が滑走路なしに再び飛び立つ事は不可能に近い。
水面に浮かんだ機体達は行動不能に陥り、やがて消えていった。
「爺さん……どうせ来るならもう少し早く来てくれ」
「こっちはこっちで忙しかったのだ。それよりもこの程度の敵に後れを取るな、バカ弟子共」
「いや、艦載機を相手に戦うとか、正気じゃねぇから!」
ハウエルとキーヤンは早速ガイエルさんに苦情を申し立てているが、これはさすがに恩知らずな発言だ。
もっとも彼も、本気で言っている訳ではない。安堵からの減らず口に過ぎないのは、ボクでもわかる。
この世界でも最強の存在の登場に、他の艦隊も完全に行動を止めてしまう。
もっとも、指示を出すタモンが完全に憑依されてしまったので、行動できないのだ。
この船はあくまでタモンに呼び出されたアバターに過ぎず、自立行動はできないように作られている。
ボクは今のうちに身動きできないタモンを抱えて、割れた窓に向かう。
そこに待ちかねた様にリンちゃんが飛び寄って来てくれた。
ズタズタだった傷痕は綺麗に癒されている。どうやらアリューシャの魔法で癒されたようだ。
「おつかれ、リンちゃん。それじゃ、帰ろうか!」
その背に飛び乗りながら、ボクはそう声を掛けた。
この船には他にも兵士が乗っている。監視役の男以外にも、上陸部隊の兵士が存在するはずだからだ。
だがそれを討伐するのは、ボクの役目ではない。
タモンという最大戦力を失った彼等は、こちらの半数以下の戦力しか存在しない。
このまま戦いを続けても、勝てない事は理解しているだろう。
こうしてタルハン沖の海戦は、幕を閉じたのだった。
戦後処理を後三話、エンディングに二話で終了となります。