第二百五十話 艦橋突入
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ほんの数時間で増援部隊を組織し、船団が出発していく。
時間的にタルハンの決戦に間に合うかどうかは不明だが、もし勝利したとしても上陸戦に乱入はできるタイミングだ。
「ふむ、このまま出発されたとしたら不味いかもしれませんね?」
援軍の到着は遅ければ遅いほどいい。
だが、もし遅れたとしても、モリアス軍がドルーズ共和国を制圧すれば、タルハン侵攻組はキルミーラ国内で孤立してしまう。
先行している船団は数百人の少数。追加増援も同程度。
ドルーズ国内を鎮圧する為に、戦力のほとんどが各地に割かれている。今、ケンネル王国の侵攻部隊は膨らんだ風船のように薄く広く展開していた。
タモンに持っていかれた戦力と増援の戦力が無くなってしまったので、モリアスが攻め込んでくればおそらく耐える事ができない。
問題があるとすれば、タモンの持つ船足が通常よりも早い事。タルハンを落とし、そこを維持せずに再びドルーズ共和国に戻り制圧される事。それだけが唯一の心配事。
ベストはユミル達がタモンを倒し、ドルーズ、タルハン間の海上で増援船団が孤立する状況を作る事。
どうにか進行を遅らせる策が無いか、頭を悩ませていた所へ彼の助手がやってきた。
「増援は無事出発してしまいましたよ。いいんですかね?」
「最優先はドルーズ領の解放ですので。それにユミルさんが負けるとも思えませんし」
「あえて増援を送るって言うのもおかしな話ですけどね」
「決戦に間に合わない戦力なんて、無いも同じです。ユミルさんが勝てば、援軍なんて蹴散らせます。負ければ……援軍がいてもいなくても同じですから」
ユミルはドラゴンライダーでもある。
一般の軍用艦程度なら、上空から一気に焼き払えてしまう。
ならばこの援軍に意味はない。アチソンの功名心を煽り、ドルーズ共和国の防衛戦力を薄くする。それだけが結果として残る事実。
ニヤリとあくどい笑みを浮かべるキースに、助手は通信用のアイテムを差し出してくる。
「まぁ、ただ送るって言うのも癪な話ですからね。船底にキーワードで爆発する魔道具を仕込んでおきました」
「は?」
「適度に沖合に出た所で、そいつを使って起動させれば……ドカンって寸法です」
こちらも悪い顔をして口角をねじ上げる助手。
そんな相棒に、キースは腹を抱えて笑いたい気分を必死で抑え込んだ。
「まったく……ボリスさん。あなたは本当に危ない橋が好きな人だ」
ドラゴンの卵を盗み出し、キースと共に潜伏し、そして援軍の船に仕掛けを仕込む。
ユミルをして危険な商売人と呼ばれたボリスは、照れくさそうに頭を掻いたのだった。
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ユミルと別れる。その指示を受けた時、センリは非常に不愉快な感情を覚えた。
突入部隊はユミルとセンリ、そしてキーヤンとハウエルの四人。ならば自分こそユミルと同行すべきではないのか?
とっさにそう考えたが、並んで飛行するハウエルを見て、ユミルの意図を悟った。
ユミルは機動する速度でチームを分けたのだ、と。
ユミルもキーヤンも、ドラゴンに騎乗している。そしてハウエルはセンリと同じく、パワードスーツで飛行していた。
ドラゴンもパワードスーツも、同じ速度で飛ぶ訳ではない。速度差があると、どちらかが戦闘力を発揮しきれない可能性が高い。
だから似たような速度の二人でチーム分けを行ったのだ。
「意外とリーダーも板について来たじゃない」
「そうか? 前からリーダーシップは発揮してたが?」
「戦力を有効に活用するのは、意外と苦手なのよ。一人で何でもできちゃうから」
少し前のユミルなら、間違いなくセンリを相棒に選んでいたはずだ。
ここにアリューシャがいれば、迷うことなく彼女を選んでいただろう。
状況に応じた戦力配分を瞬時に感情から切り離して行う。そこがユミルの最も成長した点かもしれない。
「そういうモンかね……っと、来たぞ!」
艦隊内に空母は二隻。そこから上がってくる艦載機は五十を超える。
ユミルとセンリ、二人に分かれたとしても、それぞれ三十近い数が襲い掛かってくる。
「迎撃するわよ。私達の目的は敵を引き付ける事!」
「おう、それならもっと来てくれてもいいんだがな!」
右腕に仕込んだ大砲を使って、艦載機の迎撃を開始する。
これはオックスと呼ばれたFPSの男の武器を改造した物だ。
本来なら携行武器では航空機相手にするのは不可能に近い。だがゲームから転移したあの男は携行に向かない武器すら取り扱う事ができた。
五十口径という人に向けて撃つ事すら禁じられた武器を、センリは回収していた。
速度だけならパワードスーツの方がやや劣る。だが人型という構造上、旋回能力では彼女達の方が上だ。
クルクルと踊るように宙を舞いながら、機動性の優位を生かして艦載機を撃墜していく。
その操縦席には、誰も乗っていない。
あの機体はゲームのユニットなので、人が乗る必要性はない。ただシンプルな命令に従って動くだけだ。
一つ、『あの連中を迎え撃て』という命令に。
センリ達の目的はただ一つ、ユミルをタモンの元へ辿り着かせる事だけだ。
そのためにはこの艦載機がどうしても邪魔になる。
撃墜できるならした方がいいのだが、それは必ずしも必要ではない。
より多くの敵を引き付け、タモンの目を引き付ける。
それが彼女の役目だ。
◇◆◇◆◇
離れた場所ではセンリさんとハウエルが空中戦に突入していた。
あちらのパワードスーツには大口径のライフルが仕込んである。ボクと違って射程の不利は存在しない。
対してこちらは、キーヤンの『嫁』くらいしか遠距離攻撃は存在しない。
リンちゃんも必死に羽ばたき擦れ違い様にボクが敵機を斬り落としていくが、殲滅速度が全く追い付いていない。
このままでは艦橋に取付く事は難しい。
「くっそ、このままじゃ――」
ボクの計画では、タモンを確保しないとこの戦いは終わらない。
ただ倒すだけじゃ、また同じ事が起きてしまう。組合の過剰権力を抑制できる対抗組織、その考えは悪い物じゃないんだ。
やり方が激しく間違っているだけで。
「ひょわあああぁぁぁぁぁぁぁ!」
後ろの方では、カッコイイ事言って送り出したキーヤンが、早くも悲鳴を上げていた。
彼もあまり長く持ちそうにない。
元より数はこちらが圧倒的不利だ。長引かせればそれだけ向こうに情勢が傾いて行く。
「リンちゃん、ゴメン……被弾してもいいから――突っ込んで!」
「がぅ!」
回避を受け持つリンちゃんも、長く持たない事は理解していたらしい。
ボクの覚悟を受けて、回避行動を捨てて一直線にタモンがいると思われる空母へ向かっていく。
巨大な戦艦もあるが、奴がタモンを名乗るならば、旗艦に据えているのは間違いなくあの空母のはず。
するとボクに纏わり付いていた艦載機たちが一斉に引いて行く。それらは残ったキーヤンを落としに向かったようだ。
代わりにボクの元には、高射砲の銃弾が雨の様に叩き付けられてきた。
仲間の航空機がいれば、高射砲を撃ち込めないから艦載機を引かせたのだろう。
「th――起動!」
四層の防壁を生み出す魔刻石。zの防御力上昇を合わせれば、銃弾だって防ぎきる。
だからと言って、無傷とは行かない。それだけの物量が襲い掛かってくるのだ。
「ぐぎゃっ!」
リンちゃんが悲鳴を上げる。
防壁の隙間を抜いて、銃弾が彼女の翼を撃ち抜いたからだ。それでもリンちゃんは、羽ばたきを止めない。
一直線に、休みなく、傷を負っても――止まらない。
「がんばって、リンちゃん……もう少しだから!」
「ぅがう!」
ボクの激励に、苦痛をこらえながら応える。
thの魔刻石を絶え間なく消費しながら、ボクもほぼ垂直に近い急降下に耐える。
そこへさらに巨大な爆発が襲ってきた。
耳をつんざくなんて言うレベルじゃない。音が物理的な破壊力を持って空間ごと破壊していく。
三半規管が狂い、上下すら把握できない。同時に呼吸すら難しい程の熱波が襲ってくる。
それはリンちゃんも同じなのだろう。
クルクルと墜落しながら、周囲の空間が見える。
そこには花火のように、そこかしこで爆発する空が見えた。
かろうじて意識を繋ぐ事ができたのは、瞬間的に全体回復の魔法が飛んできたからだ。
それでも、ダメージを回復させきるほどには到らない。
急速に明確になる意識が周囲の状況を把握していく。
戦艦から撃ち出された砲弾が空中で爆発し、そこかしこに炎の雲を作り出していた。
その炎は予想以上に長く空中に滞留し、そこを通過したボク達はその炎に炙られたのだ。
「三式焼霰弾――か!」
言うなれば空中にばら撒くナパーム弾。飛翔する敵を焼き払うための砲弾だ。
戦艦の砲で航空機を対処するのは難しい。そこで燃焼性の液体とそれが入ったカプセルをぶちまけ、通過する航空機を焼き払う兵器を開発していた。
タモンはそれを再現したユニットを配置していたのだろう。
「こ、の……おおおおぉぉぉぉぉ!」
ボクは手綱を握る手を離さず、コンソールを呼び出してインベントリーを操作する。
取り出したのは、世界樹の実から抽出した、センリさん特製のポーション。HPの半分を回復させる超アイテムだ。
これをリンちゃんに叩き付けて使用し、続いてボクもその恩恵に預かる。
かろうじて生き延び、炎の雲を突き抜ける。thの防壁と回復アイテムのごり押し。
それでどうにか――本当にかろうじて生き延び、砲火の雲を突破した。
「リンちゃん、お疲れ様。もう……休んでいいよ」
ボクがそう声を掛けると、リンちゃんは羽ばたきを止めた。
空母の艦橋はもはや目の前だ。
「ありがとう、先に帰ってて」
「がぅぅ……」
ボクの声に力無くそう答え、リンちゃんは海に落ちていく。
ボクはその彼女の背から一息に跳躍し、艦橋目指して突っこんでいった。
正面を守るガラスは、本来なら防弾性能を持たせたものだが、ボクの一撃はそれを上回る。
粉々に叩き壊し、割れた穴から環境に躍り込み、ゴロゴロと床を転がって、壁にぶつかって停止した。
この船はあくまでタモンの召喚したユニットに過ぎない。
実際に運用するだけの人員は必要ない。
艦橋にはタモンと後一人の男しかいない事がその証明だろう。
少々無様な登場になってしまったが、ここまでくれば勝ったも同然である。
服の埃を叩いて落として立ち上がり、ボクは堂々と宣言した。
「待たせたね、タモン。ここまでくれば、ボクの勝ちだ」
堂々たる勝利宣言。それを受け、タモンはガラスから顔を守っていた腕を下げて、言い返してくる。
彼の能力は艦隊運用。近接戦では普通の冒険者程度の技量しかない。
ボクに懐に踏み込まれた段階で、形勢は逆転しているというのに、だ。
「ここまで来るとは思わなかったよ。だけど、まだまだ勝負はついてないからね」
「君じゃボクに勝てないでしょ。早く降参してくれるとありがたいんだけど?」
「すると思うかい?」
彼は正気を保ったまま狂っているという、矛盾した存在だ。
自分が正常でない事だって、理解している。
何度かボクの前に立ち、そして降伏勧告を受けてもそれを受け入れない。ここでもそれは同じ事だ。
それは、飛び込む前から予想していた。
「死ぬまで止まらないつもり?」
「ああ、僕を止めたかったら殺してみるといい」
死ねば、救われる。本気でそう思っている顔だった。
だからこそ、ボクは絶対に殺してやるものかと決心したのだ。
本編あと4話です。