第二百四十八話 海戦開始
背後に艦隊を控えさせ、ボクは最前線に躍り出る。
正面には鋼鉄製の戦艦十二隻。いずれも第二次大戦の頃に建造されていた船だ。
対して背後の船はせいぜい大航海時代の帆船。中にはガレー船なども混じっている。
技術力の差は歴然、砲の射程に至っては目も当てられないほどの違いがある。
敵の背後には四隻の軽空母の姿があるが、こちらは距離を置いて様子を見ている。
甲板に多くの人の姿が見られるところから、おそらくは揚陸用の人員を載せているのだろう。
だからこそ、彼等を戦わせる訳にはいかない。それは無駄死に以外の何物でもないからだ。
リンちゃんに跨って進み出るボクの右には、ドラゴンに跨ったキーヤン。なんでも騎乗しているドラゴンは、竜化した嫁だとか?
こんな時でも嫁に乗っているとか、羨ましい。後でヒドイ目に遭わせてやろうと決意する。
反対側にはセンリさん。いつものパワードスーツの改良型を身に纏い、空を舞っている。
戦場が海なので、彼女はアレを着ないと戦う事すらままならないのだ。
そしてその後ろには、ややフラフラした姿勢でハウエルが続く。彼もセンリさんと同じものを身に纏っている。
彼女達が着る新型は、エネルギーパックをカートリッジ式に改造し、飛行中でも補給をこなせるように改善されていた。
これで戦闘が長引いても墜落の危険性はないだろう。
アリューシャは今回、後方のレグルさんと一緒に居てもらっている。
最終防衛ラインと同時に、安全圏への避難が目的だ。
彼女の魔法は非常に広範囲に届く物もあるので、戦場の外からでもパーティ全体に回復魔法を飛ばす事ができる。
「さて……それじゃ、準備はいい?」
「いい訳ないだろ、帰りてぇ! 帰して!?」
「ダメ。ガイゼルさんに言いつけちゃうよ?」
「鬼か!」
早速泣き言を漏らすキーヤンを一蹴しておく。まぁ、おかげで緊張が多少解れた感じがした。
彼のヘタレっぷりも、何年経っても変わらない。一般人なのにタルハンにやって来て、後方支援をしているカザラさんを見習ってほしい物である。
彼の鍛冶の腕は戦場では非常に役立つ。なので軍用商人として市街に残り、ヤージュさんと一緒に待機してもらっていた。
これではセンリさんを避難させることは不可能だ。なんだかんだで、彼女は彼の事が好きなんだから。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるよ。これで帰ってくれるといいんだけどなぁ」
「帰す気だってないくせに」
センリさんがからかうようにツッコミを入れてくる。確かにボクは、タモンを帰す気はない。
虐殺をしたアイツを許す気は無いし、これから先の展望的にも逃がす訳にはいかない。
「まーね。んでは……」
ボクはリンちゃんに合図を送り、艦隊のかなり前まで飛び出していった。
数キロメートルを飛んで、すでに艦砲の射程圏。いつ撃たれてもおかしく無い距離。
そこでボクは拡声の魔道具を使用した。これはリビさんが使っていた物で、この世界ではオーソドックスな品だとか。
ユミル村を襲撃したケンネル軍の将軍も、これを使ってヒルさんと会話したそうだ。
「あー、あー、聞こえますか? こちらはタルハン軍所属のユミル。草原の迷宮の管理者です」
交渉するのならば、少しでも格が高い方がいい。そう考えて管理者の方の肩書を名乗る。
一遊撃部隊隊長では、少々威圧感が足りないのだ。
しばらくして、向こうからも拡声の魔法が届いてきた。本来ならば轟音のように響くはずなのに、不思議と騒々しさは感じない。
聞き取りやすい、適度な音量である。
「やぁ。僕は……名乗るまでもないかな? ひさしぶり」
「ええ、実に。三年振りかな。ところで積もる話もあるけど、まずここはタルハン領内なんだ。できれば艦隊にはお引き取り願いたいんだけど?」
「残念だけど、そうはいかない。タルハンには目的があって来てるからね」
「マルティネスの事? あの豚二号なら、いつでも引き渡す準備はあるよ? 条件は付けさせてもらうけど」
「それもお断りかな。僕の目的は他にもあるから。迷宮核も付けてくれるなら、考えないでもないけど」
やはりそう来たか……というか、それが目的としか思えない。
しかしこの申し出は、こちらとしても受け入れられないので、やはり決裂するしかないか。
「それはさすがに無理だね。迷宮はタルハンの核でもある。あそこの生産力が途絶したら、街の経済が傾いちゃう」
「キルミーラの要衝なら、国の援助はあるはずだけど?」
「それだとタルハンの自主性まで国に掌握されちゃうでしょ。そのためにレグルさんが頑張ってるのに」
「なら、実力行使しかないね。僕も退く訳にはいかない」
「そうなるね。だけど、ボクは強いよ?」
「ああ、僕もね」
それっきり、向こうからの声は聞こえなくなった。
もう話す事は無いという事だろう。元々が儀礼的な話し合いだ。ここまで来てマルティネスを差し出して『はいどうぞ』『ありがとう』と平和的に済むはずがない。
それでもボクがみんなの所に戻るまで撃ってこなかったのは、彼なりの礼儀なのか、それとも余裕の表れなのか……
再び軍の最前線に帰還し、ボクは決裂したことをレグルさんに告げる。
彼はこの戦いには参加しない。言うなればお飾りの将軍である。それは背後の艦隊にも同じ事が言えた。
今回の敵はこの世界の文明レベルを遥かに超えている。
言うなればセンリさんが群れを成しているような物だ。いくら魔法があるとはいえ、中世レベルの艦隊では、いい的である。
ではなぜ、彼等がここに居るのか?
それはタモン以外の戦力を警戒するためだ。奴は艦隊を生み出し操作する事ができる。
それに対抗するためには、ボク等が一丸となって立ち向かう必要があった。
その隙を突いて、別の艦隊にタルハンを襲撃されては元も子もない。
そういった、タモン以外の戦力の警戒をするための部隊が、背後の艦隊なのである。
「どうだった?」
舞い戻ってきたボクに、センリさんは期待薄を有り有りと乗せた声で質問を飛ばす。
答えは彼女も想像が付いている。
「無論、ダメ」
「バッカ、お前、もっと粘れよ! どうしてそこで諦めるんだよ!? ダメダメダメ、諦めちゃ! ガンバレガンバレ、できるできる!」
「ダマレ、どっかの太陽神みたいな口調になってるぞ」
「俺は今、後ろ向きにポジティブになってるんだよぉ!」
「訳分かんないし」
なかば血走った眼で絶叫するキーヤンだが、その気持ちもわからないでもない。
後ろの艦隊はお飾りで、目前の戦艦群に突入するのはボクと他数名。その中にはキーヤンだって含まれている。
生身で戦艦に突撃するなど、正気の沙汰ではない。艦載機の迎撃に、対空機銃、対空砲弾の雨を掻い潜らねばならない。
ボクだって、できるならば草原の自宅に戻って毛布をかぶって寝込みたい気分である。
だがボクはこの世界に来て十年、いろんな人と縁を結んできた。
その人たちはボクの力になってくれたし、わがままも聞いてくれた。
ボクを、ボクとアリューシャを、この世界で守ってくれたのだ。
ならば、今度はボクが守る番だ。
恩は返さねばならないし、これからボク達が安心して生きていくために、目の前のアレは倒さねばならない。
「小隊、総員――」
「マジかよぉ」
ゆっくりと剣を抜き、頭上に掲げる。
ここはまだ、敵の射程外。そして敵は動いていない。ボク達が進めば、相手は応射してくる。そういう距離だ。
この先は死地。それでもボクは命じなければならない。
掲げた剣を前方に振り下ろしつつ、ありったけの声を張り上げた。
「突撃ィ!」
ボクは剣を前方に振り下ろしたまま、リンちゃんに飛翔を命じた。
弾かれたように飛び出すリンちゃん。その後ろに言葉も無くついてくるセンリさんとハウエル。
悲鳴を上げながら追従するキーヤンと、その嫁。
確認されている転生者は彼で最後。つまり、これがボクにとって最後の大勝負になる。
その幕が、たった今――切って落とされた。
突撃しつつ、高度を上げる様にリンちゃんに命令しておく。
戦艦にとって、側面とは最も火力を集中できる位置だ。このまま正直に進むのは、非常に危ない。
一度高度を取り、相手の仰角から上の死角に潜り込み、そこから急降下爆撃を敢行する。
二次大戦でも使われていた戦法だが、相手が相手だけに実に有効である。
無論、射程内に入って相手が何もしないはずがない。
閃光が見え、そして物理的な衝撃すら伴う轟音。相手の主砲は斉射されたのが見えた。
「ついて来て!」
「わかったわ!」
「応!」
「帰りてえええぇぇぇぇ!?」
この中で最も反射神経が高いのは、ボクだ。
正面からなら、砲弾だって目視できる。
つまり見えない方向にリンちゃんを誘導していけば、砲撃に当たる事は無い。
もちろん、桁外れに大きな砲弾は、当たらなくともそばを掠めるだけで充分にリンちゃんの半身を持って行くだけの威力を秘めている。
それを踏まえて大きめに迂回させ、敵の後方に回り込みつつ高度を上げていく。
相手もそれを理解しているのか、艦列をこちらに対応させつつ移動させていく。
いくらリンちゃんの飛行速度が並のドラゴンを超えているとは言え、相手の陣形移動から逃れられる程ではない。
ましてやこの距離だ。相手が数メートル位置を変えるだけでこちらを捕らえる事ができる。
ここはどうにか凌ぎながら、距離を詰め高度を取らないと不利だ。
「……いや、センリさんとハウエルはボクと反対方向へ! 挟撃する方向で動きます」
「了解よ!」
どうせこちらは少数。ならばいっそ単独で動くくらいの勢いで分散しても、大して戦力差は出ないはず。
そう思っていると、向こうからもエンジン音が響いてきた。
艦隊の中には空母の姿もある。おそらくは迎撃のために艦載機を発艦させてきたのだろう。
「艦載機、来ます!」
「マジかよぉ!?」
ボクの後ろに付いてきているキーヤンがまたしても泣き言を漏らす。
彼の場合、窮地に陥ったら常に泣き言を口にしているので、これは無視する。
ボクにとって幸いだったのは、相手が空母をそれほど主力と置いておらず、二隻しか艦隊に含まれていない事だった。
おかげでそれほどの数が向かってくる訳ではない。
しかも事前に二手に分かれておいたおかげで、向こうの航空戦力も二分されている。
それでも一人当たり十機は相手にしないといけない数ではある。
「キーヤン、迎撃するよ?」
「あーもう! ああ、もう! お前と一緒にいると無茶苦茶だよ!」
これはこれで、こちらとしても対処しやすい。
艦載機と空戦を繰り広げている間は、艦砲射撃を受ける事は無い。
しかし、それは時間稼ぎにしかならない。
「ボクの【ソニックエッジ】じゃ、射程が足りないか――」
盾を構えて機銃弾を弾き返す。主兵装の二十ミリ機銃の破壊力は本来なら盾程度では弾き返せるものではない。
しかしボクには魔刻石がある。
使用したのはzの魔刻石。これは最大HPを減少させるが、減った分防御力が強化される。
ボクの限界を突破したHPから一定割合を引いた数値というのは、桁外れの量になる。
その分防御力が延びれば……銃弾すら弾き返す鉄壁の防御になるのだ。
かつてはFPSの銃弾にすら苦戦した事を思い出すと、ボクも成長した物である。一部は成長してないけど。
リンちゃんに浴びせられる銃弾も弾き返しながら、しかし反撃の手段が見つからない。
じりじりと手詰まり感が増してくる。やはり近代兵器相手は分が悪い。
ボクのスキルでは射程不足。リンちゃんにブレスを吐かせるにも、チャージタイムが掛かる。
次第に包囲されつつある中、ボクの背後に回り込もうとした艦載機がいきなり爆発した。
「な、なに!?」
「だからぁ! 無茶だって言ったんだよぉ!」
叫びながらも攻撃を仕掛けるのは、キーヤンだ。
彼は嫁に乗りながら嫁を放っていた。
いや、なにを言っているのかわからないが、見た物をあまり信じたくはない。
つまり彼は、嫁のドラゴンに騎乗しながら、空気製の嫁を射出していたのだ。
ドラゴン相手には敵わなかった空気嫁だが、艦載機には充分な効果を上げている。
当時の海軍が、航空機の防御を軽視していたところまで再現されているのか?
「こんなトンでもねぇ事はさっさと済ますに限る! 俺がこいつら引き付けとくから、お前はさっさとケリをつけてこい!」
やけくそ気味のキーヤンの言葉が、ボクにはすごく頼もしく聞こえた。
相性的な面もあるのだろうが、彼も成長した物だ。
「は、はは……まさかキーヤンに助けられるなんてね」
「なんだとぉ!」
「かっこいいよ、キーヤン! アリューシャがいなかったら惚れてたかも!」
ボクの言葉に、キーヤンの騎乗するドラゴンが不快気な唸りを上げる。
おっと、夫婦の関係に波風を立ててしまったかな?
「ここはお願い! すぐ戻ってくるから」
「ああ、まかせろ!」
ボクはリンちゃんの首筋を一叩きし、艦隊に向かって再び高度を上げたのだった。