第二十四話 組合について学ぼう
組合の説明回です。
書類を広げながら、ヒルさんは話を続けた。
「ユミルさんは『組合』について、どの程度ご存知でしょう?」
「アーヴィンさんに聞いた範囲です。冒険者の互助組織で、色々便宜を図ってくれるとか……」
「まぁ、大体間違っていませんね。ですが他にも色々ありまして――」
そもそも、この世界には冒険者を名乗る人材が非常に多いらしい。
各国が牽制し、その調停役として冒険者支援組合が存在する以上、大きな戦争などはそうそう起きない。
そうなると立身出世の手段というのは、かなり限られてくる。
戦場が無いから武勲を上げることができないのだ。故に『腕一つでのし上がる』と言う選択肢は狭まってくる。
そこに登場するのが冒険者である。
この世界に戦争は少ないが、魔獣やモンスター、亜人種達との戦闘は非常に多い。
町や村の防衛、資源の調達、商隊の護衛……様々な分野で冒険者と言う『戦力』は必要とされるのだ。
果てはペットの捜索や溝浚い、町内の清掃にまで借り出される事もあるのだとか。
戦力にして労働力。冒険者はもはや必需品といえる存在であった。
だがここで問題になるのは、根無し草ゆえの利便性である。
腕一本でのし上がろうとするだけに、彼らには後ろ盾がない。
それはつまり、いつでもどこでも切り捨てられると言う事でもあった。
過去組合が存在しなかった時代には、依頼を達成して報酬を要求すると、殺される冒険者も後を絶たなかったとか?
そういう横暴が罷り通ってきた時代に設立されたのが、冒険者同士の権利を守るための互助組織、冒険者支援組合である。
この組織、ただの互助組織と甘く見てはいけない。
何せあらゆる局面に顔を出す冒険者が、万単位で加入しているのである。
冒険者と言うのは一般人でも手に入る貴重な戦力でもあるのだ。彼らを敵に回すと、それが使えなくなってしまう。これは大きな問題になるだろう。
護衛を雇うにも、身元が定かでないゴロツキが紛れ込むかも知れない。
資材の調達もまともに出来ないような素人が来るかも知れない。
盗賊からの防衛に雇った冒険者が、野盗の手先かも知れない。
そういった身元不明、技量不明の怪しい人材に手を出さないといけなくなるのだ。
組合を軽く見て身を滅ぼした商人は、実際数え切れないほど存在する。
この世界で信頼できる戦力と言うのは、まさに身の安全に直結するのだから。
「ですから、我々は依頼主の信頼という物を非常に重視します。これは組合の存在その物を成り立たせている、非常に重要な要素だからですね」
「なるほど……」
「だから、この信頼を裏切った場合――たとえユミルさんであろうと、我々は断固とした処置を行うことになります。例えば依頼主を手に掛け、その金を強奪したとか」
「しませんよ!?」
物凄く失礼な事を言ってませんかね、ヒルさん。
信頼の重要性に関しては、日本人ならばとてもよく知っている。『お天道様が見ている』と言うのは民族的な気質を良く表しているだろう。他人は誤魔化せても自分は誤魔化せないのだ。
「例えばの話です。ユミルさんの力量は我々もよく知っています。あなたを相手取るとなれば、それはもう多大な犠牲を払う事になるでしょう。それでも、我々は組合と言う存在を維持するために、百人、千人、いえ、万を動員してもこの理念を守ろうとするでしょうね」
「なんだか、加入に尻込みしそうなんですけど……?」
シリアスな表情で決意表明するヒルさんに、ボクは怯えた表情を浮かべて見せた。
幼いアリューシャも居るのに、ちょっとハード過ぎはしませんかねぇ?
「こんな事を説明するのは、あなた方が記憶を失っているからですよ。本来ここへ来る者なら皆知っている事ですから。それに、それほど大仰なことでもありません。依頼された事を依頼通りにやればいいのです。例え力量及ばず失敗したとしても……まぁ、そこは時の運も絡みますから、組合がサポートします」
「でも依頼達成できない場合、組合の信頼に関わるんじゃ?」
信頼こそが組合の基盤。ならば依頼達成できない冒険者は、組合にとって害にしかならないのでは……?
「そこはそれ、ここに組合証と言う物があります」
ヒルさんは懐から一枚のカードを取り出して見せた。
一見無地の白い紙にしか過ぎないそのカード……そこに彼が指を置いた瞬間、文字が浮かび上がってくる。
その文字列は彼の指の動きに従って移動していき、実に大量の情報を表記している。
まるでスマホかタブレットの操作みたいだ。
「この組合証には、わたし個人の情報が満載されています。年齢、性別、能力……そして依頼達成率」
「……あ」
そうか、依頼達成率が表記されれば、それはその冒険者の信頼度に直結していく。
「依頼の失敗はもちろんこちらでフォローさせてもらいますが……あまりに失敗が多いと、このカードにそれが明記されているので、依頼主が『その冒険者を』信用しなくなるんですよ」
「失敗の多い冒険者は、自然とそれだけ仕事を請けにくくなる、と」
「そういう事ですね。という訳で組合証の作成に入りましょう」
「え、詳しい説明とか受けてませんよ!?」
「説明も何も……あなたにとっては、入るしか選択肢が無い様に思われますが」
そりゃ、迷宮権利者と言う大地主になったんだから、後ろ盾は必須と言えるだろう。
そこで組合に加入するのは、悪い手ではない。だが、いざサインするとなると尻込みしてしまうのは、臆病な一般人の性なのだ。
「まぁ、しないというのも問題では有りますしね。では、まず加入者の責務から説明しましょう。組合加入者には一定の納税義務が発生します」
「税、ですか……」
あまり難しいのは勘弁して欲しいなぁ。年度末の確定申告とかうっとうしいったらありゃしない。
「そんな難しい物ではありませんよ。報酬の一割が自動的に組合に差っ引かれるだけなので」
「天引き制度!?」
「嫌そうな顔しないでください。自動で引かれるので、徴収漏れが発生しないんですよ」
「そりゃそうだけど……」
「それに冒険者に安定した収入があるはずもなし。定期納税とか無理な話です」
「それは……ねぇ」
そういう意味では報酬から直接引き落とすのはいいことなのか?
無収入では払う事もできないだろうし。
「次に権利ですが……これは言うまでもありませんね。組合の後ろ盾を得ることができると言うものです」
「具体的には?」
「まずお金ですね」
「お金……?」
と言っても貨幣価値はすでに習った通り。税も自動で引かれるというのに、なにが……
「ユミルさん、考えてください。例えばあなたが大金を得たとして、どうやって運びます?」
「……ああ、なるほど」
この世界の貨幣は金属の物ばかりだ。
例えば――金貨百枚の資産を得たとしよう。大体日本円にして一千万と言う大金だ。
この世界の金貨は厚さが三ミリほど、大きさは四センチほどの円形である。
結構大きなサイズだが、その価値を考えれば納得できる範疇だろう。
それが百枚……長さ三十センチ、太さ四センチの金の棒と同じ大きさになると言う事だ。
『金』貨と言うだけあって、これは意外と重い。そして嵩張る。
金属貨幣しか存在しないこの世界において、貨幣の持ち運びは非常に問題になるだろう。
長旅で重さ数キロの貨幣を持ち運ぶのは――非常に苦痛になる。
「そこで、この組合に預けると言う選択肢がある訳です。この銀行機能はどこの組合に預けても、預けた額が組合証に記載されるので、そこから同額引き落とす事が可能です」
「確かにそれはありがたいですね」
「もちろん各支部にも予算はあるので、いきなり『数万枚の金貨を下ろしてくれ』とか言うのは難しいかも知れませんが、そこは出来るだけ便宜を図りますので、ご理解ください」
「そんな大金、持ってみたい物ですねぇ」
「なに言ってるんです、あなたは迷宮の権利者ですから、充分有りうる話ですよ」
迷宮の生み出す資源には……まぁ、当たり外れもある訳だけど、限界が無い。
だから、長くこの世界に腰を据えるのなら、そういった大金を持つ機会もあるかも知れない。
想像も付かない話だけどさ。
「そうそう、迷宮の権利者の話がありましたね。迷宮の権利者は産出資源の五パーセントがあなたの元に支払われることになります」
「五パーセント。それ多いんですかね?」
「それはどうにも。迷宮の中にはモンスターの皮しか取れないような物もあれば、金脈を内包した物もありますので」
「この迷宮で金脈は……見たこと無いですね」
そもそも金属を見たことが無い。
この大草原の中で水源と果実があるだけでも御の字かも知れないけど。
「まぁ、木材は豊富に取れますし、水、塩、魚に肉に果実、ハズレではないでしょうね。肉や魚を取るにはかなりの腕が必要になりますが」
「は、ははは……」
いつも食べてた牛さんが、モラクスと言う魔神だったと聞いた時はビックリしましたよ。
「この機能を利用して、カード払いなんていうシステムも存在しています。そちらのやり方は、追々学んでいけばいいでしょう」
「そうします」
カードで支払いできるのなら、便利極まりない。
組合が後ろ盾になっているからこそ出来たシステムだろう。
「次に倉庫ですね」
「倉庫……ああ、大事ですね」
ミッドガルズ・オンラインでも倉庫は重要な機能だった。
迷宮から木材を持ち出す毎日のボクにとって、預ける場所が出来るのは心強い。
「冒険者と言うのは大量の装備や素材を入手できる機会が多いです。そして、町を離れる機会も多い。その旅に荷物を全て持ち運ぶと言う訳には行きません」
「判ります。そして荷物を置いて町や宿を離れている間に、窃盗に遭ってもおかしくない」
「そういう事です。また、高額の資産を持ち歩く事が、別の犯罪を誘発する要因になることも珍しくありませんので」
彼の話によると、こう言ったサービスが無かった頃は、宿の主人が強盗に早変わりする事も頻繁に起こったそうだ。
そりゃ目の前に人生変えるほどの金が無防備に転がっていれば、悪魔の囁きも聞こえてくるだろう。
「こちらは物が物ですので、ある町で預けて別の町で取り出す、と言う様な事はできませんが……」
「そりゃ当然ですね」
ゲームだとそういう仕様だったりするのだけど、さすがにそれは転移魔法とか無いと無理だろう。
そして、そんな魔法があるなら、こんな草原に歩いてくる人もいない。
「まぁ、無い訳ではないんですけどね。転移魔法」
「あるんですかっ!?」
「ありますよ。ただし費用が高額なので王侯貴族しか利用できませんが」
「あ、さいで……」
ここから楽に脱出できるかと思ったのに、世の中そんなに甘くなかったか。
「消費される魔力は半端無いんで、おいそれと使えないんですよ。で、主だった機能やサービスについての説明はこんな所です」
「大体判りました」
「では早速カードの作成に入りましょうか」
「あれ、面接もあると聞いたんですけど?」
「面接なら以前お会いした時にしておいたでしょう? またやるのは二度手間ですよ」
「そうでした……いや、そんなでいいんですかね?」
「いいんです、今私は支部長なので。実際面接した事実があるんで、文句なんて出ませんよ」
「なら、いいんですけど」
それにしても支部が無いならその場に作ってしまえとは、大胆な考え方をする人もいたもんだ。
「賭けを行っていたら私の勝利でしたね……惜しい事をしました」
「あはは、ヒルさんが断ってくれて助かりました」
アリューシャが草原を渡れないため、組合加入の方法を先に考え出した方が勝ちという賭け。
もし成立していたら、明らかにボクの敗北だった。
ヒルさんは新しいカードと小さな針を取り出して、ボク達の前に差し出す。
「この針で指先を刺して血を一滴、カードに垂らしてください。そこから魔力パターンを認識してカードが自動で作られるようになります。カードは指を当てることで表示できますが、登録した人物以外では反応しないので、偽造は出来ません」
「それは凄い技術ですね……」
指に針を刺すというのは意外と思い切りがいるものだけど、左手を吹き飛ばされた経験があるせいか、思いのほかあっさりと突き刺せた。
ぷっくりと溢れ出した血をカードに垂らし、登録を済ませる。
「次にアリューシャ――アリューシャ!?」
登録を済まして、次に隣の幼女に眼をやると……彼女は一目散に逃げ出していた。
そんなに注射が嫌か、アリューシャ?
説明回が続くと、中ダレしてきますね。
次の話で一応一区切りになります。