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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第二百四十四話 侵攻開始

  ◇◆◇◆◇


 ユミルが迷宮攻略に取り掛かっておよそ一週間。

 後発だった西方派遣部隊が村に到着した。草原を効率よく進む橇の存在と、それに伴うサスペンションの進化が行軍速度を飛躍的に高めていた。

 馬の代わりにラクダを採用し、水分補給のための休息を減らしたため、一息に長距離を勧めるようになったのが大きい。


「ラクダはこっちに繋げ! 荷物は後でいい。隊長は誰だ?」


 高等学園の最上級生百人以上を一気に受け入れた村は、しっちゃかめっちゃかの大騒動になった。

 無論、前もって通達は行われており、宿泊施設などは作られていたので、騒動ではあっても混乱はない。


「部隊は整列させて、順次宿舎の方へ。場所はわかるな?」


 大声で指示を出しているのは、この村の事実上の防衛隊長であるアーヴィンだった。

 この村には正規軍が無く、代わりに冒険者が防衛戦力を賄う。

 前回のケンネル王国の侵略に、新しくその旨が組合の地方規約に組み込まれていた。

 中でも最も腕の立つ者が隊長職に就くため、アーヴィンは年のおよそ三分の一はその地位にあると言っていい。


 アーヴィンの指示に従い、軍が粛々と新造された宿舎に誘導されていく。

 彼等も軍人というプライドはあるのだが、冒険者という存在の破天荒さは担任教師によって骨身に染み込まされている。

 ましてや相手はキルミーラ王国きっての俊英。その力量はいまや、国でも一二を争う程だ。

 さすがにユミルほどではないと理解はしているが、それでも新人の自分よりは遥かに格上だと知っている。


「へぇ、大人しく言う事を聞いてくれて助かるよ。軍が来ると聞いて、どんなワガママな奴が来るかと身構えていたんだがな」

「僕達の教師も冒険者でしたので。騎士ではないとしても、その力量を侮る様な事はありません」


 将来的に私設騎士団を式するカルバートが、派遣部隊の代表としてアーヴィンの言葉に応える。

 共にユミルによって常識を木端微塵に破壊された二人だけに、初見でも妙な共感(シンパシー)を感じていた。


「そりゃ結構」

「ところで……その、あれは?」


 カルバートが指差したのは、世界樹の幹から伸びる太い管。

 それは世界樹から樹液を用水路として引いた、巨大なウォータースライダーだった。


「あー、あれなぁ。ユミルの発案で作った用水池に水を引くための管だ。夏には滑り台にして遊ぶ事もできるんだと」

「ユミル先生が? 滑り台? あの大きさで!?」

「水が中を流れ落ちているから、尻が焼ける事は無いぞ。しかも先は巨大な池に繋がっているから、その先で泳ぐ事もできる」

「遊泳設備ですか、遊戯施設とは優雅ですね」

「実務的な面もあるんだよ。この草原じゃ、一度火が付けば際限なく燃え広がってしまうからな」

「ああ、火計の心配もあるんですね」


 周囲を膝まで伸びた雑草で覆われたこの村の環境を見て、納得する。

 前回の防衛戦の戦術は、学園でカルバート達も学んでいた。だがそれは、攻め手にとっても有効な戦術だった。

 周囲を火に巻かれれば、住民たちは逃げる暇すらなく焼き殺されてしまう。無論、そこに存在する防衛戦力も例外ではない。


「それはそうと、カルバート君だっけ?」

「はい?」

「君が遠征部隊の隊長――という事でいいんかな?」

「一応、そういう事になってます。副長にエルドレットもいますけど」

「なら隠密行動に優れた腕利きを選出しておいてくれ。数は……そうだな、三十人程度」

「は?」


 唐突に部隊編成に口を出してきたアーヴィンに、怪訝な表情を返すカルバート。

 彼はあくまで村の守備隊長であり、派遣部隊に対する編成権は持たない。それなのに、だ。


「君もユミルの関係者だから、話していいとは思うけどな。彼女から少しばかり、お願いされている事があるんだ」

「お願い、ですか?」


 カルバートにとって、ユミルという存在は、いわば神にも等しい戦闘力を持った超常の存在だ。

 そんな師から『お願い』というのは、珍しい出来事だと言える。彼女は大抵のことは、自分でこなしてしまうからだ。


「ああ、そうだ。俺は残念だが、君達の部隊に関してはあまりよく知らない。誰を選べばいいかわからないんだ」

「了解しました。要請により、特殊作戦を担当する部隊を編成しましょう」


 右手を左胸に当てる軍式の敬礼をして、カルバートはアーヴィンの要請を受け入れたのだった。



  ◇◆◇◆◇



 時は少し遡る。


 タモンはズカズカと足音を荒げて、王太子――いや、今は王となった男の執務室へ飛び込んできた。

 ケンネル王国、その王都となる港町。

 タモンという海上戦力を持つ以上、海に面した街こそ絶対の安全を確保できると言っていい。


「なぜラドタルトを蹂躙する必要がある!」

「タモンか? どうした」


 執務室の机に両手を叩きつけながら、タモンは怒声を上げた。

 一介の将軍が国王に対して上げていい声ではない。しかし他の人間も、彼がどれほど国に貢献してきたのか、理解している。

 そして、国王がその発言を許すほど、彼に心を開いているのも周知の事実だ。


 二人の話題に上ったのは、さきほどの軍議の結果だ。

 タモンの功績により、ケンネル国内の安定はどうにか取り戻した。

 しかし、余りにも不利な戦力差、それを覆し元国王軍を一方的とも言える軍事力で蹂躙してのけたタモンに、新政府の重鎮達は完全にのぼせ上がっていた。


 国勢が落ち着き、安定し始めたケンネル王国の貴族達は、その勢いのままにドルーズ共和国への侵攻を提案してきたのだった。

 無論、組合への対抗としてコアを望んでいたタモンにとって、この提案は渡りに船と言える。

 しかしその戦術が問題だ。


 貴族達は安全に勝利を収めることに慣れ切っていた。

 タモンの召喚能力による、航空爆撃でラドタルトを陥とし、艦砲射撃で首都を陥とす。

 あまりにも被害の広がる作戦が軍議に上がったのだ。

 交渉の余地すらない、一方的な開戦と殲滅。それにはさすがのタモンも、眉を顰めるしかなかった。


 しかも爆撃の後に交渉の窓口すら開かず、地上軍を派遣する。

 これではラドタルトは滅亡を免れない。そこまでする事は、彼も本意ではなかった。


「爆撃までは、まあわかる。だが軍を進駐させて、キルミーラを身動き取れないように牽制しているだけでいいはずだ。殲滅戦は必要ないだろう?」


 ラドタルトの町は空爆の後に徹底的に蹂躙される。

 南方の共和国に進駐する前線部隊を守るため、ラドタルトはケンネル王国の守備の要になっていた。

 キルミーラ王国にとっても、ラドタルトは橋頭保足り得る。だからこそ、ケンネル王はその起点になる町を徹底的に破壊する作戦を提案した。

 それはタモンにとっては、過剰な殺戮だと判断した。


「今更か? お前だって……いや、お前こそがあの町を滅ぼしたい張本人だろうに」

「だからこそ、爆撃以上は必要ないと判断した。なのに――」

「あの町が再建されると、我が軍の前線部隊が危険に晒される。首都とラドタルトだけでは南方地域は平定できない。攻め込む足掛かりにされたら困る」

「しかし……それではタルハンは諦めると言うのか?」


 机の上の腕を強く握りしめ、口惜しさを、憎悪すら込めて国王を睨む。

 現状ケンネルの確保してる迷宮核(ダンジョンコア)は二つ。ブパルスとラドタルトの物だけだ。

 この世界には五つの核が確認されているので、このままでは組合に対抗する組織を作るという、タモンの野望には届かない。

 ラドタルトの町を放棄した以上、キルミーラへの陸軍の侵攻は補給面で難しくなる。それをタモンは懸念していた。


「安心しろ。現状の我が軍では三ヶ国を制圧する戦力が無いだけの話だ。タルハンはコアだけを奪い取ってくればいい」

「コアだけを?」

「国そのものを制圧する事はできなくても、街一つならどうにかなるだろう? コアを持つレグル=タルハン。街を砲撃で制圧し、小部隊で奴の身柄を押さえればいい」


 タモンの能力ならば、防衛戦力を無力化する事は容易い。その後上陸部隊を送り込み、レグルの身を押さえる。それだけならば、確かに大人数は必要ない。

 キルミーラ王国全域を制圧するとなると大部隊が必要になり、本国の守りにまで影響が出る。しかし街一つだけならば、大した問題にはならない。

 コアを確保した後は再びケンネルに戻ってもいいくらいだ。


「都市の制圧部隊だけなら百名もあれば行ける。それなら軍艦三隻もあれば事が足りるか?」

「お前の戦艦とやらが常時展開できるのなら便利だったのだがな」

「僕にも魔力の限界というモノがある。小規模な艦隊でもせいぜい三時間程度が限界だ」

「それではどう考えてもタルハンには届かないな」


 南方からタルハンまでならどうにか間に合うかどうかという所。しかしそれでは現地で戦う時間が無い。

 結局タルハン近海で艦を召喚せねばならないし、召喚の依り代になる子船も用意しないといけない。


「船と上陸部隊は編制しておく。タルハンまでとなると時間はかかってしまうが、まぁそれくらいはかまわないだろう。お前はラドタルト近辺で敵の侵攻を牽制しておいてくれ」

「わざわざ殲滅した町に? キルミーラ王国が先手を打ってくると?」

「モリアスの街の新領主は有能らしい。この機を見逃さず逆撃してくる可能性がある」

「……わかった」


 タルハンさえ陥とせるならば、タモンに否はない。不要な殺戮と思わなくもないが、命令とあれば仕方ない。

 現状のコアの六割。それを確保できれば、組合の体勢は大きく揺らぎ、新しい組織を立ち上げる事もできるはずだ。

 そしてマルティネス。彼の故郷を滅亡に追いやった、悪党を断罪する。

 その二つを成し遂げれば、彼は命すら惜しくないと思っていた。



  ◇◆◇◆◇



「こんにちわ、ユミルです。今日も今日とて迷宮に潜ってます」

「ユミル姉、どこ向いて喋ってるの! ほらそっちにサラマンダーが飛んでった!」


 ボクの独白にアリューシャが的確にツッコミを入れてくる。彼女も戦場を見渡す『目』を着々と育てているようである。

 斬り結んでいた高位吸血鬼(シャドウストーカー)を手早く斬り伏せ、背後から迫る炎の精霊(サラマンダー)に相対する。


 現在は九十五層。トラキチを解放するまであと一歩である。

 この先にいるボスを倒せばトラキチは二十数年ぶりに迷宮から解放される事になる。

 だがこの階層、最終局面だけあって出てくるモンスターも並じゃない。

 シャドウストーカーは高位吸血鬼で通常武器が効かず、サラマンダーは容赦なく炎を撒き散らす。

 幸いボクにはそういった敵に有効な武器もあるので、問題にはなっていないが、この階層になるとテマ達を連れてくるのは非常に危ないだろう。


 とっさに武器を氷属性の剣に持ち替え、迫ってきたサラマンダーを一刀両断する。

 度重なるレベルアップにより、ボクの器用度や敏捷度は結構な高みに存在している。

 おかげで武器の持ち替えも、かなりスムーズにこなせるようになっていた。


 弱点とも言える属性の攻撃をボクの膂力で叩き込まれ、一撃で霧散していくサラマンダー。

 本来ならば、冒険者がパーティで当たっても攻略の難しいモンスターだが、この階層ではただの雑魚として出現している。

 何より最悪なのは、最近のセンリさんのメイン攻撃方法である銃撃が全く効かない事だ。


「ああ、もう! こんな事なら銀の銃弾でも用意しておくんだったわ!」


 苛立った叫びをあげて属性を持つ斧を取り出して、斬りかかる。

 だが彼女はその筋力の低さを補うためにパワードスーツを着ていた。

 それは多彩な武器を装備でき、近接武器の威力を強化する反面、敏捷性や命中力の低下を起こしていた。

 巨体による大振りの一撃を、すいすいと躱していくシャドウストーカー。

 斧の一撃を掻い潜り、センリさんに反撃を加えようとするシャドウストーカーを、今度は石礫の嵐が襲い掛かる。


「あ、ありがと!」

「いえ、どういたしまして」


 渋い声で応えるのは、罠の解除役についてきているイゴールさんだ。

 一瞬アリューシャの攻撃かと思ったのだが、彼女は別のシャドウストーカーに聖属性の魔法を叩き込んでいる最中だった。


「ゴメン、センリ姉。こっち手が離せなくって」

「いいわよ。一発くらいなら耐えれるから」


 アリューシャはボク達の中でも貴重な専業後衛職だ。おかげで攻撃も回復もと、やらねばならぬ事が非常に多い。

 この状況にあって、彼女の手がついに足りない事態に陥りつつあった。


「もう、無傷で突破とは行かなくなってきたかな?」


 最後のサラマンダーを切り捨て、ボクはそう一人ごちた。

 だがこの階層にボク達以外を連れてくることは難しい。今ある面子でどうにかやりくりしていかないといけないだろう。


「センリさんのパワードスーツ、直進速度とかは高いんですけど、細かい動作が苦手ですからね」

「そこが難点よね。どうにか補助しないと」

「とにかく今日のところは一旦地上に戻らない? ここで考えていても危ないし」


 アリューシャの提案も事実ではあるので、ボク達は一度地上へと戻ることにした。

 そろそろカルバート達もやってくる頃合いなので、迎えに出る必要があるだろう。

 そうしてアリューシャの魔法で地上に戻ったボク達を迎えたのは、ヒルさんの悲鳴のような声だった。


「ユミルさん、待ってましたよ!」

「どうしたんです、慌てて」

「ケンネルの艦隊が……こちらに向かっているそうです!」

「なんですって!?」


 覚悟はしていた。そろそろ攻めてくると予想して、いろいろ手を打とうともしていた。

 だが実際に来るとわかると、背骨に氷を詰め込まれたかのような感覚を味わってしまうのだった。


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