第二百四十三話 迷宮深部
学園から生徒達が出発していく。目的地はユミル村だ。
あの村はある意味ケンネル王国への最前線である。キルミーラ王国と同盟関係にある今、あそこが西部の防衛ラインとも言える。
そこへ向かって予備役の生徒達が旅立っていくのだ。
列に並んで四列縦隊を作り、街を出る。
それぞれが武装しているので、新兵と言えどその圧力は結構な物だ。
「いやー、壮観だねぇ」
「壮観だねぇ……じゃなくて! なぜ一緒に来てるんですか! しかもアリューシャさんまで連れて」
ボクはその派遣部隊の列に紛れ込んで、村に向かっていた。
これにはそれなりに理由がある。
彼等が西部に派遣されるのもボクの計画の一つだ。だがその計画の為にはトラキチの協力が必要不可欠だ。
そのためにボクは、まず迷宮を制覇せねばならない。
ボクは列の中で隣に歩くカルバート君が声を掛けてきた。
派遣部隊に紛れ込んでいるボクに、疑問を持ったからだ。
「という訳で、正式な赴任前にちょいと迷宮に用があってね?」
「いや、さっぱりわかりませんし。それに迷宮ってそう簡単に挑めるものじゃないでしょうに」
「ボク達は週末は毎日挑戦してるけど?」
「普通は一回入ったら数日は身体を休めるモノですよ?」
迷宮とは、本来ならば命を削る戦いの場だ。
連日そこに足を運ぶというのは、実は結構無茶な行動だった。
それでもボク達ならば、それが可能だ。疲労しない肉体と、圧倒的な戦闘力がそれを可能にする。
なので問題になるのは、ボクよりもむしろ彼等の方だ。
「ボクよりも君達こそ気を付けるんだよ? 危険が迫ったらすぐに避難するんだよ? 撤退は恥じゃないんだから」
「はい、わかってますよ」
「決してこちらからは手を出さず、敵が目の前に現れても様子見する事」
「はい、わかってます」
「手柄を優先するのではなく、生き延びる事を優先するんだ」
「わかってますって」
「君達はまだ未熟なんだから、絶対絶対、無茶しちゃダメなんだよ?」
「アンタは俺のオカンか!?」
呆れたような声を絞り出すカルバート君。
彼等はボクにとって初めての生徒なので、どうしても過保護になってしまうのだ。
そんなボク達を影が覆う。
上空を巨大な生物が飛び越えていったからだ。
空を仰ぐと、そこには少し遅れてリンちゃんが遊弋していた。
「それじゃ、ボク達は先に行くからね?」
「ドラゴンライダー……うらやましいですね」
「君達もドラゴンの子を育てたら、乗れるようになるよ。多分」
「どんな幸運と実力が必要なんだか」
溜息を一つ吐いて前に向き直る。その彼を置いて、ボク達は列を抜け出した。
そのボクの頭上にリンちゃんの巨体が舞い降りてくる。
地面に付くギリギリを見計らって、ボクはリンちゃんの背に飛び乗った。
そのまま一瞬だけ上空に待機させると、続いてアリューシャが後ろに飛び乗ってきた。
彼女が体を固定したと同時に、リンちゃんを高く舞い上がらせる。
カルバート達は村に着くまで二週間はかかる。とてもじゃないが、それに同行できるほど待っていられない。
センリさんと合流したボク達は、早速迷宮に潜ることにした。
タルハンの防備はレグルさんとガイエルさんに任せている。彼等なら、タモン相手でも時間を稼ぐ事ができるはずだ。
レグルさんの経験と、ガイエルさんの便利能力があれば、ボクが村に戻る程度の時間は稼げるだろう。
なにしろ、こちらには転移魔法が使えるアリューシャがいるのだから。
二十メートルを超える広い回廊の中央で、剣を構える。
この迷宮の深さは既に九十六層にまで広がっていた。
そして今のボク達がいる場所は九十層のボス部屋。もう一息でクリアできるところまで潜れているのだ。
ここならばリンちゃんに騎乗したまま、戦闘をこなせる広さがある。それにセンリさんも四メートルほどもあるパワードスーツを着て戦える。
この深さまでくると、雑魚の徘徊モンスターでも、そこらの災厄級に匹敵していた。
というか、国が亡ぶレベルのモンスターが普通にそこらを歩いている。
現に今ボクの目の前には、アジ・ダカーハが鎮座していた。しかも三体。
一体でも街を殲滅できるモンスターが、三体も。
「トラキチィィィ! お前、この迷宮をクリアさせる気はないだろぉぉぉ!?」
ボクの絶叫と同時にアジ・ダカーハが咆哮を上げた。
同時に召喚される、ドラゴンゾンビ三体。
「ほら、さっさと片付けるわよ! あいつ、放置してると際限なくドラゴンゾンビを呼び出すんだから!」
「ああ、もう!」
センリさんのハッパに従い、ボクはドラゴン計六匹の群れに突入していった。
ボクが騎乗するリンちゃんも一緒に突入する。この階層の広さなら彼女も実力を発揮できる。
「【シールドマイン】!」
ボクの突入に合わせて、アリューシャが防御魔法をかけた。
彼女のかけた【シールドマイン】の魔法は、範囲設置型のスキルの攻撃を防御する効果がある。
ドラゴンゾンビたちの放つ毒息のブレスは、この範囲設置に引っかかるのだ。【シールドマイン】の効果範囲内にいる限り、ブレスはボク達に効果を及ぼさない。
「ゴアアアアアァァァァァァァァァァァ!」
呼び出されたドラゴンゾンビは、その口から毒息のブレスを吐き掛けてくる。
しょせんはゾンビの上位種。魔法を使ったりブレスを吐く能力はあれど、状況を判断する能力に薄い。
だからアリューシャが防御魔法をかけた事を理解できず、毒息を吐き掛けてきた。
その毒はボクに到達する前に防御領域に触れて掻き消される。
しかしドラゴンゾンビの恐ろしさは、そこじゃない。
不死のモンスターである彼等は、生態的な摂理を無視した攻撃をしてくる。
つまり、息が切れるという事がない。この毒息は、途切れる事が無いのだ。
だからボクは、防御魔法の内側から技を放つ。
「――【マキシブレイク】」
【マキシブレイク】は範囲を持つ技だが、起点はあくまで使用者個人なので、範囲設置の条件には当て嵌まらない。自身を中心に発生するので、設置という前提から外れてしまうからだ。
巻き起こった炎を宿す剣風がドラゴンゾンビを始め、アジ・ダカーハすらも焼き払う。
しかしこれで倒せるほど、甘い敵ではない。アジ・ダカーハも、ドラゴンゾンビも。
ドラゴンゾンビにはそれなりにダメージを与えられたようだが、アジ・ダカーハには大した傷は与えられていない。
いや、無傷という訳ではない。ただあまりにも膨大な生命力が、掠り傷と認識させてしまう。
「クルルルルォォォォォ!」
深手を負わなかったアジ・ダカーハの一匹が、さらにドラゴンゾンビを呼ぶべく大きく口を開く。
そこへセンリさんの攻撃が飛んだ。
世界樹の枝すら撃ち抜ける高出力のビーム兵器。それを口蓋内に撃ち込まれる。
彼女がパワードスーツの背に装着しているあの兵器は、発射まで時間がかかる。
アリューシャの防御に任せて、敢えてドラゴンゾンビにブレスを吐かせ、それをボクが吹き散らす事で視界を遮り、時間を稼いだ。
世界樹の外皮すら撃ち抜く熱線は、アジ・ダカーハの頭部を容赦なく撃ち砕く。一体撃破。
思いもよらぬ反撃に、他の二体のアジ・ダカーハの動きも僅かに止まる。
その隙にボクはリンちゃんから飛び降り、ドラゴンゾンビの隙間を縫ってアジ・ダカーハの元へ向かった。
最初からボク達の狙いはアジ・ダカーハだ。
奴を放置しておけば、無限にドラゴンゾンビを召喚する。ドラゴンゾンビをいくら相手しても、戦いは終わらない。
「k起動! ヴォーパル――ストライク!」
ボクの放てる最大火力、kの魔刻石。速さを重視したせいで他のサポートスキルを使用できていないが、それでもこの技ならば、充分に致命傷を与えられる。
ゴバンという衝撃音。たった一撃で邪竜の首を斬り飛ばした。
「これで残り一体!」
三体の邪竜の内二体を討伐した。
残るは一体。だがこれを放置しておけば敵の戦力は無限に増え続ける。
案の定、最後の一体はドラゴンゾンビを召喚すべく雄叫びを上げようとした。だが、そこへリンちゃんが割り込んでいった。
リンちゃんもボクと共に迷宮に潜り、死闘を繰り返し成長してきている。
しかもアリューシャの高速成長と限界突破のチートを受けながら、だ。
結果、まだ幼竜とも言うべき若年でありながら、すでに古竜に匹敵する実力を持っている。
そんなリンちゃんだからこそ、アジ・ダカーハとも五分に戦えた。
骨でできた首筋に噛み付き、捩じ切らんばかりの勢いで地面に叩き付ける。
その勢いと衝撃で眷属の召喚が中断された。
そこへセンリさんが戦斧を構えて突進していく。パワードスーツを着た巨体は敏捷度に劣る彼女の遅さを補って余りある。
そして戦斧の一撃は出会った頃の彼女の一撃を遥かに超える。
「でやぁ!」
短く、しかし鋭い裂帛の気合。その一撃は剣呑極まりない威力を纏っていた。
邪竜の骨翼を一撃で叩き折り、その動きを制限する。ここでようやくドラゴンゾンビがボク達を振り返った。
主人たる邪竜に害を為す三名を優先的に倒すべく行動を開始したのだ。
しかし、それも無駄に終わる。
アリューシャは【シールドマイン】に続いて、次の魔法の詠唱を開始していた。
ドラゴンゾンビがブレスを吐き終わったタイミングで【シールドマイン】を解除し、代わりにこちらが地面設置型の魔法をしようする。
「【エクソシズム】!」
続いて発動したのは【エクソシズム】の魔法。悪魔や不死者にしかダメージを与えられない魔法だが、その威力は大魔導士の攻撃魔法にすら匹敵する。
詠唱が長く、特定の敵しか使えないというのがこの魔法の欠点だが、その威力の高さだけでこの魔法を使い続けるプレイヤーも多かった。
ドラゴンゾンビとボク達、それに邪竜を巻き込んで発動する【エクソシズム】。
それは容赦なくドラゴンゾンビだけを焼き尽くしていく。
残念ながら、アジ・ダカーハは骨だけのモンスターに見えて不死系でも悪魔系でもないため、ダメージを受けていない。
一応神竜という扱いなのだ。
地面から湧き上がった魔法陣から光が放射され、下からドラゴンゾンビの肉体を貫いていく。
腐敗した肉体は瞬く間に溶け崩れ、骨すら残さず消滅していった。
「ナイス、アリューシャ!」
ボクはアリューシャに親指を立てて見せる。
しかし戦闘はまだ終わった訳ではない。アジ・ダカーハは一体でも残っていれば、無限にドラゴンゾンビを呼び出せる。
一体につき一体ずつしか呼び出せないのが、まだ救いだ。
アジ・ダカーハも無論ドラゴンゾンビを呼び出そうとするが、もはや数の暴力の前には無力に等しい。
リンちゃんに召喚を妨害され、センリさんの斧にブチのめされ、ボクのオートキャスト装備で魔法と剣のダブル攻撃を受けて滅多打ちに遭う。
それから数分後。
アジ・ダカーハは正真正銘、骨の塊と成り果てたのだった。
ボスを討伐した事により、ボク達は九十層の転移装置に到達した。
これでいつでもこの階層にやって来る事ができる。
「やったね、ユミル姉」
「アリューシャも、ナイスサポートだったよ」
「私は除け者?」
ボス部屋の隣に設置された小部屋の中で、ボクはアリューシャとハイタッチしていた。
そしてここはトラキチと通話できる場所でもある。
小部屋の中央に存在する台座から陽炎のように立ち上る影。
ゴール寸前でトラキチが姿を現した。