第二百三十六話 成長の実感
村の迷宮攻略も、この三年で順調に進んでいた。
ボクが足止めを食らっていたアンデッドエリアも、実に単純な手段で突破する事ができたのだ。
その手段とは実にシンプル。
ボクがアンデッド恐怖症なら、別の人間に戦わせればいいじゃない。
その理念の元、テマ達三人を連行……もとい、拉致……ではなく、パワーレベリングと称して強制労働……じゃなく、とにかく前線要員として連れて行き、代わりに戦わせたのだ。
無論彼等の実力では深層のモンスターに太刀打ちする事はできない。
だが耐える事はできる。
その隙を突いてアリューシャやセンリさんの魔法や広域攻撃でアンデッドを殲滅するのだ。
無論、ボクだって何もしない訳ではない。
ボクは魔法系クラスは交霊師しか経由していない。
そして交霊師のスキルには無属性の攻撃魔法しかないので、アンデッドにはあまり有効な攻撃はできない。
しかしアイテムを使用する事で、多彩な魔法を使用する事ができるのが、高知力型騎士のいい所である。
紅蓮剣やファイアーブレイドという武器の付与能力で攻撃魔法を使用し、後方から援護できる。
こうしてアンデッドエリアを無理矢理踏破し、六十層を突破したのだ。
その先は再びゴーレムのエリアが続いたのだが、ここはボクの独壇場である。
無機質なゴーレムでは、ボクの敏感な感性を刺激しない。
紫焔やストームブレイドという高威力な武器を振り回して、あっという間にボス部屋へ到達する事ができた。
「さて……ここのボスは……」
「知らない」
「初めてだもん」
「ですよねー」
ボクのなかば疑問形の独り言に、打てば響くようにツッコミを返すセンリさんとアリューシャ。
その後ろではテマ達三人が震えて立っている。
階層のボスの存在する部屋は独特の装飾がなされた扉が設置されており、一目でそれと判る造りになっている。
今、ボク達は、そのボス部屋の前に居た。
「なに? ボス戦は経験あるでしょ?」
「って言っても、ここまで出てきたゴーレムって全部桁外れに強い奴ばかりじゃないか!」
「もしユミルさんに何かあったら、俺達だけじゃ地上に戻れない……」
「いったん帰りません? そして、三人だけで来てください」
根性なしな事を口にする三人を、ボス部屋の中に蹴り込んでいく。
一応ここはトラキチによる管理がなされている。
命の危険はあるが、無駄にデストラップを仕掛けたりしない事は確認済みだ。
あくまで彼が必要としているのは、生と死の狭間で発露される強い意思力なのだ。
無駄に死者を出してしまってはその効率が落ちてしまう。
それに五百レベルを突破したボクを止めれる存在と言うのも、なかなか存在しないだろう。
「ユミルさん、ヒドイ!?」
「ほら、さっさと入る。そこで達人の戦いを存分に目にするといいよ」
「もはや達人とかいう領域じゃないじゃないですか!」
騒々しい三人を無視して、ボクはボス部屋の周囲を観察する。
五十メートルはあろうかという、巨大なドーム状の部屋。多少のバリエーションはあるが大体こういう形状の部屋にボスはいる。
そしてその奥に、のっぺりとした風貌の乳白色のゴーレムが三体、存在していた。
中に入ってきたボク達を見て、その三体は同時に動き出す。
「いつか見たゴーレムだなぁ」
ポツリと、ボクは呟いた。
あれは非常に懐かしいゴーレムだ。今から九年前、初めて村を出たボク達を止めるため、トラキチが差し向けた速度重視の月長石でできたゴーレム、ムーンゴーレムが三体、そこにいた。
「あー、あの時の!」
「アリューシャも思い出した?」
「うん!」
話に置いて行かれたセンリさんとテマ達はポカンと口を開いている。
ボクは彼等に初めて会った時の話を手早く済ませた。
「あれはトラが昔ボクに差し向けた事があるゴーレムなんですよ。すっごい速いんで要注意」
「へ?」
センリさんがそう声を漏らした直後、ムーンゴーレムの姿が掻き消えた。
いや、掻き消えたように見えるほど高速でこちらに突入してきたのだ。
「【パワーアーム】!」
即座に腕力を強化するスキルを発動し、両手剣を片手で使える状態に移行する。
その攻撃範囲の広さを利用してムーンゴーレムを二体、ボクは正面に足止めした。
もう一体はボクをすり抜け、後衛へと向かう。
こればかりはボクの手の広さに関わるので、仕方ない所なのだが、そのために中衛たるセンリさんがいる。
しかしムーンゴーレム相手では、センリさんの敏捷度ではまだ足りない。
完全に敵の姿を見失ったセンリさんの首筋に、ムーンゴーレムの爪が迫る。
だが、そこへ割り込む姿が一つ。
「きゃっ!?」
「させない!」
アリューシャもまた、ボク同様に敏捷度を強化した戦闘スタイルである。
九年前はついて行けなかった速度だが、あれから経験を重ね、成長した彼女なら充分について行けるのだ。
振り下ろされるゴーレムの爪を、長杖で受け止め跳ね返す。
幸い、というべきか、ムーンゴーレムの攻撃力はそれほど高くない。それでもこの世界の人間にとっては手足が飛ぶほどの火力なのだが。
爪を跳ね返したアリューシャは、そのまま高速で移動しつつ魔法詠唱を開始する。
使っている魔法は【マジックウェポン】。魔法を武器に封じ込め、攻撃と同時に開放し絶大な攻撃力を発揮する魔法だ。
しかしこの魔法は、本来近接戦闘が苦手な後衛職にとって、非常に使い勝手が悪い魔法ではある。
まず敵の攻撃が躱せない。躱せたとしても攻撃を当てられない。当てたとしても非力すぎてダメージを与えられない。
封じ込めた魔法の解放は、ダメージを与えた直後に行われるため、ここまでこぎつける事が非常に難易度が高いのだ。
だがアリューシャはボクの速度についていくため、敏捷度を極限まで鍛え上げている。
そして高速詠唱を可能にするため、器用度も高い。
近接ダメージの低さは武装と魔法が補ってくれる。
そんなわけで、アリューシャは単独でもムーンゴーレムと立ち回れるほどに強くなっていたのだ。
背後で激戦を開始したアリューシャが平気そうなのを確認したところでボクも前を見る。
かつてギリギリで勝利を掴んだ強敵が二体。
だがボクも、この九年で信じられないくらい強くなっている。
「――ッ!」
無言で攻撃を仕掛けてくるゴーレムに、こちらも声なき気合を発して斬り結ぶ。
複数の職業を経由したボクは、速度に秀でた盗賊系を経由しているため、回避力は桁外れに上昇していた。
振り下ろされる爪の側面を叩いて逸らし、もう片方の剣で首元を払う。
しかし相手も速度特化のツワモノである。
この攻撃をあっさりと躱して距離を取った。だがそれは、ボクにとって残る一体を相手に集中する時間を与えただけに過ぎない。
離れた時間を利用して、その一体に立ち向かい、左右の二撃を叩き込んで深手を負わせる。
「えっ、え?」
速度について来れないセンリさんは、何が起こったのかいまだ把握できていなかった。
テマ達に到っては、突如ゴーレムとボクとアリューシャが消え去り、周囲の空間に剣撃の火花が飛び散りまくると言う光景に見えただろう。
「センリさんはテマ達を連れて下がって。このままだと巻き込まれる!」
ここまでボスは強敵が一体だけという構成だったので、三体と言うのはボクも予想外だった。
おかげで戦線が大きく広がり、テマ達が巻き込まれる可能性が出てきている。
ここに来てボス三体とか、トラキチの奴、地味に意地が悪いな。
「わ、わかったわ! ほら、こっちに来て」
「ハ、ハイ――」
何が起こっているかは理解できていないが、自分たちが死地に入った事は理解できているらしい。
センリさんの誘導に従い、壁沿いに移動する四人。
それを見てボクもアリューシャも、一層戦闘のギアを引き上げていくのだった。
均衡が崩れたのは、ゴーレムの方が先だった。
戦闘を開始してまだ数十秒。だが斬り結んだ斬撃は百を超える。
アリューシャもその数十秒で十を超える魔法を放ち、確実にダメ―ジを積み重ねていた。
そのうちボクの斬撃に耐え切れず、一体が脆くも崩れ去っていく。
絶え間ない高速戦闘で足元に負担がかかっていたのだろう。フェイントを入れて膝に叩き込んだ一撃に脚部が耐えられなかったのだ。
ここまで魔刻石を使用する事なく戦えている事実に、自分の成長を確認できている。
続いてアリューシャの攻撃魔法がクリーンヒットして、応戦していたゴーレムを破壊した。
これで残るは一体。後はボクがこのまま力押しで圧倒して終了である。
ガラガラと崩れ落ちたゴーレムの残骸に、ボク達は途方に暮れた。
ムーンゴーレムを構成する月長石は、組合にそこそこの値段で売れる。
月長石は魔力を蓄積する性質がある為、魔力の外部タンクとして使い捨てられるからだ。
使い捨てられるだけあって、どれだけあっても供給が追い付かないのが現状。
だからできるだけ持ち帰り、ギルドに売り込みたい所ではあるのだが――
「さすがにこの量はねぇ」
インベントリーを使えば、持ち帰ることは十分可能である。
アリューシャの倉庫機能を使えば、すべて持ち帰ることも可能だろう。
テマ達にもインベントリーの存在は教えてあるため、地上に持ち帰ることまでは問題ない。
だが、あまりにも大量過ぎる月長石は、組合に売るため持ち込む段階で怪しまれる。
無論組合支部長たるヒルさんにはボクの事情を知ってもらっているが、彼一人で買い取り作業をする訳にはいかない。
そして、現在の村の資産で、これだけの量を買いとることも不可能に近い。
何より、これだけの量を持ち込んだら、市場価格が大きく崩れる可能性がある。
「売れるだけ売って、後は倉庫に死蔵するかなぁ?」
「そうね。さすがにこの量を一気に売りつけたら、市場に問題が出ちゃいそう」
「っていうか、さっきユミルさん達が消え……消えて?」
「なにあれ、人間ってあそこまで早く動けるの? バカなの? 死ぬの?」
「あ? 誰がバカだコラァ!」
失礼なことを口走るジョッシュに背後からチキンウィングフェースロックを掛けて、悲鳴を上げさせる。
身長差がありすぎてボクがぶら下がる形になったけど、なんとか関節を決める事ができた。
「ぐえぇぇぇ!? 女の子に抱き着かれているのに、全然柔らかくないなんて!」
「ムッコロス」
何気に失礼な言葉をかっ飛ばすジョッシュはきゅっと絞めて気絶させておいた。
即座にアリューシャが【アウェイクン】で起こしている。これでもう一回遊べるドン。しないけど。
「いや、普通に無理ですよ。ここは既に人がクリアできる迷宮じゃないですって」
「ラキ、君達も最初、チャージバードにすら勝てなかったでしょ? でも今は余裕で倒せるじゃない」
「それはそうですけど……」
「この世界の冒険者達は、想像以上に伸びシロを持ってるよ。だから心さえ折れなければ、きっといつか倒せるようになるって」
「そうかなぁ……?」
実際、一般人と冒険者の身体能力の差は、十倍近くあると言っていい。
そしてボクと冒険者の身体能力の差も、それ以上にある。
一般人から冒険者まで成長した彼等ならば、いつかは到達できると思っておこう。
その辺りの調整は、ボクの仕事じゃないのだ。
「とにかく、散らばった月長石は集めて。地上に持ち帰って売れるだけ売っちゃおう。今日はお店で晩御飯おごるよ」
「それは嬉しいですけど……それっていつもの食事じゃ?」
「仕方ないだろぉ! この村には食堂が一軒しかないんだから!」
この数年で何軒かの食堂が開きはしたのだが、やはりトーラスさんほどの腕の料理人はなかなかいない。
最初は物珍しさで人気は出るが、やがては廃れ、消えていくというのが実情である。
やはり食材のバリエーションの狭さが問題になっているようだ。
こういう点も改善していかないと、村人が増えないだろうな。