第二百三十五話 リア充拡大
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王都キルマルに存在する高等学園。
ここには最近できた恒例行事があった。毎年新入生が入って数日した頃に発生するその現象を、たった三年で生徒達は名物のように扱うようになっていた。
ゴガッ、と肉を撃ち抜く様な衝撃音が鳴り響く。
直後、校舎よりも高く人が打ち上げられた。
それを見て上級生たちは『またか』というような顔をした。
「今年も新入生が打ち上げられたか」
「毎年思うが人間って空を飛べるんだな」
「さっきアリューシャ先輩がスッ飛んでいったから、死にはしないだろ」
「見かけに騙されるんだよなぁ……ユミル先生」
新入生が幼く儚げな印象を持つユミルにトチ狂って告白を強行。断られてもしつこく言い寄り、殴り飛ばされるという事件を、まるで他人事のように眺める上級生達。
この後アリューシャが飛ばされた生徒を治療し、二度と告白する気が起きないほど再度折檻するとか、ユミルが先輩教師に説教を受けるという行事が行われるのだ。
「まぁ、最初の一ヵ月くらいだよな。それくらいしたら慣れるさ」
「それくらいでタルハン遠征だもんな。あの実戦を初めて見た時は腰が抜けたよ」
「お前らは特薦の授業で直接見た経験があるだろ。俺なんてあの時が初めてだったんだぞ」
タルハン遠征を経験した生徒達は、教員達の圧倒的な実力を目にした経験がある。
だからこそ、例え少女の姿をしていたとしても、手を出そうとは思わないのだ。
だがその経験のない新入生は、どうしても彼女を侮ってしまう。
女性が少なく、また下に見やすい下地があるこの学園の騎士学科では、交際を断られた事に納得がいかず、強引に詰め寄る者も少なくないのだった。
無論、正常な精神状態ならそこまで執拗に迫ったりはしなかっただろう。
そういう人材も、入学試験で弾かれるように審査されている。
だが恋は盲目という言葉もある通り、やはり色恋が絡むと正常な判断ができなくなる生徒も多い。
彼等も、まだ若いのだから。
ユミル達が高等学園に通い始めて三年。
その破天荒な行動も、日常の中に組み込まれていったのだった。
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「いいかね! 生徒達は厳しく接しなければならない存在ではあるが、同時に人様からお預かりした大事な子息でもあるのだ! それを気軽にポンポン打ち上げるんじゃない!」
「いや、でも……ほら、しつこかったし?」
「そういう対応は町中のゴロツキ相手にやってくれ!」
「あ、その場合はもう少し高度が出ます」
「自慢になるかぁ!?」
ちょっとしつこくコクってきた生徒を殴り飛ばしたボクは、先任であるファリアス教官から大目玉を食らっていた。
まぁ、これもわりと春先の恒例行事と化しているので、今回も軽口を使って軽く流そうとしていた。
しかしファリアス教官は毎回懲りずにガッツリ説教してくるのだ。飽きないのだろうか?
「あ、そう言えばアスリン先輩と結婚したんですって? この休みは村の方で用事があったので式には出れませんでしたが」
「ああ、ありがとう。別にそれは気にする事じゃ……じゃなく!」
話題逸らし失敗。
だがそれとは別の方向から、救いの手が差し伸べられた。
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「な、なんだ!?」
突如響き渡った悲鳴にファリアス教官はお説教のを一時停止させる。
無論ボクには大体予想は付いている。
「あー、多分アリューシャですね。ボクに迫った男子には例外なく襲い掛かるので」
「止めてやれ!」
「今のアリューシャをボクが? 怖いです」
最近のアリューシャは非常に独占欲が強い。
昔からその傾向があったとはいえ、ここ三年でさらに強くなった。
理由は大体見当がつく。ボクがそれなりにモテるからだ。
今まではかなり年上の男性との付き合いが多かったため、交際に発展する可能性は限りなく低かった。
だがここでは、とっかえひっかえライバルが出現するのだ。
それも自分と同じ年頃か、もう少しボクに近い年齢の将来有望な青少年が。
もちろんボクはアリューシャが一番だといつも言っているのだが、それでもどうしても気になってしまうのだろう。
可愛い独占欲である。
「ああ、もう! 君たち姉妹は!」
一声叫んで、ファリアス教官はアリューシャを止めるべく走り出した。
どう考えてもアリューシャの方が強いのだけど、生徒を救うために恐れず立ち向かうのだから、あっぱれな精神である。
「あの、ユミル先生?」
「あ、アリスン先輩。ご結婚おめでとうございます」
「え? うん。ありがとう」
「前から肉食獣が獲物を狙うような目で見てましたもんね、ファリアス先輩」
「もう少し穏当な表現にして、お願い」
ボクがこの学園を受験した時から、アリスン先輩はファリアス教官にアタックを掛けていた。
ファリアス教官はいい教師ではあるけど、女心のわかるタイプではないので、ゴールするまでそれはもう色々と問題もあったものだ。
ボクも、アリスン先輩のヤケ酒に何度付き合ったか分からない。
ただ体育会系らしい諦めの悪さで、この春ついにゴールインしたのだ。ついでにベッドインまでしやがった。爆発しろリア充め。
「いや、そうじゃなくて! できればファリアス先輩の安全を――」
「それは大丈夫ですよ。アリューシャだって、そこまで我を忘れて折檻するはずないじゃないですか」
「あの子も性格は朗らかでいい子なんですが……」
「アリューシャは全てにおいて完璧です!」
「……ああ、そう。そうだったわね。貴方にとっては」
溜息をついたアリスン先輩だが、彼女の心配が杞憂である事を示すかのように、ファリアス教官がアリューシャを猫の子のようにぶら下げて戻ってきた。
襟首を持たれてブランブラン揺らされながら運ばれてくるアリューシャは、控えめに見て子猫の様でカワイイ。
「ほら、今度からしっかり監督しておくように」
「はぁい」
「フシャー!」
「フシャー、じゃない!」
ファリアス教官に一喝され、アリューシャはくるりとボクの後ろに隠れた。
ボクはそれを庇うように手を上げて、エキサイトした教官をなだめに掛かる。
「まぁまぁ。アリューシャにはボクからしっかり言っておきますので」
「頼むよ、本当に……」
溜息をついて立ち去るファリアス教官とアリスン先輩。
こうして今年も、恒例行事が終了したのである。
その日の夕食はユミル村に移動してから摂る事にした。
休みの日に試した遊具の進捗を尋ねるためである。
テマ達の食事をエルドレット君のメイドのエレーンさんにお任せしておいて、ユミル村に向かう。
食事の支度はセンリさんがしてくれているはずなので、そのままアルドさんの所に向かう。
彼等は世界樹のそばで作業している最中だった。
頑強なドワーフ達はそこいらの猛獣程度なら蹴散らしてしまう位タフだ。
それが群れを成して作業しているのだ。彼等の心配はあまりする必要はない。
「お疲れ様です、アルドさん」
「おう、ユミル嬢ちゃんか!」
作業の手を止めてアルドさんがこちらに向かってくる。
とは言え、高所の作業なのでエレベーターを使用するため時間がかかる。
その間に差し入れのお茶を用意しておく。
ボクがそれを用意しているのを見て、他の作業員も下に降りてきた。
「進捗どっすかぁ?」
やってきたアルドさんにボクは状況を聞いてみた。
アルドさんは世界樹を見上げながら、ボクの差し出したカップを受け取り、グイッと一息で飲み干す。
「悪くねぇよ。角度を浅くして、長さが足りなくなった分は継ぎ足して……その分水の巡りが悪くなっちまったが、まぁ、許容範囲内だ」
「水着が破れちゃったのは?」
「……ありゃあ、どうしようもねぇな」
アルドさんの話では、あまりにも長時間滑りすぎるため、布を形成する繊維が一気に擦り減ってしまうのだそうだ。
一度や二度ならともかく、三度四度と繰り返せば確実に破れてしまうらしい。
ましてや角度を浅くして滑走時間が伸びたため、更にその危険性はアップしたらしい。
「じゃあダメじゃないですか?」
「そこはそれ。破れる場所が分かってるんだから、先に当て布してやればいいんだよ」
「当て布?」
「尻が破れるのは避けられねぇんだから、ズボンでも履かせりゃいいのさ!」
アルドさんが提示したのは、腰と膝で固定する当て布をお尻に敷いて滑る案だ。
当て布自体は消耗品なので、村が提供してやればいい。
「ふむー、なんだか冬季五輪の橇競技みたいですね」
「とーきごりん? よく判らんが、橇と言うのはいいアイデアだな」
景色を堪能するため、チューブは格子状に削られている。
これは景色という利点を生かすため安全性を犠牲にしているともいえる。
うっかり指を伸ばせば、そのまま指が飛んでもおかしくないのだ。
だが橇に乗せていればどうだろう?
身体を支えるため、否応なく手は橇を掴まざるを得ない。つまり指を格子に伸ばす余裕がなくなる。
「悪くないですね、それ。でも橇を上まで運ぶ手間が必要なんじゃ?」
「そこはゴーレムがエレベーターを動かしてくれてるしな。数を用意しておけば問題は無いだろう」
「なるほど……それなら橇にブレーキをつけておけば、勢いがついてボクみたいに壁にめり込む可能性も下げれますね」
橇で水中に突入すれば、それ自体が急激なブレーキの役割を果たしてくれる。
水切り石のように跳ね回る事も防げるだろう。いずれは二、三人で乗れる橇を作るのも悪くないかも知れない。
「夢は広がりますね。その線でお願いします」
「おう、任せろ!」
新しいアイデアにアルドさんが燃えている。
これ以上ここにいては邪魔になるだろう。
ボクは夕食を作って待ってくれているセンリさんの所に向かったのだった。
センリさんの料理の腕は壊滅的だ。
だが今の彼女には強い味方がいる。カザラさんだ。
男寡だった彼は、それなりに料理ができる。
センリさんは料理を全てカザラさんに任せて、悠々自適な同棲生活を行っていた。
つまり、センリさんがいる食卓にはカザラさんも一緒にいる。
食卓にチャージバードのチキンクリームシチューを並べながら、カザラさんが橇アイデアに食いついてきた。
「へぇ、橇であのチューブを? それは面白そうだな」
「でしょ? アルドさんの本職は大工だし、今は忙しそうだからカザラさんがやってみます?」
思い出してみたら、カザラさんは草原用橇の開発者である。
遊具用の橇にも興味を持って当然と言えた。
そこにセンリさんが更に悪ノリしてくる。
「じゃあさ、武装とか――」
「付けませんから!」
ボクの即断否決を受け、センリさんがションボリとシチューを啜り始める。そこへ静かにおかわりを注ぐカザラさん。
暴走しがちなセンリさんと、控えめなカザラさん。
彼もいい人なので、センリさんはいい男と捕まえたと言える。問題はボクの貞操も、継続して狙ってる点だが。
「着水時にブレーキを開く機構と滑り台のチューブに合うサイズの橇か。設計してみよう」
「お願いします。後センリさんの手綱をしっかりと」
「ユミルには世話になったからな。任せておけ」
優しげな眼でセンリさんを見るカザラさん。こう見てみるとボクの周囲では色々とカップルが成立している。
あのキーヤンですら嫁を貰っているのだ。
アリューシャもボクに積極的にアタックしてきている。そろそろボクも、色々覚悟を決める時期なのかもしれない。