第二百三十四話 新名所の試運転
高等学園での生活は、特に大きな問題もなく……いや、問題は多々あったが、まぁ……それなりに過ぎていった。
あれから二年が経過し、アリューシャも三年生に進級。ボクも教員と言う仕事に馴染み始めている。
センリさんも強引にカザラさんと一緒の時間を作ってあげた成果か、そろそろゴールする気配が漂っていた。
そんな中、ボクは久しぶりにユミル村へ訪れていた。
学園の仕事があるので、週明けには戻らないといけないのだが、それでも今日やらねばならぬ仕事が存在したのだ。
世界樹の中にトラキチがゴーレム式エレベーターを設置してくれていたので、アルドさんやドワーフの職人たちと一緒に乗り込み、上空の踊り場まで登る。
そこには世界樹の外周に巻き付くように木製の管が取り付けられ、世界樹の吸い上げた地下水がその管の中に勢いよく流れ込んでいた。
つまりは、ウォータースライダーが完成しているのだ。上空百メートルという高さに。
「うおぉぉぉ、マジで作っちゃいましたか!」
「いや、ユミル嬢ちゃんが作れって言ったんだろ!?」
「すごい! アルドおじさん、すごい!」
一緒に付いてきたアリューシャがテンション高くピョンピョンと跳ねる。
そこでぽよぽよ弾む物体を見て、ボクの心もピョンピョンするん……いや、なんでもない。
アリューシャの成長もいったん落ち着きを見せ、どうやら召喚者特有の停滞に入りつつあるようだった。
今のアリューシャは身長にして百五十台半ば、胸囲はそれこそ驚異の九十台を誇る。
半分くらいくれてもいいのに。
「ね? ね? これもう使えるの? 滑ってもいいかな?」
「落ち着いて、アリューシャ。今日はテストだよ。そのためにボクがここに呼び出されたんだから」
そう、今日は村の新名所、ウォータースライダーの試験にやってきたのだ。
この試験にボクが選ばれた理由は単純。ボクなら多少のトラブルが発生しても、なんとかなるという考えである。
確かにボクのHPならば、ここから直接地面に落ちても、多分生きているだろう。
ウォータースライダーは下半分部分はそのままに、上半分を格子状に切り抜いて外の景色を見れるように工夫してある。
現実では指が挟まったりして危険という判断をされる構造かもしれないが、この世界では指が飛んでも【再生】の魔法で元通りにできるので問題ない。
そう言った術師を常駐させておけば問題は無いだろう。
「えー、ユミル姉だけずるい。わたしも滑りたい」
「そりゃアリューシャも大丈夫かもしれないけど、危険があるかもしれないから、最初はボク。これは譲れないよ」
「う~」
すっかり美少女に成長したアリューシャだが、いまだに子供っぽさは抜けていない。
むしろそれが小悪魔的な魅力になっていて、ますますボクはメロメロである。
後、ボクの呼び名も『ユミル姉』になっている。これは親密度が増したようで、少し気分がいい。
だが、それは今はどうでもいい事である。
「とにかく、途中で削りそこなった所とか、急な加速で危ない所とか、高速で下のプールに突っ込むかもしれないから、最初に危険な場所がないか調べてからだよ」
「はぁい」
さすがに危険があるかもしれない試験調査で、アリューシャに先陣を任せる訳にはいかない。
ボクは踊り場にある仕切りに隠れて水着に着替えて準備する。
薄い紺色のワンピース水着で、少しばかりスクール水着に見えなくはない代物だ。
さすがに春先の気候でこの格好は非常に寒い。
だが流れ出る水は迷宮の溶岩地帯を経由しているために温水になっており、腰を浸すと丁度良い温度が心地よい。
「おお、この温水はいいですね。これだけで温泉も開けそうです」
「余計な仕事を増やすのはよしてくれ。でも水道を村に通すのは悪くねぇな」
いまだに村の水源は、各所に掘られた井戸である。
世界樹の道管……外環付近に存在する水を吸い上げる管を利用して、村に水道を敷くのは、確かに悪くないアイデアだ。
今でこそ温水を吸い上げているが、迷宮で根の通す場所を調整する事で冷水のまま吸い上げる事も可能だろう。
「ま、それは後で。今はこれが先決ですから」
「おう。それじゃ、さっさと行ってみてくれ!」
「はーい」
ボクは気楽な返事を返して、そのままスライダーの中に身を投じた。
最初はゆっくりと、だが次第に加速を強めながら世界樹の外周を滑り降りていく。
「おお? おお! おおおおぉぉぉぉぉ!?」
水飛沫を跳ね上げ、その水が格子の隙間から飛び出して聞く。
外周を回りながら加速を続け、だが再び傾斜が緩くなって速度を落とす。
こうする事でスピードが出すぎる事を防ぐ構造らしい。
高速で滑り落ちるボクに寄り添うようにリンちゃんが周囲を飛行していた。リンちゃんの役目は下まで降りたボクを回収し、再びアルドさんの所に運ぶ役目だ。
そして充分に速度が落ちた所で、また傾斜が強くなり、加速が始まる。
「うひょおおおぉぉぉぉぉ!」
ヤバい、これは気持ちいい。
適度な温度のお湯が身体に絡みつく感触も気持ちいいし、水を蹴散らして滑り落ちる爽快感も悪くない。
何より世界樹の外周を回るように滑る事で、村の周囲の遠景を愉しむ事も出来る。草原しかないけど。
そのままゆっくりと速度を落としながら村のそばまで移動していく。
これは着水地点が村の貯水池兼プールになっているからだ。
だが速度を落としたとはいえ、百メートルの高度から滑り落ちてきたのだ。
落ちたとは言え凄まじい速度でプールに突入し、水面の張力に弾かれて、ボクは水面を水切り石のように跳ね回った。
たっぷりと数十メートルも水面をブッ転がされ、対面の壁にドゴンと突入してようやく止まる事ができたのだ。
「う、ぐえぇぇぇ……」
舞い降りてきたリンちゃんは、まるで尺取虫のような格好で静止したボクを、親ネコが子ネコにするように、ボクの水着の襟を咥えて運ぼうとする。
それができる点でワンピース水着は利点がある。決してビキニを着ると貧相に感じるからではないのだ。
アリューシャがビキニが似合うのを羨ましく思ったりなんかしないんだから!
「ってリンちゃん! 違う、違う! 咥えるのは襟だけで――んぶっ」
考えてみれば体長十メートルを超えたリンちゃんに、細かな作業ができるはずもなかった。
ボクはリンちゃんに首から上を咥えられた状態で、空へと運ばれていった。途中で死んじゃった魔法少女のような格好である。
そして首を咥えられたまま百メートル上空まで運ばれ、ペッと吐き出された。
「お、おう。えらく斬新な運ばれ方だな?」
アルドさんは首を咥えられてブランと脱力したボクの姿を見て、若干腰が引けている。
だが仕方ないのだ。上空で暴れて落ちたら危ないじゃないか。
「それはリンちゃんに言ってください。ボクも後でしっかりと話し合う事にします。物理的に」
そう言ってボクはアルドさんにウォータースライダーの所感を述べていく。
爽快感や途中の景色、湯の温度などを報告していく。
「ただ最後の速度調整だけは失敗ですね。もっと速度を落とさないと一般人だと死んじゃいます」
「そうか、じゃあ傾斜をもう少し緩めた方がいいな。滑る時間も伸びるし、都合がいいか」
そうやって話し合うボクの後ろに回るアリューシャ。いつもの配置である。
だがいつもなら腕にしがみ付いてくるアリューシャが、ビクッと驚いて数歩後退る。
「ゆ、ユミル姉、ユミル姉――」
「ン、なにアリューシャ?」
後ろからツンツンとつついてボクを呼ぶので、ボクはアリューシャの方に振り返った。
すると今度はアルドさん達がビクッとした。
「なに? どうかしたの?」
「あのね、ユミル姉。後ろ、破けてる」
「ハイ?」
ボクは背中を見ようと身体を反らせるが、人体の構造上、自分の背中と言うのは見れないものだ。
代わりに手で背中を撫でてみると、水着の手触りが存在しない。
「お?」
出発前は最低限腰回りやお尻を覆っていたはずの布の感触が無いのだ。
「あ、あれ?」
「ユミル姉、背中の水着が全部擦り切れちゃってて、お尻丸出しなの」
「な、なんですとぉ!?」
ボクは慌ててお尻を両手で隠す。
振り返ってみると、アルドさんが疲れ果てたような顔でこちらを見ていた。
「見ました?」
「見た。それも修正点だな」
「ちょっと、他に感想はないモンですかねぇ!?」
「ユミル嬢ちゃんは子供みてぇな体型だからなぁ。せめてアリューシャ嬢ちゃんくらいは肉が付いててくれないと」
「ぐふぅ!」
確かにアリューシャのセクシーさには、ボクは敵うべくもない。
しかもドワーフの女性は、背が低いながらも肉付きは豊かな体型が多く、これまたボクとは比べ物にならない。
アルドさんがボクに対してそう言う感情を持たないのは、そう言った種族的な嗜好の違いもあるのだろう。
「ま、ドワーフばかりで助かったな! ガハハハハ!」
ボクの背中に回り込み、その滑らかな肌をバンバンと叩く。
アルドさんに関しては、アリューシャも寛大な態度を取る。これがカロンとかルイス君だったりした日には、【ファイアボルト】の雨が降る。実際に。
「もう、ユミル姉はそう言う所無防備なんだから! 女の子なんだから気を付けなきゃダメじゃない」
「いや、アリューシャ。ボクは女の子って年齢じゃないんだけど」
「見た目幼女なんだから、女の子でいいの!」
「えー、それはなんだかヒドイよ?」
確かに幼い印象ではあるが、幼女という程幼くはないはずだ。
ボクが少し頬を膨らませて不平を表明していると、アリューシャが学園のマントをボクに掛けてくれる。
これは別段特別な魔法効果がある訳ではないが、視線を遮る程度の大きさはある。
「あ、ありがと。少し寒かったからこれはありがたいね」
「それもだよ。女の子は身体を冷やしちゃダメなんだから」
「それ、ボクにも通用するのかなぁ?」
「……なんだかユミル姉には寒さも利かない気がしないでもない」
「最近アリューシャが冷たいです」
「そんな事ないよー」
いつものようにジャレていたのだが、不意にアリューシャがボクをひょいと抱き上げた。
俗に言うお姫様抱っこである。
「ちょ、いきなりなにするの」
「いや、可愛かったからつい」
「ほら、嬢ちゃんたち。ジャレあってねぇで下に降りるぞ。こっちはこれからルートの算出とかしなきゃなんねぇんだからな!」
速度が付きすぎる問題は、着水地点の傾斜を緩やかにすればいいというモノではない。
角度を浅くすれば、スライダーの長さが足りなくなり世界樹の周回する回数も増える。
そうなれば、スライダーの継ぎ足しも行わねばならず、その部分の段差も削る作業が出てくる。
ドワーフたちにとっては、一からコースを考え直さないといけない大仕事なのだ。
「あ、ごめんなさい」
「ごめんなさーい」
アリューシャは謝ってはいるが、ボクを下ろそうとはしていない。
しかもなんだか膝裏に入れた手が、ムニムニと太股を擦っている気がするのだ。
「あの、アリューシャ?」
「んー、いい感触」
「アリューシャが獣の目になっている!?」
「このままベッドインでもいいよー?」
「チクショウ、誰だ純真なアリューシャに変な事吹き込んだの!」
「学校の授業でー」
「責めるに責められない!?」
アリューシャ、もうすぐ十五歳。そろそろ色を知るお年頃である。
ボクの貞操も風前の灯火かもしれないと、戦慄を覚えた一日だった。
大変お待たせしました、再開します。