第二百三十三話 七年目の日常
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学園内アンケート、結果。
アリューシャの場合。
生徒Aの証言。
「エロい、カワイイ、甘えたい。散々甘えた後押し倒したい。でも話してみると、まだまだ子供で残念」
生徒Bの証言。
「デートに誘ってみようと話しかけたら、『薬草採取とサハギン退治のどっちがいい?』と聞かれた。それはデートじゃなくて冒険だ」
生徒Cの証言。
「プレゼントについてアドバイスを貰おうとしたら、女神の錫杖とか、大天使の大杖とか、魔剣『紫焔』とか聞いた事もない武具を挙げてきた。ちょっと引いた。武器じゃなくて欲しい物を聞いたら、『ユミルお姉ちゃんの赤ちゃん!』と即答した。ドン引きした。」
生徒Dの証言。
「魔法についてアドバイスが欲しいと尋ねたら、『ギュっとしてバーッとしてドカーンって感じ』と答えられた。表現力はないらしい」
生徒Eの証言。
「最近ぽっちゃりして来たと思ってたら、見る間に痩せていった。あの痩せ方はアヤシイ。ダイエット法を公開すべき、絶対そうすべき」
ユミルの場合。
生徒Aの証言。
「エロい、カワイイ、お持ち帰りしたい。制服とか体操着を着せて膝に乗せた後、押し倒したい。でも話してみると色んな意味で残念。超残念」
生徒Bの場合。
「デートに誘ってみようと思ったら速攻で蹴り入れられた。暴力的過ぎて残念」
生徒Cの場合。
「欲しいものは何か聞いてみたら『アリューシャのすべて』って答えられた。割り込む隙がねぇ。俺は彼女がいるけどもったいない。残念」
生徒Dの場合。
「あれは人間じゃない。魔王、もしくはそれに匹敵する伝説の何か。生徒の心を折るのが上手すぎ。やめて、俺の正気度はもうゼロよ!」
生徒Eの場合。
「ピョンピョン飛び跳ねて板書するので字が汚い。そろそろ踏み台に乗る事に妥協してほしい。いい加減チビなんだから」
◇◆◇◆◇
ボクは怪しい書類を眺めていたカルバート君とエルドレット君他数名をひっ捕まえて、没収した書類に目を通していた。
そこにはボクにとって許されざる文言が並んでいたのだ。
「さて、諸君。言い分を聞こう」
「い、いや、それは……」
「特にこの『生徒A』、コイツは校庭五十周くらい走らせて性欲発散させなきゃダメだね」
「あ、そいつはナッシュ」
ボクの威嚇にあっさりとカルバート君がクラスメイトを売った。
あの脱走野郎、まだ懲りてないと見える。
「じゃあ、この『B』は?」
「それは二組の――」
「バカ、カルバート、お前裏切る気か!?」
「勝ち目のない戦いはしない主義なんだよぉ!」
カルバート君のセリフを遮ったのは、二組の男子生徒だ。担当ではないので名前は知らない。
だが慌て方から見るに、彼は非常に怪しい。
「君、後で補習。特薦組コースで」
「ぐはぁ!?」
「それで『C』は誰?」
「あ、それはダントンが彼女のプレゼントのアドバイスが欲しいって」
「チクショウ、祝ってやる!」
あの鉄壁戦士、こっそり彼女持ちだったのかよ。
今度から盾役のカリキュラムを少しきつめに調整する事を決意した。
「それから『D』は? 魔術科の子だと思うけど」
ボクがそう聞いた瞬間、エルドレット君がダッシュで逃げだそうとしたので、その襟首を引っ捕まえた。
もはや答えを聞くまでもない。Dはコイツだ。
「逃がすか、バカモノ」
「で、出来心だったんです!」
「エレーンさんに報告しておくからね?」
「鬼ですか!?」
エルドレット君は隠しているつもりだろうが、どう見てもメイドのエレーンさんに片思いしている。
彼女の方は気付いていないようだが、それもまた見ていて微笑ましい。
そんな二人に、こういう告げ口をしてやれば、いろいろこじれていい具合に面白い事になる可能性もある。
さすがにダントン君の仲を引っ掻き回す気はないが、お隣の子をからかうくらいは許されるだろう。
「で、『E』は――」
そこまで口に出した瞬間、遠巻きにこちらを眺めていた生徒が一人、駆け出していった。
この高等学園では女子生徒は少ないので特定は簡単である。
ましてや今いる場所は特薦クラスの教室前。つまり……
「キーリ、だね?」
「の、ノーコメントで」
さすがに女子を見捨てる気はないのか、カルバート君は健気にも抵抗の素振りを見せた。
だが、逃亡する後姿を目にした以上、ほぼ黒と断定していいだろう。
彼女には残念だが生徒指導室という名の地獄に堕ちてもらう事にしよう。アヘ顔になって泣いたり笑ったりできないようにしてやる。
「クッ、すまんキーリ、俺は無力だ」
「その絶望を糧に成長するといいよ。ボクの壁は厚く高いけどね」
「一部薄いですけどね」
「あぁん?」
「な、なんでもありません!」
命知らずな言葉を漏らしたカルバート君は、ボクの一言で沈黙した。
最近、アリューシャ以外にもボクの威厳が大きく下落している気がする。
まぁ、生徒との距離が近くなるのは悪い事じゃない。
教室前で生徒と戯れるボクを、先輩教員のファリアス教官が溜息を吐いて眺めていた。
その横にはアリスン教官も一緒にいる。
コイツ等もいつも一緒にいるな。いつかちょっかい出してやろう。
そんな悪巧みをしながらも、ボクは逃げたキーリを追うため、その場を立ち去ったのである。
罰はみんなで受けないといけないよね。
週末、久し振りにユミル村に帰還する事になった。
これはしばらくの間が開いた事でようやくほとぼりが冷めつつあると言う事と共に、作業の進捗を調べる必要もあったからだ。
それともう一つ――
「世界樹の枝を三つ?」
「そう。そろそろテマ達の装備もバージョンアップしてあげたいと思ってね」
「確かにゴーレム相手に苦戦してたわね」
留守番を受け持っているセンリさんに、現状を報告しておく。
彼等は週末の迷宮探索以外に、ボクの授業を受けているので、最近成長が著しいのだ。
テマの斧も刃毀れが目立つようになり、そろそろ交換時期に来ている。
その影響か、防御力の高いゴーレムや機械系の敵に少々梃子摺る様になっているのだ。
「世界樹製の斧とかあれば、ぶち当たってる壁を破れそうな気がするんですよね」
「いや、アイテムの力で破っちゃダメなんじゃない?」
「そりゃ実力が足りないのに、アイテムでブーストしちゃダメでしょうけど、今の彼等なら充分持つ資格はあるんじゃないかと」
彼等もアリューシャの限界突破の恩恵を受け、急激な速度で成長しているのだ。
今では武器の方が彼等の力量について行けていない。直接彼等の成長を目にしていないセンリさんの危惧は、今では的外れになっている。
「少なくともボクはもう世界樹の武器を与えてもいいレベルにあると判断しました」
「そっか、ユミルがそう見たのなら間違いないわね。こと戦闘に関しては、間違いないもの」
「なんだか戦闘しか能がないような言われ様です……」
「村に大惨事をもたらしたのは誰だったかしら?」
「……………………」
心無い指摘に、ボクは超音速で視線を逸らした。
ゲームでは余波とかの概念が無かったから、避けようのない不可抗力だったのだ。
「そういう訳で、彼等の武器も作ってあげてくれませんか? 普通に」
「普通に?」
「そう、普通」
「つまらないわね」
かつてアリューシャに作った弾倉付きのメイスなど、センリさんにフリーダムに創作されると、斜め上にカッ飛んで行ってしまう。
今のテマ達に、そう言ったピーキーさは必要ない。
「それじゃ、ボクはこれからアルドさんの様子も見てきますから」
ユミル村アミューズメント化計画を丸投げしている彼の様子も、見ておかねば無責任というモノだろう。
いや、丸投げしている段階でアレだけど。
センリさんも久しぶりの武器製造とあって、なんだワクワクしているようだし、これはこれでいいとしよう。
アルドさんは作業場で、巨大なぶっとい蔦を削っていた。
彼の手にはボクが作った、世界樹製のカンナが握られている。どうやら世界樹で世界樹を削る考えは正解だったようだ。
「こんにちは。進捗はどうです?」
「おう、ユミル嬢ちゃんか。見ての通り順調だよ。この蔦の内側を削って『うぉーたーすらいだぁ』とやらを作ってみようと思ってるんだ」
確かに彼が手に掛けている蔦は、人が一人余裕で潜れるくらいの太さがある。
この中に世界樹の吸い上げた水を流し、滑り台の要領で貯水池まで滑らせれば、かなりスリリングな遊具になりそうである。
現に、アリューシャの目は既にキラッキラに輝いていた。
「アルドおじさん、これいつできる? わたし、試したい!」
「お、おぉう……そうだな、長さが長さだから、まだしばらく時間がかかるぞ」
「え~」
「コラ、アリューシャ。アルドさんも頑張っているんだから、わがまま言わない」
「う、はぁい。ゴメンね、アルドおじさん」
「いいって事よ。それだけ楽しみにされちゃ、職人冥利に尽きるってモンだ」
ガハハと豪快に笑って、受け流すアルドさん。
幼い頃からこの村に住んでいたアリューシャは、なんだかんだで皆のアイドルである。
彼女に『お願い』されて断る人間は、古株の中にはいないだろう。
「貯水池の方はどうです?」
「そっちも組合が日雇いを雇って進めてるぜ。浅いのと深いのの二つ」
「浅いのは子供用のプールですね。悪くないです」
「こいつを作るのに一年、貯水池の方も固めてから……同じくらいか。それくらいは勘弁してくれ」
「うん、わたし待ってるね!」
アリューシャは手を振ってアルドさんを激励する。
もはや子供の面影はかなり少なくなっているが、彼女が『この村の子供』である事実は変わらない。
アルドさんも相好を崩して、『任せろ』と親指を立てて返したのである。
ユミル村の視察を終え、ボク達は王都キルマルへ戻ってきた。
日は既に傾いているが、夕食を外で取る人たちが行き交っているので、賑やかだ。
そんな街並みを抜けて郊外の自宅に戻って来た所で、ボクは金髪の美少年と再会した。
「あ……」
「あれ、ルイス君じゃない」
「あの……お久しぶりです」
ボクはあまり気にしてはいないが、彼はボクと顔を合わせるのが気まずい様子だった。
元々はしかみたいな感情が先走っただけなのだし、ボクも元男として判らなくもない。
後から考えてみたのだが、命の危機から目を覚ましたら美少女の膝の上とか、恋に落ちても仕方ない状況である。
「うー……」
「アリューシャも威嚇しない。ルイス君、ボクはもう気にしてないからさ。付き合うのは無理でも、ご近所として仲良くしてくれると嬉しいな?」
「は、はい。判ってはいるのですが、その……」
「まぁ、嫌われていないならいいよ。気持ちの整理が付いたら、また顔を出してね?」
「う、はい」
「『うん』でいいよ。アリューシャとも仲良くしてあげてね」
「その、ボクは構わないのですが……」
ちらりとアリューシャに目をやるルイス君。その先には警戒心を全開にしたアリューシャの姿があった。
基本人懐っこいアリューシャだが、ボクに言い寄る人間には昔から警戒する傾向がある。
思い返してみればカロンの時もそうだった。あの時のアリューシャは珍しく好戦的だったのだ。
「こーら。アリューシャもルイス君はいい子だから、嫌っちゃ可哀想だよ?」
「んうぅ……それはわかってるんだけどぉ」
「大丈夫、ボクはいつまでもアリューシャ一筋さっ!」
ポンポンと頭――に手が届きにくかったので、背中を叩いて、仲直りを促す。
ボクに浮気の気配がないと判断したアリューシャは、渋々ながらその提案を受け入れた。
「しかたないわね。ユミルお姉ちゃんがそこまで言うんだったら、仲直りしてあげる!」
「う、うん。ありがと?」
なぜお礼を言わないといけないのか、腑に落ちない表情でルイス君がアリューシャと握手を交わす。
その光景を見ていると、まるで姉と弟のようだが、実のところほぼ同年代である。
こうして様々な問題を抱えつつも、ボク達は日々を過ごしていったのだ。
これで今章……というか、アリューシャの12歳編は終了になります。
次章から三年の時を飛ばして、最終章に入る予定です。
投稿としては31日からポンコツ魔神の連載を再開して、その後くらいでしょうか。
その間お暇な方は、カクヨムの方の連載もよろしくお願いしますw