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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第二百三十一話 新しい居候

 突如響き渡った、重厚な低い声。

 ボクはそれがどこから発せられたのか、理解できなかった。

 自身の感知能力には、自分達以外の存在は感じられない。周囲を見渡してみても、他の存在なんていないことは確認済みだ。


「一体どこから……」

「少女よ。見える物だけが真実とは限らぬ。常に周密精到(しゅうみつせいとう)に周囲を観察し、慎始敬終(しんしけいしゅう)を心掛けねばならぬ」


 なんだかよく判らない言い回しを、間断なく垂れ流す。

 そしてボクは、ついに声の発生源を発見した。それはボクの目の前にある、マンドラゴラから発せられていたのだ。

 丸いカブ状の根菜のしわがパクパクと開閉して言葉を発していたのだ。


「ひょっとして……マンドラゴラ?」

「如何にも。現在我が前に立つは暗愚極まる幼子のみ。即ち汝が前に存するは我一人と言う事になる」

「なんかすっごいバカにされてる……」


 無駄に難解な言葉でボクに話しかけるカブもどき。

 まるで百歳を超えた老人の顔のようなしわを動かし、言葉を発していたのだ。


「ユミルお姉ちゃん、これがマンドラゴラ?」

「ボクも初めて見るから、断言はできないけど――」

「モンスター辞典に乗ってたものと同じ形ね。喋るって言うのは初耳だけど」


 想定外の出来事に戸惑うボク達。

 悲鳴を上げるとは聞いていたけど、知性を持って話せるというのはさすがに想定していなかった。

 これを引っこ抜くのは、抵抗あるかもしれない。


「幼子よ。我はこの地にて永劫無極(えいごうむきょく)の思索に耽溺(たんでき)するのみ。無為に生の終焉を迎えるを良しとせず。この後も酔生夢死(すいせいむし)の境遇を望む」

「判らん。もっと簡単な言葉で話せ」

「ころさないで」


 ボクが剣を引き抜きながらマンドラゴラに脅しをかけると、実に簡潔に希望を述べてきた。

 なんだ、簡単に話せるんじゃないか。


 とは言え、自我のある存在を一方的に刈り取るのは、ボクも気が引ける。

 ちらりとルイザさんに視線を流してみると、彼女もなんとなく気まずそうな雰囲気を醸し出していた。


「どうしよう、殺さないでとか言ってますけど?」

「さすがに意志ある存在を一方的ってのは、私も……ねぇ?」

「ですよねぇ」

「そうか? さっさと刈り取っちまおうぜ」


 荷物から伐採用の鎌を取り出しながら、アーヴィンさんは豪語してのけた。

 彼はある意味、戦闘の最前線で命のやり取りをしているのだ。標的の命を奪う事にためらいはない。

 その点、冒険者歴七年のボクは、その辺りの覚悟が少し甘いかもしれない。


「さて、では悲鳴対策に、アリューシャちゃん【サイレントフィールド】を――」

「ひぃぃぃぃぃぃ!?」


 鎌を持って近付くアーヴィンさんに、マンドラゴラが早くも悲鳴を上げた。

 ただしこれは、精神にダメージを与える類の物ではない。本当にただの悲鳴である。


「ちょっと待ってくださいよ、アーヴィンさん。そんなだから早いって言われるんですよ」

「なにがだよ!?」

「ナニがですよ?」

「誰から聞いたぁ!」


 そんなの、聞けるのは一人だけである。

 女子会の下ネタ話は結構ディープな所まで暴露されるのだ。

 それはともかく。


「このままじゃ後味悪いし、アリューシャの教育にもよくありません。何か解決策を考えましょうよ」

「解決策って言ってもなぁ……」


 必要なのはマンドラゴラ。これは変わらない。

 だがマンドラゴラと言っても目の前の存在を見る限り、色々な部位がありそうだ。

 大きく広がった葉。顔の様相を成す根菜部分。そしてその下にあるであろう本体。

 噂では花まで咲かせるという話である。


「ルイザさん、ダイエットに必要なのは、マンドラゴラのどの部位なんです?」

「我はたかが痩身行為の為に危急存亡の(とき)にあったのか……」

「たかがっていうなー!」


 迂闊に口を滑らせたマンドラゴラに、アリューシャが両手を振り上げて抗議する。

 彼女にとっては、珍しく乙女として目覚めた行為なのだ。これは尊重してあげなければならない。


「迂闊な事言うと、その場でチョンパだからね?」

「委細承知」


 エキサイトしたアリューシャを見て、すんなりと了承するマンドラゴラ。

 だがここでボクは一つ不思議な事に気付いた。


「素直なのはいい事だけど、なんか素直過ぎない? ボク達と初対面でしょ?」

「我とて目前の怪力乱神の徒を見逃すほど無知蒙昧に(あら)ず。例え面従腹背であろうとも、一時の安寧の為、(こうべ)を垂れる事も厭わ(いと)ず」

「簡単に」

「強いのは見たら判ったので、死なないように歯向かわないでおこうと思いました」


 どうやらこのマンドラゴラ、目の前に立つボクの力量を見抜いた上でへりくだった態度を取っているようだ。

 それが心からでないのは、言葉の端々から漏れる暴言に見て取れる。

 とにかく、ボクも無駄な戦闘を行うのは本意ではない。


「話は逸れましたが、ルイザさん?」

「え、そうね……確かマンドラゴラ本体が必要なのではなく、その内部で熟成される種が必要なのよ」

「ほう、種?」

「そう。でも花から取れる種じゃダメなの。その前の内部で子房に送られる前の若い奴。だからどうしてもマンドラゴラを裂いて取り出さないといけないの」


 ルイザさんは指で宙に図を描きながら、ボクに説明してくれる。

 それは一般的な植物を例にした図だったが、大体の概略は把握する事はできた。

 だがそれは、解決策と呼ぶにはまったくもって遠いモノだ。結局のところ、マンドラゴラは死んでしまうのだから。

 再び袋小路に陥りかけた思考を、だがマンドラゴラ本人が割り込んできた。


「待たれよ。それならば正に翦草除根(せんそうじょこん)の――」

「簡単に!」

「解決策、あるッス」

「オーケー、発言を許す」


 ボクがそう許可を与えた直後、信じがたい事が起きた。

 マンドラゴラが不意に地面から手を出して地面に付き、自力で身体を引き抜いたのだ。

 地面の下から子供が粘土で作った人形のような体が抜け出してくる。

 しかも体毛のように脇や股間などに繊毛が生えて妙に人間臭い形をしている。


「我――」

「簡潔に」

「……要は体内から種を出せばよいのだろう? それならば自らの意思で出す事ができるのだ」

「なんですと!?」


 マンドラゴラが言うには、人体と同じように、刺激を与えると内部の若い時期の種を出す事がきるらしい。

 そしてその方法も、人間と酷似している。

 つまり――


「ここは慣れてるアーヴィンさんの出番ですよね?」

「なんで俺なんだよ!?」

「ほら、日々の精進の成果を見せる時です」

「いや、最近は……」

「リア充死ね」

「だから、なんでだ!?」


 とにかく、この手の事に経験が豊富そうなアーヴィンさんにお鉢が回った。

 さすがにアリューシャは何の事だか理解していなかったが――いや、センリさんのおかげで危ない所だったが――ボクとルイザさんから両面攻撃を受けている事になった。

 いや、ボクは詳細については知ってるけど、それを他者に行うのはさすがにご免被る。

 もちろん、ルイザさんも嫌だろうし、アーヴィンさんもルイザさんにそれを強要するほど非常識ではない。

 そしてそれをボクに要求するのも、外見的に躊躇われるのだ。


 それから数十分後、微妙に疲れ切った風のアーヴィンさんとマンドラゴラと、そこから取り出された種が地面に転がっていたのである。





 地面に手を付いてがっくりと項垂れるアーヴィンさんの背を叩いて、ルイザさんが慰めている。

 その隣では何かやり遂げた雰囲気を漂わせているマンドラゴラ。その横には怪しい液体に濡れた一センチ程度の球体――種が転がっていた。


「と、とにかくご苦労様です。ではこれでボク達の用は済みましたので――」

「待たれよ」


 怪しい液体に極力触れないように、インベントリーに収納しようとしたボクの手を、マンドラゴラが遮る。


「なに? くれるんじゃないの?」

「ただとは言わぬ。無論力尽くと言うのであれば、我に抵抗の余地などないが」


 ボクが強硬策に出れば、マンドラゴラは抵抗もできず倒されてしまうだろう。

 それを理解したうえで交渉に出てきたのだ。


「交換条件、出すつもり?」

「無論。直截簡明(ちょくさいかんめい)に述べると――」

「だから簡単に」

「我も連れてって」

「ハァ?」


 マンドラゴラはこの森で長く生活していたはずだ。

 それがなぜ、森から出ていこうと主張するのか、ボクには理解できなかった。

 そもそも彼の生息域は非常に限定されている。


「先ほどのマッドモンキーを見たであろう。あやつがこの清水を狙って足繁(あししげ)く通うようになってから、ここの土壌は大きく損なわれたのだ。このままでは我の余生は極僅か」

「……ふむ」


 確かに動物が通うようになれば、その水は濁る。

 汚れだけでなく、糞尿の被害まで存在するのだ。それは清水と魔力のみで生きるマンドラゴラにとって、致命的な汚れになる。

 無論、生物は他の植物の育成にとって、必要不可欠な存在である。

 だがマンドラゴラに関してのみ、他の生物は不要なのだ。不要などころか毒にさえなる。


無始無終(むしむしゅう)で連れ歩けとは言わぬ。我の安住の地を見つけるまででよい。その間、我はこの種を供給し続ける事を約束しよう」


 アリューシャの薬を作るためには種の安定供給と言うのは、実にありがたい話だ。

 だがマンドラゴラの生息域と言うのは、非常にシビアな環境条件を要求してくる。

 その間に……あ。


「オーケーオーケー。その条件飲んだ」

「ちょっと、ユミル! 大丈夫なの?」


 条件の厳しさを知るルイザさんが、心配気な表情でこちらの袖を引いてくる。

 だがボクには勝算があったのだ。


「大丈夫ですよ。とりあえずこのマンドラゴラ、周辺の土ごと抉ってリンちゃんに運ばせましょう」

「ユミルがそう言うなら、いいけど……本当に大丈夫?」

「もちろんです」

「ユミルお姉ちゃんなら大丈夫だよ!」


 ニパッとアリューシャが太鼓判を押してくれる。

 アリューシャまで信頼しているとあっては、ルイザさんもこれ以上ゴネる訳には行かなかった。

 もっとも、アリューシャの信頼はボクに関しては無条件に等しいので、信用できない。


 こうしてボク達は、マンドラゴラを伴ってタルハンへ帰還したのである。





 ボクはタルハンの屋敷の隅に、マンドラゴラを植えた。

 ここはリンちゃんやスレイプニールたちが生活しているため、非常に濃厚な魔力が満ちている。

 だがそれだけでは、マンドラゴラは枯れてしまうのだ。


「清水の問題が解決していないようだが? このままでは我は枯木枯草(こぼくこそう)の如く(しお)れ果てるだろう」

「それについては心配しないで。ここには非常に頭の良いスライム達がいるのです!」


 そう、スラちゃん達ならば、水の汚れを全て捕食して、この上なく綺麗な水を作り出す事ができる。

 つまり、疑似的とはいえ、マンドラゴラの生存環境を作り出す事ができるのだ。


「で、一緒にいる間は種を供給してくれるんだよね?」

「う……この状況と言う事は……我はほぼ永久に供給する必要があるのでは?」

「もちろん、そうなるですよ?」


 ボクの言葉に、マンドラゴラはカブに刻まれたしわを器用にひしゃげさせた。

 おそらく、泣きそうな顔を表現しようとしたのだろう。


 アリューシャの薬で使用する分以外の種は、組合にでも卸せば、臨時収入になるだろう。

 そして、貴重な薬が手に入るとあれば、組合も嫌な顔はすまい。


 こうしてボクの屋敷に、マンドラゴラという居候が増えたのだった。


口調がメンド過ぎて、もうこいつ出したくねぇ……orz


今章は後2話で終了します。

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