第二十二話 無くなっても生えてきます
ステータスの具体的な数値が出てきたりします。
そういった演出が苦手な方はご注意を。
光の粒子が消えた後は、いつもと変わりない自分の姿があった。
「なに、今の……? あ、アリューシャは!?」
「ん、なんともないよ?」
「そか、よかった……なんだったんだろうね?」
「わかんない」
二人して首を傾げるが、判るわけも無かった。
結局時間を無駄にするわけにはいかないので、作業を続けることにする。
アリューシャは一生懸命床下の粘土を集めているが、時折チラチラとこちらを見やる姿が、子犬を連想させて面白い。
飼い主に構って欲しくてチラ見するあの態度だ。
もちろんその中身は、ボクの左手を心配してのことなんだろうけど。
そして、それから左手の事だな。これは……
「ふふ、まぁ落ち着いているのは理由があるんだけどね」
欠損部位の扱いがどうなるのかはよく判らないけど、ことHP回復に関しては、魔導騎士はかなり高スペックを持っている。
スキルによるHP回復速度増加に、アイテムによる回復量増加、そして自動回復スキルまであるのだ。
ただし自動回復に関しては魔刻石を使用する必要があるので、自重しておく。
ただでさえ、先ほどの戦闘で3つも使ってしまったのだ。補充のあてが出来るまでは節約に越した事はない。
「さて……【リラックス】」
回復速度強化のスキルを使い、その場に腰を下ろす。
このスキルは行動をしない場合に限り、HPの回復速度を倍化させる効果がある。
今のボクは大量の荷物を抱え、本来なら加重状態でHPが自動回復しないのだが、これを使うと回復できる様になるのだ。
ただし、移動できない、戦闘できない、座っていないといけない等、デメリットも相応にある。
子供を働かせながら自分は休憩を取るとか、凄く極悪なことをしている気分になるけど、今回ばかりは大目に見てもらおう。
失った手を眺めると、改めてグロいと思う。だが、経過を観察するためには我慢だ。
結果、ジワリと肉が盛り上がり、骨が再生し、左手が復活していくのが判明した。
欠損部位の扱いの無いゲームだっただけに、この結果もある程度予測は出来た。
やはりこの身体はゲーム準拠なようだ。もはや人間とはいえないかも知れない。
「やはり、か。でも、欠損部位が座ってるだけで再生するなんて……とんでもないな」
キーボードからのショートカットの存在や、疲労を感じない体質など、微妙に『普通の人間』と違う感覚はあった。
ゲーム的に欠損なんてステータスは設定されていなかったから、『HPを回復させれば治るんじゃないか?』などと思っていたら、案の定だ。
「ひょっとしたら、死亡しても復活するのかも知れないな、ボク」
それを試す度胸は流石にないけど……なんとなく、そんな気がする。
あれからアリューシャが一時間かけて、粘土を皮袋に詰め込んだ。
その数、なんと三つだ。重量にして三十キロ近くになる。凄く頑張ってくれた。
そしてボクの左手は物の十分程度で完全復活してのけた。これには、見てたボク自身もビックリだ。
「アリューシャ、そのくらいでいいよ。ご苦労様」
治った左手で、泥だらけの頭を撫でてあげる。
それに気付いたのか、彼女は驚きの声を上げた。
「ゆーね、て!?」
「うん、アリューシャのおかげでゆっくり休めたからね。その間に治っちゃった」
「……すごい、でもやっぱりへん」
「ひどいな。せっかく治ったのに喜んでくれないの?」
「ううん、すっごくうれしい!」
「わわっ!?」
アリューシャは喜びを全身で表し、ボクに飛びついてきた……泥だらけのままで。
「アリューシャ、汚れてるでしょ!」
「いいの、うれしいもん!」
「そりゃ、ボクも嬉しいけどさ……まぁ、目的の物も手に入ったし早く上に戻ろう?」
「うん!」
早くお風呂に入れてあげないと。
一層の噴水部屋で……いや、四層の海で汚れを落として、塩水は水袋の水で流すか。
ちょっと冷たいけど我慢してもらおう。
それにまだまだ残暑はキツイ。陽射しは大分和らいできたけど、夜とか寝苦しいくらいだ。
寝苦しい原因の一つは、しがみついてくるアリューシャでもあるけどさ。
それとベヒモスの死骸もアイテムインベントリーに格納しておく。
本来、ユミルに持てるような体積ではないのだけど、死骸を格納するとアイテム重量がすべて一に固定されている。
これはゲームではありえないアイテムを収納した事で起きているバグなのかも知れない。
不思議な事に、解体して皮や肉にバラしてしまうと、それぞれが重量一のアイテムとして格納される。
なのに死骸をそのまま格納しても重量は一のままなのだ。さすがバグというべきか。
インベントリー内は時間経過が存在しないので、不要なアイテムは中に仕舞ったままにして、必要に応じて解体すると便利かも知れない。
ただし格納種別数に限界がある上、ユミルの筋力ではあまり数が持てないので、それも限度があるけど。
なんにせよ、持って帰れるならありがたい。この頑丈な皮は使い道が多そうだし。
こうして、試験をクリアしたボク達は、地上へと戻ることになった。
四層でアリューシャの汚れをざっと落とし、水袋の水で塩水を流す。
服も軽く洗濯しただけで汚れが落ちた。
この辺も汚れというパラメータの存在しないゲームの恩恵かも知れない。
ただ、やはり寒いのか上層に向かう途中でフルフルと震えていたので、小部屋に寄ってお風呂に入って温まることにした。
噴水に【ファイアボール】を撃ち込み、一気に加熱する。
このままだと、定期的に水が流れ込んでくるため、早く入らないと温くなってしまうのが難点だけど、水の噴き出し口……つまりアレに水袋を被せて、水の補給も平行して行えばそれも防げる。
ちなみに斬り落としたはずのアレは、ダンジョンの復元の効果か元に戻っている。
「いや、少し大きく再生してる?」
「ん?」
「なんでもないよ。アリューシャは知らなくていい事だから」
「へんなの」
とりあえず水の補給が済んだら、もう一度切り落としておこう。
水袋に水が溜まる間、二人で並んでお湯に浸かる。
アリューシャはボクの膝の上に座るのがお気に入りのようで、並んでというのは間違いかも知れないけど。
とにかくプニプニのお尻の感触が刺激的なので、これはやめさせないと……いや、でももう少し?
女同士だから問題ないよね。男だったら色々やばかったけど。
「ホント、すっかり元通りなんだな……」
アリューシャのお腹に手を添えて支えながら、左手を顔の前に持ってくる。
その肌は以前と同じ……いや、以前より艶々してるかも知れない。
手の動きも全くぎこちなさを感じない。
「ゆーね、すごいね」
「うん、ボクもビックリした」
「おてて、なおってよかった」
「ありがとう。ボクもアリューシャが無事でよかったよ」
なんとなく喉が渇いてきた気がするので、キーボードを呼び出してアイテムインベントリーを開く。
アリューシャもこの光景は見慣れたものなので、驚いたりはしない。
中から果実水の入った小さめの水袋を具現化させて、アリューシャと二人で喉を潤した。
温かい風呂に入りながら、冷たいジュースを飲む。なんという至福。
「おいしー!」
「本当は行儀の悪いことなんだけど、今日は特別。ね?」
「うん!」
そのまま何の気はなしに、ステータスウィンドウを開いて……気付いた。
「あれ……?」
「んぅ、どうしたの?」
「ボーナスポイントがすっごく増えて……あ、レベルアップしてる!?」
「おー?」
ユミルのレベルはカンストする十数レベル手前だった。それが今では、すっかりカンストしている。
ゲームでは能力はボーナスポイントを振り分けて上昇させるシステムなのだが、そのポイントが物凄く増えていた。
最高位レベルの、それも十以上のレベルアップだ。入手したポイントの量も半端ない。
「マジでー……ボスの撃破って、そんなに経験値はなかったはずなんだけど」
「ゆーね、がんばったもん」
「そりゃ、そうだけどさ」
ボスの経験値というものが低い訳ではない。ただ、それ以上にレベルアップに必要な経験値が多すぎるだけだ。
そしてボスと出会う確率の低さを考慮すると、雑魚を大量に狩った方が効率はいいのだ。
ボスを倒すメリットとは、そこからドロップするレアアイテムのみと言っていい。
それなのに、ユミルはレベルアップしていた。それも十レベルほど、一気に。
「これは……ここのモンスターの経験値テーブルが、桁外れに高いってことなのかな?」
「ふつーは、ああいうのは何十人もあつまってたおしに行くんだよ」
「そうなんだ? ボクらは攻撃力がインフレしてるから、ソロで行くのが普通だったんだけどね」
ミッドガルズ・オンラインでは、よほど強いボスでない限りはソロで狩れてしまうほどに、ユーザーのダメージがインフレしていたのだ。
「じゃあ、これは何十人分かの経験値が一気に流れ込んだ結果って事なのか」
「かもー? あ……ゆーね、あのね、あのね?」
「ん、なに?」
アリューシャは何かもじもじと恥ずかしそうにしていた。
なんだか聞きにくそうな態度だ。
「あのね、『あどみにすとれーたけんげん』ってなに?」
「……は?」
アドミニストレータ権限?
確かパソコンなんかでよく聞く言葉だ。管理者権限とも言われる物で、データやシステムの管理などを行う権限を指す。
「わたしね、ゆーねがあのキラキラをばらまいた時に、そんなコトバが聞こえてきたの。『あどみにすとれーたけんげんをかいほーします』って」
「ボクには聞こえなかったけど……」
「うん。だから、そら耳かなーって思ってたんだけど」
「……ひょっとしてアリューシャもボクと同じ?」
「え?」
彼女も何かのゲームのキャラクターに転生したクチなのかも知れない。
いや、むしろなぜその可能性に思い至らなかったのか。
迷宮によって呼び出され、転移した人間にボクの様な存在が居るのだ。他に似たような者が居てもおかしくないのだ。
それからアリューシャに身体のあちこちを触らせたり、指を振らせたりして試行錯誤してみた。
結果――
「わ、なんかでた!?」
「――自己能力管理……ステータス画面か」
アリューシャの目の前に、ボクのと似た……だけどボクのと微妙に違うデザインの窓が現れた。
そこに書かれた数値も、ボクの物とは微妙に基準が違うっぽい。
「能力の基準は大体十から四十くらいか。レベルは八十二?」
「よくわかんない」
ユミルの能力は上下が激しい。最大は敏捷の百五十、最低は幸運の一だ。
それを考えると非常にバランスよく整っていると言える。だが数値的には低い。
ミッドガルズ・オンラインでレベル八十台なら、もっと高い能力を持っていてもおかしくない。
ボーナスポイントも無いところを見ると、自動で成長していくタイプのステータスなんだろうか?
「レベルが八十を超えていたから、スティックを装備する事ができたんだな。ボクと一緒に迷宮暮らししてたから、パワーレベリングされてた訳だ」
「わたし、つよくなった?」
「うん、かなりね」
「やったぁ!」
ばしゃり、と両手を振り上げてバンザイする。
他にも色々試してみた結果、アリューシャもステータスウィンドウと、アイテムインベントリーの機能を使用することが出来るようになっていた。
どうやら、ボスを倒してアドミニストレータ権限とやらが解放された結果、使用できる様になったらしい。
「うん、でもボク以外にインベントリーが使用できる様になったのは大きいな」
「おてつだい、できるよ」
「もちろん、これからも期待してるし」
アリューシャの場合、視界の隅に透明なボタンのような物がいくつか浮かんでいて、それを押すことでダイレクトで窓を開くことができるらしい。
キーボード経由のボクと違って、ワンクッション早い操作が可能なようだ。
ここに収める事のできる重量は、アリューシャ本人の筋力が低いため、あまりない。
ここら辺の仕様はボクと一緒だな。ユミルも筋力が低いとはいえ、アリューシャの最大能力である敏捷度よりは高い程度はある。
対してアリューシャは、敏捷と知力といった数値が高いが、筋力や耐久といった数値は低めだった。
ボクの速度に付いて来ていたのは、この高い敏捷のおかげだったのだろう。知力が高いのは魔法攻撃力を繰り返した影響かもしれない。
彼女は使用した能力が自動で伸びていくタイプなんだろうか?
素早い動きをするボクに付いていくために敏捷度が伸び、魔法で攻撃するために知力が伸びる。
そういうシステムのゲームをやっていたのかも知れない。
「とにかく、これは今後も助かるな。ボクのインベントリー頼りだと、不便な面も多かったし」
「わたしのいんべんとりー、中身ないよ」
「これから入れていけばいいんだよ」
とりあえずは水と食料を入れておこう。
そうすれば、はぐれたとしても最低限は生きていけるのだから。
ステータスの数値についてはボカしていこうと思っていましたが、ユミルの異常性を認識させる必要上、正確な比較が必要かと思い、表記しました。
この後、数話はこういった話題が出ると思います。
ステータス関連が苦手な方はご注意ください。
続きはまた明日、投稿します。