第二百二十七話 最強最悪の敵
再開します。
長かったアリューシャ十二歳編の最終章です。
迷宮実習も、多少のトラブルはあったが何とか乗り越える事ができた。
実戦を経験した生徒達は自信にあふれ、それでいて実際の戦闘の恐ろしさを知り、一回り逞しくなったように感じる。
変わらないのはアリューシャやテマ達のように、すでに経験を積んでいた生徒達くらいだ。
そんな訳で日常の授業に戻って、日々平穏な生活を送っている。
だがボク達も、何もしない訳には行かない。
ボクにはトラキチ解放と言う目的もあるし、テマ達は学費や生活費を稼がねばならない。
休みになると、仕事や勉学を捨てて迷宮に潜る日々を過ごしていた。
その日もボクとアリューシャ、センリさんにテマ達三人の六人パーティで迷宮に潜っていた。
すでにテマ達も独り立ちできる強さは手に入れているのだが、相応の仲間と相応の階層に潜るのでは、彼等の生活が厳しくなるのだ。
そこでボク達について回り、最高位の戦闘を身を持って体験しつつ生活費を稼ぐのが、彼等の日課となっている。
これも授業の一環だと思おう。
しかし、タダで稼がせる気は、ボクには毛頭ないのだ。
「ジョッシュ、マグマスライムの正面に回って!」
「え、あ、ハイ! でも熱いっす――」
「それくらい我慢しろ、男でしょ」
「ふぇーい」
世界樹でできた盾を構え、ジョッシュはマグマスライムの正面に立ち、吐き掛けてくる溶岩弾を盾で弾く。
既に階層は四十四層。
この階層は中層にあった火山地帯と違って、溶岩の上に細い道が続いていると言う地形だった。
火山地帯で熱と戦っていた状況と異なり、不安定な足場と、溶岩に潜むマグマスライムとの戦闘が強制される。
高温に悩まされながら、周囲の警戒も怠れないという、非常に難易度の高い階層である。
ただのブレスと違い、吐き掛けてくる溶岩弾は質量も持っている。
それを受け止めるには、不安定な足場でもしっかりと踏ん張れる足腰の強さが要求される。
ジョッシュはこれをしっかりとこなしながら、盾役の役目を果たしている。
「あっつ! あつ、あつっ! ちょっと待って、熱いって!?」
まぁ、多少泣き言を漏らしているのはご愛敬である。彼も強くなったものだ。
ボクはその脇をすり抜けながら、マグマスライムを細切れに切り刻む。
「【氷弾】!」
そこへラキの氷撃魔法が飛んだ。彼もレベルが上がり、多彩な魔法を使えるようになってきている。
実に才能豊かな少年だ。将来が楽しみ。
ボクに続いて、テマがマグマスライムに斬り掛かった。
彼はその膂力を活かして、戦斧を使うようになっている。
速度にやや劣り、膂力を自慢する彼の戦闘スタイルは、トムとかなり被っていた。
だが彼は何というか、力の抜き所を知っていた。
攻撃に緩急があり、長い時間戦える。そして緩急がフェイントにもなる為、敵の隙を作るのが上手い。
もっとも知能の低いマグマスライムには、あまり活かせない特徴と言える。
なので彼は最初から全力で戦斧を叩き付けた。
飛び散る溶岩がテマと、そして後ろに控えていたジョッシュに降りかかる。
最も近距離にいたボクはその飛び散った破片をことごとく避け切ったので、被害はないけど。
「ぐわぁぁぁ!?」
「あっちぃ! テマ、このバカ――」
「バカだと……あっつぅ!?」
マグマスライムは討伐したとはいえ、瞬く間に阿鼻叫喚の大惨事に陥る。
その様子を後ろから眺めていたラキは肩を竦めて溜息を吐いていた。
センリさんも同じように溜息を吐きつつ、ポーションを二つ、二人に投擲する。
冷却用ヒールポーション。この階層に付き物の、火傷を冷やしつつ傷を癒す新作ポーションだ。
「ほら、治ったでしょ? これはテマの方が悪いわよ。敵の属性をきちんと見極めれば、その場で叩き潰すんじゃなく、遠くへ跳ね飛ばすように攻撃しなきゃ」
「へぇい……」
「反省の色が薄いわね? 斧の素振り千回コース行ってみる?」
「勘弁して!?」
センリさんは斧の戦闘術もこなせるので、もっぱらテマの戦闘指南をしている。
そのセンリさんのスパルタ修行のおかげで、彼女のような攻撃スキルは無いにしても、テマはかなり抜けた攻撃力を得つつあった。
「ジョッシュも。近くにいたならテマを庇う位の働きは見せてもらいたかったね」
「うう、ユミル先生、それはハードルが高いです」
「常に味方を守るのが盾役の仕事だよ」
「うへぇい」
ボク達がそれぞれの教え子に指摘し、それをクスクス笑いながらアリューシャが癒す。
センリさんが治癒を補助しながら、素材を回収して回る。
万能型の彼女はこの迷宮において役割が非常に多い。マグマスライムの核になっている火属性の魔石を取り出しながら、その日の戦闘を終えた。
それがいつもの流れだ。
この日もいつも通り、冒険を終え地上に帰還した。
いつも通りだったのは――ここまでである。
異変が起きたのは食事時だった。
いつものようにボクは少なめの定食を頼み、アリューシャは二人前を注文する。
センリさんは引っ越してきたカザラさんと、自宅メシである。リア充め。
ボク達は女性なので、帰還して収入を配分した後は、真っ先にお風呂に入る。
逆にテマ達は育ちざかりなので、汗まみれのまま食堂でご飯を貪っていく。
彼等はその後にお風呂に入り、さらにもう一度食事を取るのだ。恐るべし、少年の食欲である。
そんな訳でテマ達は現在食休み中。ボクとアリューシャはデートの真っ最中と言えた。
そこで起きた、小さな異変。ボクの高い感知力はその異変を見逃さなかった。
――プチン、と。小さな音を立てて飛ぶ破片。
それは床に落ちて、カラカラとかすかな音を立てて停止した。
「これ、ボタン……?」
「あぅ……ユミルお姉ちゃん。ちょっと困った」
「ん、なにが?」
そこでボクは気付いた。
アリューシャが腰の辺りを押さえて、青い顔をしている。
「アリューシャ、どうしたの? どこか痛い? また病気? ひょっとして盲腸とか――」
いつも元気いっぱいのアリューシャが、青い顔をする事はほとんどない。
考えてみれば彼女は、病気らしい病気と言えば麻疹しかしていない。
この世界における盲腸の治療法と言うのはどうなっているのか知らないが、内臓系の疾患である以上、治療は非常に難しくなるはずだ。
ボクはアリューシャ以上に青い顔をして、彼女の容体を調べようと詰め寄る。
そんなボクにアリューシャは手を振って制する。
「ち、違うの! 病気じゃなくて……いや、病気かも知れないけど、これはむしろ乙女の敵で……」
「どういうこと?」
いつになく歯切れが悪い。そしてまた慌ててお腹の横、腰の上あたりを押さえる。
よく見ると、スカートの合わせが少し開いていて、その下の健康的なフトモモがチラリと覗いていた。
それを目にしてボクは悟った。
床に落ちた小さな破片。それはスカートのボタンだ。
「そして、合わせが開いている理由……これを総合すれば――」
「変な解析しないでぇ!?」
「アリューシャ……太ったね?」
「あうぅぅぅ……」
彼女はボクと違ってこの世界の物理法則に従って成長している。
これは、ボク達と違ってゲームアバターが存在しないゲームを起源にしているからなのだが、それはとりもなおさず、彼女に肥満と言う病魔を呼び込む原因にもなりうる。
そして育ち盛りの彼女は、豊満な肢体と同時に脂肪を蓄えやすい状態になっているのかもしれない。
「そう言えば、もうすぐ水泳の授業とかあるよね?」
「ぐぬぬぬ……」
アリューシャは基本魔術学科なので、運動系の授業は騎士達より少ない。
だがそれでも皆無という訳には行かない。
海沿いにあるキルミーラ王国では、水上のモンスターを倒す必要は常にあるし、ましてやマントにローブと言う服装が多い魔術師達は、水に落ちるとそのまま溺死してしまう危険性も有る。
そこで最低限身を護る程度には水泳をこなせるように、夏場に水練の授業があるのだ。
その授業でぽっちゃりふんわりなアリューシャが、学校指定の水着を着て……
「うん、それもまたヨシ!」
「よくないよ!?」
とは言え、ボクと同じようにハードな探索をこなし、学校でさんざん運動しているにも関わらず、なぜ彼女がここまで……そこまで考えて、ボクは一つの推論に到った。
彼女は人見知りしない様でいて、友達は意外と少ない。
それはアリューシャの頭抜けた美貌と能力による物でもあるのだが、彼女と常に一緒にいるのはテマ達三人とカルバートやエルドレット達と一緒に帰るのが常である。
どいつもこいつも、育ち盛りの野郎ばかり。
「買い食い……してたね?」
「ううぅぅぅ」
アリューシャは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
その際にスカートが全開になりかけたが、ボクが上着を膝に掛けて誤魔化しておく。
「男どもと同じペースで食べてたら、そりゃ容量オーバーしちゃうよねぇ」
「油断したぁ」
「まぁ、アリューシャはふんわりしてる方が可愛いからいいけど」
「よくないよ。もうすぐプールなんだもん。頑張って痩せなきゃ!」
「乙女の悩みだねぇ。ボクには経験ないけど」
「ユミルお姉ちゃんを妬ましいと思ったのは初めてだよ」
腰に上着を巻かせ、スカートを隠しながらボクは彼女をトイレへと誘導した。
そこなら人目が無いので、インベントリーを操作できるのだ。
ボクはそこで、詠唱妨害機能の付いた装備を取り出す。これは制服に近いデザインで、しかも体に自動でフィットする機能まである。
これなら食堂でも違和感はないはずだ。
「これでよし。それにしても、あれだけ熱い迷宮で頑張ったのに……不思議だね」
「育ちざかりの我が身がにくいの」
「食べ盛りでもあるし」
「頑張って痩せるもん!」
「その歳でダイエットは身体に悪いんじゃないかな?」
「それは、もはや関係ない次元の問題なの」
アリューシャが拳を握り締めて、力説する。
その動きにたゆんとボクにない部位が大きく揺れる。この武器がある限り、些細な問題とは思うんだけどなぁ。
脇を締めて両の拳を握り締めた拍子にさらに大きく形を変えたそれを見て、しみじみとそう思う。
「まぁ、ご飯を残すのは料理を作ったトーラスさんに悪いし、今日の所は完食する事」
「はぁい」
ボク達はこの食堂の常連である。
毎度同じくらいの量を注文して、残さずに完食していくのがいつもの展開だ。
それが半分も食べずに残したとなると、彼にいらぬ心配をかけてしまうかもしれない。
ボク達の体調が悪いのかとか、料理の味が落ちたのかとか、そんな心配だ。
それに美味しいご飯を残すのは、ボクもアリューシャも主義に反するのである。
席に戻って、ゆっくりとご飯を食べ始めるアリューシャ。
ボクもその向かいで、ニヤニヤしながら様子を眺める。
「いやにゆっくり食べるね?」
「ゆっくり食べる事で満腹中枢が刺激されて、少ない量で満腹感を得られるって……どこかで聞いた気がするの」
「へぇ」
「咀嚼運動も影響あるとかないとか?」
「それはこの世界の知識じゃないよねぇ?」
「そーかも」
出展不明の謎知識を披露しながら、アリューシャの食事が終わるのを待つ。
こうしてアリューシャの史上最大の作戦――ダイエット大作戦が始まったのだ。
おまたせしました。
こっそりカクヨムさんでも新連載を始めているので、そちらもよろしく。
他サイトの宣伝をするのは規約的に怪しいと思うので、作者名で検索してくださいw
あの神様も出てきますよ……?