第二百二十一話 前夜
夕食を終えた後は各グループに分かれてミーティングを行う事になっている。
中庭に十人ずつ、四つのグループに分かれて、それぞれの引率者と打ち合わせするのだ。
この十人をさらに五人ずつに分けて二グループ作る。このグループごとに午前と午後に分かれてダンジョンアタックするのだ。
戦力の均等化や戦術の打ち合わせなど、前もって決めておかねばならない事は多い。
アリューシャは引率に回るので、彼女のグループにテマ達三人を放り込んでおいた。
まだ年若い彼女の負担を少しでも下げておこうという配慮である。
センリさんやレグルさんはそれぞれの方法でパーティを分けて、ミーティングを開始していた。
センリさんは自作アイテムを渡して安全性を上げ、レグルさんは模擬戦などを行い、戦力を確認している。
「ユミル先生、僕達もそろそろ始めましょう」
「ん、そうだね」
ボクの担当するグループにはカルバートとエルドレットがいる。
うっかりミスの多いボクのサポートとして優秀な生徒を配置したのだとか。実に失礼な話である。
そしてそれを聞いた生徒達の『さもありなん』と言う表情も忘れないぞ!
「とりあえず、最初は口を出さないから、自由にパーティを組んでみて?」
「はい!」
そう言って生徒達は各々の好みで仲間を集めていくのだが、やはりそこはそれ、騎士学科と魔術師学科で集まり、バランスの悪いパーティが出来上がっていた。
「そっちのパーティ、魔術師ばかり集まってるね。騎士学科の人ともっと協力しなさい。騎士学科の子ももっと積極的に自分を売り込む」
「あ、はい」
「その組み合わせだと、盾役が二人になってるでしょ。攻撃力が不足するよ?」
完成したパーティを微調整して、戦力を整えていく。
レグルさんと違って、ボクは生徒達の実力を把握しているので、模擬戦をする必要はない。
そうやって別れたパーティを検分しつつ、ボクも持ち込むアイテムを脳裏にリストアップしていく。
ボクはアリューシャほどの補助能力はなく、センリさんのようなアイテム開発力もない。
手持ちのやりくりだけで生徒の安全を守らねばならない。
そういう面ではレグルさんが一番きつい仕事になるだろう。
その後、戦力に応じたコンビネーションや、迷宮に入る上での注意点を指摘してお開きになった。
かつてミッドガルズ・オンラインには、ムスペルヘイムマップという場所があった。
なぜミッドガルズ(人間の世界)の中にムスペルヘイム(火の国)があるのかと、実装当時はユーザーからツッコミを受けた物である。
なんにせよ、そのマップは火属性のモンスターしか登場しないため、対策を取りやすく、しかもそこそこ出てくる敵の経験値も高いとあって、それなりに人気の狩場になっていた。
単一属性の敵しか出ないので、その属性に特化した装備を集めやすかったのだ。
「あ、暑い……」
なぜかボクはそこにいて、溶岩の流れるマップの中を歩いていた。
顔面に吹き付ける熱風が、呼吸すら妨げていく。
「息が……できな……」
じっとりと湿気を帯びた大気が粘る様な感触を残して、鼻先を掠めていく。
本来なら焦げ臭いような臭いが漂ってくるはずなのに、微妙に花のような甘い香りが混じる。
「なんで……?」
そこでボクは自分が身動き取れない状態にある事に気付く。
そこへゆっくりと近付いてくる、溶岩製のゴーレム。
防御力と攻撃力に優れたその敵の攻撃は、ユミルにとってなかなかに厄介な存在だった。
この状態で殴られたら、タダでは済まないだろう。
「う、うわ……うわぁ!?」
身動きできない身体で、ボクは叫び――そこで目が覚めた。
目の前には深い深い谷間。
そこに首の後ろに腕を回され、ボクの顔がその谷間に埋め込まれるように押し込まれていた。
そして足はふかふかの太股が絡められ、身動きできないようになっている。
そう、ここはボクのベッドの上で、ボクを抱きすくめて足を絡めているのは、アリューシャである。
季節は初夏に入ろうかと言う時期なので、彼女はほんのり汗をかいている。
ボクより背の高くなったアリューシャだが、今でも時折、こうしてベッドの中に潜り込んでくるのだ。
今まではボクが抱き竦めて眠っていたのだが、いつの間にやら立場が逆転していた。
じんわり暑い気温に体温高いアリューシャに抱きしめられて、ボク自身も火照ってしまい、あんな夢を見たのだろう。
窓から見える景色から察するに、まだ夜は明けていない。
「もう、さすがに抱き着くのは嬉しいけど、きつい季節になって来たからって言ってるのに……」
少し涼みたいので、名残惜しいがアリューシャの腕を解きにかかる。
だがボクに次ぐ能力値を持つアリューシャのホールドは、なかなか外れてくれない。
「くっ、この……」
彼女を起こすのは可哀想なのでゆっくりと解こうとしたのだが、彼女のホールド力も負けていない。
外す端から絡め捕られ、抱き竦められ、なかなか抜け出す事ができなかった。
「んぅ~、ゆーねぇ」
「ぐえぇ……」
甘い寝言を漏らしながらも、アリューシャの攻撃は結構激しい。
胸で顔をしっかりと保持しつつ、首元に絡めた腕に力を入れる。
そのおかげでボクの首がグキリと捩じられ、ヤバい感じに締め上げられた。
「ちょ、これはマズ……死ぬ、死ぬって! 萌え死ぬかもしれないけど!?」
なんというオッパイホールド。いつの間にこんな高度な攻撃を覚えたのだろう。
この状況から抜け出すのは、ボクにとって激しく厳しい。
感触で抵抗の意思を殺ぎ取ろうとする危険な技を、ボクはかろうじて解除し、脱出した。
「いつもならそのまま楽しむところだけど、今日はね」
今日は他に生徒達も宿泊している。
スラちゃんやリンちゃんだけでなく、今日はレグルさんとセンリさんも宿泊している。
特に問題は無いと思うけど、涼みがてら少し様子を見て回ろうと思ったのだ。
さすがにそのまま外を歩けないので、パジャマの上にサマーカーディガンのような服を羽織って外に出る。
ドアを出た所でイゴールさんが後ろに忍び寄ってきた。
ここに住み始めた当時は、夜に彼を見るたびに尿漏れの危機を覚えていたが、今では慣れたモノだ。
「ユミルお嬢様、どちらへ?」
「あ、イゴールさん。いや、ちょっと生徒の様子を見に、ね。こっそり抜けだしたりする生徒はいませんでした?」
「スライムたちが四人ほど捕獲しておりますが、抜け出したものはいないと思われます」
「挑戦したのはいたのかよ……」
まぁ、こういう遠征と言う名の旅行でテンション上がるのは、ボクも理解できる。
ボクだって学生時代はよく抜け出そうとしたモノだ。そして発見され、廊下で正座させられたのも良い思い出である。
「で、その不届き者はどうしました?」
「引率者に報告の上、同じパーティの面々に引き渡しておきました」
「ま、それでいいでしょ」
ボクやアリューシャに報告が来ていないと言う事は、レグルさんかセンリさんの担当かな?
まぁ、無理に説教する必要もあるまい。彼等も高等学園の生徒である。善悪の区別は自分で付けられる。
引率者が軽くお説教すれば、自力で反省するだろう。
「それじゃボクは少し見て回るから、引き続き監視よろしく」
「心得ました。お任せください」
そう言って壁の中に消えるイゴールさん。死霊である彼は、眠る必要が無い。
徹夜で生徒を監視するのは、朝飯前である。
ボクはイゴールさんと別れた後、二階、三階へと上がっていく。元々領主館として作られたこの屋敷は、各階層にテラスのような物が作られている。
風の気持ちいい高層のテラスに出ようと思ったのだ。
だが三階のテラスには、既に先客がいた。
そろそろ夜も明けようかという時間なのに、二人の男子生徒がテラスの手摺にもたれかかり、何か論争をしていたのだ。
窓を開けて、ボクはその二人へ近づいていく。
手摺を使ってパーティのシミュレーションを検証していたのは、エルドレットとカルバートの二人だった。
彼等はそれぞれパーティを率いる立場だ。
「おはよ。早いね」
「あ、ユミル先生」
「おはようございます。先生も早いですね」
三階とは言え、屋敷の高さはかなり高い。十メートル以上の高さにあるテラスなので、吹き抜ける風が気持ちいい。
風に乱される髪を押さえながら、二人に尋ねた。
「眠れなかったの? 言っとくけど寝ないと体がもたないよ?」
「それは判ってるんですが、やっぱり気になっちゃいまして」
「そしたらカルバートがやって来たので、それぞれの生徒の特長とか聞いて、打ち合わせを……」
バツが悪そうに後頭部を掻いて誤魔化すエルドレット。二人共責任感の強い生徒だから、心配で仕方ないのだろう。
「二人共、実家は貴族でしょ。私設の騎士団とか持ってるんじゃなかったっけ?」
「そりゃありますけど、実際に率いた訳じゃないので」
「実戦は初めてですから、どうしても……」
二人は特薦組の中でも優秀な成績を残しているが、逆に年齢は最も若い層に入る。
彼等より年下なのはラキやジョッシュ、アリューシャくらいである。
そんな彼等が最も責任あるリーダーに選ばれている訳だから、プレッシャーを感じているのだ。
「ユミル先生はどうしてここに?」
「アリューシャのオッパイホールドで殺されかけたの」
「ああ、あれは破壊力ありますよね」
未知のサイズを思い出し、エルドレットはさもありなんと首肯する。
彼の弟の件もあるし、少し釘は刺しておこう。
「言っとくけどアリューシャに手を出したら死ぬよ? 主にボクがコロス。念入りに」
「判ってますよ!」
すでに学園中にボクがアリューシャに首ったけである事は広まっている。
それでもボクもアリューシャも、告白を受け続けている。さすが男社会の高等学園である。
「眠れないんだったら子守歌でも歌ってあげようか?」
からかうような口調でおどけて見せる。こういう行為で緊張が解れるなら安いモノだ。
それにボクには元の世界の歌の知識がある。彼等の知らないフレーズも多数記憶しているのだ。
「遠慮しますよ。僕達は子供じゃないんで」
「遠征前に興奮して眠れないとか、充分子供だよ。男ならドンと構えておきなさい」
「ぐ、痛い所を……」
「責任感が強いのはいい事だけどね。眠れなくて判断ミスする方が危ないんだ。これは本当に。目を瞑って休んでいるだけでも体力は回復するから、もう部屋に戻ってなさい」
「はい、ご心配かけて申し訳ありません」
そう言い残すと、二人は一礼して部屋に戻っていった。
心配と興奮が入り混じった状態では、おそらく夜が明けるまで眠る事はできないだろう。
それでも身体を休める重要性を知るにはいい機会だ。眠れずとも体力を回復させる訓練と思ってもらおう。
ボクとしては、彼等が眠れなかったという事実を知る事ができただけでも、収穫だった。
彼等の睡眠不足を知らずに迷宮を引率したら、何かミスしていたかもしれないのだから。
おっぱいほーるど……