第二百十三話 ケンネル内戦
「憑依開始」
タモンの命令に従い、擬人化されたユニット達がケンネル王国の用意した軍艦に乗り移っていく。
その姿を瞬く間に変形させ、巨大な鉄の城が海上に現れた。
ケンネル王国の西端、大陸の西の端に当たる都市の沖合。
そこにタモンと、そして王太子は存在した。
反乱を起こした王太子軍だったが、当初は非常に調子よくその版図を拡大していった。
それはタモンの支援攻撃があっての事だ。
だがタモンの能力では沿岸部数十キロにしか、攻撃を加える事ができない。それだけでもかなり優位に立てる事は確かなのだが、その弱点を突いて、王国正規軍は国王を引き連れ、迷宮都市ブパルスへ引き籠ってしまったのだ。
これが戦況を膠着させることになってしまう。
反乱軍の総戦力は正規軍のそれより遥かに劣る。
王太子はそれを補うために有能な人材を囲い込んではいたが、だからこそ戦力差と言う壁を前に、慎重になってしまったのだ。
これにより、沿岸部は王太子派、内陸部は国王派と言う戦力分布が完成してしまった。
先日、彼等は王国北部の正規軍と戦うために、兵を北部へ移動させた。
その隙を突かれて、海岸線にあるこの都市は正規軍の奇襲を受けてしまったのだ。
タモンを除いた実戦力で劣る王太子軍はその奇襲に脆くも敗れ去り、交易都市の一つであるこの都市を奪われる失態を犯してしまった。
すぐさま奪還に向かった王太子軍だが、そこへ正規軍も増援を送り込んできたのだ。
こうして海上対陸上と言う、この世界ではありえないような戦端が切って落とされたのである。
増援は街のよりさらに内陸寄りに布陣し、こちらの出方を窺うように制止していた。
恐らくは届かないと高を括っているのだろうが、タモンの召喚する艦艇の射程距離は、この世界の物とは桁が違う。
安全圏と思い込んでいるその陣地ですら、彼にとっては有効射程内だった。
距離があるため、彼が呼び出したのは手持ちの戦力の中でも最大火力を持つユニットだった。
巨大な、山と見紛わんばかりの威容を持つ船にタモンは厳かに命じる。
「ヤマト、ムサシ。主砲――砲撃用意」
それと同時に彼と彼の周辺にいた王太子軍は耳を塞ぎ、目を閉じる。
あまりの大火力、それを弾き出す轟音と閃光。
それ故にそばに居る者とて、ただでは済まないからだ。だからこそ二隻は、彼等からかなり離れた場所で憑依していた。
「撃て」
淡々と下される命令。
直後、三連装九門の巨大な砲口から、時間差を置きながら爆炎が噴き出された。
耳を塞いでいても、なお脳髄を揺さぶる轟音。
砲火はやがて収まり、数秒後――敵陣の付近で次々と着弾していた。
二次大戦中の艦砲の命中率と言うのは、実はそう高くない。
だがそれを抜きにしても、周囲の地面ごと粉々に吹き飛ばす轟撃は、敵陣営に多大な被害を与えていた。
木っ端のごとく吹き飛ぶ大地。その合間には人だった何かも混じっている。
驚愕と混乱に、呆然と足を止めてしまう敵兵の姿が土砂と土煙の中に消えていく。
数十キロ離れたタモンには、もちろんそんな光景は見えていない。だが、想像はできるし、戦闘後に戦場に訪れれば、否応なく虐殺の跡を目にする事になるのだ。
それでも彼は命じる。
「次弾、装填開始」
当時の艦は連続して射撃する事はできない。
その速さはおよそ一分弱に一度程度と言われている。その間に着弾地点を測定し、照準を修正できる。
斉射する事、三度。
地形すら変える圧倒的火力の前に、ケンネル王国の増援部隊は、剣の一合も交える事無く壊滅したのだった。
「よし、後は街に籠っている部隊を掃討して終わりだな」
「それはそちらに任せます」
上機嫌の王太子にタモンは平静を装って答える。実際は自らが行ったであろう虐殺に、胸の辺りがムカムカしていたのだ。
今更――と思うかもしれないが、これに慣れる事はおそらく生涯無いだろう。
そして彼は優秀な冒険者ではあるが、頭抜けた戦士ではない。市街の掃討戦と言うのは、彼の管轄外の戦闘なのだ。
「もちろん承知している。こちらは戦力も陣容も薄い。私かタモン、どちらかが死ねばそれで我が軍の敗北が決定してしまうからな」
王国側は王太子の反乱を知って新たな王太子を立てている。
つまり、国王を倒しても後継ぎがいるのだ。
対して王太子には後継ぎがいない。そしてタモンの能力を継ぐ者も、もちろんいない。
旗頭となる王太子と、遠距離から一方的な砲撃で戦力差を埋めるタモン。どちらが欠けても、反乱軍に勝ち目はない。
「殿下も、まさか前線に行くつもりじゃないでしょうね?」
「まさか。お前と一緒で今の私は替えが利かないからな。せいぜい慰問程度で止めておくさ」
たおやかな外見をしている王太子だが、意外と血気が盛んである。釘を刺しておかねば、そのまま最前線で指揮を執りかねないのだ。
これは彼の『指揮官がいれば兵は鼓舞する』という理念による物だが、従っている者としては危なっかしくて仕方ない。
現国王のように、玉座からまったく動かないのも問題があるが、彼の気性もまた問題である。
「くれぐれもご自重を」
「承知した」
「それでは僕は別の用事がございますので」
「そうか? まぁ、私もこれからは兵の指揮で忙しくなるから構わないが」
超遠距離での戦闘はタモン一人でどうにかなるが、入り乱れての接近戦では彼の力は役に立たない。
砲撃は敵も味方も吹き飛ばしてしまうからだ。もちろん、自分も。
故に彼は、基本的には戦場に近付かない。
それを不満に思う兵が少数いる事は確かなのだが、こうして目の前で圧倒的な破壊を見せつけられると、苦言を呈する訳にも行かなくなる。
本来なら兵力で劣る彼等は、あの増援のおかげで苦境に立たされるはずだったのだから。
彼個人にあてがわれた個室に籠り、周辺に人の耳が無い事を確認する。
盗聴の心配がないと納得してから、待機中のユニットを呼び出した。一枚のカードから一人の女性が姿を現す。
軍用艦船の化身。既存の船に憑依し、その存在を書き換え、二次大戦中に実在した戦闘艦へと変化させる。その中核足る存在がそこにいた。
「ヒリュウ、捜索の結果は?」
「はい、潜水艦部隊に海底を調べさせましたが、やはり海底には迷宮は存在しないようですね」
「そうか……いや、当然なのかも知れないが――」
彼が秘密裏に進めていたのは、海底探査である。
この世界に迷宮がランダムで発生するのなら、海底にも迷宮があってもおかしくない。そう考えての事だ。
この世界の陸と海面の面積比は、陸が三割と、ほぼ地球のそれと変わらない。
ならば海底には陸の倍近い迷宮があるのではないかと、タモンは推測したのだ。
だが、迷宮の目的が意思力の収集である以上、海底と言う環境に迷宮を作るコアは存在しない。
ユミル達はそれをトラキチと言う、コアの実状に限りなく近しい者から聞く事ができたが、それをタモンは知る事ができないのだった。
故に彼の調査は全くの無駄である事を、まだ知らなかった。
「迷宮の発生頻度は面積比じゃないのか? それとも別の理由が……とにかく、今の局面を打開するにも、今後組合と対立するにしても、迷宮並みの資産の確保は必要になる」
「優先的にブパルスを落としてみますか?」
「砲が届く範囲じゃないからなぁ」
「それですが……」
ここで彼女は懐から小さな土塊を取り出して見せた。
「ボーキサイト……この世界では赤粘土と呼ばれていたこの土ですが、これから艦載機を生成する事に成功しました」
「本当か!?」
ボーキサイトはアルミニウムの原料となる素材である。アルミニウムは柔らかく、燃えやすいという難点は存在するが、非常に軽いため、当時は航空機によく利用されていた。
もちろん、通常は煩雑な生成手順が必要なのだが、彼女達が原石から直接艦載機を生成する事ができたようだ。
これにより艦載機を作ることに成功したとなると、タモンの攻撃範囲は著しく拡大する事になる。
「攻撃範囲は……帰還距離を考慮しても四百キロを超えるな」
「ユミル村、また攻めますか?」
「まさか。あの村の維持にはドラゴンも協力している。迂闊に手を出すと火傷するよ。まずは……ブパルス、だな」
内陸に存在するブパルスまでの距離はせいぜい百キロメートル弱。艦砲では届かないが、艦載機ならば充分に攻められる距離だ。
「まずは遠距離から爆撃で街壁を破壊し、そこから殿下の兵を雪崩れ込ませて乱戦に持ち込めば、一気に決着を付ける事も出来る……か?」
タモンとしては憎いのは組合だけである。
この内戦は後ろ盾を得るための戦いであり、ここで無駄に大きな被害は出したいとは思っていない。
先ほどの戦闘は例外で、彼の圧倒的戦力を国王側に再度認識させる意味も込めて行っていた。
古来中国にある故事に『殺一警百』という物がある。一人を惨たらしく殺す事で、他の者への見せしめとするという故事だ。
それと同様の効果を期待したのである。
今回の戦闘で、生き延びた者たちは下手に沿岸部へと近付けなくなったはずで、そうなれば国王軍はブパルスに籠るしかないだろう。
迷宮都市と言うだけあって、その防備は他の町よりはるかに頑健だが、ドラゴンが飛来する訳ではないこの地域では、対空防備はそれほど厳しくはされていない。
航空機による攻撃は、想定以上の効果を期待できるはずなのだ。
「だが乱戦になれば、こちらの兵も向こうの兵も大きく損なう事になるな……こういう時にキシンがいてくれれば」
資産による使い捨ての兵力を召喚できるキシンは、実はタモンとの相性がかなりいい。
召喚兵を敵兵にぶつけ、足止めしてる間に召喚兵ごと吹き飛ばしてしまえばいいからだ。
だがそのキシンは力に溺れ、しかも国王派についている貴族の甘言に乗せられて先走ってしまった。
隠密行動に優れ、暗殺能力の高いオックスも今はいない。
「事を簡単に収める人材をあっさりと潰されてしまった訳だ。無能な味方と言うのは本当に度し難い……」
「ですが、今回の一件で向こうから攻めて来る事はなくなるでしょうし、こちらの戦力をゆっくり整えるというのはどうでしょう?」
「それは向こうも時間を得ると言う事でもあるんだよね。ましてや迷宮を抱えているんだ。なにを掘り出して来るか判らない以上、できるなら手早く済ませてしまいたい」
「では――」
「いや、まずは殿下に報告しておこう。実際に戦うのは殿下達だからね。丸投げ、とも言うけど」
一見無責任ともとれる言葉に、ヒリュウはクスリとほほ笑む。
その微笑にタモンはささくれだった気分が少し落ち着いたような気がした。
彼女のアバターが気に入ったが故に、彼女の最後の艦長である提督の名前を借り受けて、自分に名付けたのだ。
この後、航空戦力の実用化により、王太子派は一気に情勢を傾ける事となる。
そして半年もたたずに国王を弑逆。その王位を継いだ自身の兄弟達を制圧するのに、さらに三年の時間を要した。
こうして王太子はケンネル王国を手中に収めたのだった。
今回、番外編ぽい話なので、今日はもう一本夕方に更新します。