第二百十二話 入学準備
さて、なんにせよ学校に通い始めるというのは、非常に準備が掛かる物だ。
特にアリューシャの場合、用意が煩雑である。
高等学園基準の制服に各種備品。それに教材。用意しなければならない物は数多い。
しかも今回はアリューシャだけではなく、テマ達三人の分まで面倒を見ないといけないのだ。
無論、それらの費用分くらいは彼ら自身の手で稼いでいるのだが、金があれば『はいオッケー』とは行かない。
その準備に向かう旨を、昼食時に申し渡してみた。
この昼食には、この街に両親のいないテマとラキも同席している。後、やはりジョッシュも一緒にいるのだが、これはこの際どうでもいい。
「つまり、アリューシャ達には各種制服類のサイズを測りに行く必要があるのですよ」
「えー、いつものじゃダメなの?」
「そりゃ、いつもの装備の方が性能はいいんだろうけど、それじゃ他の生徒と公平にならないでしょ?」
ボクの持つ装備の中には制服っぽい服の物もある。
それを装備すれば、下手な鎧よりも高い防御力を得る事ができるだろう。
だが、それではダメなのだ。
他の生徒との公平性を欠いては、教育の意味が失われてしまう。
「ボクも春からは先生だからね。アリューシャだけがいい装備を付けて、いい成績を取るのは見過ごす訳には行かないの」
「む、それもそーだね」
「そんな訳で、アリューシャの制服をあつらえに行くから、ついでに君達も付いておいで」
ピッと呼び出したテマ達を指差し、ボクはそう宣言した。
「俺達も?」
「男子にだって制服はあるんだよ。例えばジョッシュがラキの制服を着れると思う?」
「絶対無理だ」
ジョッシュは歳のわりに非常に背が高く、逆にラキはジョッシュよりも年上なのに、かなり小柄だ。
肩幅ではテマがダントツに広い。
それぞれの体型が違うため、制服一つ取っても、相応の準備が必要になるだろう。
「でしょ。だから今から指定の服飾店に行って、制服とか運動着とかあつらえてもらわないと」
「そういや、入学要綱では指定の制服としか書かれてませんでしたね。適当に前日にでも買いに行こうと思ってましたけど」
ボクの指摘に、ラキは呆れた返答を返してきた。
確かにラキの体格なら既存品でもなんとかなるだろうが、ジョッシュやテマはかなり難しいだろう。
そして誰よりも、アリューシャのサイズは難しい。
今のアリューシャは、背はボクより少し高い程度。平均的に見てもかなり小柄な部類だ。
それなのに、その胸部の爆弾は日に日に成長している。
腰のくびれも大きくなり、まさにトランジスタグラマーと言う状態である。
このスタイルで制服を着るとか、どこのコスプレ風俗店かと言わんばかりだ。
「だから今からあつらえに行くの。そうしないと始業に間に合わなくなるでしょ」
「判りました。ボクはともかく、テマとジョッシュは辛そうですしね」
「うっせ、俺だって好きでこんな体型になった訳じゃないぞ」
テマの肩幅の広さは、彼が冒険者を目指して日々修練してきた証でもある。
幼い頃から素振りを繰り返した結果、彼は身長に似合わぬ剛力を手に入れた。だが、その力を子供の身体に収めるのは無理がある。
結果、彼はドワーフのような横に広い体型になってしまったのだ。
そんな彼等を引き連れて、ボクはマニエルさんから聞き出した学園指定の服飾店へと向かったのだった。
貴族達が住む邸宅街の近く。そこに高等学園指定の店が存在していた。
このような場所に店があるのは、ひとえに高等学園に入学する者は貴族が多いからと言う理由である。
一般市民にはやはり学費と言う難関が控えているのだ。
「いらっしゃいませ」
一枚ガラスで作られたドアを押し開けると、すぐさま店員が声を掛けてきた。
【ライト】の魔法を込めたランタンが各所に掛けられ、様々な衣服がディスプレイされた店内を、これでもかと明るく照らし出している。
飾られた服も、一般人が着るようなオーソドックスな物からドレス、制服、体操着、果ては水着まで存在していた。
「おお……これは……」
その色とりどりのバリエーションに、ボクは思わず感嘆の声を上げる。
さらに出迎えた店員も、飾られた服に負けぬくらい素晴らしい服を着ていた。
タイトなミニ丈のスカートに、片側だけのサスペンダーと言う変わったスタイルだ。黒の光沢あるスカートが、セクシーな足のラインを微妙に浮かび上がらせている。
それでいて、上半身を覆う白いブラウスは清潔感にあふれ清潔感を醸し出している。だがサスペンダーが胸の外側のラインを強調して、女性らしさを演出するのも忘れない。
「あの制服をアリューシャに……いや、こっちの水着を着たアリューシャとか……ぐへへ」
「あ、あの……お客様?」
「ああ、失礼。えっと高等学園の制服をあつらえに来たのですが。マニエルさんからの紹介状もあります」
ここを紹介された時に、マニエルさんから紹介状を貰っておいたのだ。
これがあれば優先的に服をあつらえてもらえるはずである。
そのマニエルさんは入学前の書類の束に埋もれていたが……彼に仕事を押し付けている理事長とやらは、一体何をしているのやら。
「これは失礼しました。採寸ですね?」
「はい。少しばかり体型に癖のある子が多いんで」
「大丈夫ですよ。当店では直しも行っておりますので、今からですと……二週間もあれば」
「それはありがたいですね」
合格通知に添えられていた入学手続きによると、入学式は一か月後だ。
この時期は彼女達も忙しいだろうに、さすが教頭の威光と言う所か。
店員の誘導に従い、ボク達は男女に分かれて、それぞれの採寸をしてもらう事になった。
店員が女性だったせいか、テマ達は少し恥ずかしそうだ。ふふん、まだまだ若いな。
同様にアリューシャも、女性の店員にスリーサイズを測られていた。男共とはきちんと採寸場所をカーテンで区切られているので、安心である。
「うわぁ、お客様、すごくスタイルいいのですね?」
「んぅ、そぉかな? 最近少し動きにくくはなってきてるけど」
「このボリュームですと、さもありなんと言う所ですわ。もう少し背が高ければ、男性が放ってはおかないでしょうね」
「わたしはユミルお姉ちゃんがいれば、それでいいしぃ」
アリューシャをくるくる回らせて体の各所を計測しながら、店員はそんな雑談に供している。
無駄話に聞こえるが、これで緊張をほぐし、自然な状態を計測できるようにしているのだ。
カーテンの向こうから、つばを飲み込む音が聞こえた気がするが、これは気にしないでおこう。気持ちは判るから。
「なるほど、これは結構なサイズ直しが必要かもしれませんね。スカートの丈はこれくらいでよろしいですか?」
「見えない程度でいいよー」
「流行ですともう少し短めにするのですけど……この脚線美を隠すのももったいないですし」
「動きやすいのがいい。後、武器とか装備するから、邪魔にならない範囲で」
「え、武器? 魔術科ですよね?」
すみません、店員さん。うちの子は美少女な成りをしてますが、実は野生児なのです。
高等学園の制服は左袖の肩口に校章の入ったシャツに赤のタータンチェックのプリーツスカートである。
更に身体の各所をベルトなどで締めて、防御力も向上させる工夫をしている。
高等学園の生徒は実戦などの実習も豊富にあるのだ。いつ危険が迫っても対応できるように、そう言った防御の工夫もなされているのだ。
アリューシャの場合、胸の下で締めたベルトがバストを強調しており、さらに破壊力が増している。
魔術科はこれにマントを羽織り、補助具の杖を持ち歩くのが基本だ。
逆に騎士科は激しい動きが多くなるので、スカートの下にスパッツを着用し、帯剣する事が多い。
アリューシャのサイズを測り終え、スカート丈や袖の長さ、広さなどを記入したメモを注文書に書き込んでいく店員さん。
それが一段落した後は、続いてボクの計測を始めた。
「って、何でボクを測ってるんです?」
「え、妹様も入学なさるんでしょう?」
「いや、妹じゃないし! ボクのが年上だから」
「そ、そうだったんですか?」
「うん、さっき言ったユミルお姉ちゃんだよ」
アリューシャがボクの抗弁に助け舟を出してくれた。
ボクが自分が姉だと主張したところで、最近は説得力が薄れてきているのだ。
「失礼しました。そう言われれば、先程からしっかりした受け答えをなさる方だと……」
「まぁ、よくある事だから慣れてるけどね」
「それでは妹様の運動着などはいかが致しましょう? 魔術科でも必要になりますけど、今の内に用意しておきますか?」
「そうだね。二度手間になるのも面倒だから、今の内に用意して頂戴」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
続いて案内されたのはタンクトップやホットパンツなどが置かれた一角だ。
さすがにこの近辺は、テマ達の視界から完全に入らない場所になっている。
彼等も彼等で、別の場所でこういう服を選ばされている事だろう。
「お客様の身長ですと、こちらのサイズが適当かと思われるのですが……」
「わかった、着てみるー」
おずおずと出した平均サイズの体操着を手に取り、アリューシャはフィッティングルームへと姿を消した。
しばらくして出てきたアリューシャを見て――ボクは鼻血が出るかと思った。
いや、あれはやばいでしょう! 主に胸が!
「ちょっとキツイかも?」
「いや、それはどう見てもキツイというレベルじゃないよ、アリューシャ」
胸だけがぱっつんぱっつんになっていて、その下の下着のラインが丸見えである。
ウェストサイズはぴったりなのに、お尻周りがパンパンになっていた。
もうムッチムチである。
「やはり無理があったようですね。これで運動はさすがに……」
「うん、弾け飛ぶ姿が目に見えるよ――いや、それはそれで。むしろノーブラで着てほしい! 胸のぽっちとか見てみたい!」
「ダメでしょう!?」
さすがに店員もボクにダメ出しをしてくる。
こんな格好で激しい運動をした日には、胸元やお尻が裂けてしまう。
アリューシャのそんな恥ずかしい姿は、とてもじゃないが他人には見せられない。だがボクだけになら、見せてほしい。是非に。
「そうですね。ボトムの方は一回り大きいサイズの物のウェストを調整すればいいでしょうけど、トップスは――」
ブツブツと呟きながら、いくつかの運動着を持ってきてはアリューシャに着替えさせる。
そうしてようやくアリューシャに合うサイズの運動着が見つかったのだ。
それはアリューシャよりもニ十センチは背の高い生徒用の物で、胸はジャストフィットしたが、今度は肩回りやウェストがぶかぶかである。
「肩回りとウェストはこちらで調整します。少しお時間を頂くことになりますが」
「それに関しては異論ありません、動きやすいようにしてあげてください」
「はい、おまかせを……あら?」
そこで店員さんは小さく首を傾げたのだ。
何か疑問点でもあったのだろうか?
「どうかしました?」
「あの、このお嬢様は……その、十二歳と書かれていますが」
そう言ってボクに提示してきたのは、マニエルさんの紹介状である。
そこにはアリューシャの年齢まで記載されていた。
「あー、そうですね。ひょっとしたら、アリューシャはまだ成長したりするかも?」
「ですよねー。だとすると、このサイズではすぐに合わなくなってしまうかもしれません」
「少し大きいサイズにしちゃいますか?」
「お姉様、女性の服にそう言う横着はできませんよ?」
確かにこの世界では、ゴムやファスナーのような便利な留め具は存在しない。
大抵はボタンによる固定か、紐で結ぶのが主だ。だからこういった制服に、サイズに融通が利くものは意外と少ない。
「ですけど……そうですね、各所にタックを入れて調整する事にしましょう。それで微調整できると思われます。気休め程度になるかも知れませんが」
「そこはお任せします。ボクはオシャレには疎いんで」
「それはもったいないです。ご姉妹で素材は素晴らしいものがありますのに!」
拳を握り締めて強弁する店員さん。
アリューシャの制服関連については、これで完了したはずなのだが、その手はボクをしっかりと握って離さない。
「よろしかったらお姉様も、ぜひ服を見繕ってみてくださいな」
ニタリと、どこか底冷えするような視線に、ボクは思わずコクコクと頷いてしまった。
この結果、ボクとアリューシャは、日が暮れるまで店員さんの着せ替え人形にされてしまったのである。
更に制服以外に余計な服まで買わされてしまった。
プロの店員の営業手腕、おそるべしである……
次の話は不評ですが、タモンサイドの話を1話挟みます。
向こうも進展させないと、先に進めないので。