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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第二百十一話 夜のご招待

お待たせしました。再開します。

  ◇◆◇◆◇



 夜半。タルハン郊外。

 その日、プラチナは初等学園の残業で、帰宅時間が盛大に遅れていた。

 校長職にあるが故に、この時期は多忙を極めている。それにしても、その日の帰宅時間は遅すぎた。


 陽はすでにその姿を隠し、街中はまばらな街灯と店舗の明かりだけが周囲を照らしている。

 それも人通りの少ない郊外に移動するに従い数を減らし、今では足元すら覚束ないほど薄暗くなっていた。


 いつもの帰り道も、まるで暗い森の中のように姿を変え、その闇の深さが不安感を掻き立てる。


「少し遅くなりすぎたとはいえ……この道はいつ通っても少し怖いわね」


 不安を紛らわせるべく、独り言を呟いてみる。

 だがその声も闇の中に吸い込まれるように消えていき、結局は更なる不安を掻き立てるだけに終わってしまう。

 足早に街外れの材木置き場のそばを通り過ぎようとした。


 ここはタルハンの近隣にある森から切り出してきた材木を貯蔵している場所で、生活に使われる薪や建築用の資材などが、ここから供給されるようになっているのだ。

 もちろん夜間にそれらを要求する職業はないので、人目はない。

 それが一層、恐怖を沸き立たせる。


「……? 誰かいるのですか?」


 その時、背後に人の気配を感じ、プラチナは急ぐ足を止めて振り返った。

 足を――止めてしまったのだ。


 振り返った先には闇が広がるのみ。どこにも人影など存在しない。

 だが、何かが彼女を注視している。その気配だけは感じ取ることができた。

 かつて熟練冒険者だったプラチナは、理論ではなく感覚で、その存在を感知していた。


「誰です!」


 再度、誰何(すいか)の声を飛ばす。

 だがやはり闇の中から反応を返す者はいなかった。

 代わりに背後から、怪しい声が響いてきたのである。


「ぐへへへ。お姉さん、一緒にお茶でも飲んで楽しい事しよーや?」

「ヒッ!?」


 悲鳴のような引き攣った声を残して飛び退るプラチナ。

 前方へ大きく一歩踏み出して、背後の存在から距離を取り、振り返りざまに攻撃魔法を展開する。

 用意したのは【ファイアボルト】。しかも最低レベルだ。

 この魔法ならば、彼女ほどの腕であれば一秒未満で展開できる。


 背後から聞こえた声は、明らかに変質者なセリフだった。なにより闇の中にいたはずの気配が、いつの間にか背後に回り込まれている事に恐怖を感じた。

 だからと言って無抵抗で怯えるほど、彼女の戦歴は浅くはない。


 しかし闇に潜む者もまた、並の存在ではなかった。

 振り返ったプラチナの、さらに背後に回り込み、魔法を発動させるよりも早く彼女を地面へと引き倒す。

 そのあまりの力に、彼女はなす術もなく地面に転がされた。


 だがそれで諦めるほど、プラチナも可愛気がある存在ではない。

 【ファイアボルト】の魔法は転がされた瞬間に霧散していた。だが剣と違って魔法は地面に転がった状態でも威力を落とす事はない。

 転がされたまま再度魔法を展開するプラチナ。だがその腕はまたしても剛力によって取り押さえられてしまう。


 一体どのようにされたのか、気が付けば両手を後ろ手に縛られ、身動きが取れなくなってしまっていた。

 こうなっては自力での反撃は不可能。そう判断してプラチナは助けを求めるために、悲鳴を上げようと口を開く。

 そしてその行動すらも、背後の存在は先読みしていたのだ。


 口を開けた瞬間、するりと猿ぐつわが嵌められる。

 腕の動きを封じられ、口もまた塞がれてしまった。もはや歯向かう事も出来はしない。

 せめて自分に襲い掛かった者の顔を拝むべく、身を(よじ)って襲撃者へ振り返る。

 だがその瞬間に、頭に黒い袋が被せられ、視界を封じられてしまった。


 まさに完封。なす術もなく取り押さえられ、動きも魔術も封じられてしまったのだ。

 彼女にこれほど一方的に勝利できる存在がいるなど、信じられない気持だった。


 だが驚愕はそれで終わらなかった。

 完全に動きを封じられた彼女は、まるで荷物のように抱え上げられた。

 そしてそのまま運び去られるのだが、その加速がまた尋常ではなかったのだ。


 あまりの急加速に背中に回された頭に血が昇り、目の前が赤く染まっていく。

 さらに激しい上下動……どころか、どう考えても道を走ってはいないほどアクロバティックな振動が伝わってくる。

 上下左右に激しく揺さぶられ、頭に過剰に血液が回る。

 やがて振動との相乗効果で、プラチナは瞬く間に意識を手放したのだった。



  ◇◆◇◆◇



 椅子に校長先生を座らせ、目を覚ますまでの間にお茶を用意しておくよう、指示を出しておく。

 彼女はかなりの歳のはずなのだが、いまだに身体は若々しく、背負った時もその柔らかさに思わずドキリとしたものである。

 この寿命の長さこそ、エルフと呼ばれる者の特徴なのだろう。

 それだけでなく、まるで彫像のように美しい造作もあって、椅子に力無く項垂れている様は、背徳的ですらある。


「ん、うぅん……」


 やがて小さく呻きを発して、うっすらと目を覚ます。

 しばらくパチパチと眼をしばたかせ、周囲を窺う様子は歳よりもはるかに幼い印象を与え、まるで外見通りの少女のようにすら見えた。なんてズルい人だ。


「ここは――って、ユミルさん?」

「はい、ボクですよ」


 そう、校長先生には聞きたい事があった。

 だが真正面から聞きに行っても、いつものようにはぐらかされてしまう可能性があったので、今回は自分のホームグラウンドに招待した訳である。

 いきなり反撃されそうになった時は驚いたが、ボクは『冷静に対処』して、我が屋敷にお越し頂いたのだった。


「な、なん……一体、さっきのは……?」

「ああ、あれ。いきなり攻撃魔法を放とうとするなんて、危ないですよ?」

「そう思うなら、背後に忍び寄らないでください!?」

「いや、背後に近付いただけで攻撃するとか、どこの暗殺者ですか、あなた!?」


 ちょっと夜道を歩く美女の背後をつけ回して、変なテンションになってしまったのは否定しない。

 それも含めて、ボクは極力『友好的に』お茶に誘ったはずなのだが……


「私はもう、変態に襲われたのかと思って全力で……それでも敵わなくって……」


 そこで緊張の糸が切れたのか、ついに校長先生はポロポロと涙を流し始めてしまった。

 そのタイミングでお茶を運んできたセンリさんが、部屋の扉を開けて入って来た。背後にはお茶菓子を持ってきたアリューシャの姿もある。


「あ、校長先生!?」

「ちょっとユミル。話をするだけだっていうから黙認したのに、拉致監禁の上に拷問とか、さすがに黙認できないわよ?」

「いや、違――これは違いますって!」

「ユミルお姉ちゃん、さいってー」

「ああっ、アリューシャまでそんな汚物を見るような目で!? ちょっとゾクゾクしちゃう。いや、そうじゃなく!」


 ボクは必至で弁明を繰り返した。

 その結果、双方の悲しい行き違いによる勘違いと判明して――その上でボクは正座させられていた。


「……なぜに?」

「それを聞くかな? ちょっと校長先生を招待してくるって言うから任せたのに……まさか変質者ゴッコしてたなんて」

「どこが変質者ですか!」

「あの誘い文句のどこが普通だと?」

「……ダメでしたかね?」

「ぜんっぜん、ダメよ」


 そういえば生前、ナンパしたら女性が交番に駆け込む事案が何度かあったような気がする。

 ボクはこういう行為には徹底的に向いていないようだった。


「うう。校長先生、その件に関しましては、誠に申し訳なく……」

「い、いえ。私こそ取り乱してしまいまして。でも今度からは普通に招待してくださいな」

「うん、今度からはわたしが招待しに行くね。ユミルお姉ちゃんはお留守番」

「そんなー」


 ダメだ、最近アリューシャのボクに対する株が暴落している。

 ここらで何とか汚名を挽回しなくては……いや、名誉を返上しなくては……あれ、違う?


「それでですね、校長先生。今回わざわざお越し頂いたのは、この件に関してお話があったからなのです」


 そう前置きして、ボクは推薦状をテーブルの上に差し出した。

 これが原因で僕は高等学校を受験する羽目になり、しかも教員として合格してしまったのだ。


「ああ、それですか。それはアリューシャさんから聞いてませんか?」

「彼女はイタズラが成功して喜んでいました。ずっと。ええ、ずっと」

「少しユミルさんの影響が強すぎるようですわね……」


 呆れたように溜息を吐く校長先生と、テヘヘと舌を出すアリューシャ。

 もう、この子は本当に仕方ないなぁ。


「そうやってユミルさんが悪戯を叱らないから、助長する面もあるのですよ?」


 気が付くとボクはアリューシャの頭を抱え込んで頬摺りしていた。

 だって可愛い仕草してたから、仕方ないじゃない!


「それで、なぜ教員採用試験だったんです?」

「逆に聞きますが、ユミルさんが高等学園へ入って、何を習うおつもりで?」


 確かにボクは魔法理論だけなら充分に持っているし、剣に関しては言うまでもない。

 恐らくボクが『騎士になる』と宣言した瞬間、周辺諸国から勧誘が飛んでくるくらいだ。

 タルハンとか、おそらくはケンネル王国から。それこそ本格的に戦争が起きかねない勢いで。


 そんなボクが学園という区切りの中にいるいうのは、少し難しい事かも知れない。

 そこで教員という枠にねじ込む策を(もち)いたのだろう。


「むぅ、それならそもそも入る必要が無かったんじゃ?」

「アリューシャさんから、ユミルさんと一緒に学校に行きたいと相談を受けましたので」


 なるほど。すべての元凶は、やはりアリューシャだったのか。

 というか、そういう相談を受けて『じゃあ教員で』と答えた上でこっそり根回ししてくる校長先生も、大概である。


「うん、やっぱりボク、謝らなくてもよかったんじゃないかな?」

「それは謝ってください。拉致は犯罪です」

「ぐぬぬ……」


 やはり招待(物理)では問題があったようだ。

 よく考えたら、ボクがアリューシャを拉致された時は、犯人を皆殺しにしたのだから、やはりよくない。

 主犯のオックスに到っては、紙より平べったくなってもらった。

 ここは素直に謝るのが吉だろう。


「強引に()()してサーセンっしたぁ!」


 ボクはテーブルに飛び乗り、その場に両手を付け、深々と頭を下げた。

 あくまで招待を貫き通したのは、アリューシャの手前、保護者のプライドが存在するからである。


「テーブルに乗るのは無作法ですよ。それはそうと、王都での生活はどうなさるんです? 初等学園を卒業してからは、私の心配する所ではないかも知れませんが……」

「ああ、それなら家を一軒購入しておきました。お隣にはテマとラキが住んでますよ?」

「あの子達も? 合格したと連絡はありましたが、家を借りるとか大丈夫でしょうか……学費ですら結構必要なのに」

「そこはそれ。ボクが迷宮に連れてって稼がせますから。下手な商人より儲かりますし、冒険者としての位階も上昇しますので」

「それは……くれぐれも怪我のないようにお願いしますよ?」

「任せてください。傷一つ付けませんとも。精神は別ですが」


 生徒の身の安全を真っ先に心配する当たり、この人はいい先生である。

 あの三人も、ボクと一緒に迷宮に潜る事で、冒険者の実力が強化され、しかもその伸びた能力で勉強も捗るのだから、一挙両得なのだ。

 上手くいけば、ボクの代わりに五十九層のアンデッド地帯を抜けさせる事も……いや、いっそ騎士科の教員になったのだから、迷宮で実習させるのも有りか?


「フッフッフ、計画通り……になる予定」

「ユミルお姉ちゃんがまた悪い顔してる。っていうか、まだ学期が始まってすらいないんだけど……?」

「ユミルが悪い顔するのなんて、いつもの事よ」


 センリさんが凄く失礼な事を、当然のような顔で言ってくる。ボク、こんなに可愛い顔しているのに。

 校長先生はその発言には我関せずという顔でお茶を啜っていた。これが大人の知恵か……


 そんな訳で、ボクを嵌めた校長先生への意趣返しは完了し、春先の入学式を待つばかりとなったのである。


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