第二百十話 新生活開始
受験から半月の期間が過ぎた。
この王都における拠点を決め、そのまま移り住んで『ハイ、おしまい』とはいかないのが現実である。
この半月の間、ボク達は街外れの家を清掃するのに奔走していたのだ。
まずスラちゃんを運び込み、家の隅々までのゴミと埃、シミなどを捕食してもらう。
彼らは更に上水道まで潜り込んでパイプ内のゴミまで処理してくれた。
続いてセンリさんの出番もあった。
空き家とは言え組合が管理してくれていたので、大きな傷みはなかったのだが、それでも人の住まない家というのは通常より早く廃れていく。
彼女には【修復】スキルで、そうした家の傷みを修繕してもらう事にしたのだ。
この間、ボクが代わりにユミル村の監視に就いていた。
ボクの振り撒いた災害による村の復興具合も順調な様で、しかもケンネル王国からのちょっかいも無い。
組合の情報網によると、ケンネル内部の内戦は激化しており、沿岸部を王太子派が制圧し、内陸部を国王派が制圧しているそうだ。
豊富な資源を生み出すブパルスの迷宮は内陸部に存在するため、資源的な不利を被った王太子派がやや攻めあぐねているのだとか?
まぁ、他国の内戦までボクの関与する所ではないので、こちらに手を伸ばさない限りは無視である。
いや、タモンの情報だけは集めておいてもらおうか。
そしてセンリさんにボク達とテマ達の家を修繕してもらった後は、荷物の搬入が待っている。
アリューシャの転移魔法は表沙汰にしていい物ではないので、リンちゃんを使ったピストン輸送が主となる。
この為、リンちゃんの胴体に大きな籠を吊るし、大容量の荷物を運搬可能にした輸送モードも開発してみたりした。
何度も街外れにドラゴンが舞い降りるとあって、王都ではドラゴンライダーが引っ越してきたと話題になってしまった。
だがこれは別に悪い事ではない。
アリューシャの安全を考えれば、ボクという抑止力が存在するとアピールをするのは、防犯に役立つ事なのだ。
誰も、ドラゴンライダーのいるそばで犯罪を犯そうとは考えないだろう。
衛士隊の詰め所以上の抑止力になっているはずである。
そして家の裏にある厩舎も補修して使えるようにしておいた。
ここにはセイコとウララのスレイプニール二頭に入ってもらう。
センリさんもさすがに村を長期間離れる訳には行かなかったので、ここの補修はボクが日曜大工宜しくトンカンと修理しておいた。
多少不格好な小屋になったが、そこはそれ。見かけ以上の愛情を込めておいたので、良しとしておこう。
こうしてどうにか生活できる基盤が整った頃、ようやく合否通知がボク達の元に届いたのである。
引っ越し先は組合に報告してあるので、タルハンのボクの屋敷か組合に向かって出された通知はこちらの家に転送してもらえる事になっている。
分厚い封書を開けたアリューシャは、案の定合格だったらしく、ピョンピョン跳ねて喜びを表現している。
「やった! ユミルお姉ちゃん、わたし合格!」
「うん。おめでとう、アリューシャ」
そう言いつつもボクは自分の手元にある封書に目を落とす。
アリューシャが受かっている以上、ボクも合格のはずなんだろうけど、その封書の厚さがアリューシャの倍くらいある。
どう見ても別物だ。なんだか嫌な予感がする。
「ね? ね? ユミルお姉ちゃんは?」
疑問形ではあるが、ボクが落ちているとは欠片も思っていない、信頼のまなざし。
ボクもそうだとは思っているが、封書の厚さの違いが、どうにも気になる。
とにもかくにも中を見ない事には始まらないので、嫌な予感はこの際無視して封書を開いてみる。
その中にあった書類には、こう書かれていた――
「……短期契約、教員採用試験、合格通知書?」
「へ、教員?」
「うん、そう書いてある」
バサバサと書類に目を通していくと、どうやらボクは生徒としてではなく、教員として採点されていたようだ。
特に騎士科の教員として迎え入れたい旨が明記されている。
「これは……高等学園で剣を教えろって事なのかな?」
「どーなんだろ? 一度初等学園の校長先生とか、マニエルさんに聞いてみよ?」
「うん、そうした方がいいみたい」
推薦状を書いてくれた初頭学園の校長先生は、生徒としてではなく、教師としてボクを推薦したのだろうか?
受験の際に『特別枠』とか言われて、騎士科と魔術科の双方を受けさせられたのは、そういう理由なのかもしれない。
幸い、高等学園のマニエル教頭とも知己を得ている事だし、双方から話を聞いてみるのもいいだろう。
「ま、この際ボクは置いておいて、肝心のジョッシュ達はどうなったかな?」
「あ、そうだ! ね、お隣の様子も見てこよう!」
「うん、こういう時に近くなのはイイね」
テマとラキ達は、ボク達の左隣の家に引っ越してきている。
そしてその二人がいると言う事で、ジョッシュも頻繁に出入りしているのが現状だった。
最近は反対側の家にも入居者が越してきたようだし、向かいの家も、ついこの間引っ越しの作業をしていた。
こうしてこの近隣の家はすべて埋まり、ようやくご近所付き合いが始まろうかと言う所なのである。
アリューシャと二人、軽い足取りでお隣に向かう。
隣は少々サイズは小さいが、二階建ての家で少年二人が住むには充分過ぎる広さがある。
というか、ジョッシュが紛れ込んでも、まだ部屋が余るくらいだろう。
玄関に近付いた所で中から歓声が聞こえてきた。
どうやら彼等も合格していたようだ。
テマ辺りは学科で怪しい所があったのだが、それも問題なくクリアしたようで何よりである。
呼び鈴に手を掛けた所で、玄関のドアが勢い良く叩き開けられる。
それは丁度、ドアの前に立っていたボクに直撃する位置だったのだが、このボクがそんな恥ずかしいドジを踏むはずもない。
「おおっと」
「わわっ! ユミルさん、いたんですか!?」
「うん、ちょうどベルを鳴らそうとしてたところ。ドアはもう少し静かに開けよう」
「済みません、合格の通知が来たんでうれしくって、つい」
飛び出してきたのはラキだった。
彼は頭がよく、高等学園進学も視野に入れてたのだが、資金的な問題もあって一度は挫折していたのである。
それがボクのパワーレベリングと、その副産物である収入によって道が開けたのだから、喜びもひとしおなのだろう。
返す返すも、クリスタルゴーレム、美味ぇ……
「合格したみたいだね、おめでと」
「ありがとうございます! それもこれも、ユミルさんのおかげで――」
「えー、わたしはぁ?」
「あ、いや! アリューシャちゃんの力ももちろんあったよ!」
頬を紅潮させボクに礼を言ってくるラキに、アリューシャは不満げに口を挟む。
ツンと顎を逸らせ、不服そうに目を細めるアリューシャの仕草に、ラキはアワアワと手を振って取り繕っていた。
「ああ、アリューシャもついに男を手玉に取るお年頃に……」
「んぅ? さすがにラキでお手玉はできないよ?」
「そこで天然ボケを突っ込んでくるなんて、実にアザトイ! さすがはボクの天使!」
「わたし、女神なんだけど……」
ハイテンションについてこれず、冷や汗を垂らして抗弁するアリューシャ。
ボクは彼女を背後からぎゅーっと抱きしめ、こっそり胸元にタッチしたりする。
だけど女神というのはあまり口外しないように言っておいたのに、うっかり漏らしてしまっているのは減点だ。今度しっかりと言い含めてオシオキせねばなるまい。お風呂場とかで。
玄関で騒いでいると、中からテマとジョッシュも顔を出してくる。
どうやら二人とも合格だったようで、その顔に陰は存在しない。
「二人も受かったみたいだね、おめでとう」
「ありがとうございます、これもユミルさんのおかげで……」
「パワーレベリングってスゲーな。俺が受かるなんて思ってなかったよ」
ジョッシュは感極まったようにボクに頭を下げ、テマは驚いたように合格通知をヒラヒラとさせていた。
そうして五人が顔をそろえた所へ、さらに割り込む声があった。
「どうやら君達も合格したようだな。おめでとうと言っておこう」
振り返ると、そこにはどこかで見た事があるような少年の姿。
記憶を辿ると彼は魔術学科の試験でラキと張り合う成績を叩き出した、貴族の子だった。
「あ、君は……えっと……?」
「エルドレット=ブラウンだ。エルでいい。僕も合格したんだ。これからはライバルになるね」
「あ、そうなんだ、おめでと」
「君達の名前は教えてくれないのか? 別に学園に通うようになれば、否応なく知る事になるから、かまいはしないが……」
「あ、ボクはユミル。よろしくね。一般人だから姓はないよ」
名乗られたら名乗り返す。それは最低限の礼儀ではある。
確かに彼の言う通り、学園に通えば名前くらい知る機会はあるだろうけど、それはそれ、これはこれである。
「あ、わたしアリューシャです。よろしくー」
「僕はラキです。同じ魔術師学科だね」
「俺はテマ。騎士学科だから、顔を合わす機会は少ないと思うぞ」
「僕はジョッシュ。テマと同じ騎士学科なんだ。よろしく」
ボクに続いて四人も次々と自己紹介する。
でもなぜ彼がここに? ここは言っちゃなんだが、表通りからかなり外れた街外れである。
貴族の子弟である彼がいるには、いささか相応しくない。
「どうしてこんなところに?」
「ん? ああ。これは我が家の方針でね。高等学園にいる間は一人暮らししてみろと」
「ふぅん……?」
「で、そこの家に越してきたんだ」
そう言って彼が指差したのは、二軒隣の小さな家。
それはボク達の家の隣でもある。つまり、テマ達の反対隣りが彼の家なのだ。
「箱入りの貴族が一人暮らしか。苦労しそうだな」
そう口にしたのは、物怖じしないテマだ。だがエルドレットも気を悪くした風もなく、あっさりとそれを受け流す。
受験の頃にあった険はすでに無く、多少高慢な印象は受けるが、それほど悪い子には見えない。
「そうでもないさ。さすがに父もその辺のことは理解しているから、メイドを一人付ける事を許してくれたし」
「なに、メイド!?」
その声に敏感に反応したのはジョッシュである。
彼は正に入れ食いのような表情でエルドレットに食い下がる。
「そのメイドさん、若いのか? 美人?」
「は? え――ああ、まぁ今年で十八って言っていたかな? 外見は、結構好み……」
その勢いに釣られたのか、エルドレットもうっかりと言わなくていい事を口走っている。
それにしても……ジョッシュはメイドさん萌えだったのか?
「チクショウ、羨ましいぞ! 何が一人暮らしだ。二人じゃねぇか!」
「いや、そう言われると反論できないけど……姉みたいな人だし」
「紹介してください、お願いします」
「ジョッシュ……」
そんな彼を、アリューシャがショックを受けたような表情で見ている。
うん、幼馴染の特異な性癖を知ってしまったら、そう言う事もあるだろうね。
「アリューシャ、あれが……男なんだよ」
「むぅ、不潔!」
「え、いや……違う! アリューシャちゃん、これはその……違うんだ!?」
ふと現状に気付いて、慌ててジョッシュが否定に走るが時すでに遅し。
「わたし、やっぱりユミルお姉ちゃんが好きー」
「ボクもアリューシャが大好きだよぉ」
二人してぎゅっと抱き合うと、ジョッシュはその場に崩れ落ちるように手を付いた。
「うう、ちょっと働くお姉さんが好きなだけじゃないかぁ」
「それはそれで実にいい趣味だとは思うが、幼馴染の女の子の前で披露する性癖ではなかったね」
「不覚……」
そんなバカなやり取りをしていると、そこへ一台の馬車がやって来た。
その馬車はボクの家の前……いや、あれはお向かいの家の前かな? そこに止まって少年が一人降りてくる。
そしてボクは、その姿にも見覚えがあった。
「あれ? カルバート君?」
「えっ?」
馬車から降り立ったのは、ボクと模擬戦をした少年だった。
「あ、確かユミル――さん?」
「いや、慌ててさん付けで呼ばなくてもいいけどさ。お向かいに何か用?」
「え、お向かいって……ここ、俺の下宿先なんだけど」
「へ……?」
彼はどうやら向かいの家に住む事になったらしい。
この近辺、受験で優秀な成績を残した生徒が固まって越してきたみたいだ。
こうしてカルバート=リグスをお向かいに、エルドレット=ブラウンをお隣に向かえ、ボク達の新生活は始まったのである。
という訳で、ユミルは今後女教師になってもらいます。
制服ユミルを期待してくれた方、スマン!
今度こそ、章の終了です。
予定通り四日からポンコツ魔神の連載に移行します。
そして目標だった100万字に到達!