第二百九話 試験が終わって
テマとジョッシュの試験も終え、ひとまず昼休みと言う事になった。
この時間の内に午前中の疲労を抜き、午後の学科試験に備えるのがこの休憩の目的である。
休める時に休む。その簡単なようで難しい行為をできるかどうかを見るための時間とも言えた。
一応この高等学園にも食堂はあるのだが、ボク達は裏庭にある芝生でシート――というかマントを敷き、そこでお弁当を食べる事にした。
「ユミルお姉ちゃん、今日のお弁当は?」
ワクワクした様子でこちらに乗り出してくるアリューシャ。
同じ転生者なのだが、彼女の食欲はボクのそれより遥かに大きい。まるで待てを命じられたワンコのようで、実に――
「かぁいいなぁ、もう!」
昼食の用意を放り出してアリューシャの胸にダイブし、転げまわる。最近またフカフカ度が増したボディは、ボクを至福の世界へ誘ってくれるのだ。
だが、今日はボク達だけじゃなかった。不意にゴホンゴホンと咳払いする声が聞こえて振り返ると、ジョッシュが顔を赤くして咳をしていた。
ラキは顔が真っ赤な状態で目を覆っており、テマはこちらに背を向けている。
よく自分たちの様子を見てみると、飛びついた拍子に色々捲れあがってキワドイ事になっていたのだ。
特にマントを外したため、ボクがヤバい。
「おっと、今日は二人っきりじゃなかったなぁ」
「いつもだって違うでしょ? センリお姉ちゃんもいるじゃない」
「見られていい人と悪い人がいるんです!」
数年前にカボチャパンツを卒業したアリューシャも、そろそろ見られちゃダメな時期に差し掛かっている。
視線への警戒心を学ばなければなるまい。
そう言う所は……まぁ、センリさんに投げっぱなしなのだけれど。
こちらに来て早七年が経つ。だがボクの所作は相変わらずガードが甘いままだった。
「まーいいや。とりあえずお昼にしよう。今日のお昼は――懐かしの焼き魚!」
「え、今更!?」
「何を仰るアリューシャ君。この焼き魚は君と初めて会った時に食べた回復アイテムでもあるのだよ?」
「いや、しってるけど……」
さすがに焼き魚をポンと出されるとアリューシャも不服なのか、表情が冴えない。
こんな所でテンションを落としても利は無いので、冗談もこの辺りにしておこう。
「ま、それは冗談なんだけどね。ほら、ランデルさんの所で作ってもらったサンドイッチ」
「わぁ!」
タルハンに住んでいると、ランデルさんの所でご飯を食べれるのがいい所である。
村のトーラスさんもかなりの腕なのだが、ランデルさんの作るメニューはどこか元の世界を彷彿とさせる。
今回も白身魚のフライにタルタルソースを塗って挟んだサンドイッチを用意してくれている。
ワンポイントにピクルスと薄切りチーズも入っていて、まるでどこかの魚系バーガーみたいな味だ。
他にもエビを叩いて荒く潰したものをフライしたモノや、ローストビーフとサラダを挟んだもの、果てはBLTサンドもしっかりと存在している。
「……あの人、本当にあっちの世界関係ないのかなぁ?」
「んぇ?」
さっそくローストビーフを挟んだサンドイッチに手を伸ばし――たと同時に口に放り込んでいたアリューシャが変な声で鳴いた。
「んー、なんでもないよー」
ボクはそんなアリューシャの頭をぐしぐしと撫でて話をごまかす。この場にはテマ達三人もいるので、あまり込み入った話題はできない。
その三人も容赦なくサンドイッチを頬張りながら、腹を満たしている。
水筒から食人花の汁から作ったお茶をカップに注ぎ、各人に配る。
食人花はユミル村の迷宮の三十層近辺から出現するモンスターで、食人とついているくせに、モンスターだって喰らう。しかし、その根は魔力を回復させるポーションの材料になる……らしい。
その根は繊細な材料らしく、採取には独特の作法があるのだが、ボクはまだやった事が無い。
その食人花をセンリさんが加工して飲みやすくしたのが、このお茶だ。
彼女は料理は下手なのだが、ポーションの作成は上手いと言う謎のスキルを持っている。
「ボクにはお茶とポーション作成にどれほどの差があるのか、理解できない」
「同じ飲み物作るのに、センリお姉ちゃんって変だよねぇ」
「まぁ、三人はこれをきちんと飲む事。魔力の回復と疲労回復にも効果がある? らしい? し?」
「なんだか疑問符を飛ばしまくりながら言ってませんか!?」
「気にスンナ」
ラキが大人しくお茶を受け取りながらもツッコミを入れてくる。
ジョッシュとテマは先ほどの対戦が引き分けに終わった事を話し合っていた。
「勝負が付かなかったのはやっぱ不味かったかな?」
「でも負けるよりはいいだろ。でもアピールポイントは作れなかったよなぁ」
「それを言ったら僕なんて……アリューシャちゃんが全部持って行ったよ?」
どこか不安そうな三人だが、彼等を落とすほど試験官も節穴ではあるまい。
こんな不安を抱えたまま学科試験を受けると、あまりいい影響が出ないかもしれない。ここは励ましておいた方がいいか。
「三人とも、今のところは問題ないから安心して。君達とタメを張れる受験生なんて、今のところ数えるほどしかいないから」
「そうですか?」
不安げにサンドイッチを口に運ぶジョッシュ。
だが実際彼等に匹敵する技量を見せたのは、魔術の方で一人、剣技の方で一人だけだ。
魔術の方ではあの嫌味っぽい貴族の子弟、剣技の方でカルバート君くらいである。
「そだよ。そこらの一般人に抜かれるくらい、甘い鍛え方はしてないもの」
実際、ジョッシュとテマの激戦を見て、ファリアス教官とアスリン教官は顎を落としていた。
あの反応だと、学科でよほど悪い点を取らない限りは、きっと大丈夫だろう。
「だから今はしっかり食べて、疲労を回復させる事を優先させなさい」
「はい!」
ボクに太鼓判を押されたことで安心したのか、その後三人は物凄い勢いで食事を再開した。
あまりの勢いにアリューシャの分がなくなってしまい、怒り狂ったアリューシャが【ファイアボルト】を乱発するほどだったのである。
無論、本気じゃないんだけどね。
食事を終え、三十分ほど芝生で寝転んで昼寝をしていたボク達を、他の受験生は怪訝な物を見る目で見ていた。
彼等にとってこの時間は、エネルギー補給と復習の時間である。
だが実際、きちんと準備さえして来ていれば体力を整えて、万全の状態で挑む方が効率が良い。
今更慌ててもしかたないのだ。
時間ぎりぎりまで休息を取り教室に滑り込んだボク達は、ほとんど同時にやってきた試験官に挨拶しながら、指定の席に着く。
すでに机には試験問題が配り終えており、少し休みすぎたかと冷や汗を掻いた。
この入試における学科試験は五種類ある。
一つは国の成り立ちに関わる歴史、一つは語学、そして数学。
残るは魔法学と戦術学である。
つまり、騎士学科を志望していても魔術の知識は必要だし、魔術師学科を目指していても戦略知識は必要になるのだ。
これは騎士が魔術師と戦う場合の事も考えており、魔術師も自身の能力を最大限に発揮するための知識を蓄えるためでもある。
どちらかに偏らぬよう、またお互いが偏見を持たぬようにという、国の方針に従っているのだ。
試験官の一声で学科試験が開始される。
ちらりと隣を見ると、アリューシャは鼻歌でも歌いそうな勢いでペンを走らせていた。
魔術の専門家であり、初等学園に通っていた彼女にとって、この程度の問題は難問ではないのだろう。
彼女の問題があるとすれば、戦術学だけである。
もちろん、その辺りもしっかりと対策は取ってきている。
問題があるとすれば……実はボクの方だ。
実はここまでこの世界の学校に通った事がないボクは、歴史系に不安要素を持つ。
今までの知識と言えば、組合のパンフレットにあるような事柄しか覚えていなかったのだ。
幸いと言っていいのか、ボクがアリューシャ達の受験勉強に付き合っていた事で、その時の勉強内容を覚えている。
まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
知力が高いせいか、その時の記憶もはっきりと残っている。
アリューシャほどじゃないけど、それなりに問題を解けた手応えはあった。
苦痛なのは、ひたすら黙っていなければいけない事だ。
そう言えば学生の時も、試験のこの沈黙は苦手だったような気がする。
苦痛の時間を何とかやり過ごし、ボクはどうにか受験科目をすべて終了させたのだった。
この街での拠点はまだ決まっていないので、ボク達とテマ、ラキの四人は宿に部屋を取っている。
ジョッシュは自宅があるので、そちらに戻ればいい。
だが今夜は自己採点も兼ねて、全員ボクとアリューシャの部屋に集まっていた。
ボロ宿の二人部屋に、五人も詰め込んだらさすがに狭い。
椅子も部屋に二つしかないので、椅子の一つにアリューシャが腰かけ、その膝にボクが乗せられていた。
「なんだか釈然としないものを感じる」
「えー、わたしはご満悦だよ?」
「とにかく、ジョッシュとテマ。ベッドの匂いとか嗅いじゃだめだよ!」
「しませんよ!?」
「俺、そんな変態じゃねーし!」
ベッドに腰かけるジョッシュとテマに牽制を入れておいて、本題に入ろう。
もっともこの部屋では寝た事が無いので、移り香など残るはずもないのだが。
それぞれの実技では全く問題がなさそうだったので、学科試験をメインに自己採点を済ませた。
結果、アリューシャはもちろん、ボクも三人組も、ほぼ満点が取れているだろうことが判明した。
これなら不合格になると言う事は無いだろう。
「っていうか、ボクは受かる必要は無かったんだけどねぇ」
「そんな事言わないでくださいよ。僕はユミルさんと学校に行くの、楽しみですよ」
「おー、ラキはいい子だね」
拳を握って強弁するラキの頭を撫でてあげる。
昔はジョッシュが一番背が低かったのだが、彼が急成長を遂げたために、今一番背が低いのはラキである。
いや、アリューシャとボクを除いて。
半ズボンの私服姿と言い、実にショタ魂をくすぐる少年になったものだ。残念ながらボクにそっちの気は無いけどね。
「実技は問題なさそうだし、そうなると次の問題を解決しないといけなくなったな……」
「次の問題、ですか?」
「そう。すなわち、『どこに住むか』」
「ああ!」
ボク達の家はもちろん、テマとラキの住処も決まっていない。
この二人に到っては、受かると思ってなかったのか、ほとんどの準備をすっ飛ばしているくらいだ。
「元々受かるとか思ってなかったからなぁ。『ぱわーれべりんぐ』ってスゲェ」
「僕も学費分が一気に稼げるとは思ってませんでした。迷宮って儲かるんですねぇ」
ラキとテマはそれぞれ感想があるみたいだけど、準備不足なのは変わりない。
彼等には住む場所を用意するか、寮に入るか決めてもらわねばならない。
「でも寮って、貴族たちと一緒に暮らす事もあるんだろ? 俺、そんなの嫌だし」
「僕も、それは少し……」
「まぁ、ボクだってあの辺の連中とは付き合いたくないからなぁ」
当事者のテマ達だけでなく、ジョッシュまで否定的な感想が出て来る所を見ると、貴族の嫌われ具合は相当な様である。
実際の貴族はそれなりに務めを果たしている場合、それほど嫌われてはいない。
だがやはりその子供となると特権意識を持つ者が多く、それを隠す自制心も無いため、嫌われている事が多いのだとか。
王都の、それも高等学園に来る生徒ともなると、そういう問題はあまり起こさないそうだけど。
「とは言っても……あ、そうだ」
そこでボクは一つの提案を思い付いた。街の外れにある空き家である。
あそこは立地条件が悪い代わりに数件の空き家が隣接していた。
その一軒にラキとテマを放り込もうと言うのである。
「一種のルームシェアかな」
「るーむしぇあって?」
「一つの部屋を数人で共同して使う考え方の事かな? 一人で一軒借りるのは難しいかもしれないけど、二人で一軒なら半額で済むでしょ」
「ああ、なるほど!」
場合によってはジョッシュも巻き込めば三人で家賃を払える事になる。
その資金はボクが定期的に村の迷宮に連れて行ってやれば、稼げるだろう。
そしてボク達も、彼らが傍に居ればいい護衛になる。
アリューシャの安全という意味では、これ以上ない環境が整うはずだ。
「街の外れに四軒ほどの空き家があったんだ。君達もそこを借りたらどうかな? もちろんボクとアリューシャは別の物件だけど」
「それはいいです。一緒に住むと色々厄介事が多そうだし」
「あぁん? ジョッシュ、それはどういう事かなぁ?」
「ユミルさん、自分がトラブルメーカーだって言う自覚が無いんですか?」
生意気こいたジョッシュのコメカミに梅干しの刑を決めつつ、その日は解散となった。
翌日には即座に物件の確保に走り、契約書にサインをしたのだ。
こうしてボク達は、王都における拠点を決定したのだった。
次の話で、一旦章の区切りとさせていただきます。
次は10月4日から、ポンコツ魔神の方の連載に移らせてもらいます。しばらくお待ちください。