第二百七話 実技試験で大惨事
長い廊下をぞろぞろと歩いて、実技試験場へ向かう。
大きな体育館を魔法の結界で覆ったような試験場に入ると、中には標的になる◎の書かれた看板が立てられていた。
おそらくあそこに向かって魔法を放つ事が試験になるのだろう。
ここにきてボクは少し頭を悩ませている。
だがよく考えてみればこの試験、ボクは別に受かる必要はないのだ。念のためフレイムブレードは装備しているので【ファイアボルト】の魔法を放つ事はできるが、受かる理由が無い以上、無理に撃つことも無い。
とは言え、アリューシャはほぼ合格を手中にしていて、ボクは彼女の関係者である事はすでに知れ渡っている。
ここでボクが無様を晒すと、彼女の学園生活に支障が出る可能性も有る。
高等学園は入学金が高いため、必然的に資産家や貴族が生徒に多くなる。
そう言うコミュニティに置いて、一冒険者に過ぎないアリューシャは後ろ盾が全くないと言える。
そこへブッチギリの才能を示したのだから、嫉妬などを受ける事もあるだろう。
無論、そういった人材を弾く目的もこの試験にはあるのだが、完全とは言えない。
そんな状況で、付け入る隙をボクが不合格という結果で与えてしまうのは、危険かもしれない。
「となると、合格ラインをクリアしたうえで入学拒否がベストなのかな……?」
それはそれで、頭を悩ませる問題ではある。
一応ボクは交霊師系を経由しているので、無属性の攻撃魔法もある。取得はしてないけど。
これを今の内に取得しておけば、ボクはアイテムに頼らない攻撃魔法だって可能なのだ。
アリューシャに付け入る隙を与えないためには、アイテムに頼った魔法を使用しては意味がない。
実力で魔法を放ち、その上でアイテムの魔法を見せつけ、生徒全員に『あのユミルの家族』と印象付けた方がいいだろう。
そんな目論見を計画しながら整列していると、試験官が前に出て試験内容を発表してくれた。
「今回は魔法の実技に関しての試験を行う。諸君らは初等学校でも優秀な成績を修めてきている。攻撃魔法に限らず基本的な魔法を一つは覚えてきているものと思う。その成果をこの場で見せてもらいたい」
そもそも魔術師科に進もうとする者ばかりだから、魔法の一つや二つは使える者が多いだろう。
それが実戦レベルにあるかどうかは別として。
「この結界内では攻撃魔法も回復魔法も、一律エネルギー弾に変換される。それをあの標的に向けて放ってくれればいい。回数は三回以内だ」
三回機会があるのは、一発勝負だと緊張して実力を発揮できない生徒もいるせいだとか。
説明を聞いて、他の生徒達は緊張した面持ちで、杖などの補助具を取り出し準備している。
それをしていないのは、補助具無しでもズバ抜けているアリューシャや、そもそも補助具を持っていないラキ、そしていまだ悩み続けているボクくらいのモノだった。
試験が始まり、それぞれの生徒が魔法を放つ。
それらは一律白いエネルギーの塊に変換され、標的へと飛んでいった。
このエネルギーの大きさや収束、制御で術者の力量が計れると言う話だ。
どの生徒も大きさはせいぜい大人の拳大程度。これが標準的魔力なのだろう。
一人だけ、素養検査の時にラキに次ぐ成績を出した、あの貴族の子弟が、バレーボールくらいの大きさの魔力塊を作り出して周囲をどよめかせていた。
彼は試験を終えると、こちらを見やってニヤリと自信ありげな笑みを浮かべてくる。
明らかにアリューシャ達を意識した仕草だ。
正直言って、子猫がじゃれ付いてきているようで、可愛らしい事この上ない。
そうこうしている内にラキの順番が回ってきた。
彼はあまり裕福な家庭ではないし、冒険者歴も浅いのでそれほどいい装備は持っていない。
この短期間で大金を稼ぎはしたが、学費の心配があるので、杖の購入は見送っているのが実情である。
手ぶらで標的に向かうラキに、試験を終え見学している生徒達からはあざけるような視線が向けられる。
だが、そんな視線も一瞬で霧散した。
ラキが無詠唱で魔法陣を描き出し、生み出した光球は先ほどの貴族よりも遥かに大きかったのである。
その大きさはバレーボールを遥かに超え、バランスボールくらいはあるだろうか?
自身の上半身に匹敵するほどの光球を生み出し、標的の中央に叩き付けたのである。
補助具無しでこれほどの効果を生み出したラキに、試験官も驚愕の視線を向けている。
続けて二度、ラキは同様の魔術を叩き込み、試験を終了させた。
「補助具無しで……これか……」
「何者だよ、あいつ」
「ほら、あの……確かあっちの女の知り合いで――」
「あの女、誰だ?」
「タルハンの烈風姫だよ。知らないのか?」
なんだかラキが目立ったせいで、ボクまで注目されている。
いや、アリューシャがいる以上、目立つのは必然ではあるのだけど、その二つ名は恥ずかしいので、ぜひやめて欲しい。
「じゃあ、あのアリューシャって――!」
「ああ、『あの』アリューシャだろうな」
「『アンタッチャブル』かよ」
最近はアリューシャまで怪しい二つ名が付いている。
ボクが過保護にアリューシャを守ってきた影響なんだろうけど、『不可触』なんて呼ばれているのだ。
そしてそのアリューシャが試験へと向かう。
自然と、観衆の目は彼女に釘付けとなっていく。ラキと同じように杖を持たずリラックスした仕草。
アリューシャはボクからいくつもの魔法使い用の装備を受け継いでいるので、補助用の杖はもちろん持っている。
だがアリューシャにとって、この程度の試験に補助具など必要ない。
素の魔法攻撃力だけで、充分に他を圧倒する能力があるのだ。
珍しく口元に指を当てて悩む仕草を見せるアリューシャ。
多彩なバリエーションを持つ彼女は、こういう場面ではどんな魔法を使うべきか頭を悩ませる事がある。
なにせ何を使っても一律魔力塊に変換され直してしまうのだから。
「よし、決めた。それじゃ、アリューシャ行きまーす」
描き出す魔法陣は何の変哲もない【ヴォルテックランス】。これは世界樹の上で芋虫を退治するのに使った魔法である。
魔法攻撃力に対する威力係数は程々、だが付加効果による足止めが大きな意味を持つ魔法。
「【ヴォルテックランス】!」
愛らしい声から、凶悪な魔法が顕現する。
だが、ここは込められた魔力がそのまま魔力塊に変換されてしまう結界内だ。
アリューシャが生み出した【ヴォルテックランス】は、威力以上の強大な魔力塊となって現れた。
大きさとしては、ラキよりも小さいくらい。
だが、その輝きは他の術者の誰よりも眩しい。
それが標的に向かって飛翔し、爆発し――結界ごと吹き飛ばした。
「ああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「せ、生徒を守れ! 早く!」
「ウソだろぉ!?」
おそらくは結界の許容量を軽く踏み越えてしまったのだろう。
【ヴォルテックランス】は結界を砕いた事で本来の風属性を取り戻し、周囲の標的も薙ぎ払いながら生徒へと押し寄せる。
試験官たちは慌てて衝撃波を押さえるべく、防御魔法を構築しようとするが間に合いそうにない。
そこへアリューシャの追撃の防御魔法が発動する。
「【インヴァルネラブル】!」
アリューシャが次に使ったのは防御魔法の最高峰。
タモンの攻撃を防いだ【ディフェンシブスフィア】はパーティメンバーにまとめて防壁を張る魔法だったが、こちらは自分中心の一定範囲内に敵対キャラ侵入不可、絶対防御の防壁を展開する魔法だ。
これを使用している間は他の魔法を使えなくなるし、内部から外部への攻撃もできなくなるので、使い勝手がやや限定される魔法だが、その防御能力は全魔法中でもトップ。
というか、範囲内にいる間は外部からのあらゆる攻撃を遮断してしまう。
ゲーム内では状況を引き延ばすだけの魔法としてイマイチ評価されなかった魔法だが、現実に使えるとなるとあらゆる攻撃を無効化し、敵の侵入すら防いでしまうこの魔法は、戦況を立て直す意味において非常に大きい。
アリューシャも、対タモン用に切り札として覚えた魔法でもある。
実戦でのぶっつけ使用を恐れて、この機会に実験してみたのだろう。
効果範囲に包まれた生徒達は、押し寄せる雷撃の嵐に目を閉じて死を覚悟するが、その猛威が届くことは無かった。
全てアリューシャの張った防壁によって防がれたのである。
「んー、まだ二つしか魔法使ってないけど、もういいよね?」
雷撃の嵐が収まった後、まるで何事も無かったかのように響く、アリューシャの声。
呆然と周囲を見回した試験官たちは、人形のようにコクコクと頷くしかなかったのだった。
アリューシャの魔法により、結界も試験会場も破壊されてしまった。
おかげで最後の一人であるボクの試験はいまだ行われていない。
試験官たちは額を寄せ合ってボクの処遇を議論している。
その間、ボクもやらねばならない事があるのだ。
すなわち、やりすぎたアリューシャへのお説教である。
「ボクが言うのもなんだけど、アリューシャ、やりすぎ」
「うぅ、ごめんなさーい」
「なんであそこまでやろうと思ったの?」
アリューシャの魔法攻撃力ならば、【ファイアボルト】を最低レベルでぶっ放しても、今のラキと同等以上の威力があるはずだ。
わざわざあれだけの大威力をひけらかす必要はない。
「んー、あの結界が有ったら安全に【インヴァルネラブル】の実験ができるかと思って。でも結界が吹っ飛んじゃうとは思わなかったの」
アリューシャが言うには、範囲攻撃魔法ならその余波がこちらへ帰ってくるかもしれないと予想し、その余波を【インヴァルネラブル】で防御して使用感を試したかったのだそうだ。
結界内の範囲攻撃ならば、魔力塊は物理的な攻撃力を持たない。
それを防げるかどうかで【インヴァルネラブル】の性能を試したかったのだと言う。
だがアリューシャが経由している賢者系のクラスは、範囲攻撃魔法が貧弱という欠点がある。
標的から余波がこちらに届くほどの広範囲魔法となると、精霊使いにある最高位の攻撃魔法くらいしかない。
なのでその中でも攻撃力低めの【ヴォルテックランス】を使用したのだが、それですら結界を弾き飛ばす結果に終わってしまった。
逆に結界の存在が破壊力を内側へ収束させる結果になり、生徒達を危険に晒してしまった。
つまりこの危機はアリューシャにとっても計算外だったのである。
「そう言うのを試す時はボクにも一言入れて欲しかったね」
「あうぅ、ごめんなさいぃ」
自身の見積もりの甘さから来た危機である。アリューシャも反省しきりだった。
必要以上に責任を感じて萎れているのを見て、ボクはこれ以上追及するのをやめる。
彼女は充分に反省しているのだし、これ以上叱っては逆効果になると思ったのだ。
「ま、『アイツ』への切り札を用意しておこうと言う考えは悪くないよ。前回防ぎきるのに苦労したから、その対策を自分で考えたのは褒めてあげる」
「でも、失敗しちゃったよ?」
「失敗? 成功でしょ。見てよ。会場はボロボロだけど、ボク達には傷一つない」
「え、うん――」
「だからやりすぎた事だけは試験官の人に謝っておいで。それ以外にはアリューシャの非は無いから」
「そうなのかな?」
そもそも生徒の魔法を受け止めきれない結界が悪いのだ。
受け止めきれなかった時のために、安全対策を取っていないのが問題なのである。
こういう事態を想定し、もっと広い場所か開けた場所を会場にすべきなのだ。
「大丈夫。もし謝罪を受け入れずに難癖付けるようだったら、次にボクがhの魔刻石――テンペストのスキルを使用してあげる」
「やめて、お願いだから! ユミルお姉ちゃんの魔刻石は防げる気がしないもの!」
テンペストの攻撃範囲はこの会場よりも広い。おそらく建物を根こそぎ吹き飛ばすだろう。
一応魔刻石も魔法アイテムであり、ボクは魔導騎士なのだ。違反ではあるまい。
アリューシャの悲鳴を聞いて、試験官が青ざめた顔でこちらに話しかけてきた。
「あの、ひょっとして烈風姫殿は、あれ以上の魔法が……?」
「いや、ちゃんとユミルって呼んでください。まぁ、魔刻石ってアイテムを使用しますけど、威力や効果範囲はあれ以上ありますね」
「うわぁ……」
「なんです、その『ありえねー』って顔は?」
「いや、まさにそんな感想だからですよ」
げんなりした表情を浮かべる試験官に、ボクはふと気付いた。
彼はなぜ今、ボクに話しかけてきたのか。それはつまり――
「あ、ボクの試験の番ですか?」
「いえ、この有様で試験なんてできませんから! っていうか、あなたに必要なんですか!?」
なんだか褒められているようで、すごく失礼なニュアンスに聞こえるのはなぜだろう?
彼は手を振りながらボクにこう伝えてきた。
「とにかく、この状況では試験を続ける事はできません。結界の張り直しには丸一日かかりますので。で、幸いと言うかなんというか、残る受験者は貴方だけですので……」
「結界無しで試験しようと?」
「違います」
これ以上ないほど力強く、首を振る試験官。
「あなたのご高名はこちらでも響き渡っていますし、そちらのお嬢さんの証言からも実力の程が窺えました。そういう訳で実技はパスと言う事でお願いしたく……」
「つまり合格?」
「はい。ですが点数が付かないので主席という訳には行きませんが」
「それにはこだわってないので、問題ないです」
「ご了承いただけて幸いです。それではこちらはこの後、午後の試験まで休憩に入りますので、その間騎士学科の試験の方へお願いします」
「やっぱりそれは受けないといけないんですね……」
こうしてボクは無試験で実技合格を手に入れたのである。
ディフェンシブスフィアはプラエ〇ァティオ、インヴァルネラブルは広めのバ〇リカと思ってください。