第二百五話 物件巡り
この日はパワーレべリングはお休みである。
ザック達と同じように、今のテマ達は桁外れに身体能力が急上昇していて、自身でそれを把握できていないはずなのだ。
そういう訳で、この日は彼らは自身の能力の把握に努めてもらわなければならない。
レベルアップで上層の敵相手では余裕が出来ているはずではあるが、事は命のやり取りである。
他所様から預かったお子様でもある訳だし、『万が一』があってはならないのだ。
そしてボク達は、アリューシャの【ポータルゲート】で、再び王都キルマルを訪れていた。
一日開いてしまったが、ボク達の王都での拠点を決めなければならない。
「今のところ、候補になってるのは詰め所裏の一戸建てだけど、他の所も見ておきたいじゃない?」
「でも結局夜は屋敷に戻るんじゃないの?」
「それはそれでアリューシャの負担が大きいんじゃないかって思ってねー」
アリューシャは身体能力では問題なくトップレベルだろうが、その中身はまだ十二歳のお子様である。
夜になれば、早い時間にコテンと寝入ってしまう、生活サイクルの正しい極めて良い子なのだ。
高等学園ともなれば、授業の長さは今までより遅い時間まで続くだろう。新入生に大人も多いため、年若いアリューシャには少しきついカリキュラムが組まれているかもしれない。
そうなれば彼女にとっても、精神的に負担になってくるはずである。
そこへ屋敷への帰還で【ポータルゲート】を酷使させるのは、さすがにかわいそうではないかと危惧しているのだ。
「聞いた話だと、騎士や魔術師としての専門的な学習も入るから、結構シンドイらしいよ? アリューシャはスタミナ面で少し不安があるからね」
「むぅ、そんな事ないもん!」
「じゃあ、今夜夜中まで起きていようか?」
「うぅ……それは難しいの」
彼女も早寝の自覚はあるので、ボクの挑発には乗ってこない。
「ユミルお姉ちゃんがイジワルだ!」
ボクの背中をポカポカ叩いて抗議してくる。もちろん、この程度ではボクはダメージを受けたりしないけど、ここは痛がって逃げるのがお約束である。
キャーキャー悲鳴を上げながら逃げ回るボクと、半ば笑いながらそれを追うアリューシャ。
そうやってジャレている間に、いつの間にか組合の前までやってきてしまった。
「もぅ、ボクとしてはもう少しアリューシャと追いかけっこを楽しんでいたかったのに、無粋な街だな」
「ユミルお姉ちゃん、無茶言ってるぅ」
アリューシャにぺしぺし背中を叩かれながら、組合の扉をくぐる。
賑やかに入場したボクを見て、カウンターについていたお姉さんが声を掛けてくる。
「あ、待ってましたよ、ユミルさん!」
何とカウンター業務を放り出して、ファイルを手にボクの元へ駆け寄ってきた。
彼女の前に並んでいた冒険者が非難がましくこちらを見てくる。ちょっとフリーダム過ぎやしませんかねぇ?
ボクはこっそりその冒険者に手を合わせて、代わりに謝っておいた。お姉さんはそんなボクの素振りには気付かず、ニコニコ笑顔で要件を進めていく。
「あれからいくつか物件を見直して、候補をピックアップしておいたんですよ。昨日はいらっしゃられなかったので、キープしてあります」
その言葉に、ボクは少し違和感を覚えた。
「キープ? ひょっとして今、家屋物件ってすごく売れてるんですか?」
「そりゃ、高等学園の入学者が小さい物件を買い漁ってますからね。今は売り手市場なんですよ」
「そうなんだ? これはお礼を言わないといけないですね」
「いいですよー、その代わりキチンとキックバックはいただきますので」
「え、そんなのいるんです?」
キックバックなんていう物があるなんて、ボクは聞いたことがない。
組合の規約にもそんなのはなかったはずだ。
「あ、これはウチだけの規約なんですよ。流通の活性化のため販売を促す意味も込めて、契約を決めた受付に販売価格からいくらかのボーナスが支払われるんです」
「へぇ……そのボーナスが実は価格に含まれているなんていう事は?」
「あ、それはありませんよ! なんでしたら物件の評価シートを見ますか?」
「いや、それはいいです」
彼女に支払われるくらいの額で目くじらを立てるほどでもあるまい。
それで安全堅実な優良物件を探し出してくれるなら、充分な報酬である。
彼女はロビーに据え付けてあるテーブルにボク達を案内し、いくつかの書類を広げながら説明を始める。
「まず最初にお勧めするのはこちら。高等学園の校舎の近くにあるアパルトです。三階建てプラス半地下があって、最上階の三階と半地下が今空いてます」
「む、他の生徒がいるんですかぁ」
「ですが最上階か半地下ですので、人の目はほとんど無いと言っていいですよ。せいぜい部屋への出入りで擦れ違う程度です。逆に下の方に人目が多いので、防犯には有利になってますよ」
「そうなんですか? まぁ、それは実物を見てからという事で」
ボクが一旦保留にすると、受付のお姉さんは次の一枚を持ち出してきた。
事はアリューシャの生活にもかかってくるのである。慎重に進めなければならない。
お姉さんはボクの反応がイマイチと知ると、次の一枚を提示する。物件は複数あるらしいから、全部聞いておきたい。
「こちらは少し離れた一軒家なんですが、先程とは逆に近隣に空き家が多いので、人目を避けるという意味では条件にあってますね。それに畜舎があるので、馬くらいなら飼えますよ」
「あー、それはいいですね。うちにも大型の馬が二頭いるんで」
「ではこちらを本命ということで、実物を見て回りましょう!」
なぜか小さな手旗を取り出して、頭上に掲げて見せるお姉さん。その姿はなんだか、ツアーコンダクターみたいだった。
最初の一件目は学園の近くにある集合家屋。
各フロアに一家族が入ることが出来るようになっていて、それぞれのフロアを独立した個人スペースにすることで四家族入ることが出来るようになっている。
「まずは半地下の物件をご案内します。近いし!」
「それ、かなり本音ですよね?」
「三階は上るのがタイヘンなんです。デスクワーク主体ですし体力がないんです、私」
「ダメな人だ!」
本音駄々漏らしのお姉さんの案内で、半地下のフロアに連れてこられる。
海外でよくある半分というか、三分の二が地下に作られたフロアで、天井付近には明り取り用の窓が付けられていた。
この窓は外から見ると地面擦れ擦れに作られており、あまり外から中を覗かれる事はない。
壁は石で固めた後、漆喰で固定されており、夏温かく冬涼しそうな、非常に厳しそうな雰囲気がある。
換気も良くない為、ジメッとした空気が滞留していた。
「うーん、空気がよくないですね」
「そりゃ地下ですからねぇ。その代わり下水はキチンと水洗になっているんですよ。上階は手押しポンプです」
アリューシャは天井付近の窓に興味深々で、ピョンと飛び上がって窓枠にぶら下がり、そこから見える雑踏の風景に見入っていた。
二メートル近く上の窓にあっさりぶら下がってしまう彼女の身体能力に、お姉さんは驚愕の視線を送っていた。
「お、おしとやかそうに見えたけど、いがいとアクティブなんですね、彼女」
「一見お嬢様風に見えますが、本質はどうしようもないほどに野生児です。草原育ちですから」
ボクも野生動物の捌き方は彼女に教わったのだ。そういった生活の知恵も、シム系ゲームの基礎知識だったのだろうか?
野草の知識はユニットの配置なんかの関係で元からあったらしい。
「人は見かけによらないを地で行ってるんですね」
「何をおっしゃる。アリューシャは見かけどおりかわいいんですよ?」
「あ、そういえばユミルさんはそんな人だって聞いてました」
「どんな噂だよ?」
どうやらボクのアリューシャコンプレックスは王都まで轟いていたようだ。
ボクのツッコミにお姉さんは咳払い一つで流しつつ、次の場所へ案内してくれた。
「じゃあ、次の場所行きましょう。三階ですね。私は体力がないので背負って行ってくれるとありがたいんですが? 背負って行ってくれるとありがたいんですが? 大事なことなのでもう一回言いますね。背負って――」
「いや、もういいですから。なんだったらリンちゃんに乗って三階にダイレクトアタックします?」
「予想外のお勧めキタコレ!? それはさすがに遠慮します」
ダメな感じのお姉さんをお姫様抱っこで三階まで運んでいく。
この人、このまま窓からポイしちゃダメだろうか?
三階のフロアは日当たりのいい開放感あふれる造りだった。
さすがに現代日本ほどではないが、透明なガラスを窓にふんだんに使って、陽光を取り込みやすくしている。
ただし位置が高い分、水周りはすべてポンプによる汲み上げが必要になっている。
「うーん。悪くはないんですけど、水周りは面倒ですね」
「位置の高い部屋ですから仕方ないんですよ。だから低い部屋が先に売れちゃったんです」
「地下が残ってたのは?」
「換気の問題がやはり……」
地下フロアだけでなく、上階の臭いも地下に降りてくるので、換気の悪い地下は不人気だったらしい。
逆に上階は水を汲み上げる労力が他よりもきついので、購買者から嫌われているのだった。
「どこも売りもあれば、欠点もあるところですねぇ」
「完璧だったらすでに売れてますよ。すでに受験二週間前で、実力のある人は引越しを済ませてますし」
「む、アリューシャだって実力はありますよ!」
「むしろユミルさんの所が暢気過ぎるんです」
「仕方ないじゃないですか、話が来たのが数日前だったんですから」
これはアリューシャに配慮しすぎた校長先生の影響もある。
アリューシャは充分に実力の有る生徒なので、ギリギリまで彼女の自由意志を尊重した結果だ。
結局、旧友の存在がトリガーになって進学を決めた訳だが、それがなければ今も悩んでいた可能性も有る。
とにかく、今はそれはどうでもいいことである。
すでにアリューシャが進学を決めた以上、失敗するとは思えない。
ボクに出来る事は、彼女の環境を整えてあげる事なのだ。
「とりあえず、微妙に決め手に掛けますので、次の物件に案内してください。確かもう一件あったでしょ?」
「ええ、こちらは少し距離がありますけど……」
「通学の足は当てがありますので、気にしませんよ?」
最悪、初等学園と同じようにセイコとウララを足に使ってもいい。
次の物件は馬房もあるらしいので、あの子達も連れて来れるかも知れない。大きさ次第ではリンちゃんも養えるだろう。
だが、お姉さんの口から飛び出したのは、ボクの想像を超える言葉だった。
「いえ、私がシンドイだけです」
「置いてくぞ、コンチクショウ」
この人に物件の紹介を任せて、本当に大丈夫なんだろうか……?
次の物件は確かに学園から距離があった。
ほとんど王都の外壁沿いにあるため、やや日当たりは悪い。
そんな立地なので、周囲に空き家も多く、人通りは少ない。
「ここなんですけど……」
「人通り、少ないですね」
これが意味するのは、治安の低下である。
人目が少ないと、やはり悪党が住み着きやすい。
王都はそれなりに街の出入りをチェックしているが、それでも万全とは言いがたい。
前回のように、ゴロツキの冒険者崩れがいないとも限らないのだ。
「ボクとアリューシャ、それにセンリさんが出入りするくらいです。全員女性ですから少し心配ですね。みんな綺麗ですから」
「それは人目が少ないからですよね? この近辺は価格の設定も低いですし、今後優先して人を入れていきますから、あまり治安は心配しないでいいと思いますよ」
受験が終われば、さらに引越しブームが訪れる。
いい物件はすでに売れているので、こういう場所にも生徒が多く入ってくるそうだ。
そもそもボクがいるなら敵意ある存在は優先的に感知される。
危険と言う面では心配のし過ぎなんじゃないかという事もあるかもしれない。そうなるとやはり問題になるのは盗難になってくる訳だけど。
「となると……やはり、詰め所裏の一軒家か、ここが候補になりますかね」
治安よりも心配なのが、ボクやアリューシャの特殊能力だからだ。
そのためにはアパート的な貸家は、やばい能力が人目に付く心配が多い。
とりあえずこの二件を候補にして、この日は屋敷に戻る事にしたのである。