第二百三話 パワーレベリング殲滅戦
ボクが結構な力で投げつけた槍が、そう簡単に抜ける訳が無い。
それは突き刺されている誘因アイテムもまた、簡単には外れないと言う事だ。
蟻達はアイテムを巣穴に持ち帰ろうと四苦八苦しているが、とんでもない高威力で地面に縫い付けられた槍は、いまだ微動だにしていなかった。
そうこうしている内に、槍の周りは巨大蟻で瞬く間に埋め尽くされていく。
巣穴のある窪地が蟻で溢れ返り、真っ黒に染まる。
蟻一匹の経験値量は大したことないが、これほどの量ならば、テマ達ならば充分な成長を見込めるはずだ。
「よし、いこう!」
ボクの掛け声とともに、アリューシャが火の着いたたいまつを放水機のノズルに設置していく。
後はテマ達がタンクの中に水の代わりに詰めておいた油を撒けば、簡易の火炎放射器になるのだ。
もちろん、そのままでは燃焼効率が悪いので、ノズルの形状をセンリさんが加工して、広範囲に火が広がる様工夫してある。
窪地の上から蟻に火を放てば、簡単に退治する事ができると言う寸法である。
「昔から黒い剣士の人も言ってます。『虫っていうのは良く燃える』と!」
ボクの言葉と同時に吐き出される油。
それはノズルに取り付けられたたいまつで着火され、炎の帯となって蟻達に降り注ぐ。
更に燃えた蟻が他の蟻にぶつかる事で次々と延焼し、一瞬にして窪地は炎の海と化した。
もだえ苦しむ蟻が窪地を脱出しようと這いあがってくるが、ボクが縁を四方八方に跳び回り、その蟻を窪地へ蹴り落としていく。
落ちた蟻は再び火の海に沈み、二度と這い上がってくることは無かった。
「ごー! ごー! がんばれ、みんなー」
アリューシャがお気楽に怪しい踊りを踊りつつ応援しているが、可愛いので全然問題はない。
こちらに気付いて這い昇ってくる数匹も、ボクと言う障害を突破できず、火の海に蹴り返されていく。
「餌周りが片付いたら、巣穴の方に火を向けて」
「でも、巣穴の入り口からじゃ、対して火は入っていきませんよ?」
ジョッシュはボクの指示に疑問を呈してくるが、この考えは間違いじゃない。
ただしボクの狙いは火で直接焼く事じゃないので、見当違いではある。
「中まで火を流し込むのが目的じゃないんだ。入り口付近を炙ると、熱が内部に流れ込むでしょ? それに巣穴の酸素も吸い上げていく。酸欠と熱の二重攻撃だよ」
「酸素?」
この世界はよくあるファンタジーよりしっかりした文明を持っている感じだが、さすがに酸素とかは把握していないか。
実際酸素は空気より重いので、上から炙った程度ではそうそう無くなったりはしない。
火事の時などで床に伏せると呼吸が楽になるのはこのためだ。
だがそれも程度によりけりである。
火炎放射器で周囲を満たした炎は二酸化炭素を大量に生成し、それが今度は酸素に成り代わって下へと溜まっていくのだ。
「人が息をするのは、空気中にあるこの『酸素』を取り込むためなんだよ。これは虫でも大体同じでね――」
這い上がってくる蟻を蹴り落としながら、ジョッシュに酸素の重要性を説明してみた。
だが実際目にできる物ではないので、彼の把握度は今一つという感じだろうか?
まぁ、この知識も今のところ必要な物ではないので、無理に覚えさせる利点は無い。
テマ達が半信半疑で入り口付近に火を掛けると、しばらくして蟻がわらわらと這い出して来る。
これも残らず焼き尽くしておき、昼前には巨大蟻の討伐は完了していたのだった。
周囲に虫の焦げる異臭が立ち込める中、ボクはアリューシャに消火を指示した。
すでに窪地には動く影も無く、蟻達が全滅した事はほぼ間違いない。
この難易度ならボクではなく、一般の冒険者達でも巨大蟻の討伐は無難にこなせそうだ。
基本的に巨大蟻は森の中の窪地に巣をつくる事が多いので、今回のような戦術は有効に使えるだろう。
正確には巨大蟻は窪地に巣をつくるのではなく、地下に穴を掘って巣をつくるが故に、その周辺が凹んで窪地になってしまう訳である。
なので、今回の手段は大抵の場合、有効な討伐手段となり得るのだ。
ボクは消火されてなお熱気の残る窪地の中に降り立ち、ジャイアントアントがいないか念入りに調査する。
蟻と言う特性上、女王がいないと繁殖はできないのだが、念には念を入れておいたのだ。
「ジャイアントアントの生存はほぼ皆無。女王もこの状況じゃ巣穴の中で黒焦げだろうね。でも念のため、ここにメテオを落としておこう。アリューシャ、お願いできる?」
「はーい!」
【メテオスマッシュ】の魔法は魔術師系の別系統の高位職、魔導士系が使う魔法で、賢者系の方しか経由していいないアリューシャでは普通は使えない。
だが片手剣の紅蓮剣の能力を使用すれば、低レベルとは言え【メテオスマッシュ】を使用する事が出来るようになる。
これの剣はオートキャスト効果のある装備ではないし、片手剣なのでボクはあまり好んで使う事がないけど、アリューシャならばその効果を存分に活かせる。
器用度の高いアリューシャは詠唱速度もハンパない。
返事してからほんの一秒前後で魔法陣を完成させ、魔法が発動した。
「って、ちょっと! ボクまだ戻ってないし!」
「……あ」
「『あ』じゃな――あああぁぁぁぁぁ!?」
ボクが苦情を言ってる間にも窪地目掛けて隕石が降り注いでくる。
幸いな事にボクはアリューシャとパーティを組んでいたからダメージは存在しなかった。
ダメージは存在しないが……
「ぬああああぁぁぁぁぁ!!」
吹き飛ばされた周囲の土砂と一緒に、香ばしく焼き上げられた蟻達の死体も降り注いでくる。
高温で、しかも執拗なまでに念入りに焼かれた蟻の外殻はボロボロに炭化しており、ボクに当たるたびにビタビタとその『中身』をぶちまける。
隕石雨が収まった後には、泥と粘液となんだかよく判らない虫の体液でドロドロになったボクが立ちすくんでいたのである。
「アリューシャあぁぁぁぁぁ……」
「あー、エヘヘ、ごめんなさい」
「許すまーじ!」
こういう汚れ役はボクの役目とは言え、これはヒドイ。
本来必要のないヨゴレを受け持つなど、本意ではない。
よってアリューシャには罰として、ボクと同じくドロドロのヌチャヌチャになってもらうべく、彼女に襲い掛かったのである。
結局、ボクによって汚されちゃったアリューシャと、アリューシャによって汚されたボクは、身体を洗うべく近くの水場に寄る事になった。
なんだか男性諸君が非常にソワソワしているが、ボクにとって彼らはまだまだお子様である。気にする必要もあるまい。
「いや、テマはすでに成人だっけ? ジョッシュが一番下で十三だったよね?」
記憶が確かならば、ジョッシュが一番年下で、次がラキ、最年長はテマのはずである。
そしてジョッシュはアリューシャの一つ上だから、テマは十五になるはずなのだ。
「む、それだとさすがに見られるのは問題あるな……」
「な、なんだよ。覗いたりしねーって」
「テマ、少し目が泳いでるよ?」
「うっ、そ、そんなこと、ないデースよ?」
うん、こいつは危険だ。ラキもなんだかソワソワしているし、念のため監視は付けておこう。
ジョッシュに到ってはなぜか前屈みである。いや、理由は判るんだけどね。
「リンちゃん。この三人が悪いこと考えないように監視」
「がぅ!」
ボクの指示にリンちゃんは前足を上げて元気に返事をした。
そのまま前足を前屈みのジョッシュの上に落とす。
「ぐえぇ!?」
尻尾はラキとテマをぐるぐる巻きにして捕まえている。実に器用だ。
ちょっとメキメキ言ってる気がしないでもないが、ここは気にしない。
「や、やめ――折れる! 中身出ちゃう!?」
「しません、覗きとか考えたりしませんから――あ、ポキって言った、ポキって!」
「もう、出るとか言っちゃって。子供だと思ってたのに、卑猥だなぁ」
「そういう意味じゃねぇぇぇ!」
三人が悲鳴を上げている間に、ボク達はそそくさと水場へと駆けこんだのである。
早くしないと、カピカピになっちゃうからね。
後始末でいざこざはあったけど、まだ昼過ぎである。
迷宮の外と言う事もあり、彼等のパワーレベリングはまだ続行できるだろう。
昼食のサンドイッチをみんなで貪り食いながら、午後の予定を話し合う事にした。
「午前中の実験が予想以上に……ハム、ふまくいっふぁのふぇ――」
「ユミルさん、急いでませんから、飲み込んでから言ってください」
ボクにコップに入れた豆茶を差しだしながら、ラキが注意してくる。
確かに口にものを入れて話すのはマナー違反だ。ボクは家の中だとこの辺のマナーは守るのだが、外に出ると結構アバウトにしてしまう。
これはボクがアリューシャの護衛を最優先で考えているために、隙のできる時間を短縮するためにしかたない事だったからだ。
……ホントだよ?
「んく。午前中の予定が上手く消化できたので、午後が少し時間が余っちゃったね。本当ならもう少しかかるかと思ったんだけど」
「そんな危険な相手だったんですか? あの蟻」
「群れを完全に殲滅するならね。一体だけなら駆け出しの冒険者でも充分対処できるんだけど、数が問題なんだ」
「それであの火を噴く放水車ですか」
「火炎放射器と呼んでほしいね。内部と主要部品を燃えない鉄に組み替えることで、可能になった新製品だよ」
そして、草原に置いて対ケンネル軍用に考案した新兵器でもある。
火の回りの速い草原では、橇の上に乗せて走れる火炎放射器は大きな力になると思い、センリさんが改造したのだ。
その実験も兼ねての戦闘だったが、首尾は上々である。
「次は少し強いけど、砂トカゲの巣を狙ってみようか?」
砂トカゲは草原の多いこの大陸では珍しいモンスターだ。
強さは巨大蟻よりもさらに強く、そして同じように群れをつくるのが特徴である。
住処はその名の通り、砂地に巣を構えるため、草原が大半を占めるこの世界では滅多に見かけない。
だが逆に、草地ではない場所では頻繁に見かけるモンスターである。
ここは山で水源が行き渡っている訳ではないので、岩場になっている場所も多い。
先ほどの巨大蟻などはそんな岩場の一つに巣を作っていた。同じような環境に住む砂トカゲも、この近辺にいるかもしれない。
「とは言え、『かもしれない』だけで、いると決まった訳じゃないんでしょ?」
「よく考えてみてよ。ここは巨大蟻のせいで人が近付かなくなっちゃった場所だよ? モンスターにとっては一種の天国だ」
人がいる場所というのはすなわち、討伐の冒険者が頻繁に訪れる場所でもある。
そして例え冒険者がいなくても、居住区域にモンスターが出れば組合に依頼が行き、結局は冒険者がやってくる。
モンスターの安住の地、それは人間がいない場所にこそ、存在するのだ。
鉱道が廃棄されたこの山は、まさに『うってつけ』である。
「――と、ボクは思う訳だ」
「なるほど……そういう考え方もあるんですね」
「あくまで私見だけどね」
まぁ、人がいなければ人間を捕食するモンスターなんかは食事に困るだろうが、巨大蟻も砂トカゲも雑食性だ。問題は無いだろう。
そんな訳でゆったりと昼食を終えたボク達は、再びモンスターの巣を探して近隣の山を駆けずり回る事になった。
駆けずり回る……と言っても、ボクにはリンちゃんがいる。
アリューシャに三人の護衛を頼み、その間にボクが空から索敵して巣を見つけ、火炎放射器で殲滅していく。
ただ住んでいるだけのモンスターには申し訳ないが、しょせん人とモンスターは相容れぬ存在である。
ここは運が悪かったと諦めてもらおう。
「とか考えてる間に、怪しい地形発見。あれって砂トカゲの巣かな?」
上空から見ると、岩場の隙間に小さな穴の開いた地形を発見した。
穴の大きさは一メートルに満たない程度。それが十個程度、岩陰に密集して開いているのだ。
これは怪しい。
「少し離れた場所に着陸して。ボクだけでちょっと見て来るよ」
「がうぅ?」
「心配してくれるの? 大丈夫。ほら、ボクには【クローク】があるから!」
影に潜み、気配を絶てるクロークならば、近付いても発見される心配はない。
ただしこのスキル、視覚に頼らないモンスターや、熱源を探知できるモンスターには効果が薄い。
蛇は視力が弱く、鼻先のセンサーで熱を感知すると聞いた事があるけど、トカゲはどうだったかな?
「ま、発見されても逆に殲滅できるから、心配しないで」
リンちゃんの首筋を軽く叩いて、着陸を促す。
ボクの自信にリンちゃんは心配そうに鼻を鳴らして――なんだか失礼な反応だな? まぁ、大人しく着陸してくれた。
こうしてボク達はこの日、最初の蟻を含めて計三つの巣を潰してタルハンへ帰還したのだった。