第二百二話 夕刻の襲撃
夜、アリューシャの【ポータルゲート】を使ってタルハンに戻る事にする。
ジョッシュの両親は彼がボクと冒険する事を聞いて、ことのほか喜んでくれ、パワーレベリングを快諾してくれたそうだ。
彼本人もやる気の本格武装状態で合流したため、ご両親の方の問題は特になさそうである。
「それにしても、今日は合流して相談するだけなんだから、そんなに本格的に武装しなくてもいいのに」
「そうはいきませんよ。これは気合の現れですから!」
「ジョッシュ、ちょっと引くかもー」
「ええっ、そんなぁ!?」
アリューシャにひかれてショックを受けるジョッシュ。
良くも悪くも十三歳。ああ、そういえば、彼もそろそろ中二病の年齢かぁ。
「それより、冒険者の仲間の方はうまく話は付いたの?」
「そっちは大丈夫ですよ。もともと臨時での募集でしたから。ただ、いざこざのあったユミルさんと組むと言う事で多少嫌な顔をされましたけど……」
「あー、それはゴメン」
アリューシャが絡むと途端に短絡的になってしまうのは、ボクの悪い癖である。
結果的にジョッシュの離脱に遺恨を残してしまったのは、反省しなければなるまい。
「ところで、こんな夜中にどこへ行くんです? 迷宮へはいくらなんでも遠いですよね?」
ジョッシュは夜間に連れ出されたことに不満を覚えていた。
彼はアリューシャの転移魔法を知らないのだから、これに関しては無理はあるまい。
「ん、ちょっと町の外へね。ボク達の宿は……少し早いけど、引き払っておくかな」
当初はジョッシュを見つけるのに時間が掛かると思って取った宿だ。彼をあっさり見つけてしまったので、もはや宿を取る必要性は無い。
町の外へ向かうついでに、宿の部屋を引き払っておく事にした。
門の近くの宿なので、それほど遠回りにはならない。
宿に向かう途中、久しぶりにボクの危険感知が仕事をしてくれた。
建物の陰に三つほどの殺意の反応。
「ジョッシュ、誰かに恨まれてるってことはある?」
「えっ、なんでです? ユミルさんと違って、僕は穏当に生きてますよ」
「ボクと違ってって……それに冒険者が穏当って無理じゃない? となると、ボク目当てかな」
首を傾げた直後、影から三人の男が歩き出してきた。
その三人はすでに見た顔で――ジョッシュの仲間たちだった。
「よぅ、ジョッシュ。元気にしてたか?」
「あ、マット……それにソーンとグレンも……?」
ニヤニヤとたちの悪そうな笑いを浮かべる三人に、ジョッシュは戸惑いを浮かべている。
だがボクの危険感知が反応した以上、彼らはボク達に対して害意を持っているはずなのだ。
「いや、今回はそっちのお嬢ちゃんに用があるんだよ。お前が抜けたせいで、俺達前衛不足になっただろ? だからよ、代わりに仲間になってくんねぇかなぁ?」
「おい、いくらなんでもそれは無茶苦茶だぞ!」
ジョッシュは怒って彼らに掴みかかろうとするが、その機先をボクが制した。
危険感知に反応があったと言う事は、彼らは最初から荒事を起こすつもりでこの場に立っている。そんな心構えが無いジョッシュが掴みかかったりしたら、彼の身が危ない。
「もちろん、答えはノーです。それに、この返答も想定済み、でしょ?」
「物わかりがいいお嬢ちゃんだな? ああ、そうだ。その場合はお前を拉致って街を出る。後は奴隷商なり人買いなりに売ればそれなりの金になるって寸法だ」
「刹那的ですね。そんな真似したら、このキルマルにはいられなくなりますよ?」
「願ったり叶ったりだな。この町はどうも、俺達にはお上品過ぎだったよ。この後は、治安の緩そうなユミル村にでも行くかぁ?」
これもまた、冒険者の闇である。
組合が後ろ盾になっているとは言え、すべての冒険者が善良な訳ではないのだ。
こういったゴロツキ同然の連中も、やはり数は多い。
「そんな……待てよ、俺たち仲間じゃないか。彼女は俺の知人なんだ」
「ああ、仲間『だった』よな? お前はもう無関係の人間だ。だから邪魔したら……殺すぜ?」
正直、感知能力に反応があった段階で、ボクは戦闘を覚悟していた。
だが今、その決断に悩んでいる。
この街でアリューシャはこれから三年過ごさなくてはならないのだ。
ついでにジョッシュも一緒に学園生活を送る事になるだろう。
そんな場所で、彼等を殺害してもいい物だろうか?
かと言って、程々に痛めつける程度では、この手の輩は反省すらしない。むしろ恨みを募らせて、さらに危険な手を打ってくるだろう。
彼らは放置できない。だが、処断するのも問題はある。
「うーん……正直言うと、君達がユミル村に行ってもまず相手にされないよ? あの村はこれ以上ないほどに実力本位の村だから。君たち程度では新入りにすら敵わない」
「なんだとぉ?」
「ついでに言うとボクが来訪を許可しない。ボクの名前、忘れたのかな?」
「……あ? たしか、ユミ……え、まさか?」
ジョッシュが何度も僕の名前を呼んでいる。それに正式にボクを紹介してくれてすらいた。
だから彼等も、ボクの名前は知っている。それを思い出して、ようやく誰を相手にしていたのか把握したようだった。
マットと呼ばれた男の目が、驚愕に見開かれる。
「あの村の管理者はボクだ。ついでにあの村で最強の剣士の一人でもある。で、君達はそんなボクに、なにをどうするって?」
「あ、いや……待てよ、そんな……いや、ウソだ! この状況を切り抜けるための嘘に決まってる!」
そう叫んで剣を抜き放つマット。他の二人も慌てて腰の得物を抜き放つ。
それぞれ剣の他にメイスと短槍。使い勝手のいい得物を選んでいる。だが誰も盾を持った人物がいない。
「ジョッシュ、ひょっとして盾役だった?」
「え……あ、はい。体格がいいから、向いてるはずだって」
「その役には少しばかりヒョロっちぃけどねー」
彼は背は高いが、かなり細い。敵の攻撃を正面から受け止めるタンクには、少しばかり向いてないかも知れない。
ボクだったら……手足の長さを活かして、中衛の牽制役に選ぶかな?
とは言え、今は目の前のゴロツキもどき共の処分が先だ。
さすがに剣を抜いたとあってはこちらも手加減ができない。だが、喋る口が無い事には、ボク達の無実を証明する手段が無い。
「となると生かして捕らえるのが先決なんだけど……」
「わたしがやろーか?」
「アリューシャの魔法はちょっとオーバーキルかなぁ?」
「ここは僕が……」
「ジョッシュはすっこんでなさい」
「……ハイ」
彼の実力を見る限り、おそらくマット達より少し下と思われる。
彼が前に出ると、余計な怪我を負いかねない。
「ここはやっぱり、アレかな?」
「なにをごちゃごちゃ――」
男達の言葉を遮って、ボクは指笛を吹きならした。
細く、長く、遠くまで響くように。
程なくして響いてくる、巨大な生物の羽音。
今更言うまでもない、リンちゃんのそれだ。
破城弩を回避するため、高高度から夜闇に紛れる様に垂直落下してくる様は、旧ドイツの撃墜王を彷彿とさせる機動だった。
警備についていた衛視もそれに気付き、慌てて迎撃の破城弩を空に向かって放つが、リンちゃんの急降下速度はそれを上回っている。
矢は掠りもせずに上空へと消えていき、瞬く間に市内に舞い降りる事となったのだ。
地面との衝突寸前で翼を大きくはためかせ、ぎりぎりで墜落を回避する。
同時にボクに向かって剣を向けていた三人をその爪で踏みつけ、取り押さえる事に成功したのだ。
「ぐぎゃああぁぁぁ!」
「ナイス、リンちゃん。さすが呼んだ理由がよく分かってる!」
「がぁう!」
「うわぁ、ドラゴン!?」
リンちゃんを知らないジョッシュは、いきなり舞い降りてきたドラゴンに、腰を抜かして驚いていた。
ボクがそのドラゴンに歩み寄り、顔を摺り寄せて甘えてくるのだから、驚くのも無理はないだろう。
「あ、ジョッシュは初めてだったね。この子はリンちゃんだよ! リンドヴルムのリンちゃん。わたしの家族なんだ!」
アリューシャもリンちゃんの首を撫でながら、自慢げに紹介して見せる。
そんなボク達二人を見て、ジョッシュは声を無くして腰を抜かしていた。失禁しなかった分マシかもしれない。
現に踏みつけられた三人はお漏らししているのだから。いや他にも色々漏れている。苦鳴とか、大きい方とか。
いきなり市街に舞い降りたドラゴンに、近所の住人は窓を開けてその威容を目にし、そして直後には窓を閉めて家の中に隠れてしまう。
そしておっとり刀で衛視が現場に駆けつけてきた……いや、これは少し可哀想な表現かもしれない。
ボクと共に修羅場を潜り抜けてきたリンちゃんは、すでに普通のドラゴンよりもはるかに高い能力を持っている。
ましてや、ボクの魔力を帯びて【ドラゴンブレス】を放つと言う荒業もこなせるのだ。普通であるはずがない、
そんな彼女の急襲に、対応できる方がおかしいのである。
「こ、これは……そこのお前、一体どういう事だ?」
冒険者三人を踏みつけ、そばの少女に喉を鳴らして甘えるドラゴンという構図に、駆けつけてきた衛視は混乱を隠せなかった。
「あ、兵隊さん。この人達、追い剥ぎです。捕まえてください」
「え、あ? なに?」
「ええっと……ジョッシュ、説明してあげて」
面倒になったので、ボクは説明をジョッシュに丸投げした。
大雑把にだがボク達が襲われ、それを助けるために騎獣であるドラゴンが舞い降りた、という感じの説明をしている。
兵士にはボクがユミル村の迷宮管理者であることは伝わっていたらしく、そのドラゴンの存在に関してはあっさり受け入れてくれた。
ただし、冒険者三人が追い剥ぎであると言う証拠は無かったため、結構長々と詰所で説明をする羽目になってしまったのだ。
ジョッシュが説明に時間を費やしている間、リンちゃんの騎獣証も発行してもらって、首にかけてもらった。
ボクとジョッシュが衛視に説明する事で忙しかったため、首に木札を掛ける作業はアリューシャと他の衛視が受け持つことになった。
初めて触れるドラゴンに、若手っぽい衛視は興奮していたらしい。
程なくして、衛視の尋問を受けた冒険者達が自白し、ボク達は解放される事になったが、二時間近い時間を拘束される事になってしまったのだ。
衛視から解放されたボク達は、改めて【ポータルゲート】でタルハンに帰還した。
屋敷から必要な小道具を持ち出して、翌日の準備をする。
ジョッシュには屋敷の一室を与えておいたので、そこに泊まってもらう事にした。
ついでにテマとラキも呼び出して同じ部屋に放り込んでおく。幼馴染の男同士。積もる話もあるだろうから。
そして翌朝。ボク達は改めてパワーレベリングへと出発したのだった。
メンバーは盾役のボクに、回復役のアリューシャ。そしてテマ達三人。
センリさんはタルハンで待機して、万が一に備えてもらった。西方の戦雲はまだ晴れていないのだ。
まずボク達が向かったのは迷宮ではなく、少し遠い場所にある棄てられた鉱山だ。
そこはかつて、タルハンへ資材を運び込む要衝ではあったのだが、資源の枯渇と共に産出量が激減。さらに巨大蟻が巣を作ってしまったため、ついには廃棄されてしまったのだ。
巨大蟻は体長五十センチほどの大型の蟻で、動きはそれほど俊敏で無く、複雑な行動もとらないので、ちょっと慣れた戦士ならばあっさりと倒せてしまう程度の昆虫型モンスターだ。
ただし、力が桁外れに強く、そして堅い外皮の影響で、意外にタフでもある。
そんな少し厄介かなぁ……程度の敵なのだが、このモンスターの恐ろしい所は別にあった。
――群れるのだ。それも、とんでもない数で。
大量の蟻にたかられては、戦いにすらならない。
そんな強くはないが面倒な敵を、ボクは最初のターゲットに選んだのだ。
程なく巣穴を見つけたボクは、早速狩りの準備に取り掛かる。
「よし、じゃあ三人はこれを持って」
ボクはインベントリーから放水車を取り出し、そのノズルをテマ達に持たせる。
「これは――?」
放水車を初めて見たジョッシュは、困惑顔でそれを受け取とった。
「それはやってみてのお楽しみ。アリューシャ、手筈は覚えてるね?」
「もっちろん!」
元気な返答を受け、ボクはインベントリーから取り出したもう一つのアイテムを巣穴のそばに放り投げる。
これは砂糖水を大量に含んだモンスター誘因アイテムを投げ槍に刺したもので、巨大蟻の大好物だ。
これを餌に敵を釣り出し、高台から攻撃する事で敵を一気に殲滅しようと言う魂胆である。
巣穴のそばに突き立った誘因アイテムを観察しながら待つ事しばし、さほど時間を掛けずに蟻が一匹、また一匹と巣穴から顔を出してきた。
ここまで来れば勝ったも同然。後は野となれ山となれ、である。