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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第二百一話 旧友との再会

 アリューシャをナンパしに掛かった冒険者の一人、彼は確かにジョッシュの雰囲気を残していた。

 出会った頃はボクより低く、別れた事ですらボクと同程度だった身長は、すでに頭一つ分以上の高さにまで伸びている。

 すでに少年というより青年という雰囲気すら纏った彼が、目の前に立っていたのである。

 ボクの頭頂部は彼の肩より低い程度しかない。


「本当にジョッシュ? すっごい大きくなったね」

「やっぱりユミルさんですか……その、本当に変わりませんね」

「おい、ジョッシュ! この女、お前の知り合いかよ?」


 親し気に話しかけるボク達の間に割り込んでくる、その他の冒険者。正直ジョッシュは仲間にはあまり恵まれていないようだ。

 これならばタルハンに戻って、ラキやテマと組んだ方がまだマシかもしれない。

 タルハンは新人向けのダンジョンがあるので、組合も新人育成に力を入れている。

 その影響か、育った冒険者もタルハンに馴染みを持つ者も多く、これが強力な縁となってタルハンを支えているのだ。


「ええっと……タルハンでお世話になった冒険者の方だよ。んで、多分大陸でも最強の剣士の一人」

「ハァ!? お前、最強ってのはあのレグル=タルハンみたいなのを指して言うんだよ。もしくは『新鋭』アーヴィンとか、『剣匠』ハウエルとか」

「このガキ、いきなり俺を殴りやがったんだぞ! ただで帰れると思うなよ!」

「あ、やめとけ、マット。この人に関してはその程度の理不尽は日常茶飯事だから」

「ふっざけんな!」


 ボクに殴られた男が起き上がって殴り返してくる。

 さすがに頭に血が上って先に手を出しちゃったのだから、まぁ相手が怒るのもしかたないか。

 ここは反省の意味を込めて、一発殴らせてあげよう。力量を測る目安にもなるし。


 そう思ってあえて回避はせず、正面から拳を貰ってみた。

 ボクのHPはすでに十万の大台を超えている。ここで未熟な冒険者の一撃を受けた所で、実は大したダメージにはならない。

 というか、そこらの雑魚なら装備の防御力で弾き返してしまうのだ。今来てる制服っぽい装備は、実はかなり高位の精錬を行い、ちょっとした板金鎧並みの防御力があるのだ。


 だが男の拳はボクに届く事無く、その勢いを削がれてしまった。間にジョッシュが割り込んできたからだ。

 ガツッと、痛々しい音がロビーに鳴り響き、細身の長身が床に叩き付けられる。


「いってぇ――」

「邪魔すんな、ジョッシュ!」

「……するよ。悪いけど、女の子が殴られるのを見過ごすのは気分が悪いから。それに顔見知りだと、尚更ね」

「この……クソ、興が削がれちまったぜ。おい、行こうぜ!」


 男はジョッシュに背を向け、他の仲間に声を掛ける。

 顔見知りが傷付けられて良い気がしないのは、何もジョッシュだけの話じゃない。目の前でボクの知人を傷付けたのだ。タダで帰れると思うな?

 ボクがそう決断し、一歩踏み出そうとした足を――だがジョッシュがボクの足首を掴んで止める。


「ゴメン、ユミルさん。悪いけど、彼等も僕の仲間だから……」

「……なんか、損な性格に育ったね、キミ」

「ハハ、よく言われる」

「ジョッシュ、大丈夫? 【ヒール】、【ヒール】!」

「アリューシャ、一発で大丈夫だと思うよ?」


 ジョッシュに雨あられと【ヒール】を浴びせるアリューシャに、ボクは呆れたような声を掛けて止めさせた。

 これ以上の回復はMPの無駄遣いだ。

 そんなジョッシュを置いて、仲間たちは組合から出ていく。どうにも甲斐の無い連中だ。


 傷を癒され、元気になったジョッシュを立たせると、彼は転がった際についた汚れを叩き落としながら、気弱な笑顔を浮かべる。

 その表情は昔のジョッシュのままだった。


「ジョッシュ、ひさしぶり!」

「うわっ、ちょ――アリューシャちゃん!?」


 そう言ってアリューシャはジョッシュに飛びついて喜びを表現する。

 育ったとはいえ、アリューシャはまだまだ子供なのである。体は大分大人になってるけど。

 そんな彼女に抱き着かれて、ジョッシュは顔を真っ赤にして照れていた。


 ボクもなんだか、親戚の子が照れているのを見ているような気分になって、ちょっとした悪戯心が沸いてくる。

 なので、ボクもアリューシャの反対側から抱き着いて、胸を押し当ててみたりしてやった。『当ててんのよ』という奴である。

 すると、ジョッシュが気持ち前屈みになる。これはボク達の体重に引かれての事ではあるまい。元男なボクなら、その心境は実によく判る。


「ククク……ジョッシュもまだまだ修行が足りないねぇ」

「んぅ?」

「もう、ユミルさんも調子に乗らないでください!?」


 この後、ボク達はジョッシュを連れて、近くの食堂へ行くことになった。

 目的の人物が見つかった事を受け付けのお姉さんに告げ、依頼を取り下げてもらう。正式に受け付ける前でよかったと言えよう。

 受付嬢には、このあと少し話をしてくるので、その間に移住する物件を探しておいてもらう事にした。

 まずはジョッシュの、パワーレベリングへの意思確認が最優先なのだ。


 なお、この一件を目撃した者達から、ジョッシュは『両手に華』のジョッシュと言う、ありがたい二つ名を頂いたそうな。





 近場のジョッシュお勧めの大衆食堂へ行くことになった。

 お勧めと言うだけあって、少し通りを入った所にあるその食堂は、味はともかく量は満点な隠れた名店である。

 外観が少しばかり汚いので、この店の味――と言うか、量を知っている人はあまりいないらしい。


 やや煤けた感じの床はぎしぎしと軋み、同様に椅子もテーブルも軋みが大きい。

 ボクが腰かけた程度で軋むのだから、大柄なジョッシュが腰かけた時は壊れるのかと思ったくらいだ。


 手慣れた感じでジョッシュが馴染みの定食を注文し、ボクらも本日のオススメを聞いて、それに倣う。

 ちなみにアリューシャは三人前、ジョッシュは二人前である。育ち盛りの少年少女の食欲は半端なかった。


「ま、ここ程度の食事を奢るくらい、全然問題ないんだけどね」

「すみません、最近食事が物足りなかったもので」

「ジョッシュは大きくなったからね。確かに一人前だと足りないかも。でもアリューシャは……太るよ?」

「ふ、太らないもん! いっぱい運動するから、わたし痩せてるもん!」


 ほっぺに白身魚のフライのタルタルソースを引っ付けながら、アリューシャはそう主張した。

 手にギュッとフォークを握り締めている所が、どうにも説得力が無い。


「ま、その運動についてジョッシュに話があったんだ。あそこで会えたのは凄くタイミング良かったよ」

「運動?」

「うん。そうだ、ジョッシュはなぜ冒険者になってたの? テマなら判るし、引き摺り込まれたラキも判るんだけど」

「あー、うちの両親が商売に失敗しまして。王都じゃ古着屋なんて儲かりませんから」


 確かに王都では古着を買うより、新しい衣装をあつらえる場合が多い。

 それは生活に余裕がある者が多い事と、古着では儲けがあまり出せないせいもあるからだ。


「それで冒険者?」

「はい。一番手っ取り早くて、それと……体格が良かったから」


 ジョッシュはこの王都に来てから、水があったのか、身長がメキメキと伸び始めたらしい。

 それこそ年に十五センチのペースで伸び、今では百八十もあるそうだ。ボクより三十センチも高い訳である。


「うわぁ、ユミルお姉ちゃんよりも三十センチ『以上』も高いんだねぇ」

「これ、アリューシャ。ボクの身長は百五十だから、三十センチ丁度だよ?」

「え、わたしが百五十センチだよ? ユミルお姉ちゃんわたしより低――」

「それ以上言ったら、そのエビフライを強奪する所存」

「えへへ、なんでもないよ?」


 あっさりと食欲に屈服するアリューシャ。昔からよく食べる子だったけど、これは少し考えないといけないか?

 ご飯に釣られてさっきみたいな連中に『お持ち帰り』されたら、目も当てられない。


「それはともかく、実は君が高等学園に入るって聞いてね?」

「あー、それですか。うん、学園に入れば仕官の道も開けるし、お金も稼げそうだったから。この間キースさんが王都に来てたから、その時に話したんだ」

「なるほど、それでテマに話が流れてきたんだ」


 テマもタルハンで冒険者をしている都合上、橇などの乗り物を使用する機会は多い。

 商人であるキースさんはもちろん橇も扱っていたため、そこで話が伝わっていったのだろう。


「うん、でも学力的な話を学園の校長先生から聞いてさ」

「それなんですよねぇ。少しずつ勉強はしているんですが……ほら、ここが一獲千金の分かれ道ですから」

「だよね。そこでジョッシュ。テマ達と一緒にユミル村の迷宮に入ってみない?」

「ハァ!?」


 駆け出し冒険者である彼が、ユミル村のダンジョンに潜る事は、それこそ命を捨てるような暴挙である。

 だからここで彼が驚くのは、実に正しい。


「もちろん、君達だけじゃないよ。ボクとアリューシャもついて行くし、そもそもダンジョンに入る前にある程度力量の底上げも必要だろうしね」

「あ、そういうことですか。でもなぜ?」

「成長して階位が上がれば、知力も上昇するでしょ? そうすれば高等学園の試験にも合格しやすいんじゃないかなぁって。あと、アリューシャが一緒にいるから、試験勉強も一緒にできるね」

「あ、それはうれしいかも……」


 ちょっと頬を染めたジョッシュを見て、ボクは釘を刺す事にした。

 これは学習意欲以外のモノも混じっているかもしれないと懸念したからだ。


「言っとくけど、勉強だけだからね? 保健体育の実習はさせないよ?」

「しませんよ!?」

「それならよし。それで、今の仲間? 悪いけどあれはちょっと……」

「ま、まぁ、急募で寄り集まったメンツですから、色々ありまして。そもそも入学までの繋ぎと思ってましたし」

「そのわりにはしっかり庇ってたじゃない?」

「あそこで仲間を見捨てたら、今後の冒険者活動にも影響が出そうでしたから」


 彼がボクを知っている事は、会話の流れを聞いていた物なら察しが付く。

 あそこで仲間を見捨ててしまったら、彼は今後『仲間を見捨てた冒険者』という汚名が付いて回る事を懸念したのだ。

 逆に、ボクと言う不条理の権化を制止する事で、仲間を見捨てないと言う印象付けを行ったと言っていい。


「……なかなか、あざといね、ジョッシュ」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「でもアリューシャはあげないからね?」

「そんな命知らずな真似は……少ししか考えてません」


 少しは考えたのか。まぁ、年頃の少年だから多少は仕方ないところかもしれない。

 なにせ、アリューシャはとびっきりの美少女なんだから。


「じゃあ、パワーレベリングに参加する事は異論ないんだね?」

「はい、それはむしろこちらからお願いしたいくらいです」

「了解了解。それじゃ、連絡先は?」

「今は父の実家がこちらにあるので、そこで世話になってます。場所は目抜き通りから三つ目の角に入って――」


 正確な場所をジョッシュから聞き出し、ボク達はそこで別れる事にした。

 アリューシャはかなり名残を惜しんでいたけど、出発は今夜を予定している。

 ジョッシュはすぐにでも仲間に別れを告げねばならないし、両親にも報告が必要だろう。

 冒険に出る準備だってしないといけない。彼にはあまり時間が残されていないのだ。


 対してボク達も、これから王都に仮住まいする物件に目を通さないといけない。

 もちろんこれは今日やる必要はないのだが、それでも早いに越した事はない。

 いい物件はすぐに売り切れてしまうのだ。


 こうして再び、ボク達は組合に足を運んだのだった。





 夕刻が近づいてきた組合は、素材の買い取りや任務の報告などで、徐々に人が混み合ってきていた。

 ボク達はその人いきれを泳ぐ様にすり抜け、カウンターへとたどり着く。


「すみません、昼過ぎに来たユミルですけど……」

「あ、はい。お待ちしておりましたよ。こちらがすぐ用意できる物件のリストです」


 昼と同じ受付嬢のお姉さんは、脇に用意しておいたファイルをこちらに提出し、数枚の書類を取り出した。


「これは個人的にお勧めの物件を分けておきました。女性二人と言う事ですから、治安の良さを優先しています」

「ボク達に手出しできる手練れがいるとは思いませんけどねー」

「甘いですよ、ユミルさん……いかな手練れと言えど、油断は禁物です」

「ほほぅ、その心は?」


 すでに五百レベルという超次元に突入しているボクに危害を加えうる存在がいると言うのか?

 指を立てて警告してくる受付嬢のお姉さんに、ボクは挑発的な表情で続きを促してみた。


「いいですか、女性にとって奪われるのは貞操だけではないのです」

「というと?」

「下着ドロって――イヤですよね」

「……うわぁ」


 如何なボクとは言え、洗濯くらいはする。というか、頻繁にする。

 そして洗う以上、干す必要性も出て来る訳で……


「確かに専業斥候で無いボクでは、泥棒の接近までは感知できないですね……」


 ボクの危険感知能力はずば抜けて広い範囲をフォローする。

 だが、この感覚とて万能ではないのだ。殺意や害意無き存在には全く反応しないといっていい。

 ましてやこの場合、危険なのはボクではなく下着である。

 おそらく下着ドロの接近は危険感知の範囲外にあるはずなのだ。


「でしょう? 私もすでに何度か――いえ、これは関係ありませんでしたね」

「いや、関係ありますから! ボクはともかく、アリューシャがショックを受けるような状況はぜひとも避けたい!」

「はい。そう思ってこちらの物件などお勧めしたいのですが……」


 そう言ってお姉さんが指差した物件は、見た所普通に二階建ての一軒家。

 位置も表通りから少し入った場所なので、人通りも多そうだ。


「うーん。でも人通りが多過ぎて、夜とか騒がしくないですか、これ?」

「確かに騒がしいです。それはもう、そこだけは難点と言っていいでしょう」

「ならなぜお勧めなんです?」

「ここ。この建物ですが――」


 お姉さんは隣接する表通りに面した大きな建物を指差した。

 丁度物件の裏手に当たる位置の建物だ。


「これが、なにか?」

「これ、衛視詰所なんですよね」

「……………………なるほど」


 さすがの下着ドロも、衛視詰所の裏の家までは標的にすまい。

 万が一されたとしても、すぐさま衛視が飛んでくる。確かに万全の警備体制と言えよう。


「悪くはないですが……少し高等学園からは遠いですね」

「高等学園に入学されるんですか?」

「いや、この子が受験するんですよ」

「それなら寮に入ると言う手も――」

「それはイヤっ!」


 それまで横で大人しく聞いていたアリューシャが、入寮の提案を即座に却下した。

 相変わらずこの子はボクにベッタリである。うふふ、()い奴よのぅ。


「という事なので……」

「フフ、判りました。ではこちらの物件を――」


 こうしてしばらく、お姉さんによるレクチャーを受けたのだった。

 しかし、やはり実物を見ないと決め手に欠けるため、目ぼしいいくつかをキープしてもらうにとどめておくだけにした。

 時間が切れたので、今日の所はジョッシュと合流して、タルハンへ戻る事にしよう。


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