第二百話 王都の冒険者組合
いつもより少し長いです。ご注意を。
マニエルさんは高等学園の教頭を務める人だった。
話に拠ると、理事は高名な魔術師だが極度の人見知りらしく、今をもってその姿を見た者がいないのだとか?
時折寄付金が寄付されるので、存在だけは確認されているが、その正体は組合に秘匿されているため、謎なのだそうだ。
「組合が隠してるんですか?」
「ええ。というか、あれは組合も掴み切れていないのかもしれませんなぁ」
「そんなバカな……」
組合はこの世界でも最大規模の組織だ。
ここが本気になれば、国だって潰される。現にケンネル王国は内戦の真っ最中で、組合との和合派である王太子が沿岸部を押さえる事に成功しているのだとか。
その世界最大のネットワークを持つ組合の情報網から逃れ切るなど、ボクをもってしても難しいだろう。
「それにしても一か月前に王都入りとは、なかなかギリギリのタイミングですな。受験勉強の方はいかがです?」
「それは大丈夫ですよ。なにせアリューシャは優秀ですから!」
ボクは横に立つアリューシャの頭をポンポンと叩いて、胸を反らした。ちなみにボクは、軽く背伸びしないと頭を叩けなくなっている。この子も大きくなったなぁ……
アリューシャ本人も悪い気はしないのか、頭を叩かれる都度、猫のように目を細めて喜んでいた。
「それは重畳。ところでお嬢さんの――ユミルさんの方はいかがで?」
「え、ボク?」
「姉妹で受験に来られたのではないのですか? ああ、妹さんだから歳が足りないのかな?」
「……ボクの方が年上ですが?」
アリューシャ自慢で反り返ったボクの体勢が、見る見るしぼんでいく。
最近よく間違われるから慣れたとはいえ、言動から判るモノではないだろうかと思わないでもない。
「おお、これは失礼。実にその――お若く見えますな?」
「アハハ。よく言われますので、お気になさらず」
「で、お姉様は受験なさらないのですか? 少々お話してみたところ、実に聡明な方とお見受けしますが?」
「あー、今のところ、その予定はないですねぇ。冒険者稼業も忙しいですし」
せっかくパワーレベリングの有効性を実証できたのだ。もう少し多くの初心者を育成して、村の戦力の底上げに励みたい。
それに西のケンネルの動向も少し気になる所である。
「冒険者ですか、それは何というか……もったいないですな。高等学園は騎士や魔導士の育成の場でもありますし、将来的には国に仕える者も多い。どうでしょう、気が変わったならば一度窺ってみてください。ああ、これをどうぞ」
マニエルさんは懐から一通の封書を取り出し、ボクに手渡した。
かなり上等な封筒で、表には彼の名が書き込まれていた。
「学園でこれを渡せば、中に入れます。ユミルさんならば歓迎しますよ」
「あ、ありがとうございます」
高等学園教頭とのパイプは、あって損なものではない。これはありがたく頂戴しておくとしよう。
預かった封筒を、背負い袋の中に大切にしまい込む。
表向きは普通の冒険者なので、インベントリーを開く訳には行かない時を想定して、よく使う品はこちらに入れているのだ。
そうこうしている内にボク達の順番が回ってきたようだ。
いつの間にか目の前に、門番がやってきていた。
「失礼、旅行者の方――にしては重装備ですな」
「あ、ボクは冒険者です。こっちの子の受験のために王都に来ました」
「なるほど、高等学園の。身分を証明するものはありますか?」
上半身と腰回りを板金で固めた、いわゆる半甲冑を着た門番がボクの前に立ちはだかる。
強硬に突破されないための配慮なのだろうが、その威圧感はかなりのモノがあった。
一般人ならこれだけで足が竦んでしまいそうだ。
「あ、はい。冒険者組合の登録証でいいですか?」
「その歳で……?」
「いや、こう見えても結構な年齢なんですが」
「失敬した。小人族の血が混じっていたのか」
「違うし!? そこまで小さくないし!」
小人族というのはボクもまだ見た事は無いが、この世界に住む、やたら背の低い種族らしい。
その身長はドワーフのアルドさんよりさらに低く、一メートル程度しかないんだとか?
いくらなんでもその種族とボクを見間違うなんて失礼だ。
「あ、聞こえてしまったか。いや、比喩的なモノで特に他意は無いのだ」
ペコペコと頭を下げて、口を滑らせたことを謝罪する兵士。
その姿を見ていると、まるで熊が謝ってきているようにも見える。
威圧感が跡形もなく消え失せ、代わりに親近感が沸いてくる。
ボクとアリューシャは組合証を取り出し、見せても問題のないページを表示してから兵士に提出した。
この組合証は組合職員以外、他人が操作できないので余計なところを見られる心配は、基本的にない。
特に能力値関連のページは見られたら困るので、ボクもアリューシャもきっちりロックしてある。
「では失礼を……ほう、これは……その歳でモリアスの内乱に関わっておられたのか」
「その言い方だと、こっちが反乱を企んだみたいに聞こえます」
「ああ、これは――いや、私はどうも口下手で。あの豚、もとい領主を放逐していただいた冒険者となれば、我々も大歓迎ですよ」
「あいつ、どこまで悪名轟いてんですか……」
国の南北反対側にある王都の一般兵にまで豚呼ばわりされるとは、この街に来た時もよほどの無法を働いたに違いない。
「こちらのお嬢さんはタルハンの学園所属ですか。先の一件は災難でしたなぁ」
「でも、悪い奴はみんなユミルお姉ちゃんが吹っ飛ばしてくれたから!」
「ハハ……ん、ユミル? ひょっとして草原の村の?」
「あ、はい。一応管理者、と言う事になってます」
真の管理者はトラキチだが、彼の存在はヒルさん、レグルさんの所で止められており、上層部には秘匿されている。
「なるほど。で、そちらのお嬢さんが高等学園へ進学希望と。ふむ、問題はなさそうですね。ではこちらが入街許可証になります。無くされた場合は速やかに衛視詰所にお届けください」
「はい、判りました。あの、この街はドラゴンの乗り入れとか可能ですか?」
「ドラゴン?」
いつものようにリンちゃんは街の外で待機している。
モリアスの時は乗り入れる許可を取れたが、それは学園という組織の後ろ盾があったからだ。
今回はボク個人での来訪であり、そう言った保証が存在しない。
無論、ボク個人は結構な有名人であり、ボクがドラゴンに乗っている事は知れ渡っている。
だが、それでもボクが『個人』である以上、保証にはなり得ないのだ。
「ああ、そういえば竜騎士としても有名でしたね。今ドラゴンは?」
「頭のいい子なので、外で放し飼いにしてます。人や村を襲ったりしないので、そこはご安心を」
「そ、そうなんですか……えー、それはそれでいいのか? あ、いや、他のドラゴンと区別せねばなりませんので、一応詰所の方に連れてきてください。騎獣である証の印を付けさせていただきますので」
「それ、焼き印とかじゃないですよね?」
「違います。せいぜい首から木札を吊るす程度です」
「ならよかった」
下手に焼き印とか入れられたら、所有権を国に主張されかねない。
リンちゃんはあくまで、ボクの家族であり、貴重な仲間なのだ。誰であっても渡したりしない。
「とりあえず今はボク達だけです。あの子に関してはまた後日で構いません?」
「はい、それでしたら問題はありませんよ」
今日の目的は市街でボク達が住む場所を確保しに来ただけだ。
街中をうろつく羽目になるのだから、彼女を連れて歩くのはむしろ面倒の元になる。
今後、アリューシャが受験に合格し、ボクと一緒にここで住む事に成ったらリンちゃんの登録も必要になってくるだろう。
こうしてボク達は王都キルマルへ入る事が出来たのだった。
新しい街にやってきてまず最初にする事は宿の確保である。
もちろんそれほど日数を掛ける気はないので、当日泊まりを要求する。
門に近い場所にある商人用の木賃宿を訪れ、一部屋確保してもらう事にした。
そこは、頻繁に人の出入りする宿だけあって、あまり掃除の行き届いていない感じが如何にも不衛生な宿だった。
だが安い料金で泊まる事ができ、しかも客の出入りが激しいために、あまり顔を覚えられる危険性も少ない。
素泊まりするなら、この程度の宿でも問題はないだろう。
しいて問題があるとすれば、宿屋が強盗に早変わりしないかという点だが……ここは曲がりなりにも王都である。
そんな宿が放置されているとは思い難い。
この宿も王都を素通りする商人の為に作られたもので、この街に長く逗留する商人ならば、もっと城に近い場所にあるきちんとした宿を取るだろう。
「一泊一部屋、お願いします。前払いで」
薄暗いロビーに入り、カウンターに座るおじさんに簡潔にそう告げる。
おじさんもそういう客には慣れているのか、鍵を一つ取り出してこちらに渡してくる。
「一泊なら三十ギルだ。食事は?」
「外で食べます。湯もいりませんので」
ボクも作業的に受け答えしつつ、代金をカウンターの上に置く。
そもそもボクは一泊すらするつもりはない。アリューシャの能力があれば、すぐにでも【ポータルゲート】でタルハンかユミル村に戻る事ができるからだ。
そしてこの街を帰還ポイントとして記録しておけば、再びここに来るのも時間は掛からない。
「部屋は二階に上がって右側三つめだ。あまり汚すなよ」
「すぐ出ていくからその心配はありませんよ」
その後、アリューシャと一緒に部屋に入り、必要な荷物は全部インベントリーに移動させていく。
先ほどマニエルさんから預かった紹介状も、移動させておいた。
万が一も考えて、部屋には何も荷物を残さないようにしておく。
王都だからさすがに盗賊はいないだろうが、泥棒はどこにでも出るものだからだ。
それからアリューシャと宿を出て、組合へ――行くのではなく、町中をうろつき、人目につかない場所を物色する。
これは彼女の【ポータルゲート】のセーブポイントを探すための作業だ。
転移先でいきなり人が現れたら、驚かれるか怪しまれるので、飛んだ先が人目につかない場所を選んでおかねばならないのだ。
ボク達は大工と思われる店の陰、資材置き場の一角をセーブポイントに選び、アリューシャに記録してもらった。
結構裏通りを歩いたのに、絡んでくるゴロツキもいない。
どうやら王都はかなり治安がいい場所のようだった。張りつめていた気が、少しばかり緩むのを感じる。
セーブポイントを確保した事で、ようやくここで組合に訪れる事になった。
組合は共通の紋章を看板に掲げているので、支部を見つける事は簡単だ。特に冒険者はモンスターの死骸なども運ぶため、門に近い場所、居住区画より少し離れた表通りに面した場所に支部を開くことが多い。
このキルマルでも同じく、門のそばに支部が存在したので、ボクは迷うことなくその扉を開くことができたのだ。
さすがにタルハンのように『いらっしゃいませ』の言葉は飛んでこなかったが、そこは魔光石という鉱石を大量に消費して、屋内を明るく照らす空間だった。
行き交う冒険者も、見るからにベテランな者から新人まで、タルハン以上に幅広い。
更に護衛依頼の商人だろうか、武装してない民間人までひっきりなしに出入りしている。
「すっご……まるで空港のロビーみたい」
「ユミルお姉ちゃん。わたし、こんなに人見たの初めて。まるでお祭りみたいだね」
「うん、これはボクも少し尻込みしちゃうね」
カウンターの数も多く、どこに行けばいいのか見当が付かない。
そんな風に、入り口付近でまごまごしていると、ボク達に向かって声を掛けてくる者がいた。
「あの、新人の冒険者さん? よかったらボク達と組まない?」
「え、あ……またか」
これはザック達が声を掛けてきた時と同じ状況だ。
さすがにこの場所でパワーレベリングする気はないので、ここは丁重にお断りさせていただく。
するとその新人達も、気を悪くした風でもなく他の冒険者へと声を掛けていく。こうして仲間を集めて冒険に出かけていくのだろう。
「とにかく、ここで立ってたら邪魔になっちゃうから、カウンターに行こう」
「う、うん」
アリューシャの手を引っ張り、ボクはカウンターの一つに辿り着いた。
そこには、いかにも『できる女』という感じの受付嬢が笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、キルマル冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょう?」
見るからに幼い姉妹と言う風情のボク達にも、マニュアル通りの対応で出迎えてくれる。
人ごみに少しばかり混乱するボク達にとって、むしろこういったシステマチックな対応の方がありがたかった。
「えと、王都に部屋を借りたくて。それと人探しを依頼したいです」
「住居と捜索依頼ですね。少々お待ちください」
机の下から書類を引き出すお姉さんを見ながら、ボクは手持無沙汰に準備が整うのを待つ。
しかし、王都がこれほど混雑しているとは思わなかった。
この中からジョッシュを見つけ出すのは、少し骨が折れるかもしれない。
そう思い始めた時、ボク達の後ろに並んでいた冒険者の中から、アリューシャに声を掛ける者がいた。
また新人と間違えられて勧誘されているのだろうか?
「ねぇ、君一人? 可愛いね。一緒にパーティとか組まない?」
「え、あの……今はお姉ちゃんと一緒だから」
「いーじゃんいーじゃん。お姉ちゃんってそっちのチンチクリン? 妹の間違いじゃないの?」
「おい、よせよ。彼女困ってるだろ」
「お前、そんな事言ってるから何時まで経っても童貞なんだよ」
「それは関係ないだろ!」
――ナンパだった。
「誰が妹かぁ!」
まともに相手するのも鬱陶しいので、アリューシャに絡んでいたチャラ男風冒険者を殴り飛ばして黙らせる。
もちろん相手だって、いきなりそんな真似されて黙っているはずもない。
「なにするんだ!」
「やる気か!?」
口々にそんな言葉を吐いて得物を抜き放った。
だがその言葉よりも、相手の中の一人に、どこかで見たような違和感を覚えていた。
「あ、あれ……ひょっとしてユミルさん?」
「え、まさかジョッシュ君?」
そこにはアリューシャよりもさらに大きく成長したジョッシュの姿があったのだ。
ついに本編二百話達成しました!