第百九十九話 王都へ
翌日からボク達は、ジョッシュ育成計画のために大忙しで動き回る事になった。
まずアリューシャは入学願書の受付に行く必要がある。
そしてボクはアリューシャが自宅から通学するために、王都で家を一軒借りる必要があった。
すでに受験の開始まで一か月を切っている事もあり、これらの作業は大至急行う必要がある。
とは言え通常ならば、時間的に王都までぎりぎりの距離だがボク達にはリンちゃんという強い味方がいる。
徒歩や馬車なら一週間かかる距離でも、ほんの数時間の飛行でたどり着くことができるのだ。航空機動力万歳。
そのほかにもやらねばならない事は、組合にラキとテマに集合を掛けてもらう事。
ジョッシュの育成と同時に、彼ら新人も一緒にパワーレベリングするためだ。
すでに促成栽培第一号のザック達も、仲間を見つけて迷宮を指南する立場にある。こうして新人の育成者を育てていけば、冒険者の数も増える事だろう。
あともう一つやらねばならない事――それは……
「センリさん。そういう訳でボク達は王都に向かいます」
「じゃあ、私も――」
「却下!」
「えー?」
センリさんが一緒にいてくれると非常に心強いのは確かなのだが、彼女は立派な彼氏持ちである。
その彼女をこれ以上いつまでも独占しているとなると、ボクの身が危ないのだ。
「そろそろカザラさんも構ってあげてください。男は犬猫と同じように、構ってあげないと愛を疑う生物なのです」
「それは女も同じだと思うけどね。そうねぇ、確かに最近はユミルにべったりではあったけど……」
「彼は我慢強い性質ですが、これ以上は見てる方が辛いです。元男として」
「まぁ……無駄に嫌われるのも嫌だし、判ったわよ。しばらくは彼の所で機嫌取っとく」
「うう、なんだか生臭い話になっちゃったなぁ」
話題を振ったのは確かにボクだが、こういう計算高い男の扱い方みたいなのを目の当たりにすると、少々理想が壊れる気がする。
ボク的にはもっと、女の子はこう……アリューシャみたいに一途な子が好きだ。
とにかく、彼女はボクの人脈のため生贄に捧げるとして――ああ、こう言うとボクも大概ヒドイ気がする――まぁ、お留守番して人間関係の修復に努めてもらう事になった。
またお留守番と思われるかもしれないが、こればかりは彼女のためだ、我慢してもらうしかない。
こうして彼女をタルハンに張り付けにしておく事で、連絡要員としての立場も堅持してもらう。
彼女がタルハンに居ればユミル村に何かあった時即座にタルハンの彼女の元に連絡が行き、引いてはボクに連絡が付くようになるのだ。
こうしておけばボクも安心して王都に旅立てる。
続いてボクはアリューシャと連れ立って、組合を訪れる事にした。
ラキとテマの二人が依頼から戻ってきているらしいのだ。
アリューシャもすでに卒業を控えるだけの身なので、時間は結構と自由に取れるので、学園はサボりだ。
組合のロビーに入ったボクは直後に悪寒を感じて、防御態勢を取る。
そのボクを身体ごと背後から持ち上げたのは、エミリーさん二十三歳カッコ独身彼氏無しカッコ閉じる、である。
「もう、いきなり何をするんですか、エミリーさん!」
「ああ、最近ユミルちゃんがこっちに来てくれなくて寂しかったのよ……」
「来ましたから離してください」
「いや。もう少しフワフワを堪能させて」
「それならアリューシャがいますよ?」
「最近アリューシャちゃんは私よりボリュームがね……判るでしょ?」
悲しげな声でそう宣言する彼女の胸部装甲も、かなり物足りない。
見かけは美少女から美人にランクアップしているのに、その性格の奔放さと胸部装甲の薄さ、なにより父親の監視の目によって、彼女に寄り付く男はいない。
「まぁ、それはいいとして。ラキとテマは来てますか?」
「あまりよくはないけど、来てるわよ。奥の応接室で待たせてるわ」
それは彼女にしては準備がいい。
彼らが戻ったという連絡は今朝来たばかりだ。そしてボクは今日ここに訪れるとは、前もって連絡していないはずなのに。
「それはありがたいですね。タイミングが良かったのかな?」
「かれこれ三十六時間になるから、そろそろ危ないかもね」
「ラキー! テマー!?」
このお姉さん、なんて事してやがるのだ。冒険者を監禁しやがった。
「ウソよ。連絡が言ったのは今朝でしょ。まだ四時間程度しか経ってないわ」
「コンチクショウ、ボクを弄んで楽しいのか!?」
「うん、すっごく」
エミリーさんと付き合い始めてすでに七年、いまだに彼女は苦手なままのボクだった。
手の平の上で転がされてる感がすごくある。ここは父親の血を感じさせるな。
応接室に入ると、そこには革鎧を着こんだラキとテマがいた。
ラキは大きな両手杖を手に持ち、テマは両手剣を背負っている。
こうしてみると男、いっぱしの冒険者に見えるから不思議だ。
「お久しぶり、二人共。元気そうで何より」
「ユミルさんもお元気そうで。アリューシャも……その、すごく大きくなったね?」
如才なく挨拶をしてくるのは頭の切れるラキの方だった。
彼はボクを見ていつも通り挨拶をし、そしてアリューシャの方を見て少しばかり固まった。
うん、アリューシャは凄く成長したから見違えるよね。主にオッパイとか。
アリューシャもその視線に気づいたのか、少しもじもじしている。
幼馴染のエロ視線に晒されるとか、どんな羞恥プレイですか。
「ラキ、気持ちは判るけどそんなにあからさまに見ない」
「う、ごめんなさい。つい……」
「そーだぞ。俺はどっちかというと小さい方がいいし。ところでユミル、俺達に仕事だって?」
「うん、ロリコンを退治しようと思ってね」
テマの方はちょっと気になる程度の反応だったのだが、それはそれでアリューシャも不満そうである。彼女も微妙な年頃だ。
ちなみにテマの女性の趣味は露骨にボクである。
これはあの大氾濫の時に助けたボクを見て、憧れとも言える憧憬を持ったのに起因している。
まぁ彼の場合精神的にかなり幼いので、その感情は麻疹のような物だろう。
「じょ、冗談だって! ユミル村のリーサルウェポンに手を出したりしねーよ」
ボクに鋭い視線を向けられて、テマは慌てて弁解する。
まぁ、ボクだって本気じゃないけどね。
「それはそれとして、君達を呼んだのは仕事じゃないんだ」
「うん、迷宮にいこー!」
ボクは早速話を切り出した。その跡を継いで、アリューシャが端的に目的を告げる。
「ハ? 迷宮……? 俺達が、ですか?」
「ラキは魔術師、テマは戦士になったんだって? 今ボク達はパワーレベリングっていうのに挑戦しててね。第一陣が上手くいったので、今度は君達もどうかなって」
「パワー……じゃあ、ボク達もアリューシャちゃんと一緒に迷宮に潜れるの!?」
「ラキ、言葉遣いが子供時代に戻ってるよ。そんなにうれしいの?」
「え、あ……ハイ。それはもう! ユミル村のエースと一緒に潜れるなんて、光栄ですから」
アリューシャと特に仲のよかった彼等は、ボクの事も半ば神聖視して見てくれてる。
特にテマは剣の神様のごとく敬ってくれていた。少しばかり劣情も混じってたけど。
なんにせよ、それらは悪意ある感情ではないので、ボクとしても親戚の子供が懐いてくれるような気分を味わっていたのだ。
そんな彼等と仲間として迷宮に潜るとなると、これまた感慨深いモノがある。
「ちなみに、今回の目的はジョッシュの強制レベルアップだからね。後で彼も回収してくるつもり」
「え、でもジョッシュは王都……ああ、ドラゴンがいたっけ」
「そ。あの子がいてくれるから、今から村を往復しても充分間に合うよ。ジョッシュをレベルアップさせて、高等学園の試験に合格させるんだ」
「そうか、階位が上がれば知力も上がるから」
「ラキは相変わらず察しがいいね。どう? 一緒に行く?」
「もちろんです!」
彼等としても、街を出たジョッシュと会うのはそれこそ五年振りくらいになる。
懐かしい顔と再会できるとあっては、断る理由などないのだろう。
即断した結果にボクは大いに頷いた。
「それじゃ街を出るのは……明後日くらいかな? 今日は家族に顔を見せて安心させたげなさい。それから事情も話しておく事」
「判りました!」
「おう、親父達だって断りっこないさ」
これで彼等も大幅にレベルアップできるだろう。
ひょっとしたら、そのまま高等学園に入れるくらいになるかもしれない?
続いてボク達は王都キルマルへ旅だった。
すでに昼は回った時刻だが、リンちゃんの翼ならば夕刻前に到着できる。
三時間ほど飛翔を続けて王都の城壁が見えてきたところで、ボク達はリンちゃんを地上に降ろした。
さすがに北部と違って、この東部では市街にドラゴンで舞い降りたら大問題になる。というか、いきなり攻撃される可能性だってある。
なのでここは、例によって街まで歩きになるのだ。
「でもこの辺もだいぶ違うよね」
「うん、前はもっと北にいってたし。ハンスおじちゃん、元気かなー?」
「アリューシャ、ハンスはまだ若いんだからおじちゃんは駄目だよ?」
てってこ駆け足で王都まで走りながら、そんな無駄話をしている。
ちなみにボクもアリューシャも余裕を持って走っているが、その速度は馬の全力疾走に匹敵する速さだ。
見る見る城壁が近づき、その巨大さがよく判る様になってくる。
タルハンやモリアスも堅牢な城壁を持っていたが、ここはさすが王都と言うべきか、それ以上の威容を誇っている。
そしてその城壁の向こうには、まるでシンデレラ城の如き豪奢な王城が存在していた。
他にも街中にいくつも高い尖塔や建物が存在している。
あのどれかが、高等学園の建物なのかもしれない。
やがて象すらくぐれそうな門が見えてきて、その脇の小さな入り口に行列が並んでいるのが見えた。
おそらく大きな門は正門で、軍隊などの出入りに使われ、一般的な旅人や商人は脇の門でチェックされるのだろう。
その行列の長さも、タルハンとは比較にならないほど長かった。
「これは……素直にリンちゃんで飛び込んだ方が良かったかな?」
「それは止めた方がいいかもー。だってほら」
そう言ってアリューシャが指さす先には、城壁に据え付けられた破城弩弓が並んでいるのが見て取れた。
あれって本来、攻める側が門を破るのに使う武器だよね?
「うぇ……さすがにリンちゃんもあれで撃たれたら痛いだろうなぁ」
「わたしがいるから守ってあげられるけど、可哀想だよ?」
「無駄に厳重な防御を敷いてる感じかな?」
「だって王様のいる所でしょ? 厳重にするのは当然だよ」
二人で列に並びながら、王都の城壁見物に勤しんだ。
ボクは腰に二本の大剣を差した騎士装束。アリューシャは両手杖を手にして、学園の制服。
こうして並んでいると、まるで双子の姉妹のように見えるだろう。
「おや、お嬢様方は王都は初めてですか?」
二人で城壁を指差していたりしたから、オノボリさんと思われたのだろうか? ボク達に親し気に声を掛けてきた老人がいた。
ここで邪険にすることも無いので、ボクはいつもの営業スマイルを浮かべて対応する。
「ええ、あまりに大きくて、それにあの弓! びっくりしました」
「ハハハ、あれは確かにやりすぎかもしれませんな。ですが、少し前にタルハンでは大氾濫が起きたとか? それを聞いて陛下が『王都も守りを固めねばならぬ』と決を下したそうですよ」
「へぇ、それは心強いですね」
なるほど、あれは対モンスターを想定して据え付けられていたのか。
そうなると本格的にリンちゃんも危なくなるな。
「あ、これは失礼を。ボクはユミルと言います。こっちはアリューシャ」
「ああ、はい。これはしっかりしたお嬢様だ。私はマニエルと申します。この王都の学園に勤めてまして」
「ええ、ボク達も学園の受験に来たんですよ!」
ボクは驚きの声を上げ、隣のアリューシャもコクコクと頷いている。
その手は胸の前で握りしめられ、緊張を現していた。
こういう偶然というのはある物だ、そう思い知った出会いだった。