第一話 お腹が空いた
あからさまに某ゲームなシステムが登場しています。
苦手な方はご注意を。
書き溜め分を一気に放流してます。
無くなったら週一くらいの更新を目指します。
見渡す限りの草原。
地平線まで眺めることのできるここは、明らかに日本じゃない。
腰の辺りまで草が生い茂っている所を見ると、草の高さは七十センチくらい?
もっとも自分の身長がどれくらいか判らないので、あてにはならない。
「うへぇ……アフリカのどっかみたい」
ため息混じりに呟いた声に、違和感を覚える。
どちらかというと野太い感じだった俺の声が、甲高く幼いイントネーションをもって発せられたからだ。
改めて自分の体を見下ろす。
白く透けるような肌に、細く華奢な肢体。
濃い色合いの金髪をサイドに結った、サラサラと流れる髪。
小さな手の平に、真珠のように艶々の爪。
どこからどう見ても男の体ではない。
そもそも日本人ですらない。
「……どーなってんの、これ?」
今は冬で、上着を着ていないと凍死すらありうる季節だったはずだ。
それが、今はむしろ暑いくらいに感じる。
分厚いダウンジャケットとジーンズで出掛けたはずなのに、今着ているのは辛うじて股間が隠せるくらいに短い薄い胴衣のみ。
足元は、靴はおろかサンダルすら履いていない。
ぺたぺた触って確認したところ、下着も着けていないようだった。
「まさに服一枚で放り出されたって奴じゃないか……誰か助けてー」
虚ろな気分で助けを求めるけど、もちろん返答なんてあるはずもない。
むしろあったら怖い。自分の周囲には人っ子一人いないのだから。
「どうしよう……マジで。漫画で有名な異世界転移って奴? それともテレポーテーション?」
だとするとステータスとかあるのかもしれない。いや、無くてもいい。とにかく服とか食料とか持っているかも知れない。
そう思って有名アニメを真似て指を振ってみたり、ステータスと叫んでみたが、何の変化も現れない。
徒労に終わって自分の行為を思い出し、赤面した。
「あ、アホじゃないか俺……! そんな都合のいいことがあるわけ無いだろうに」
がっくりと地面に手を付いて、項垂れる。
周囲に人がいないと、独り言の声も大きくなる。孤独感を紛らわせるための本能的な自衛手段かも知れない。
「とにかくどっかに移動しないと。人に会うのももちろんだけど、獣に襲われでもしたら大変だ」
どう考えても治安の行き届いた地域に見えない。現代日本だって、山に入れば熊や野犬が出てくることがあるのだ。
最悪の想像をしてしまい、体がブルリと震える。
こんな幼げな姿で獣に襲われたら……幼げ?
「そういえばこの髪型。それに髪の色も……もしかして、ユミル?」
MGOのアバター、ユミルは濃い色をした金髪をサイドに纏めた少女だった。
出来れば顔も確認したかったけど、もちろん鏡なんて存在しない。
「せめて水面でも――そういや水! 確か人間って三日水分を取らなかったら死ぬって聞いたぞ?」
そして食料がなければ一週間で死ぬと聞いた覚えもある。もちろん、誤差はあるだろうけど。
「確か人が見える地平線の距離って、四キロちょっとだったか?」
草のせいで視界が下がってるとしても、多分二キロ四方は見えてるはず。
視界にあるのは、見渡す限り背の高い草で覆われた草原。
草の他に見えるものといえば、灌木の様に見える樹木が三本と、岩の塊が一つ。
「せめて人は無理でも……道とか見つかれば、まだ望みは……どっち行こう?」
日はほとんど真上なので、東西の指標にすらならない。
目印になる物も無い草原で――そうか、目印だ!
「これだけの草原を行き来するとしたら、目印がないと絶対迷う。なら目印のあるそばには道があるかも知れない。そして、この草原で目印になりそうな物といったら……あの岩だ!」
道に出れば人が通りかかるかも知れない。
何より岩に登れば、視界が上がって他に何か見つかるかも知れない。
ようやく見つけた一縷の望みにすがるように、俺は草を掻き分けて歩き出した。
三十分ほど歩いたところで、ようやく岩山に辿り着くことができた。
太陽の傾き具合から、どうやら俺は西に向かって歩いていたらしい。この際どうでもいいけど。
「で……なんだこれ?」
目の前の岩には、穴が開いていた。
岩の大きさは高さ三メートルくらいだろうか? これも今の自分が平均的身長と仮定しての話だが。
その岩の下半分にぽっかりと穴が開き、ご丁寧にも下に降る階段が設置されていた。
しかも石造りの見るからに人の手が入った代物だ。
「洞窟……かな?」
中は暗い。
恐る恐る顔を近付けて耳を済ませてみると、明かり一つ無い闇の中からギャアギャア、クケケケ、グルルル、チョロチョロと、多彩な音が聞こえてきた。
「うげっ!?」
どう見て――いや、どう聞いても獣の声が混じっている。
外に出てこられたら非常にまずい気がする。できれば早くこの場を離れたい。
だが気になる音もあった。チョロチョロという水音だ。
「どうする、水は必要だし……でも獣とか出てきたら怖いし」
ここまで歩いて、喉はカラカラに渇いている。できれば今すぐにでも穴の中に飛び込んで喉を潤したい。
だけどそれを押し止めるのが、獣の鳴き声のような音だ。
穴から獣が出てくると、と考えるだけでも恐ろしい。だが階段を調べてみたところ、幸か不幸か出入りした形跡が無いほど埃が積もっていた。
獣はおそらくここからは出てきたことが無いのだろう……と思いたい。
「とにかく、この岩に登って周囲を調べるとするか」
幸い、岩には足掛かりになりそうなでっぱりなどが多く、登るのには苦労しそうに無い。
小さな身体――多分だが、この身体は身が軽いのか、やすやすと岩の上まで登りきることができた。
岩の頂上はは中央がやや窪み、周囲から身を隠せそうなカルデラ状になっている。
「これは……悪くないね。身を隠すにはもってこいじゃない。って、それで周囲は……うわぁ」
驚愕の声が出るのも無理はない。岩の高さは自分の身長の倍くらい。
その分視界も上がって、遠くまで見渡せるのだが……見える風景に変化が無かったのだ。
おそらくは周囲六キロ以上は見渡せるというのに。
そして、川や道が存在しないことも、確認できてしまった。
「終わった……これは今日中にどっかに辿り着くとかありえんわー」
とにかく日は傾いてきている。一夜を明かす場所を決めないといけない。
「この岩の上で過ごすか、それとも草叢に隠れて過ごすか……うん、草叢はありえないな」
水も食料も手に入らないのは、どこも同じ。
ならば百八十度どこからでも襲い放題な草叢は、むしろ危険だろう。
「他にも洞窟の中に入るってのもあるけど……怖いから没」
ごつごつした岩で寝るのは勘弁して欲しいので、近場の草を引き抜いて、岩の上に運び込む。
見た目よりやわらかい性質なのか、あっさりと引き抜ける。ついでに毛布代わりに被る分も運び込んでおいた。
あっという間に寝床が完成したので、ゴロリと横になる。
背の高い草叢をかき分けて数キロ歩くというのは予想外に重労働だったらしく、横になった途端に空腹感を覚えだした。
さらに喉の渇きもかなり危ないレベルで感じた。
「ああ、お腹すいた……喉渇いた……ビール飲みてぇ」
俺は空腹を紛らわせるために、お腹を押さえた。
その途端、目の前……腹の高さの辺りでキーボードのような光る半透明の物体が浮かび上がった。
まるでSF映画に出てくる空間投影のような感じだ。
「うぉ!? なんだ……キーボード?」
身体に密着するわけでなく、三十センチほど離れて浮かぶそれを、おっかなびっくり突いてみる。
二、三個キーを押してみたが何の反応もない。いや――
「キーボード……そうだ、ひょっとして!」
ミッドガルズ・オンラインの入力デバイスはほとんどがマウスとキーボード操作だ。VRの思考制御とはまったく違う、アナログの極み。
だけど何十年と使われてきた利便性は侮れない。
キーの組み合わせで各種ウィンドウを開くショートカットの多さは、VRの思考制御と比較しても遜色の無い多様さを持っていた。
俺はすぐさまアイテムインベントリーを開くショートカットを押してみた。
すると目の前に半透明なアイテムウィンドウが開かれた。
「やった! ってことは――」
ミッドガルズ・オンラインの特徴の一つに回復剤の多様さも挙げられる。
定番のポーションや薬草はもちろん、食材アイテムなどもHP回復剤として使えるのだ。
そして、いくつかの食材は特定のアイテムや装備と組み合わせると、ポーション以上の回復力を発揮する。
もちろん俺もそのアイテムや装備を持っていた。そしてそれはつまり――
「あった……魚の塩焼きに、アイスクリーム、それと大福!」
無限氷穴は長丁場のダンジョンだ。出てくる敵も多彩極まりない。
そのため用意せねばならない装備は大量に存在し、そのシワ寄せが回復剤などに押し寄せる。
それを解消するのが、アイテムドロップ装備だ。
これは装備して敵を倒すと、特定の食材や素材を戦利品として落とす装備のこと。もちろんこれを装備したからといって、回復剤が不要な訳ではないので、いくらかは準備していたのだ。
インベントリーの中には焼き魚が百個、アイスが百個、大福餅が二百個常備されていた。
他にも軽量化を図った濃縮ハイポーションやら、攻撃速度を引き上げるポーションなども複数ある。
さらに剣が数本に鎧や盾も数種類ずつ。
そして魔刻石が各種二十個。行動不能になるギリギリまで積み込まれていた。
まずインベントリから魚をタップしてみる。すると、手元に串に刺さった魚の塩焼きが具現化した。
「おお!?」
さすがに焼き上げたばかりとはいかないが、それでも充分に美味そうな料理が現れる。
続いてアイスをタップすると、今度はコーンに乗ったアイスが手の中に現れた。
喉が渇いていたので、貪るようにアイスを食べる。そして、魚にかぶりついた。
食事の順番としては逆かも知れないけど、この際どうでもいい。欲求こそ優先だ。
「美味い! でもこれ、ゲームだと一瞬で食えたんだけど……さすがにそうはいかないか」
魚を一つ食べたところで、とりあえず落ち着くことができた。ここに来る前ならとても足りない量だったが、食欲も身体の大きさ相応なのかも知れない。
そこで、ふと思いつく。
インベントリーからアイテムを出す方法はわかった。ではインベントリーにしまう方法は?
「タップして出てきたんだから……やはりドラッグアンドドロップか?」
食べ残した魚をコツンとつついてみる。すると指先に張り付くように動いた。
「おおぅ!」
思わず驚きの声を上げるけど、まさか本当にタップからドラッグできるとは思わなかった。
そのままインベントリの空きスロットに移動して、トンと一突き。すると魚がインベントリーに収納された。
「ナルホド、こうするのか……」
何度か試行錯誤した結果、どうやら鳩尾に左手で触れることでキーボードを呼び出し、ショートカットキーを使用することができるようだった。
とりあえず、当面の食料は何とかなりそうで安心して眠ることができそうだ。
「あ、そうだ……服、服」
アイテムインベントリーの中には『魔導騎士の衣装』という、ゲーム内では見た覚えのないアイテムが存在した。
おそらくこの胴衣で転移してしまったので、こちらに収められてしまったのだろう。
夜を明かすのに草かぶるだけではさすがに寒いので、インベントリーに収納されていた装備を引っ張り出す。
マント付きの衣装を呼び出して掛け布代わりに利用する。
その上に草をかぶせておけば、上から見られても偽装になるだろう。
ついでに自衛のために武器を用意しておく。
取り出した剣は自分の身長よりも長く、本当に振れるのか不安だったが、その大きさが頼もしくもあった。
「これでとりあえず、よしとするか。あとは明日だ」
洞窟にもぐるのか、それとも他の場所を探すのか。明日になってから考えるとしよう。
とにかく今日は疲れた。腹も満ちたことだし、寝ることにする。おやすみなさい。
夕方にもう一話、投稿します。