第百九十一話 新商品決定
翌日は競馬レースの練習を見て回る事にした。
いまだケンネル王国の動きはないが、警戒は必要なので、ボク達は村に駐留しているのだ。
今日は週末でアリューシャもお休みだったから、彼女は一足先に橇レースの練習を監督しに出て行った。
子供の朝は早いのだ。
「いってきまぁす!」
「はい、いってらっしゃい。ふふん、最近オマセになってきたけど、こういう所を見るとアリューシャもまだ子供だね」
ボクは鼻を鳴らしながら、テンションを上げて飛び出していったアリューシャを見送る。最近薄れてきていた、年上の優越感を感じるのだ。
一緒に付いて行きたい所ではあるが、ボクには朝食の後片付けが残されていたので、そちらを先に片付けねばならない。
尚、センリさんには炊事関係を任せる事は出来ない。
彼女は馬車や武器の洗浄は非常に手早く効率的に行うが、食器を洗ってと言うと確実に叩き割ってくれるのだ。
木でできた皿が、どうして割れるのかなぁ……
「そうやって油断してると、アリューシャちゃんに押し倒されるわよ? そして、『もうこんなに大人になって……』って身をもって知る事になるんだわ」
「どこのエロ漫画展開ですか! アリューシャの成長なら毎朝イヤでも思い知ってますよ!」
「え、もうそんな関係に!?」
「なってません。胸部装甲的な意味で、です。抱き枕にされると、否が応にも思い知るんですよ……」
「なるほど、嫌よ嫌よも好きの内ってやつね」
「その格言、使用用途が大きく間違ってます」
幼い頃からアリューシャはボクと一緒に眠る事が習慣になっている。
一応彼女の部屋もベッドも用意してあるのだが、ほとんど物置のようになっているのが問題だ。
しかもその中身は武器防具が大半という……年頃の少女として、それはどうなんだろう?
今は村の中と言う事も相まって、今日のボクは武装していない。
もちろん装備はインベントリーに格納してあるので、いざと言う時は即座に武装できる状態にはしてある。
迷宮の様子も見に行きたいけど、外でやる事も多いのだ。
ザック達新人の探索も安定してきているので、今日くらい迷宮はお休みにしても問題無いだろう。
薄緑の膝丈のスカートにクリーム色のシャツ、それに臙脂のベストという、そこらで見かけたら丸っきり村娘なコーディネートで村の外へ向かう。
村の外と言っても、周辺数キロには土塁を作ってモンスターや猛獣の接近を妨げてあるので、かなり安全なのだ。
その外縁部を利用して、子供たちは思い思いに橇を走らせていた。
もちろん無軌道に走っては衝突の危険があるので、柵を作って練習コースは作ってあるけど。
今日は子供達が橇を走らせるのを見て、ピクニック気分で休暇を楽しもうと思っていたのだが、練習場についたボク達は思いもよらぬ光景に顎を落とさざるを得なかった。
そこには子供たちの橇をブッ千切って、徒歩で駆け抜けるアリューシャの姿があったのだ。
しかも後方にはセイコとウララが置いてけぼりになっている。
「ほら、そこで手綱を緩めちゃスピードが落ちちゃうでしょ。ここは我慢のしどころだよ!」
「でもアリューシャ姉ちゃん、これ以上飛ばしたら衝突しちゃう」
「レースは肉弾戦よ! 衝突を恐れちゃ、何もできないわ!」
「ヒ、ヒヒーン……」
アリューシャの激しい叱咤の声と、子供たちの泣き言、そしてアリューシャと一緒に駆け回されたセイコの悲しげな嘶きが聞こえてくる。
っていうか、馬と並走して指導するのはどうなのよ!?
「アリューシャー!?」
「あ、ユミルお姉ちゃんだ。それじゃがんばってね」
「えー、この速度で置いていくの? ウソでしょ、アリューシャ姉ちゃん!」
自身の限界を超えた速度で橇を走らせていた少年が、悲鳴を上げてアリューシャに助けを求めるが、スパルタ式なアリューシャにそんな泣き言は通用しなかった。
半ば暴走した橇は、制御を失う寸前、上空から舞い降りてきたリンちゃんによって威圧され、馬が足を緩める事で減速していく。
もちろんリンちゃんのサポートを信頼しての事だろうけど、これはよろしくない。きちんと叱っておかねばなるまい。
「どう、ユミルお姉ちゃん。わたしの監督振りは!」
ボクの前にやってきて、エヘンと胸を張るアリューシャを容赦なくボクは抱きすくめた。
今日の彼女は動きやすいタンクトップにホットパンツという露出の激しいスタイルだ。ただし足元は草原の草が生い茂っているため、ふくらはぎや膝を保護するためのオーバーニーソックスも着けている。
この運動服とも言っていい服装で容赦なく激しい行動を取るので、最近特に成長著しい部位が揺れるのだ。
それはもう、バインバインと。
こんなものを見せつけられて、ボクが興奮しない訳が無いのである。
いきなり抱き絞められたアリューシャは、混乱の悲鳴を上げていた。
「うひゃあぁぁぁ!?」
「ダメでしょ、アリューシャ。最近育ってきてるんだから、こんなに揺らしちゃ。将来垂れちゃうよ?」
「むぐぐ、大丈夫だもん。ちゃんと【ヒール】掛けておくから!」
「それにしても、あの速度で走ってよく痛くならないわね?」
「それも大丈夫だよ。ちゃんとブラしてるから」
そういって胸元を引っ張って、山脈を包み込む可愛らしい下着をチラ見せする。
それを見て、ボクは衝撃を受けた。
「なん……だと……」
よろめき、自分の胸部を見下ろす。
ストンと……爪先まで見下ろせる緩やかな丘陵がそこにあった。いや、スカートのふくらみで爪先は見えないけど。
それは、支えるための補助具を必要としない、つつましい――平原と言ってもいい丘である。
「大丈夫よ、ユミルにはまだ必要ないわ。まだ、ね?」
いまだスリップのような下着しか着用していないボクは、成長する予定の無い存在である。
つまり今必要ないと言う事は、未来永劫必要ないのだ。
それを敢えて『まだ』と言ってくる辺りに、センリさんの悪意を感じられた。
彼女とてそれほど大きな部類ではないが、背が高くスレンダーと言っていい体型は、自己主張するべき存在がしっかりとある。
同じ細身でも、ボクとは大きく違うのだ。
「いいんだ、ボクは元男だから……あっても邪魔なだけだし……」
「なに言ってるのよ。ほんの僅かにあるからいいんじゃない!」
センリさんは落ち込むボクに、励ましともトドメとも取れる言葉を掛けてくる。
「どちくしょおぉぉぉぉ!」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そのまま苛立ち任せにアリューシャを押し倒して、胸をわし掴みにしてやる。
悲鳴を上げながらも、なぜか嬉しそうなアリューシャと、それを見て混ぜろとばかりに圧し掛かってくるセンリさん。
そんな緊迫感が欠片も無い状況で、子供達に橇の扱いを教授したのであった。
子供たちの腕もそろそろ上達してきたし、こちらも本格的にゴーサインを出してもいい時期かもしれない。
夜になり、アーヴィンさん達が帰ってくる頃合いになったので、トーラスさんの宿にご飯を食べに行くことにした。
もちろん食事自体も目的の一つである。
ボクの大雑把男料理や、アリューシャの肉食系脂料理とは違って、しっかりと味付けられたご飯はやはり捨てがたい。
センリさん? 彼女の料理は……炭だから。
そんな訳で、テーブルについてそれぞれ好き勝手に注文して夕食を取る。
ボクはハーブを刻んで混ぜ込んだパスタをトマトソースで和えたフレッシュハーブのパスタに、突撃鳥の唐揚げ。
アリューシャは大猪のハンバーグに牛悪魔のステーキ。肉ばかりだ。
センリさんは……テーブルの半分を占めそうなくらい、巨大なフカヒレのコンソメ煮? サメにしてはやたらとデカいフカヒレだけど……
「センリさん、そのフカヒレって――?」
「多分大顎鮫よね。珍しいから頼んじゃった」
冒険者の攻略深度増加で、迷宮から持ち出される食材も増えている。
だが、人を食べるモンスターを逆に食べると言うのも――感慨深い物がある。
モンスターの中には珍しい食材になるモノも多いので、こういうキワモノな料理も出て来るようになるのだ。
そこへアーヴィンさん達が、一風呂浴びてさっぱりしてから食事にやってきた。
ちょっとルイザさんがポーっとしてるけど、なにしてたんだ?
「お、来てたのか?」
「お先に楽しませてもらってますよ」
「アーヴィンおじさん、お肉食べるー?」
アリューシャ、モラクスの肉を突き刺したフォークで人を指すのは止めなさい。
アーヴィンさんは遠慮なく、アリューシャの差し出したステーキを口にする。
それを見てボクは絶叫した。
「あー、それはダメ! 間接キスになっちゃいますよ? ボクだってまだなのに!」
「なに言ってんだ、子供のする事に……」
「アリューシャ、ボクにも。むしろ口移しで!」
「……それはなんか、気持ち悪そう」
いきなり騒ぎ出したボク達を、他の客たちはぎょっとしたような表情で見やり、その主がボクである事を知って、『またか』という顔をして食事に戻る。
ここで騒ぐのは半ば日常茶飯事になっているのだ。
だが、ここに来た目的を忘れた訳じゃない。
「アーヴィンさん、木刀の様子はどうでした?」
「おう、これはいいぞ。面白いくらいスパスパ斬れる」
「木刀が……斬れる?」
「俺も驚いた」
どうやら木刀は予想以上に『力』の伝達効率が良いらしく、ボクの【オーラウェポン】のスキルに近い効果を生み出していたそうだ。
つまり、霊属性な存在にも効果があると言う事だ。
「物理無効の相手も斬れる木刀ですか……なんだこれ?」
「作った本人が首を傾げるなよ。だが、これは単体でも充分メインウェポンとして成立するくらい良い武器だぞ」
「そうでしたか。それでカイン君、盾の方は?」
木刀の効果は上々。ならば次は盾の方である。
昨夜は食事の後、雑な感じに木を組み合わせて盾を作り、カインの元に届けておいたのだ。
その結果も聞いておかねばならない。
「うん、すごくいい。軽いし、堅いし、それに木なのに燃えないんだ」
「と言う事は、溶岩地帯まで足を伸ばしたんだ? そこでも有効だって事はかなり便利になりますね」
「このままこの盾貰っちゃっていいですか? 代金なら支払います」
「あー、いいよ、いいよ。それは試作の雑な奴だから。今度きちんと作った奴を届けてあげるね」
カインは世界樹の盾をかなり気に入ってくれたようだ。
モニターのお礼にちゃんとした盾をプレゼントするくらい、別に問題ないだろう。
「正直言って、カインの盾が凄く羨ましいと思えるくらい頑丈だったぞ。これで鎧とか作れないか?」
アーヴィンさんがボクにそう注文を付けてきた。
だが、これに関しては首を縦に振る事は出来なかった。
「うーん……ちょっと鎧の場合は精密加工する場所が多いので、ボクじゃ無理かもしてませんね。本業じゃないので」
「センリさんならどうだろう?」
「私じゃ、そもそも加工すらできないわよ。ユミルの武器と筋力があって、初めて切ったり削ったりできるような代物よ?」
アーヴィンさんの問いに、肩を竦めて答えるセンリさん。
彼女にピアサーを貸して試してもらったのだが、センリさんでは世界樹を切る事は出来なかったのだ。
どうやら、ボクの桁外れな筋力もあって、初めて加工が成立する代物らしい。
「うぬぅ……だとすると、これは広めない方がいい類の武器なのかなぁ?」
ロストテクノロジーな武器になりそうなので、その扱いには頭を悩ませる。
センリさんの銃のように、精密過ぎて複製できないのと同じかもしれない。ボクしか作れないという点で。
「破壊不能ってのは確かに魅力的ではあるな。でも攻撃力自体はそこそこ良い剣程度だぞ」
「木刀はともかく、盾の方は売ってもいいかもしれませんね。冒険者の命が優先ですし」
頑強な盾の存在は、冒険者の生存率に直結する。
そしてそれはより速い迷宮攻略に繋がるのだ。
こうしてボクの店に、新たな商品『イグドラシールド』が並ぶことになったのである。
なおネーミングはセンリさん。ゴメン、少しばかりオッサン臭いと思いました。
帰省中です。
感想や誤字指摘には対応できません。ご了承ください。