第百九十話 世界樹の活用法
再開します。
あれから一か月以上経過したが、ケンネル帝国の動きは全く見られなかった。
むしろ内乱の兆しがあるとレグルさんから報告があったので、外征どころではないのが実情だろう。
それでもボクはこの村を守るため、離れる訳には行かない。
この一か月、ボクはタルハンの屋敷ではなく、村の自宅の方に籠っている。
アリューシャを学校に送り込み、そこから一時間かけて村へやってきて周囲を警戒する。
そして学校が終わったアリューシャが【ポータルゲート】でやってきて、帰りはみんなで屋敷に戻ると言う生活を繰り返している。
センリさんにはこの家に住み込んでもらい、常駐の護衛戦力になってもらっている。
最近少々浮気気味とはいえ、彼氏持ちなのにタルハンに戻れていない。
これは本当に、『お礼は精神的に』なんて言ってられないくらい、世話になっているのだ。
そんなボクは現在、手元の木をナイフでコシコシ削る作業を繰り返している。
アリューシャが帰ってくるまで、村にいても暇なので、アルドさんの工具の準備をしているのだ。
「まさか、アミューズメントパーク計画にこんな落とし穴があったなんて思いませんでした」
「本当にねぇ。まさか『世界樹が鉄で削れないくらい硬い』とはね」
今ボクが手にしているのは、世界樹の枝である。
この世界樹、鉄では傷一つ付かないくらい頑丈だったのだ。お陰で計画はいきなり頓挫しかけた。
それを解消するために今、ボクは世界樹の枝を削り、工具を作っているのだ。
削る方法は無い訳ではない。同じ世界樹で世界樹を削る、つまりダイヤモンドの研磨と同じ理論である。
世界樹が固いなら世界樹で削ればいいじゃない、と言う無茶な理論なのだ。
だが幸いにも、ボクは対象が堅いほど切れ味を増す、ピアサーと言う武器を持っている。
この短剣、ベースの攻撃力は低いのだが、こういったバカげた防御力を持つ敵には非常に効果が高い。
いかに世界樹が頑丈だと言っても、頑丈であるだけこの短剣は切れ味を増していくので、簡単に削れるようになってしまうのだ。
とは言え、こんなロストテクノロジーじみた武器を貸し出す訳には行かないので、世界樹製工具なんて物を作り出そうとしているのだ。
「そういえば競馬場の方はどうなの?」
「そっちはほとんど完成してますよ。コースは直線ですし、ゴール横に観客席を設置するだけですので」
「コーナーとか作らなかったんだ?」
「子供たちが操る橇ですから、曲がる時が危ないじゃないですか曲がれずに転んで分解しちゃう橇も出るかもしれませんし」
「そういえば子供限定レースだったわね」
コーナーの位置取りなど、子供にさせると危険な接触が発生するかもしれないので、コースは直線の二千メートルにしてある。
といっても、草原に柵を打ち込み、ロープを張って中に入れないようにしただけのコースだ。
問題は観客席がその分ゴール付近にしか作れないと言う点だったが、これはスタート地点と中間地点に定点カメラを設置する事で解決した。
このカメラは水鉄砲大会の時にタルハンで使っていた物をレンタルしてもらう事になっている。
さらに柵の上部を俯瞰で撮影できるカメラを設置し、これを揺れずに飛行して撮影できるよう、ボクがリンちゃんに騎乗して撮影する事で、レース中の様子もゴール付近の観客席から見れるようにしておいた。
コースの設営は終わっているので、後はカメラを設置するだけの状況である。
カメラはタルハンでの宣伝が充分行き渡ってからこちらに送るそうなので、開催はもう少し後になるのだ。
なお、ボクとアリューシャの参加は、当然のように却下された。シット。
「それにしてもこの木、まさか本当に鉄より堅いとは思いませんでしたね」
「そうね、それに軽いし……剣とか作ったら売れるかも?」
「――それだ! 木刀作りましょう、木刀。観光地のお土産みたいに!」
「やめてよ。世界樹製の木刀なんて……下手な武器より殺傷力あるわよ? 多分」
かつて剣豪、宮本武蔵は晩年、剣より木刀の方が恐ろしいという言葉を残した事があるくらい、実は木刀と言うのは殺傷力があるのだ。
それは剣と違って刃を立てる必要も無く、時には杖のように取り回せる利便性の高さから、敵に回したら厄介だとの経験からの言葉だろう。
それがそこらの木よりも軽く、そして鉄よりも硬い世界樹製だったら?
そりゃもう、恐ろしい殺傷力を持つにいたるだろう。
そう考えると、世界樹木刀は自重するべきなのかもしれない。
「うぬぅ、観光地としては捨てられないアイテムだと思ったんですけどねぇ」
「むしろきちんとした武器として売り出したら? 子供のオモチャと違って冒険者が扱うなら、それなりに気を付けて扱うでしょうし」
「メイスとかありますから、それなら別に……問題ないかな?」
実は武器の強度と言うのは、この村に置いて非常に厄介な問題と化している。
それは七層以下になると特に顕著に現れてくるのだ。
七層から敵にゴーレム系が多く配置され、これを倒すのに、剣の刃を潰してしまう冒険者が多く出ている。
ボクはミッドガルド・オンライン製の武器があるし、【修復】が使えるセンリさんもいるので、武器に困った事は無い。
しかし、そんな特殊な武器を持たない冒険者にとって、この世界のヤワな武器でゴーレムたちと戦わねばならないのは、非常に負担となっているのだ。
「アイスゴーレムとか……硬いですからね」
「ユミルはそんなの関係なく殴り倒してるでしょ」
「武器があるからできる戦法ですよ。なければもっと苦戦してるし、頭を悩ませてたはずです」
対ゴーレム用の武器として、世界樹の木刀を普及させる。
それは非常に有用なアイデアに思えた。そして、その結果ここの冒険者の実力が上がれば、村の防衛力も上がるのだ。
「これに関してはアルドさんに報告しておきましょう」
「ヤメテあげて。あのオジサン、最近過労で禿げあがってきてるんだから!」
そういえばボクは基本的に、何かを開発しても他人に丸投げする事が非常に多い。
そしてこの村において、その被害をもっともよく受けるのが、大工のアルドさんである。
鍛冶師の少ないこの村では、大工の彼が鍛冶仕事も請け負っているので、休む間もないのだ。
「……もういっそ、カザラさんをこっちにスカウトしますかね? そうすればセンリさんもすぐ会えるでしょ?」
「まぁ、暇潰しにはなるわよね」
「キチンと相手してあげないと、カザラさん、泣きますよ?」
元男の立場からすると、暇潰し扱いのおつきあいは少し悲しいモノがあるのだ。
まぁ、大雑把に剣の形に枝を刻むくらいならボクでもできる。
一日に数本ほど作っておいて、まずはアーヴィンさん辺りに使ってもらって、使用感を聞いてみる事にしよう。
早速ボクはファントムブレイドを取り出して、枝を剣の形に刻んでいく。
細かな作業は短剣であるピアサーの方が向いているのだが、大雑把に木刀の形に切るのなら剣の方が楽だ。
そしてファントムブレイドは霊属性を持っていて、基本攻撃力は高くないが防御力を無視する効果がある。
つまり、ピアサーほどではないが、世界樹を楽に切れるのだ。
こうしてボクは、アーヴィンさんにニューウェポンを提供する事になったのである。
夜、迷宮から戻ってきたアーヴィンさん達に、木刀を渡しに行った。
彼等は夕食はいつもトーラスさんの宿で取っているので、合流するのは非常に楽だ。
「こんばんわ、アーヴィンさん。ローザとカインも久しぶりだね」
カインは本来カロンのパーティに参加していたのだが、リビさんの離脱と、その補佐としてカロンが引っ張って行かれたために、再び根無し草になってしまった。
そこでローザがカインをパーティに引き入れ、今は五人パーティで迷宮に潜っていたのだ。
丸テーブルに五人で掛けているところに押しかけ、六つ目の席を用意してもらった。
ローザとカインも、あれからずいぶん経験を積んでいるのか、心なしかベテランっぽいオーラを漂わせているように感じる。
ボクはこのあいだ、新人に間違われたと言うのに……生意気な!
「こんばんわー、ユミルさんはこの間面白い事をしてたんですって?」
「ローザ。その件について深く追求したら、アーヴィンさんのように世界樹から吊るされる事になるから。逆さに」
「やめて、パンツ見えちゃう!」
椅子に座ったまま、ミニスカートの裾を押さえる彼女。
聖職者がミニスカートだなんて……実にけしからん。もっとやれ。いや、ボクが言えた義理じゃないけどね。
それにしても冒険者なのに、ミニスカートか。ローザはまだ無駄な抵抗を続けているようである。
「それにしても、このメンバーで食事してると……ルイザさんがお母さんみたいですね」
「じゃあ、ユミルはヤンチャな末っ子役ね」
「ぬぅ、そう返しますか。確かに一番下に見えるのは否定しませんが」
最近のルイザさんはお茶目な中にも余裕を感じさせる落ち着きがある。
前ほど少女っぽさが出てなく、大人の魅力が増しているのだ。
そのせいで彼女を狙う冒険者も増えているのだが、彼女の狙いは一直線だ。そして、その獲物は朴念仁を絵に描いたような男だった。
「それでユミル、今日は何の用なんだ? その背中に背負ってるの、武器に見えるんだが」
脳筋野郎はやはり背中に背負っていた武器に真っ先に目が行っていた。
隣でダニットさんが露骨な溜息を吐いて、肩を竦めているのが印象的だ。
「アーヴィンさんはもう少し余裕を持った方がいいですよ?」
「そうか?」
そんな気のない返事を返しながらも、視線は背負い袋から外さない。
その目はキラキラと輝いていて、オモチャを前にした少年のようだった。
「まぁ、今日の本題でもあるんですけどね。これです」
ボクは袋の口を解き、中から木刀を三つ取り出した。
粗削りな形に削り出された木刀を見て、アーヴィンさん達は怪訝な表情をして見せる。
「木刀?」
「そうです。ただし世界樹製」
「なに!?」
世界樹の堅さは、すでに冒険者達の間でも評判になっている。
あの木を切り出す事ができれば、材木の調達がすごく楽になるので、初期の段階で伐採に挑戦した者が後を絶たなかったのだ。
だがそんな挑戦者たちを、世界樹はあっさりと追い返して見せた。
芽を出したばかりの若木ならともかく、しっかりと根を張った大木は、生半可な刃を全く通さないほど堅く成長していたのだ。
そんな世界樹を削り出した木刀が、今目の前にある。
それはつまり、鉄より堅い武器の証明だった。
「なるほど。木刀にして武器の代わりに使えば……」
「ええ、七層以下のゴーレム系に有効な武器になるかもしれません」
「今はメイスやハンマー系の武器を持ち込んで、どうにかやりくりしているが、それでも柄が曲がったりするからな。もし有効なら実にありがたい」
鈍器系の武器は壊れにくいと言う特性があるが、やはり重量その物を威力に変換する特性上、持ち運びするのは少し大変だ。
もともと鈍器系を使っている冒険者なら問題はないのだが、アーヴィンさんもダニットさんも、カインだって武器は剣である。
「ユミルさん」
そこで無口なカインがボソリとこちらに声を掛けてきた。
このパーティはダニットさんも口数が少ないので、彼等の声を聴くのは非常に稀である。
「ん、なぁに?」
「この木で、盾……作れない?」
彼はこのパーティでタンクの役割を果たしている。
元々はアーヴィンさんが前衛のタンクを兼任で受け持っていたのだが、カインが加入してからはアーヴィンさんは攻撃一辺倒に専念できるようになった。
その影響でパーティ全体の攻撃力が底上げされ、非常に安定感が増しているのだ。
そんな役割を持つ彼にとってみれば、軽くて鉄より堅いこの木は、盾や鎧に使った方が有用である。
おそらく非常に軽く、頑丈な盾ができあがるだろう。
「……なるほど。ボクはアタッカーだから、その発想は無かった」
「でしょ? この子、口数は少ないけど、機転が利くのよ。意外と」
まるで息子を自慢するかのような口調でルイザさんが褒める。
カインはそれに顔を赤くしてうつむいてしまった。こういう反応は純真で可愛らしいな。
「うん、盾なら簡単に加工できそうだし、いい発想だね!」
ボクも手を伸ばしてカインの頭を撫でてあげる。軽い盾ならアリューシャも装備できるので、彼女の安全にも関わるのだ。
これはボクも一本取られたとしか言いようが無い。
忘れちゃダメなのだ。ボクが優先すべきは、なによりもアリューシャの安全である事を。
ならばノリで木刀を作るよりも先に、アリューシャ用の盾を作る事に発想を飛ばさなければならなかった。
タモンなどというバケモノを目にしたのだから、防御力は最優先課題である。これは反省しなければならない。
「そっか、カインに教えられちゃったな。盾か――早速センリさんに聞いてみます!」
盾と言う防具は木の板に取っ手を付けるだけでも一応効果はあるが、使い勝手を考えると形状やバランスなども考慮しないといけない。
これはボクが適当に作ってどうにかなるモノではないと判断したのだ。
アーヴィンさんに木刀を押し付け、ボクは店から飛び出していった。
せっかく食堂に行ったのに、食事も取らずに、である。
帰省中ですので、感想や私的などに反応できません。ご了承ください。