第百八十九話 番外編5 勝利のその後
ヴィーがドレイクから離れた時点で、戦いは始まっていた。
キーヤンもハウエルも積極的には攻めていかず、盾を構えて様子を見るようにしている。
ハウエルですら、ブレスを警戒してオーソドックスな片手剣と盾のスタイルで構えていた。
ハウエルはガイエルの修行の元、身体能力が大幅に向上している。
その筋力を活かして、両手剣から剣を二本構える、二刀流スタイルに変更していた。
だが今回の場合、二刀流は適切ではない。
ドレイクは範囲に広がるブレスを吐きかけてくるからだ。
広範囲に広がるブレスは、剣で受ける事も出来なければ、避ける事も難しい。
だが、ブレスである以上、息を吐き続ける事は出来ない。
最初の一撃を受け止め、それから近接戦に持ち込む。そういう算段だった。
ドレイクは当初の想定通り、距離を置いた状態から大きく息を吸い込み、ブレスを吐きかけてきた。
キーヤンはそのモーションの時間を正確に測りつつ、盾を構える。ハウエルもそれに続いて盾に身をひそめた。
鉄すら溶かしかねない吐息が襲い掛かり、インシルペルスの皮を張り付けた盾がそれを受け止める。
粗末な木を組み合わせただけの盾だが、熱風を抑え込むには充分な効果を発揮してくれた。
轟々と吹き荒れる熱風は、優に十秒も続き、やがて収まる。
そして満を持してキーヤンが懐に飛び込んでいく。その際ハウエルに声を掛けていた。
「三秒の十二秒!」
「判った!」
一拍置いてからハウエルも突進を開始。
キーヤンの言葉はブレスの準備時間と効果時間だ。
近接戦に置いて三秒も準備を取る攻撃は、致命的とも言える。懐に潜り込めば、おそらくは使えなくなるだろう。
キーヤンは頭を下げブレスを吐き終えた鼻っ面に、一撃を入れて擦れ違うように背後に回り込む。
ドレイクもキーヤンを追う様に首を巡らせるが、そこへタイミングをずらしたハウエルが襲い掛かってきたために、追撃を断念するしかなかった。
鼻を斬りつけられ、首を巡らせたところをハウエルに一撃受けてしまった。
この状況になってはドレイクは方向を転換する訳には行かない。
向きを変えれば正面に立つハウエルが首や足の側面を斬り、致命的な傷を受けてしまうと本能的に察したのだ。
故に背後に回ったキーヤンは尻尾で払う様にして対応する。
だが彼はこれを、らしくない程に華麗な身のこなしで往なし、逆に尻尾にダメージを与えていく。
正面に立つハウエルもまた、ドレイクにとっては厄介な相手だった。
盾を腰の後ろに保持し、本来の二刀流に変更して嵐のように斬撃を加えて来るのだ。
人間離れした膂力によって、魔力を纏わせていないにもかかわらず、その一撃は重い。
対して後ろのキーヤンは攻撃の瞬間だけ魔力を纏わせ、鋭い斬撃を縦横無尽に放ってくる。
しかし、キーヤン達もまた、ドレイクの分厚い皮膚や筋肉に刃を阻まれ、有効打を与えられていなかった。
やがてドレイクは理解する。
正面に立つハウエルは囮なのだ――と。
彼が正面に立ち続ける事で、【マギブレイド】を自在に使えるキーヤンがフリーになっているのだ。
狙うべきは後ろのキーヤン。だが、そのためには首を後ろに回さなければならない。
攻撃力に劣るとはいえ、ハウエルがそれを許すはずもない。
このままではじり貧に陥ると察し、ドレイクは賭けに出た。
大きく息を吸い込む事で、ブレスを使用する準備に入ったのだ。
その隙を見て、ハウエルもまた大技の準備に入る。彼の【マギブレイド・ツヴァイ】も準備時間が少なからず存在する。
それを見て、キーヤンは尻尾の付け根から背中に飛び乗った。背中ならばブレスの範囲には入らないと判断したのだ。
そしてドレイクのブレスが、ハウエルのそれより一瞬早く放たれた。
目標は正面のハウエル――ではなく、自分の足元。
地面に向けて放たれたブレスは土を、石を溶かし、小規模ながら溶岩地帯を生み出す。
火属性を持つドレイクならば、何の影響も受けない灼熱の地面。
だが、一歩でも足を踏み入れれば、人間の身体など一瞬で燃え尽きてしまう。攻撃にして防御地形を生み出したのだ。
これをハウエルは咄嗟に飛び退って躱した。
ハウエルはこれで距離を取らざるを得ない。後は背中に取付いているハエを叩き落とせば、ドレイクの勝利だ。
勝利を確信して咆哮を上げ、身体を転がしてキーヤンを振り落とそうとするドレイク。
だが、その身体が突如として、崩れ落ちた。
自分の身体が、まったく言う事を聞かなくなったのだ。
「アフリカの猛獣、知ってるか? 豹やチーターなんかはその数センチしかない牙で、犀や象などの巨大な生物を行動不能にする。背中に飛び乗り、そのすぐ下にある脊椎を牙で射抜くからだ」
背中の……脊椎に剣を突き立てたキーヤンが、誇らしげに自分の戦術を語る。
ドレイクにその言葉を理解する知性は無かったが、身動きできないが故にその言葉を聞き入ってしまった。
その一瞬の隙を突いてハウエルが突進する。
彼は腰に下げていた盾を溶岩地帯に投げ込む。火に耐性を持つ盾は燃え尽きる事無く、溶岩の中で浮かんでいた。
それを足場にして、一気にドレイクの顔面まで迫ったのだ。
【マギブレイド・ツヴァイ】を纏った双剣がドレイクの頭部に叩き込む。
身動きできないドレイクに、その双撃を躱す術はすでに無かった。
連撃で意識を刈り取られ、崩れるように沈みゆくドレイク。
同時に溶岩地帯に落ちかけていたハウエルを、キーヤンが剣の鞘で襟首を引っ掛けて釣り上げていた。
終わってみれば、一から十までキーヤン達の戦術の中で弄ばれていたドレイク。
完勝して見せた二人に、ヴィーは拍手してみせた。
「すっごい、すっごい! インシルペルスだけでなく、ドレイクも圧勝するなんて! 本当にお兄さん達強いねぇ」
「何時もガイエルなんて化け物と修行してるからな。これくらいなら楽勝だぞ」
「そういうわりに溶岩に落ちかけてたけどな。この手、離していいか?」
「やめろください」
猫のように襟首を掴まれてぶら下げられているハウエルが、変な言葉使いで懇願する。
彼の命はキーヤンによって繋がれているのだ。
「あ、でもこの子死んじゃったり――」
「してない、してない。こんな頑丈な生物がそう簡単に死ぬか。一番深い傷はおそらくキーヤンの脊椎損傷だな」
「それだってガイエルにお願いすれば治してもらえるだろ。そう思って無茶したんだし」
「あんだけブンブン飛び回ってた尻尾を避けながら、そこまで考えてたんだ? キーヤンお兄さん、意外にすごいんだね」
胸の前で両手を組みながら、尊敬の視線を送ってくるヴィー。
キーヤンは満更でもなさそうに胸を張って見せた。
「なんにせよ、これで一週間の休暇、ゲットだよな!」
「瀕死にまで追い込んでおいて、要求するのはそれか? まぁ、我の治癒力を当てにしたのは間違いではないがな」
そんな声と共に溶岩地帯を苦も無く渡ってくる一人の壮年の男。
言うまでも無く、ガイエルである。
「うぉっ、ガイエル!? い、いやでも、約束だぞ?」
「修行から逃げ出しておいて……と言いたい所だが、碌な武器も持たずにドレイクを倒したとなれば、認めねばならぬか。しかも死なぬように手加減する余裕まであったのだ」
「だろ? やったぜ、これで酒と女を楽しめる!」
「おい、ハウエル。そのセリフはどっかの盗賊みたいだからヤメロ」
ハウエルを窘めながらも、キーヤンの表情も緩んでいる。
彼にとっても数か月ぶりの休暇である。
しかも気絶では無い睡眠を取れる、貴重な機会だった。嬉しくないはずがない。
だがそこへ、更なる爆弾が投下された。しかも予想外の方向からだ。
「ねっ、ねっ、ガイエル様?」
「なんだ?」
「わたしもこの人たちと一緒に遊んでていい?」
「ハァ!?」
ヴィーのとんでもない提案に、キーヤン達は間抜けな悲鳴を上げた。
ようやく手に入れた休暇に、竜人族の少女がついて来ると言い出したのだ。
そんな真似をされたら、ただでさえ目立つ身の上なのに、さらに目立ってしまう。
しかも彼らはこれから、女性目当てのイカガワシイ場所でストレスやら何やらを発散しようとしているのだ。
そんな場所へ、見かけ少女な彼女を連れて行ける訳が無い。
「お前な……俺達が行く場所は大人しか行けないような場所なんだ。だからお前と一緒に遊ぶことはできないんだ」
「あ、だいじょーぶ! わたし、こう見えても百二十歳だから」
「我から見ればまだまだ子供じゃな。ヴィーヴルの基準からしても、人に直せば十と少し程度か」
「むー、ガイエル様! 人間だったらすでに成人してる歳ですよ!」
「成人どころか、老衰しとるわ!」
キーヤンがキレて怒鳴るが、ヴィーもガイエルも全く堪えた風に見えない。
むしろガイエルは興味津々と言った体で、キーヤンに尋ねてきた。
「我も同席してよいか? そういった娯楽はまだ試した事が無かったのだ」
「おい、ユミルに言いつけるぞ?」
「む、未来の嫁に対して不貞に当たる行為なのか? それならば考えざるを得ないな……」
額に手を当てて懊悩しながらも、軽くドレイクに触れて治癒魔法を発動させる。
その一瞬でドレイクの傷は見る見る塞がり、頭の傷も背中の傷も、尻尾のそれまでもが瞬時に癒された。
だが、知性の低いドレイクがこれほどの怪我を負わされて、大人しくしているはずもない。
身動きが取れるようになった瞬間、背中のキーヤンとハウエルを振り飛ばし、ガイエルに向かって一声吼えた。
「グルルルルルオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!」
「やかましい」
並みの生物ならば腰を抜かしかねないほどの威圧感を与える咆哮も、古竜王にとっては騒音でしかない。
一声怒鳴って、裏拳一発。
それだけでドレイクはゴロゴロと百メートルは殴り飛ばされてしまったのだ。
もちろん直撃を受けた下顎は砕けてしまって、もはやブレスを吐く事もできない。
「ヴィーよ。あのトカゲも我の庇護下に入れるのか? 少々躾が成っていないようだが」
「うーん、まだ飼って一週間程度ですから、教育が行き届いていないのは認めますぅ」
「ならばお前が責任持って躾けよ」
「えー、それじゃキーヤンお兄さんについて行けないじゃないですか。わたし惚れちゃいましたよ! だからわたしも一週間休暇ください」
「……種族繁栄の為なら仕方ないか」
「仕方なくねーよ!?」
全く想定外の方向からのラブコールに、キーヤンは血の涙を流して抗議する。
幸い、ドレイクから跳ね飛ばされた先は溶岩地帯の外だったので無傷で済んだが、手酷く腰を打って起き上がる事が出来ない。
「なんだよ、その予想外の告白は! 俺、彼女は人間がいいんだ。いや、エルフでもいい。むしろエルフの嫁をくれ!」
「エルフに化ける事も出来るよー?」
「化けるのは無しの方向で!」
頭を抱えて悶えるキーヤンの肩を、ハウエルがニヤニヤしながら叩く。
「よかったな。念願の嫁だぞ。喜べ」
「人ですらねーだろう!」
「わたし、がんばってたくさん卵産むね?」
「卵生だったし!」
頭を抱えて絶叫するキーヤン。
そんな騒々しい若手を見て、ガイエルはしみじみと呟いた。
「若いってええのぅ。我も早くユミルを嫁にしたい」
キーヤンとハウエルの日常は、こうして過ぎていくのだった。
なお殴り飛ばされたドレイクは、いまだ放置されたままである。
キーヤン、念願の嫁を手に入れるの章でした。
この後はポンコツ魔神の方の連載に移りますが、その前に少し休みを入れます。
向こうの連載再開は24日頃を予定しています。