第百八十八話 番外編4 誘導
「すごいすごい! 本当に強かったの!」
感極まったようにヴィーはキーヤンの腰元に飛びついた。
その素直な感動と好意の表明に、キーヤンは少なからず気分が良くなる。
彼のこれまでの人生、女性にモテた事はあまりないし、この世界で名声を得てからは下心のある好意しか受けた事が無かったからだ。
下心無しに近付いてきた女と言えば、ユミル達くらいしか思いつかない悲しい人生である。
「そ、そうか? これくらいなら、別に……」
「でも二人ともちょっと違う技だったの?」
「あー、あれな」
キーヤンの後を継いでハウエルが説明する。
説明しながらもインシルペルスの皮を剥ぎ取っていた。この皮は火属性の耐性を持つ防具の素材になるので、良い値が付くのだ。
「キースの……ああ、こっちの方はもういいか。その前に一つ訂正して置くぞ。コイツの名前はキースじゃなくてキーヤンだったんだ」
「キーヤン? 偽名だったの?」
「ああ、あの場では人が多すぎたからな。俺の名前もハウザーでは無くハウエル」
「ふぅん?」
ハウエルの暴露にヴィーは興味なさそうに頷いていた。
ハウエルはそんなヴィーを軽く一瞥してから続ける。
「俺とこいつの技は、そのチャージ時間が大きく違うんだ。こいつは一刀しか魔力を纏わせられない代わりに、ほとんど瞬間的に技を行使できる。対して俺はほんの数秒だが時間が掛かる。これは二本同時に魔力を纏わせてるからだな」
「へぇ、よくわかんないけど、凄いんだね!」
「よく判んないのに、褒めんなよ……」
ハウエルはがっくりと肩を落としながらも皮を剥ぐ。
その作業にようやくキーヤンも気付いたのか、それを手伝いに掛かった。
「すまん、俺もやろう」
「いいぜ? そっちで幼女とイチャついててくれても」
「むぅ、幼女と違うモン!」
「俺はできれば、もう少し背の高い方が好み――いだだだ!?」
しゃがみこんで作業するキーヤンの頬を、ヴィーが容赦なくつねり上げる。
レディを前にその外見を否定するなど、やってはいけない行為だったのだ。
「だがここでインシルペルスに出会ったのは、想定外の幸運だったよな」
「ああ、これでブレス対策が取れる。盾の表面にでも張り付けておけば、正面から受け止める事ができるだろう」
ドレイクのブレスもまた火属性。インシルペルスの皮を防具に使えば、その効果を半減――いや、無効に近いほど軽減できるのだ。
だが疑問点も残る。本来インシルペルスは火山性の高山に住むモンスターだ。
このような森のそばでは本来出没しない。そのブレスが、山林火災を招くからである。
キーヤンはその辺りに首を傾げながらも皮を加工していく。
木の板を適当に作り、取っ手を取り付け、表面に皮を張り付ける。
それだけで簡易の対ブレス用防具の完成である。
ブレスは吐息と言うだけあって、物理的なダメージは少ない。ダメージのほとんどがその高温による物だから、この程度の防具でも有効に利用できる。
逆に物理的な攻撃には、ほとんど効果が無いのが難点でもある。
こうして対ドレイク用の防具を用意しつつ、目的の集落へ急いだのだった。
夜が明けるまで再度一休みしてから、午前中を移動に費やした。
ヴィーの足に合わせると到着が夜になってしまうので、彼女はキーヤンが背負って移動する事にする。
キーヤンはハウエルに押し付けようとしたが、なぜかヴィーもハウエルもそれを拒否した。
二人の相性はあまり良くないらしい。
その集落は山の麓にへばりつくように存在していた。
麓に広がる森に、半ば侵食されるような形で十数軒の木造の家が隣接している。
それらを囲う様に取り巻く柵はこの地方でも珍しい。よほど頻繁にモンスターの襲撃がある事が窺えた。
そんな集落に到着して、キーヤンがヴィーを降ろす。
だがその集落では、すでに人の姿が見えなくなっていたのだ。
「すでに避難した後……か?」
ハウエルが建物を一つ一つ確認しながら、そう呟いた。
すでに数日は経過しているのか、屋内に人の気配はない。僅かにだが埃も溜まりつつあった。
「おい、ハウエル――なんだかおかしぞ?」
そこで表からキーヤンが呼び掛けてくる。
彼もまた、別の家屋を探索していたはずだった。
キーヤンと合流して、異常を報告してもらう。
「なんだ?」
「この家屋、確かに崩れているんだが……燃えている家が一軒も無い」
その報告を聞いて、ハウエルは改めて集落の様子を調べる。
崩落している家屋は多いが、確かに火災による破壊の後は存在しないのだ。
「一軒二軒程度なら尻尾で破壊とかあるかもしれんが、すべてそうと言うのはあり得ないな」
「だろ。ドレイクならメインの攻撃手段はブレスのはずだ。それなのに、使用した形跡が全くない」
「屋内の方も数日……下手したら一週間程度は人がいた形跡はない。少し、間が開きすぎている気がしないか?」
ドレイクにとって人間は餌も同然である。
それが存在する集落に、一週間以上間をおいて居座るなんて言う事態は、聞いた事が無い。
通常ならばもっと頻繁に襲来して、酸鼻極まる惨劇が巻き起こっているはずなのだ。
「状況が掴めない。どうにも胡散臭いな……なぁ、ヴィー、この村――ヴィー?」
そこでようやくハウエルは気付いたのだ。あの騒々しい少女の姿が存在しない事に。
「キーヤン! ヴィーは?」
「ん? さっきまで俺の後ろに……あれ?」
キーヤンの後ろについて回っていると言うヴィーの姿が無い。
いや、彼女がキーヤンにすら気付かれる事なく、姿を消したという方が正しいのだろうか?
「あのガキ、なんか妙だと思ってたら……俺達、誘い出されたか?」
「一体誰にだよ。俺達を誘い出して得する奴なんて……………………結構いるな」
「お前、どれだけ後ろ暗いことしてきたんだよ」
落ち込み、地面に両手を付くキーヤンにハウエルが呆れた声を上げた。
彼はガイエルの修行をハウエルより早く受けている。
その間、彼に絡んできた一般人を追い払うなどのトラブルは日常茶飯事だったのだ。むしろガイエルが、喜んでその事件を誘発させていた。
「他にも、近くの村ではゴロツキを殴り飛ばしたし、大きな事件ではモリアスで暴れたりしたし、そういや竜退治の金も持ち歩いているか」
「狙われる理由てんこ盛りじゃねぇか」
「最近では俺を貴族に迎えたいって連中まで出てきてな」
「勘弁してくれ、そんなのお家騒動に発展するに決まってんだろ!?」
「名声ってのは、そういう物なんだよ……」
この世界にきて偶然名声を得てから、キーヤンの生活はトラブル続きである。
ドラゴンが襲来すれば討伐を依頼されて逃げ出し、明らかに下心がありそうな貴族に娘を紹介され、腕自慢のゴロツキや冒険者に絡まれる。
極め付けがユミルによる厄介事の巻き添えである。
静かに暮らしたいと願っても、向こうがそれを許してくれないのだ。
「と、とにかく! 俺がウッカリしたせいではぐれただけって可能性も、少しは有る。手分けして探そう。何か目論見があるのなら、向こうから姿を現すはずだし」
「お前、妙なところでドジだからな」
「うるせーよ!」
「ドジッ子が許されるのは女だけだぞ」
「ダマレ!」
ハウエルにからかわれてキーヤンはすでに涙目である。
現代日本から来て数年しかたっていない彼は、この世界でもドジを踏む事が多い。
そこはすでに七年を経過しているユミルとは違う点である。
「まぁいい。だが手分けするんは俺は反対だな。もし意図して姿を消したのだとすれば、これから起こるのは厄介事だ。戦力は集中させておいた方がいい」
「ああ、なるほど。それもそうだな」
「って訳でまず村の外縁部からしらみつぶしに探していくぞ、ついて来い」
「お、おう?」
すでに先輩の威厳は欠片も無い。
キーヤンはすごすごとハウエルの後をついて行ったのだった。
村の外輪部まで戻って来てしばらく経った頃。
日も傾き始めた時間帯になって、ようやく状況に変化が現れた。
それはキーヤンたちが望んでいた物であり、そうでない物だった。
「地面が……揺れてる?」
「ん、そうか?」
「これだけ揺れてたら気付くだろう!?」
地震大国出身のキーヤンは、多少の揺れには気付かなかった。
だが地殻の安定したこの世界出身のハウエルは、そういう変化には非常に敏感だったのだ。
「定期的に途切れてリズムを刻むような揺れ……どうやらお出ましのようだな」
「ドレイク、か」
「ああ!」
ハウエルの言葉に答えるかのように、森を踏み潰し、岩を踏み砕き、巨大なトカゲが姿を現した。いや、その姿はイグアナの方が近いだろうか?
赤茶けた肌は岩とも見紛うばかりの頑強さを誇り、口から鉄すら溶かす高温を吐き出す亜竜――ドレイクだ。
だが、その上に見慣れた姿が存在しているのを見て、キーヤンの顎が落ちる。
ドレイクの頭の上にはヴィーの姿があったのだ。
しかも背には蝙蝠のような翼が生えていて、頭には鋭い角まで存在する。
「お前――!」
「やー、キーヤンお兄さん。騙してゴメンね? わたし、ここに誘い出すのがお仕事だったから」
怒りを露わにしたキーヤンに対し、今までと変わらぬ調子でヴィーが応える。
だがハウエルは冷静に対処していた。
「お仕事って事は誰かに雇われたって事か?」
「ん? ハウエルさんはわたしの事疑ってたみたいだけど、ひょっとして気付いてた?」
「ああ、この近隣でキーヤンの名に反応しない奴は居ねぇよ。それにインシルペルスもお前が場を外した後に襲い掛かってきたし、ドレイクが襲来したってわりには村を囲う柵が壊れてなかった」
「あちゃー、そこでバレちゃったか」
大仰な仕草で額を叩いて見せるヴィー。
そんな彼女にハウエルは剣を向ける。
「ここの住人はどうした? テメェが殺したのか」
「いやいやいや! わたし、そんな残酷な事しませんよ。ここは元々廃村ですし。半月ほど前にこの子が住み着いちゃったせいで棄てられたんですよ」
「この子……そのドレイクか?」
「いえす!」
ビシリとお気楽な親指を立てるサインを返してくるヴィー。
キーヤンとハウエルはやる気がことごとく朽ちていくのを感じた。
「で、誰に雇われたんだ? そもそもお前は何だ?」
「わたしは竜人族っスよ? だからガイエル様には逆らえないのー」
その言葉に、彼らは完全に脱力した。
すでに古竜王に捕捉された挙句、こんな猿芝居まで仕込まれていたのだ。
「町に入って組合に向かったのはほぼ同時。ということは、川を下っていく最中には、すでに発見されていたのか」
「そっスねー。さすがガイエル様、容赦ない」
「休暇は……もう終わりか」
がっくりと肩を落として無念を表明するキーヤンに、ヴィーは取りなすように言葉を掛けた。
「あっ、あっ、そんなに残念がる事ないよ? ガイエル様はこの子を倒せたら、お休みを一週間あげるって言ってたもの」
「一週間!?」
二人は降って沸いた休暇のチャンスに、大いに盛り上がった。
その殺気に、ドレイクが一歩後退る。
ついでにヴィーも仰け反っていた。
「あの、できればこの子は可哀想だから、殺さないでほしいなーとか。ほら、ガイエル様に預ければ人里から離れて暮らせるし?」
「つまり、そいつを殺さずにぶちのめせばいいんだな? よしやろう。すぐやろう!」
「キーヤンお兄さん、目が怖い。それとガイエル様が『キーヤンは『嫁』の使用禁止』って言ってたよ。『嫁』ってなぁに?」
「子供は知らなくて構いません!」
カクンと小首を傾げるヴィー。その姿は子供そのものだった。どうやら本当に判らないらしい。
だが、二人としてはそれどころではない。ここで気張るかどうかで、今後の休暇が大きく変わるのだ。
一週間と言えば二人にとって、年に一度の長期休暇に等しい。それが掛かっているとなれば、気合も入ろうという物である。
こうして二人の、無駄に手の込んだ期末試験が始まったのだった。
バレバレでしたね!