第百八十四話 示威行動
「君はこの世界の経済システムに不満を抱いた事はないか?」
腰を掛けていた岩の上に立ち上がり、両手を広げてそう主張するタモン。
「冒険者組合は力を持ち過ぎた。一極集中した権力は物価を自在に操作して、いざと言う時に必要なモノが手に入らない。そういう経験をした事はないか?」
その言葉を聞いて、ボクはアンブロシアの事が脳裏に浮かんだ。あの時、アリューシャが病気にかかった時、もっと安くもっと多くの量が備蓄されていたら。そんな事を考えてしまう。
あれからアンブロシアは製法が判明し、タルハンでも製造できるようになった。
その分、量の確保はできるようになったが、値段はまだそれほど下がっていない。
「それは……でも組合のせいって訳じゃない、はず」
アンブロシアの場合、圧倒的に普及量が少ないのだ。
いや、あの薬だけじゃない。他の薬だってこの世界じゃ普及しているとは言えない。この世界では傷を治すヒールポーションばかりが製造され、緊急時の特効薬の類は後回しにされているのだ。
「確かに組合のせいだけじゃないかも知れない。だがあの組織が物価の基準を作り上げ操作している事は事実だ」
悲しそうな――いや、苦しそうな表情でタモンはそう告げる。
「今、組合の庇護下にある君に、組合の罪状を突き付けても認める訳には行かないだろうけど……ボクはいつか、組合の富の一極集中を止めて見せるよ」
「ですがケンネルはもはや虫の息です。あの国はいずれ分裂し、周辺国に食い荒らされる……そう予想されている。あなたにそんな事は出来ないでしょう?」
ケンネルは組合に敵対した事により、急激にその国力を落としている。
その国の庇護下にあるタモンが、『組合を追い落とす組織を作り上げる』という目的を果たす事は不可能に近い。
「まぁ、ケンネルの力ではもはや不可能かもしれないね。だがケンネルは無力化してもボクはまだ力を残している」
その言葉に、彼が転移者だった事実を思い出す。
彼も何らかの力を持っている。それがキシンのように、軍勢を召喚する能力ならば、単独でも状況をひっくり返す事は可能だ。
彼の能力は破壊に秀でた能力だと聞いていたけど……
「いきなりそんな事を言われても、急に信じる事は出来ないだろうね」
「それは当然」
「だから今回は君の勧誘を兼ねて、ボクの力の一端を見せてあげようと思ったんだ。もちろん君達を害しようとは思ってないけど……今一つ制御が苦手でね。死なないでよ?」
そう言って軽く手を振り上げるタモン。それと同時にズンと腹に響く爆音が轟いた。
続いてヒュルヒュルと言う花火を打ち上げた時のような音。
その音にボクは最大限の危険を感じた。
「アリューシャ、防御! 全力で!」
「大丈夫、直撃はないよ。まぁ、君なら死にはしないでしょ。」
「ザック達はこっちへ!」
余裕ぶったタモンの声。直後、ボク達の周囲の砂浜が凄まじい爆発を起こした。
ボクなら死なない。つまりボク以外は保障の範囲外と言う事だ。
タモンに攻撃の動きはなかった。これは彼以外の物からの攻撃だ。おそらくは――ボクの索敵範囲を超える場所からの――超長距離攻撃。
センリさんがザック達を抱き寄せ、ライフルを構える。
一歩遅れてアリューシャが結界の防御魔法を掛けた。
周囲で弾け散った岩や砂礫がバチバチと結界に当たり、その爆発の激しさを物語る。
アリューシャの結界魔術【ディフェンシブスフィア】は個人防御としては非常に使い勝手のいい物で、一定回数攻撃を受けるか、結界の防御力を超えたダメージを受けるまで、その効果を発揮し続ける。
しかもダメージを三割カットする【ディバインアーマー】と違って、パーティメンバー全員に一気に掛ける事ができるのだ。
その結界魔法が、たった一発で消し飛んだ。
周囲の爆発はたった三回。
その度にアリューシャが立て続けに防御魔法をかけ、攻撃に備える。
彼女が【ディバインアーマー】よりこちらを選んだのは、おそらくザック達の事を考えたからだ。抜けてくる七割のダメージでもザック達には致命傷になる。そう判断したのだろう。
そして、その判断は正しかった。
周囲の爆散具合からして、ボク達ならともかく、ザック達ならば掠っただけで血の華を咲かせるほどの破壊の嵐。
アリューシャの防御魔法がなければ、彼らは生き延びる事が出来なかっただろう。
ボクだって、爆風に耐えるだけで精いっぱいで、身動き一つ取れない。
「直撃じゃないのに――この威力……!」
キシンをして、破壊に特化した能力と言わしめただけはある。
三度の破壊の嵐が収まり、巻き上がった土煙がようやく晴れて視界が確保されたときには、すでにタモンの姿は存在していなかった。
「これで自分の攻撃に巻き込まれて消し飛んだんなら、笑い話になるんだけど……」
「残念ながら、そんな愉快な死に方はしてくれそうにないわね」
センリさんが頭にかぶった砂を払いながら、ライフルを構えていた。
いつもは頼りになる武器なんだけど、視界の外から攻撃を仕掛けてくる相手にはまるで敵う気がしない。
「ユミルお姉ちゃん、もういい?」
「え……うん。多分もう大丈夫じゃないかな?」
アリューシャは四度目の結界魔術を展開しながら、そう聞いてきた。
彼女の顔には、何時にない疲労の色が浮かんでいる。【ディフェンシブスフィア】は消費も激しく、技後硬直も大きい魔法だ。
それを減少させるため、アリューシャはディレイを減少させる装備に付け替えていた。
魔法を展開しながら装備を付け替えたのだ。操作手順がボクより単純なインベントリーを持つアリューシャだからできた芸当だろう。
その判断が無ければ、防御が間に合わずにザック達は死んでいたかもしれない。
「ユミルさん……今のは……?」
「なによ……あれ……」
ザックとルカが、呆然とした声を上げる。
ティルクに到っては、いまだ自失状態から回復していない。
先ほどから続いた攻撃が何だったのか、まったく理解できなかったのだろう。ボクだって攻撃の本質を理解した訳じゃない。
だけど単独で砦一つ崩壊させたという噂は、どうやら真実だと言う事は理解した。
「あれは……ケンネルの切り札ですよ。最後の」
「あんな、バケモノが敵なんですか?」
「キシンも大概だったけど、あれはもう一つ二つ桁が上だね」
軍勢を召喚するキシンは状況さえ整えば驚異の能力を持っていたと言える。
愚かにも迷宮内に陣を敷いて、その有利さを捨ててしまわなければ、ボクだって苦労しただろう。
だけどタモンの攻撃力は、そういう問題をはるかに上回る。
ボクはすっかり地形の変わってしまった周囲を見回し、溜息を吐く。
「せめて能力だけでも理解できれば、対処法くらいあったかもしれないんだけどね」
「それなんだけど……爆発の前に爆音が響いてたでしょ。あれってひょっとして砲撃じゃないかな?」
センリさんの意見に、ボクはいくつかの情報を思い出す。
爆音の後になっていたヒュルヒュルと言う音。タモンが限定的な状況でしか力を発揮できないという話。大雑把な破壊しかできないという話もあったか?
「砲撃……大砲でも設置する能力なんでしょうか?」
「そういうシミュレーションゲームが無い訳じゃないけど。大口径の砲で攻撃されたとしか思えないもの。こんなんじゃ相手にならないわよね」
手に持ったアサルトライフルをひらひらと振って見せるセンリさん。
確かに兵器相手に個人携行用の武器では相手にならないだろう。
「なんにせよ、これはヒルさんに連絡しないといけないですね……それもできるだけ早く」
「そうね、となるとパワーレベリングは一旦お休みになるかしら?」
「そうですね。タモンの能力、ケンネルの動向、すぐにでも連絡しないと」
「じゃあ、門を開く?」
ザック達がいる手前、【ポータルゲート】の存在はなるだけ伏せておきたい。だが状況は一刻を争うかもしれない。
それを配慮して、アリューシャは【ポータルゲート】ではなく、『ゲート』とだけ発言したのだ。
これならば使用しない限りはザック達に勘付かれない。だが知られる事を恐れて、手遅れになる事だけは避けたい。
「ザック、それに他の二人も。今から使う魔法は結構機密事項だから、話しちゃダメだよ?」
「え、なんです?」
「これはヒルさんやヤージュさん、それにレグルさんも知ってる事だけど、その秘密を他所に漏らしたら……組合から暗殺者が向かうからね?」
「ちょ、脅かさないでくださいよ」
「下手をしたら、その暗殺者――ボクになるかも」
「ゲェ!?」
とにかく脅すだけ脅して口封じはしておく。
それからアリューシャに【ポータルゲート】開いてもらい、即座に自宅へと戻ったのだった。
ザック達はひとまず宿に戻らせ、今日の所は休んでおくように言っておく。
迷宮でのことは緘口令を敷き、決して口外しないように念を押しておいた。
ボク達はザック達と別れ、組合の事務所に向かう。正直言ってセンリさんかアリューシャをザック達の監視に置いておきたかったくらいだけど、見た物を分析する頭は少しでも欲しいのだ。
組合事務所に駆け込み、カウンターの奥で事務仕事をしていたヒルさんの首根っこを掴んで連行する。
「すみません、少しこの人借ります!」
「え、ちょ、ユミルちゃん!?」
「なんですか、いきなり! 離し――ぐぇ」
そのまま奥の個室に連れ込んで、椅子の上にヒルさんを投げ出した。センリさんは扉をがっちりと施錠している。
「一体何なんですか!」
「ヒルさん、ケンネルがまた動きました」
「え……? 今、なんと?」
「先ほど、迷宮四層で最後の召喚者と思われるタモンと遭遇しました」
「なんですって!?」
驚愕に目を見開くヒルさんを他所に、ボク達は迷宮で起こった出来事を逐一報告した。
特にタモンの攻撃力については念入りに。
「それほどまで、ですか……?」
「ええ、局地的な破壊力なら、おそらくはボク以上です」
「ユミルさんも地形が変わるほどの攻撃は使えるんでしょう?」
確かにリンちゃんと力を合わせれば、【ドラゴンブレス】で山の天辺を削るくらいの事はできる。
だがタモンは、それとほぼ同等の攻撃を三回、連続して放って来たのだ。
「下手したら、もっと続けて攻撃できるかもしれません」
「砦を吹き飛ばしたという話は嘘ではなかったと……そんな相手にどう防衛すればいいんだか」
絶望したように言葉を漏らすヒルさん。
確かにあの攻撃の前には、村を守る防塁なんて紙切れ同然である。
「むしろ、彼がなぜ最初に出てこなかったかの方が謎ですよ。村を落とすにはキシンより向いている気がする」
「いや、逆に彼の能力がそこまでの威力を持つのなら、迷宮ごと吹き飛ばしてしまった可能性も有ったでしょう。むしろそんな彼が出てきた事自体、ケンネルの状況は切羽詰まっていると推測されます」
「つまり、連中がまた侵攻してくる可能性が高いと?」
「恐らくは……と言いたい所ですが、それだったらなぜユミルさんと直接顔を合わせたのかという謎もありますね。不意を突いた方がよっぽど有効です」
「ボク達を引き抜くつもりだとは言ってましたけど。後ヒルさんも欲しいって」
「遠慮願いたい所ですねぇ」
今回のタモンのアプローチに具体的な行動指針はほとんど無い。
ボク達とヒルさんを引き抜きたいという意思表示だけしかしていないのだ。後は組合の対抗組織を作るという宣言くらいか?
これだけの情報では正直言って動きようがない。ちょっかいを出してきたのは確かだが、それはあくまでボクへの牽制であって、それだって殺意があった訳ではなさそうだ。現に彼への危険感知は発生していない。
ザック達は生命の危機に陥っていたが、それは完全にタモンの眼中に無かったからでもある。
結局、ボク達はこの情報をタルハンに流し、西方の警戒レベルを上げるしか対処する手段が無かったのだ。
タモンがユミルの警戒網に反応しなかったのは、彼が一般人よりマシ程度の身体能力しかなく、殺意も無く(今回の砲撃はあくまで示威行動ですので)、直接攻撃する役がユミルの探知範囲外に配置されていたから、という設定です。
少し区切りが悪い気もしますが、今章はここで終了になります。
次からは5話ほどキーヤン主軸の番外編を書いてみます。