第百八十二話 迷宮管理者の趣味によるモンスターの傾向と対策
翌日、ボク達はザック達と一緒に剣の稽古をしていた。
大型アミューズメントパーク計画についてはヒルさんとアルドさんに投げっ放しにしておく。ボクは開発者じゃないので、ネタを提供するだけなのだ。
普通に暮らせるだけの収益はすでにあるので、他者の功績まで自分で持っていく必要はない。
「さて、今日の予定だけど……まずはどれだけ自分の能力を把握できているかの確認だね。それが順調な様だったら午後から迷宮に行ってみよう」
「はい!」
相変わらずザックは返事だけは良い。
今日はアーヴィンさんはパーティで迷宮に潜っているので、こちらには来ていない。
今日ボク達がやらねばならない作業は、彼らの能力の……言わば習熟訓練である。
急激に上がった身体能力を、いかに自分のモノにできているかの確認作業だ。
アリューシャが剣を抜き、ザックの前に立ちはだかる。
「って、何でアリューシャが喜々として前に出てるの!」
「えー、わたしも剣で暴れ――ゲフンゲフン、剣でカッコよく戦いたいの」
「今暴れたいって言わなかった?」
「きっと気のせい」
まぁ、彼女は元々、ボクみたいに戦いたいと言って剣を覚えていたので、今のザックの相手にはちょうどいいかもしれないけど。
「……いっか。じゃあ、ある程度は手加減してあげてね? あくまでも彼らの『慣れ』を確認するのが目的」
「はぁい」
「む、僕も後衛の人に負けるほど甘くないですよ!」
「アリューシャも、新人に負けるほど甘くないんだよ?」
勢い込むザックに、軽く手を振って答えておく。先日のアリューシャの動きは見ているはずなのに、なかなか自信過剰だ。
ひょっとして、今度は天狗状態になってるのかもしれないな?
「それじゃ、始めー」
「やぁ!」
「くっ!?」
ボクの気の抜けた合図に反応して、アリューシャが駆け出していく。この反応の速さは、ザック達では到達できない反応速度だ。
あっという間に間合いを詰め、低い角度から放たれる牽制の一撃を、ザックはかろうじて盾で受け止めた。
「ほう、視覚と運動能力はきちんと連動してるね」
意表を突いた反射的な攻撃に、防御がスムーズに連動している。これは充分身体を慣らした結果だと言えよう。
いつもならここから畳みかけていくアリューシャだが、今回はここで一旦手を休め、相手の攻撃を待つ。
わざと身体を少し流して隙を作り、ザックの攻撃を誘っている。
「わっ、とと――」
「隙あり!」
「アリューシャも、なかなかあ・ざ・と・い・なぁ……」
今までは単に剣で戦いたいという欲求任せに試合していた事が多かったが、今回は仕合う目的を忘れていない。それだけ心の余裕をもって挑んでいると言う事だ。
変なところでアリューシャの成長を確認してしまった。
ザックはアリューシャが意図的に作った隙に……わざとなのかどうかは判らないが、その誘いに乗っていく。
アリューシャの流れた身体とは逆に大きく一歩を踏み込んですれ違い、半ば背後に回り込むような形で剣を振り下ろす。
これをアリューシャは刃を背負うような形で受け止めた。
その後も十分程度、二人は激しく切り合った。
今までならば三分もあれば息が上がるはずの長時間の試合なのに、ザックは息も切らさずこなしていく。
もちろんアリューシャだって全力ではないのだが、これだけの時間を集中力を切らさず戦えるのは充分な成果と言えよう。
「はい、そこまでー」
十分という目途を超えた所でボクは試合を止めておく。
ザックの息は少し乱れる程度だったが、その持久力の上昇は存分に確認できた。これだけあれば迷宮のタフなモンスターにも粘り負けする事もないだろう。
「本気じゃなかったとは言え、アリューシャにここまで付いて行けるのなら充分だね」
「え……本気じゃないって……僕は結構本気だったんですけど?」
「ボク達の戦闘力を甘く見ない事。アリューシャが本気だったら今の君でも10秒持たないよ?」
「はは、まさか……そんな……」
「ちなみに個人戦闘に秀でたボクだったら、最初の一合すら防げなかっただろうね。時間にして一秒未満」
「マジで?」
「マジで」
口で言った所で理解はできないだろう。なのでボクは、彼の目の瞬きの隙を突き、間合いを詰めて剣を突き付けてあげた。
ボッという突風が吹き抜けた時には眼前に剣が存在している。すでに一般人の反射神経で追いつける領域ではない。
彼はその動きにまったく反応できず、目を白黒させて硬直している。
「ね?」
「……は、はい」
喘ぐ様に言葉を漏らすザック。ボクと彼の距離は五メートル程度は離れていたはずなのに今は目の前にいる。
さながら瞬間移動を目の当たりにした気分のはずだ。
「ま、見ての通り、君達は充分強くなったとはいえ、強者から見ればまだ未熟なんだ。これで油断しちゃいけない」
「判りました!」
喉元に剣を突き付けられているというのに、ザックは直立不動の姿勢を取った。気を付けろ、危うく喉に刺さる所だったじゃないか。
「うわっと。とにかくザックは合格。じゃあ次行こうか」
ボクが次を促すと、ティルクが鼻息荒く前に出て来る。
彼も大きく力を伸ばしているので、試してみたくて仕方がないのだ。
こうしてボク達は、午前中を修練に費やしたのだった。
なお、ザック達の試験の結果は全員合格。午後からは迷宮での実践を再開する事にしたのである。
午後からはパワーレベリングの後半に入る。
たった二日、休暇を入れて三日程度で迷宮三層の密林地帯へ足を運ぶのだ。これはパワーレベリング作戦は成功と言っても申し分ないはず。
この迷宮は難易度が高い分、得られる経験値も多い。最初は厳しいけど二層、三層を突破する頃には一人前の戦闘能力を持つ冒険者に仕立て上がっているのである。
彼らも最初の難関である四層を自力で突破できるようになれば、後は自分たちの力で安定的に成長していけるだろう。
「という訳で三層は密林地帯。ここは今まで迷宮の陰とかから奇襲してきたモンスターと違い、上下左右どこからでも敵が襲い掛かってくる。それを防ぐためには――」
「敵の接近を見逃さない事。つまり斥候役の偵察力が問われるフロアって事ですね」
ティルクがボクの言葉を継いで、この階層の本質を突く。
熊、猪、蛇、鳥、そして虎や豹と言った猛獣達。正面から力尽くで突破してくるモンスターもいれば、虎や豹のように木の陰や頭上から奇襲してくる敵もいる。
それを偵察役が見逃せば、後衛を巻き込んだ乱戦状態に持ち込まれ、一気にパーティ壊滅の危険も出て来るのだ。
二層での経験を活かした上で、より慎重な行動を要求するフロアである。
「さらに言うと、敵の体力が二層よりもはるかに高い。慣れないうちは戦闘が長期戦になる事も多いし、体力負けして撤退する羽目になるパーティも多い。体力配分は大事だよ」
一層は素早いが体力は少ない突撃鳥と影狼。二層は痛みを感じないトレントにスライム。
そして三層は冒険者よりも体力の高いモンスターが出て来る。
つまり、ここから格上との戦闘に入っていくのだ。
「人間はどう足掻いたって、モンスターの体力には勝てないわ。まぁ、ユミルみたいな例外はいるけどね。その上で効率よく敵にダメージを与え、逆に敵からのダメージは最小限に抑える。そういうペース配分が要求されてくるのよ」
センリさんが補足してくれるのはいいけど……なんだかボクが微妙にバケモノ扱いされてる?
「ほら、こうやって話をしている間にも――」
「ひゃぅ!?」
説明しながら発砲。
センリさんの放った銃弾はルカの顔のすぐ横を撃ち抜いた。
そこには枝から垂れ下がって彼女を背後から襲おうとしていた、大蛇の姿があったのだ。
頭部を容赦なく撃ち砕かれ、ドサリと地面に落ちてくる。その全長は五メートルくらいもある大物だった。
「こ、こんな大きな蛇がそばにいて気付かなかったなんて……」
「これがこの階層の怖いところだね。わたしは気付いてたけどー」
「気付いてたんなら教えてよ、アリューシャさん!?」
「なにごとも経験なのだ」
索敵の感知範囲は知力によって広がる。このメンツで最もそれが広いのはボクだ。そしてその次に広いのが後衛専門職のアリューシャである。
センリさんが気付いたのなら、彼女が気付かない訳が無い。
それはさておき、ドヤ顔を決めるアリューシャが可愛くてツライ。
腰に手を当て、胸を反らせ、目を閉じて鼻息荒く力一杯ドヤっているのだ。萌えないはずがない。
「なお、この階層で今のユミルみたいに蕩けた顔をしていると……」
「うぉっ! なにこれ、ローパー!? 触手が! 触手がエロティックな感じにー!?」
「と、こうなるわよ」
「ユミルお姉ちゃん、えろーい」
うっかり背後からの敵の接近に気付かず、ローパーの触手に絡め捕られてしまった。
なぜか亀甲な感じに縛り上げられ、腕の動きを封じられる。
「アリューシャ見てないで助けて!」
「え? ……ゴメン、もうちょっと見てたい」
「なんで!?」
本来ローパーはエロいモンスターではない。触手で動きを封じてそのまま口の中にポイする捕食生物である。
まぁ、薄い本では大活躍していたが、基本健全なモンスターなのだ。
「この怪しい行動は……トラキチの指示か!」
「トラキチおじさん、えろーい」
「最近幼女を侍らせてるし、本気で討伐した方が言いかもね、彼」
「あ、なに前屈みになってるのよ、ザック、ティルク!」
「いや、これは不可抗力で……」
捕まっているのがボクだからか、誰も心配してくれない。というか、誰も助けようとしてくれない。
アリューシャに到っては変な性癖に目覚めてそうで、まったく期待できない。
仕方ないので、ボクは力を振り絞って触手を引き千切る。あれから転職は重ねていないが、能力は順調に伸びているのだ。
筋力、敏捷値は三百を大きく超え、知力値に到っては五百の大台も見えてきている。この程度の触手を引き千切ることなど、多少体勢が悪くても可能である。
腕が一本自由になれば、後は簡単に始末できる。
腰の剣を引き抜き、ザクザクと触手を斬り飛ばし、本体まで刻む。瞬く間にローパーは力尽きて、くったりと地に倒れ伏したのである。
「ハァ……ハァ……」
「ユミルお姉ちゃん、お疲れさまー」
「アリューシャ、ちょっとお説教ね?」
「えー、なんでぇ」
「本気で不思議そうな顔してるし! センリさんも見捨てるなんてヒドイじゃないですか!」
「いや、薄い本みたいな光景が目の前に現れたから、つい……膜に危険にあれば助けるつもりはあったわよ?」
「当たり前です! っていうか、命の危険は!?」
ローパーはボク達のパーティに亀裂を生み、ザックとティルクの評価を下げるだけ下げて退場したのである。オソロシイ敵だった……チクショウ、金取るぞ!
三層の攻略は落ち着いて進めればそれほど危ない物ではない。敵の奇襲さえ防げば、後は持久戦への対処だけである。
これに関しては二層までにしっかりと仕込んでおいたので、ザック達だけでもそれなりに対処できたのだ。パワーレベリングは何よりも体力勝負なのだから。
ざっくりと探索を終えて四層への階段を見つけるザック。もちろんボク達は前もって知っていたけど、自力で見つけることに意義があるのだ。
「はい、ここが四層の階段ね。ボク達は知ってたけど」
「なんだか……自力で見つける事が出来たのって感無量ですね」
「他にもマップを埋める事に喜びを見いだせれば、ダンジョン探索者として一流よね」
「センリさん、それはなんというか……マニアの喜び方です」
ゲームでもそういう楽しみをしている人はいるけど、本筋とは微妙に外れている。
「四層は完全に海がメインになるわ。だから船や救命胴衣なんかの準備が必要になってくるの」
そんなボクの苦情を聞く耳持たぬとばかりにスルーして、説明を続ける。
ボクは溜息を吐いて、その説明の後を継いだ。
「四層はこちらが完全に能力を発揮できない状況での戦闘を強いられるんだ。この四層を超えて初めて、この迷宮を探索しうる資格を得ると言ってもいい。つまりは次が正念場」
「おお、僕達がもうそんなレベルに……」
「ボクがサポートするのはそこまでだからね?」
いわば四層は卒業試験会場である。
こうしてボク達は、最後のパワーレベリング会場に足を踏み入れたのだった。