第百八十一話 増えた迷宮の住人
その後、大型遊戯施設の話を聞いた大工のアルドさんは非常に興奮していた。
遊ぶためだけの大型施設と言うのは、この世界ではまだ生まれていなかったらしい。遊園地の歴史と言うのは結構古いが、それが一般的に普及したのはつい最近になってからだったような気がする。
更にこういった施設でお客を呼べるなら、宿や食堂などの利用客も増える。
そういう訳でトーラスさんも達の所属する商人組合も結構乗り気になっていた。
問題は現地の管理者。つまりトラキチの許可であるが……
「ああ、そう言う事なら別に構わない。賑やかになるのは俺としても大歓迎だ」
ボク達は、一層の安全地帯の小部屋でトラキチと密談していた。
この小部屋は入り口を入ったすぐそばに設置されており、一般人でも到達できる場所に新たに作ってもらった物だ。ここならば、ヒルさんでも単独で来ることができる。
だが、ボクは他に気になる事が一点できた。立体映像に映るトラキチは、以前と違ってかなりやせ細って見えるのだ。
以前は色白ではあったが、もう少しふっくらしていたような気がするのに。
「トラキチおじさん、少し痩せた?」
「ん? そ、そうかな?」
アリューシャもその事が気になったのか、単刀直入に聞いている。それに答えるトラキチは、なぜか挙動不審な態度で対応していた。
「どしたん? なんだか急に不審な態度になったけど」
「いや、なんでもないよ。うん」
「ひょっとして最近オーバーワークさせちゃってるかな? ボクはダンジョンマスター系のゲームはやってなかったから、苦労とか判らないんだ。無理させちゃってたりするかもしれないから、疲れたら本当にすぐ言ってね?」
「ああ、そう言う事ではなく……」
口ごもるトラキチ。その背後に、ボクはあり得ない物を発見した。
トラキチの立体映像は背景まで映る優れモノだ。その背景の隅を、ボクと同い年くらいの少女が横切ったのである。それも二人
「ちょっと待て! 誰それ? トラキチの部屋って誰も入れないんじゃなかった!?」
反射的に詰問口調で立体映像に掴みかかるボク。
もちろん立体映像に格闘戦なんて挑めないので、あっさり透過してすっ転んだ訳だが、こればかりはスルーしていい問題じゃない。
「ひょっとして、コアがまた誰か呼び出しちゃった……とか?」
「いや、彼女達はそういう存在ではなく……」
狼狽して転んだボクを無視して、センリさんがトラキチに問いかける。
彼女はいまだにトラキチとは心情的に溝があり、あまり積極的に話しかける事はないんだけど、今回だけは別な様子だった。
そりゃ、ボクくらいの少し幼げな少女が、迷宮最下層の部屋に囚われているとなれば、気にならない訳が無い。
「その……あー……仕方ない。ラミ、キー子、挨拶しろ」
口籠って懊悩した末、トラキチは画面外に退避した少女にそう呼びかけた。
その声に反応して、トラキチの脇に小さな少女が登場する。
緑色の髪を肩口までまっすぐに伸ばした、見るからに元気そうな少女。
まるで翡翠の様な光彩を放つ髪がとても綺麗だ。
もう一人は同色の緑の髪を後頭部で折り返してまとめた髪形をしている。
こちらは対照的に少し内気そうだ。
「みなさん、はじめまして。らみといいます!」
「はじめまして。きーこ、です?」
少しつっかえながらも、そう挨拶してくる。二人共なんていうか、少し口調が……読み上げソフトっぽい?
「このだんじょんの、『だんじょん、こあー』……です?」
「なのです?」
「なんで疑問形……?」
二人同時に小首をカクンと傾げながら、疑問符を交えた自己紹介をしてくる。
その子供のような仕草特徴のおかげで、話してみると見た目よりもさらに幼く感じた。
「って、ダンジョンコア!?」
「ああ。この間ポイントが貯まって、新規項目に『インターフェース人化』っていうのが出てきてな。所持ポイントの大半を消費したんだけど……思わず使っちまった」
その説明から察するに、彼女達はあのダンジョンコアのインターフェースなんだろう。そう言えば緑色の髪がダンジョンコアと同色だ。
二人いるのは、このダンジョンのコアが二つあったからか。
「ほら、お前らがここに辿り着くまで、俺ってずっと一人な訳じゃない? いや、こうして話せるようになっただけマシなんだけど。でもやっぱりいつも話せる訳じゃないし、夜とか一人だし寂しいから――」
「奥さん、ロリコンですわ。ロリコンがいますわ」
「やーねぇ。オタクのお子さんも近付かない方がいいザマスわよ?」
「いやっ、ちがっ!?」
ボクとセンリさんの小芝居にトラキチは慌てて両手を振り、否定する。
そんなトラキチの態度が理解できないのか、ラミとキー子はトラキチの脇にギューって抱き着いていた。
「ますたー、おちつく」
「おちつくー?」
「時にラミさん、キー子さん。トラキチは夜って激しい?」
「おい、誤解を招くような会話はよせ!」
「夜? うん。そーとー激しい」
「すごく激しい」
「アリューシャ、残念だけどトラキチは見捨てよう。彼は野に放っちゃダメな人材だ」
「うん。わかった」
「納得するなぁ!?」
必死で否定しているが、急激に痩せ細った体にラミ達の懐き様と証言を見る限り、限りなく有罪である。
正直言って攻略意欲が大きく減退した。ダンジョンの底でリア充になりやがって!
「もうそこで一生お幸せに?」
「違うから! 本当に無罪だから! 信じて、プリーズ!?」
「まぁ、冗談はここまでとして……本当に手を出してないの? かなり痩せてて心配なんだけど、お盛んなのも程々にね?」
センリさんがこのままでは話が進まないと判断したのか、真面目モードに移行した。
だがセリフの後半が、冗談と言いながらも全く信用していない本音をダダ漏らしにしている。
「いや、マジで手を出してないから。ほら、俺って元の世界ではコミュ障だったし、こっちの世界では強制引き篭もりだから、他人と暮らすとかスッゴイ気を使う訳よ?」
「ああ、急にパーソナルスペースに自分以外が湧いて出た訳だから、そりゃね」
「まぁ、それは俺が望んだ事だから、仕方ないんだけど……まさかここまでこっちのタイプをどストレートで突いて来るとは思わなかったから……」
そういえば彼女の外見はアリューシャとどことなく似ている気がする。
ふわふわロングの金髪のアリューシャと、緑髪ストレートのラミでは、一見したイメージが太陽と月のように真逆なのだが、その漂っている雰囲気と言うか、そういう物が似ているのだ。
無邪気で、純粋で、無条件に相手を慕って来る子犬の様な気配とか、特に似ている。
「それでほら……ユミルは元男だったから判るだろ? 俺もほら、ね? 二人は寝る時とか、結構きつく抱き着いてきたりするからさ」
「なるほど……」
それはボクにも記憶がある。
この体に慣れてなかった頃は、色々と持て余したものだ。今の彼が、まさにその時のボクと同じなのだ。
違う点があるとすれば……事に到れる『ブツ』を持っていると言う事。そういった間違いを犯さないために、こまめに『処理』した結果が、あのやつれ様という訳だ。
ましてやトラキチの年齢は二十歳を過ぎている。色々と溜まりやすい物もあるだろう。
「ますた、寝相わるい。夜、疲労してもおかしくない」
「うんうん、そうだね。でもゆっくり寝かせてあげないといけないから、今後は一緒に寝るのは遠慮してあげてね?」
「そー、なの?」
「なのー?」
「少なくとも、トラキチがそう申し出るまでは」
この後の彼の精神状態を勘案して、ラミにそう警告を出しておいてあげた。
横にいるトラキチもあからさまに安堵の息を漏らす。
完全に禁止しなかったのは、個人意思を尊重しての事だ。ボクだってアリューシャがお誘いを掛けてきたら、ダイレクトアタックで押し倒す自信がある。
「ま、まぁラミに関してはもういいだろ。世界樹に遊戯施設を作るのは俺も賛成だ。あの世界樹は地上に飛び出しているが、所属は三層のオブジェクトの一つだ。おそらくそこで得られる『意志力』はダンジョンポイントにも変換できるはず」
「ああ、そういえばバンジーとか結構な覚悟がいるしね」
「命のやり取りにならない分、入手できる程度は知れているだろうが、それも数が増えれば質はフォローできる」
「ポイント増えればその子が成長したりする?」
「……さぁ、どうだろう?」
こればかりは実際に見てみないと、ボクにもトラキチにも判らない。
だがまぁ、兎にも角にも迷宮の主の許可が得られたのだ。大掛かりな工事に着手しても問題は無い事は判明した。
「世界樹を登るための階段や足場はこちらで設置しよう。でもさすがに滑り台やブランコの設置なんていうオプション項目は存在しないぞ?」
「ふむ、それはこちらで削り出さないといけない訳だね。そういや世界樹の外皮ってそんな簡単に削れるのかな?」
「バカ言うな、鉄より堅いんだぞ。そんな簡単に削れる訳がないだろう。だが枝を加工して工具を作れば、それで作業はできるはずだ」
「まずは工具造りからって訳ですね。了解了解」
その枝を加工する武器が問題になるのだが、これに関しては心当たりがある。
というか、ボクの持つゲームの武器なら、問題なく削れるはずなのだ。ピアサーは敵の防御力に応じて攻撃力が上がるのだから、実質この短剣に斬れない物はない事になる。
こうしてボク達は、世界樹を加工するために動き出したのだった。
とはいっても、実際に動くのはボクではない。
こればかりは単独の生産力でどうにかなる問題じゃないのだ。ヒルさんを主軸に、アルドさん達大工が実働要員となって作業してもらう事になる。
なので組合にアルドさんを呼び出して、ヒルさんとセンリさんを交えて今後の計画を立てている。
「まず滑り台だが、こう……木の外周を回るように設置してだな――」
「ですが摩擦が凄い事になりませんか? 地上まで降りてくる頃にはお尻が剥き出しになっちゃいますよ?」
「それはそれで男を呼べるじゃろ?」
「いや、そういう問題じゃなく……」
アリューシャは技術的な事には口を出せないので、部屋の隅で受付のお姉さんからジュースを貰って飲んでいた。
こら、アリューシャを膝に乗せていいのはボクだけだ。最近乗せられる方だけど。
「アリューシャちゃんは大きくなったわね。そろそろ膝に乗せるのもつらくなってきたわ」
「うん。だから普通に椅子に座らせて?」
「やだ」
「代わりにユミルお姉ちゃんを乗せていいから」
「オッケー♪」
……最近アリューシャがボクを生贄に捧げる事が増えてきました。お姉さんとして悲しいです。
「じゃあいっそウォータースライダーにしちゃう? ポンプで水を汲み上げて……いや、植物なら水が中に通ってるか。それを滑り台に流す事で摩擦が軽減されるわ」
「ウォータースライダー? いや、水を流すのは悪くないが、それじゃ地上が水浸しにならんか?」
「どうせ貯水池も作る予定なんでしょ? そこに流し込んじゃえばいいじゃない」
「それだと冬場の収益が見込めませんよ。あまり厳しくないとはいえ、冬は冷え込みます。水に飛び込む訳には――」
開発者魂に火が着いたのか、センリさんとアルドさんが喧々囂々のやり取りをしている。
ボクはその流れについて行けず、アリューシャと共にお姉さんの膝の上に乗せられていたのだった。
「冬場なら温水に……いや、できないか。吸い上げるのは世界樹の根だからどうしても水になっちゃうか」
「だったら温泉を作ってもらえばどうです? ついでに貯水池の水もお湯にしちゃえばいい。迷宮の溶岩エリアで水を温め、それを根から吸い上げさせれば温水プールにできるかも」
トラキチならばそれくらいの加工はやってくれるだろう。
こうしてユミル村アミューズメントパーク計画が発足したのである。
リア充死すべし、慈悲は無い。