第百八十話 並行して行われる悪巧み
アーヴィンさんにこってりオシオキと言う名の私刑を加えた翌日、ボクは上機嫌で組合支部に向かっていた。
ザック達新人のパワーレベリングは、今日はお休みである。
理由は急激に成長した身体能力に慣れるためには、ある程度時間が必要だという判断したからだ。
この世界に成長痛などと言う要素はないけど、度を越した経験値を得た彼らのステータスは間違いなく急成長している。
たった一歩の踏み込みですら倍近く飛距離が違ってくるのだから、その力に慣れる時間が必要だ。
彼等には今日一日、村の周囲を走り回ったりして自分の力に慣れるように指示してある。
そういう訳で今日のボクはすこぶる暇である。
アリューシャとセンリさんを伴って組合に行くのは、この時間を利用して話したい事があるからなのだ。
「おはよーございまーす」
「おはよう、ユーリちゃん」
「ムッコロスぞ!?」
「ユミルお姉ちゃん、どうどう」
組合に入って元気に挨拶したら、昨夜と同じからかうような挨拶が受付嬢から飛んできた。
受付嬢は両手を上げて降参のポーズを取っている。ボクは背後からアリューシャに抱き留められて、彼女に詰め寄る事は断念した。
「まぁ、半ば自業自得よね。なんでユミルってばナチュラルに面白い事しちゃうんだか」
「ボケとツッコミは社会人の必須技能ですよ?」
「どこの世界の必須技能よ? 後ツッこむなら、泉で生やしてくるから――」
「さぁ、今日も元気にヒルさんとお話です!」
下ネタに走り出したセンリさんを牽制して、奥の組合支部長の私室に向かう。
勝手知ったるなんとやらで、ボク達の行動を止める組合職員はいない。
「あ、でもヒル支部長は今巡回に出てますから、しばらく帰ってきませんよ?」
「全然オッケーですよ。この隙に家探ししてやります。戦利品があったらみんなで堪能しましょう」
「あ、じゃあ支部長の好みのタイプとか調査してください」
「おお、お姉さん、ヒルさん狙いですかにゃ?」
「ええ、将来性は高いですし、見かけも高レベルですから、狙い目ですよ!」
人柄の項目が入ってない事に、ボクはこの世界の女性の強かさに泣きそうになった。
ここでも金と顔が重要なポイントなのか……
部屋に入ったボク達は、真っ先に壷の後ろに隠された取って置きの緑茶の葉を取り出し、職員用のカップを使ってお茶を淹れる。
その隙にアリューシャが書棚の上に隠されたクッキーを取ってきて、応接テーブルの上に並べた。
センリさんは観葉植物の陰に、通話用の水晶をオン状態で設置している。
「なに好き放題やってるんですか、あなた達は!」
一段落してクッキーを二人で貪り食いだしたところで、ヒルさんが扉を叩き開けながら帰ってきた。
センリさんだけは盗聴用の水晶の設置場所が気に入らないのか、まだごそごそしていたけど。
「あ、お帰りなさい」
「ヒルおじさん、おかえりなさーい」
「チッ、間に合わなかったか」
盗聴用の水晶を回収し、センリさんに付き返しながらヒルさんが入室してくる。
食い荒らされたクッキーとお茶を見て、少し悲しげな表情をした。
「いけませんよ、ヒルさん。この村では良い物はみんなで分かち合う物です」
「それをあなたが言いますかね? 後センリさん、盗聴は犯罪ですから」
「いやぁ、いつもどんな腹黒トークをしてるのか気になっちゃって。あと受付の子から好みのタイプを聞かれたから」
「一緒にいて癒される子がいいですね。少なくとも盗聴の心配のない人です」
「オッケ、伝えとく」
「エロ本はないんですか、エロ本は。久方ぶりに男のリビドーを全開にしてみたいんですが?」
「今あなたは女の子ですので、そういうのは諦めてください。っていうかその姿で言われると、なんだか切なくなりますので、本気でヤメテ!」
ボクが欲望丸出しの要求を突き付けると、なぜかヒルさんが泣きそうな顔をした。
彼はボクが元男であることを知る数少ない人物なので、こういう所は結構気安い。
こう見えても前世と今までの生きてきた時間を加算すると、立派なアラサーなのだ。見かけはロリのままだけど。
「それで、今日は何の御用ですか? 確かアポはなかったはずですが」
ヒルさんはボクの向かいのソファに座って、クッキーを一つつまんで口に運ぶ。
彼にしては珍しくラフな態度だが、ボク達以外に誰もいない時は結構ぞんざいな態度を取る事が多くなってきている。
まぁ、慣れてきたって事なんだろう。色々と。
「そうそう、それなんですよ。今日はこの村の事業についてお話しようと思いまして」
「事業?」
「はい。ほら……タルハンでは近年水鉄砲祭とか開いてるじゃないですか?」
「そうですね。参加者がウナギ登りらしく、羨ましい限りです。まぁ、それも橇レースが成功すれば解消されるでしょうけど」
「橇レースももちろんですが、この村にももう少し特色を生かした観光名所なんかあれば、人を呼び込めるんじゃないかなぁって思いまして」
要は名物を作りたいのだ。
せっかく世界樹と言う観光名所ができたのに、ここでできる事と言えば、今の所『迷宮に潜る』か『世界樹を見る』しかない。
これでは観光客を呼ぶには、些か物足りないと言わざるを得ない。
橇レースだって頻繁に開ける訳ではない。
年に一回程度ではとても集客効果は認められない。かと言って月に一回では馬が持たない。
それに橇レース程度、他の街でもすぐ開催できるようになるだろう。
そうなる前に、別の特色を打ち出しておきたいのだ。
人を呼び、気に入ってもらえれば、定住者が増える。そうなれば、この村はもっと大きくなる。
そして大きな町には相応の冒険者が流れ込み、比例して迷宮攻略の速度も上がるのではないか? そう考えたのだ。
「特産品自体は結構あるんですけどね。世界樹の実を利用したポーションに、突撃鳥の羽毛を利用したソファやクッション。シャドウウルフの毛を使った歯磨き……」
「でもそれって、交易してるから、別にこの村じゃなくても手に入る物なんですよ」
「ふむ、確かに」
この村の特産ではなく、この村に足を運んでもらうための工夫が欲しい。
「そこでボクは考えました!」
「ロクでもない事を?」
「失礼な!?」
確かにロクでもない事を考える事は多いが、わりと近隣のためになる事だって考えているのだ。極稀に。
「それはさておき、アミューズメントパークです!」
「アミューズ……?」
「簡単に言えば、大きな遊戯場ですね」
「遊び場なら、あなたの家の前のブランコとか滑り台が――」
「そういった小規模な物ではなく、こう、もっとここでしか味わえないような大規模設備をですね――」
せっかく世界樹なんてモノができたのである。それを利用した、長さ数十メートルに及ぶ滑り台とか、高さ数十メートルのブランコとか、バンジージャンプとかできると思いついたのだ……昨日、アーヴィンさんを世界樹から逆さ吊りにしながら。
「それとこの村では水源が圧倒的に不足していますし、それを補うためにもプールのような貯水設備も作りたいですね」
「貯水池ですか? そこを遊泳施設にすると?」
「はい。なにせこの村、井戸の他の水源が迷宮の泉しかないじゃないですか」
この世界の気候は非常に安定しているので、旱魃という物はあまり発生しない。
だが、それでも全くないとは言えないのだ。来るべき災害に備えておく事は無駄ではないはずだ。
「それは……確かに有益ですね。ですが遊泳設備にしてしまうと、いざと言う時に飲用に使用できませんが?」
「それはそれで構わないんです。水はどちらかと言うと衛生面の確保が主目的ですので。洗濯や清掃に利用できれば、その分飲用に回せる水も増えるでしょう? それに最悪の場合、スライムという強い味方がこの村にはいます」
スラちゃんの捕食による浄水能力なら、貯水池から飲用水を作る事は充分に可能だ。
そもそも貯め込んだ水と言うのは、浄水しないと基本的に飲用には向かないので、結果的には同じ事だ。
遊泳用に使用してもスライムたちに浄水してもらえるなら、常に綺麗な水を手に入れる事ができるから、大腸菌などの心配も無いだろう。
「スライム……確かに有効ですね。旱魃に備えるというのは、あまり考えた事はなかったですが……」
いかにヒルさんと言えど、この世界に生まれた以上、気候は安定しているという常識に捕らわれている。
それに近隣の街による助け合いが常識と化しているため、どこかが危機になってもどこかが助けてくれるという甘えが、どうしても沸いてしまうのだ。
そのため旱魃や大雨に備えるという発想が湧きにくい事は、この世界の住人である以上、仕方のないところだろう。
「それでですね。深さ一メートルくらいで、長さ五十メートルくらいの貯水池を――」
まずは手始めにプールの設計から話し合う。
中層まで潜っている冒険者にとって、泳ぐ事なんて四層で嫌でもやらされるのに、と思う点も多い。
だが四層でもっとも足を引っ張った問題は、泳げない冒険者が多いという点だ。
遊泳設備があれば、そこに到るまでに訓練を積むことができる。これは大きな利点でもある。
更に世界樹を利用した巨大滑り台の設計や、ブランコ、バンジージャンプ施設などを提案して、ボクは組合を後にしたのである。
あくまでボクは一冒険者だ。アイデアは出すが、実際に作るとなると面倒が多い。
そういうのを投げっぱなしにするために、組合が存在しているのである。
いや、これは極論かな?
この草原は夏冬の寒暖の差がそれほど大きくない。無理すれば年中泳げるプールができてもおかしくはない。
そして、プールがあれば水着も存在する。せざるを得ない!
「毎年のように、アリューシャ『で』水着ファッションショーができてしまう……ぐふふ、夢が広がりますな!」
「毎年のように、ユミルが肌も露わな服を見せてくれる……これは協力しない訳には行かないわ!」
「お姉ちゃんたち、なんだかコワイ……」
少し引き攣った笑顔でアリューシャが言ってくるが、妄想で暴走したボク達は止まらなかった。
涎を垂らさんばかりの表情でトーラスさんの宿に向かい、食堂で昼食を取る。
いつものお任せメニューでも、安心して高品質な美味しい料理が出て来るのが素晴らしい。
「ああっ、ユミルさんじゃないですか。ヒドイですよ!」
そこへ素っ頓狂な叫びをあげてボク達のテーブルにやってくる三人の少年少女。
ザック達だ。
「なんだ、バレちゃったんだ?」
「なぜバレないと思ったんですかね!? どうしてユーリなんて名乗ったんですか?」
「いや、君達がボクを新人冒険者だと思ってたみたいだから、つい」
てへぺろ、とばかりに舌を出して言い訳する。実際のところ、理由の大半は悪戯心である。
「からかうにしても悪質ですよ、もう……」
「いや、君達は少しテストケース的なモノにちょうど良かったからさ。気を悪くしないでね?」
「テストケース?」
「うん。パワーレベリングって言葉、知ってるかな?」
こうしてボクは、彼らに強者による弱者の強制養殖について語って見せた。
実際彼らは今朝起きてから、体の調子が異様に良くなっていて、歯ブラシをへし折ったり、コップの取っ手をもぎ取ったりと、ポカをやらかしていたらしい。
休みにして本当に良かった。
「で、組合証で能力値を見たら、レベルが一から七にまで上がってたんですよ!」
「おお、もう一人前の冒険者の腕前だね」
「はい! それもこれもユミルさんのおかげで……」
「それなら一層の突撃鳥くらいは自分達だけで処理できるかも? 今度挑戦してみようね」
「う、少し不安はありますが、やってみます」
まだ不安そうに答えるザック。
アーヴィンさんにビシビシ指導されて、まだ二十四時間も経っていないのだ。気持ちは判らないでもない。
こうしてボク達はその日の昼食をザック達と取って、パワーレベリングについて結構な手応えを得たのだった。
ユミルはわりと投げっ放しな性格をしています。
経営に携わってしまうと、それに引っ張られて身動きが取れなくなってしまうので、こうならざるを得ないと言うか……