第百七十九話 迷宮探索指南その2
二層でもアーヴィンさんのスパルタ教育は続いた。
なぜかその矛先がボクにも飛んできてる気がしないでもないけど、問題なく続いていた。
二層は植物系のモンスターが多く、昔はここで薪を調達したものだ。今でもその傾向は変わっていない。
強さ的には一層と同じくらいなのだが、モンスター以外にもトラップが豊富に仕掛けられているのが、大きく異なる。
落とし穴やスネアトラップ、吊り上げ網、地雷。
そういった罠を掻い潜りながらモンスターと戦う事で、迷宮を難易度的に上昇させているのだ。
「ほんと、トラキチもよく考えてる……あ、そこ落とし穴」
「え……あ、ホントだ」
ボクの指摘まで落とし穴の存在に気付かなかったティルクが、改めて罠に気付く。
そんな様子を見て、アーヴィンさんは苦い顔をしていた。
「どうもユーリを前線に置くのは、新人の教育には良くないかも知れないな」
「えー、どうしてです?」
「お前、敵が接近してくるのも察知できるし、罠の存在も新人が気付くより先に見抜くだろう? こういうのは失敗を繰り返し、痛い目を見ながら、自分で学ばないといけない」
「む……一理ある」
人間、もっとも印象によく残るのは、他人に褒められた時の記憶と、失敗して痛い目を見た時の記憶である。
こうしてボクが先んじて罠を見抜くことにより、ティルクが学ぶのは罠の見抜き方ではなく、ボクの頼り方になってしまう。
自分で罠を見抜き、罠に掛かり、経験を積まねば身に付かないだろう。
「少し配置を変えないか? 最前線に俺とティルクとザック。中列にルカとアリスとユーリ。最後尾にはマリさんで」
アーヴィンさんが加入した事で後ろに下がっていたティルクを一番前に出して、率先して罠を探させることにする訳か。
ボクが二段目にいるのは、近接戦に弱いルカを守るためだろう。
「いいですよ。じゃあそう言う事で」
「ユーリはティルクやザックが罠に掛かりそうになったらフォローしてくれ。そのために二人の後ろに付いてもらう」
「あ、そういう思惑もあったのね。了解」
ボクが前線を降りる事で敵のキープ力が下がってしまうが、ザック達も戦闘に慣れてきている。
ここでその成果を確認する意味でも、ボクという保険を外して試してみようという意図も感じられる。
ローザを鍛えた経験からか、アーヴィンさんもかなり目が行き届く指揮をする様になっているな。
「――っと……」
そこでボクの感知能力に接近する敵の気配を察知した。
だが先ほどのアーヴィンさんの主張では、これを即伝えるのは、ザック達の成長によろしくない。
いつも使っているハンドサインで接近の合図を後ろ――センリさんに送り、警戒を強めてもらっておく。
すると、アーヴィンさんの方もピクリと動いた。どうやら彼も敵の接近に勘付いたようだ。
いつザック達が気付くか、少しドキドキしながら見守っていく。
そろそろ危険かと思い始めた頃になって、ようやくティルクが敵の足音に気付いた。
「敵、近いぞ!」
「え……おぅ!」
その声に一瞬面食らったザックだが、即座に戦闘態勢に入る。
この辺りは、今日一日の教育の成果が出ていた。
「よく気付いたな。だが、もう少し早く気付く様に注意しろよ」
「ボク達はもっと早く気付いてましたけどねー」
「ねー」
合図を受け取ったセンリさんは元より、アリューシャもその高い知力から広い索敵範囲を持っている。
彼女もアーヴィンさんより早い段階で、敵の接近には気付いていたようだった。
程なくして通路の角から巨大な歩く古木が三体、姿を現す。薪集めでお馴染みの、ハードトレントというトレントの上位種だ。
やたら高い物理防御力を持っているが、火に弱いので対処はしやすい。
ついでに通路の右端部分にトラバサミの罠も仕掛けられているな。
「来るぞ。まずは僕とアーヴィンさんで敵を抑え込む。ティルクは背後に回り込んでくれ」
「判った!」
一気に敵との距離を詰め、斬り結ぶザック。
アーヴィンさんも後に続いたけど、駆け出す前にこちらに目配せしていったのを、ボクは見逃さなかった。
ティルクも攻撃に巻き込まれないように背後に回り込むため、壁沿いを走りだす。
その襟首をボクはしっかりと握って引き留める。
「ぐぇ!? な、なんです?」
「そこ、トラバサミ」
「え……うわっ!」
「戦闘を目の前にして、罠の警戒を怠ったね? こういうのがこの二層の真髄だよ」
「はい……止めてくれて、ありがとうございます」
一言感謝を述べてから、罠を飛び越えてザックの元へ駆けつけるティルク。
まずやるべきは敵の足止め、そのためにはザック一人で敵を受け持つのはまだ辛いとの判断だ。
ボクへの感謝より、やるべき事を優先している。彼も急成長しているようだった。
隣を見ると、ルカが鏃に油を塗り、火矢を作ってから構えていた。敵の属性への対処もしっかりできている。
「うん、いいね。アリス……お願い」
弟子の成長を目にして満足しながら、アリューシャに声を掛ける。
彼女もここでの戦闘経験は豊富なので、何を求められているかは把握している。
即座に魔法を詠唱し、ザックとティルクの武器に火属性を付与していった。
「うわっ!?」
「【エンチャント・ウェポン:ファイア】だよー」
突然燃え出した剣身に、驚きの声を上げるザック。
こういう支援を受けるのは初めてなのだから、それも仕方ない所だ。
「ティルク。一体引き付けつつ、右後方へ五歩下がれ。早く」
「は、はい!」
アーヴィンさんの指示に従い右後方へ下がるティルク。ハードトレントはそれを追う様に、反転しながら追跡する。
円を描く動きの分、外へ膨らむハードトレント。そこには壁際に仕掛けられていたトラバサミが配置されていた。
ガキリと固い音を立てて足に食い込む鉄の歯。痛覚を持たないハードトレントにとって、大したダメージを与える訳ではないが、その動きは確実に拘束されていた。
「よし、先にザックの方を倒すぞ。二人で挟み撃ちにしろ」
「はい!」
一体はアーヴィンさんが、一体はザックが受け持ち、残り一体は罠に掛かった。
罠に掛かったものを放置してから数を減らしに掛かるティルク達。これで罠を使った敵の押さえ方も学んだかな?
後は各個撃破するだけなので、ボクが出張っても問題ないだろう。
スルスルと戦闘の隙間を縫い、罠に掛かった一体に近付くと、一刀の元に斬り伏せて敵を倒しておく。
アーヴィンさんも二、三回斬りつけて敵を無力化していた。
アリューシャがボクやアーヴィンさんに火属性付与を行わなかったのは、それを必要としないほど攻撃力が高いからだ。
残る一体もザックとティルク、そしてルカの火矢によって集中砲火を浴び、脆くも崩れ去るまで、大した時間が掛からなかったのである。
狼たちと違い、ハードトレントの使用目的は薪程度しか存在しない。
そこでこのモンスターの素材は放置し、場所を移して一息入れる事にした。
二層には一層のような安全地帯は存在しないので、休息を取る時は見張りを交代で立てて、安全を確保する。
今回見張りに立ったのは、出番が少ないセンリさんだ。
「だって銃は撃ったら銃弾が減るじゃない」
とは彼女の主張であるが、どうにも胡散臭い。
「っていうか、マリさんは斧も使えるんだから、そっちで戦ってくれてもいいんですよ?」
「そっちはユーリほど達者じゃないから、遠慮しとくわ」
もともと集団戦が得意というか、範囲攻撃スキルを主に取得していた彼女は、個別攻撃能力は高い方ではない。
むしろ、それに特化しているのが、ボクである。
この階層の敵相手にセンリさんの範囲攻撃をぶちかました日には、一撃で敵が焼き払われ、新人育成どころではなくなってしまうのだ。
「そうやって考えると、私って本当にやる事ないのね……」
「まぁ、後ろに控えてくれてるだけで、安心感が違いますけどね」
センリさんの打たれ強さは、ボクに次ぐ物がある。
彼女が最後尾にいるだけでバックアタックの危険性が大幅に減少するのだ。
「あなた達も、私達以外と組んだ時は後ろに気を付けなさいよ?」
「ええ、覚えておきます。今の所はアーヴィンさんとユーリさんが背後まで警戒してくれているので、問題ない事は理解してますので」
ここに来るまでで、何度か背後から迫られたことはあった。
その時はそれとなく知らせて、バックアタックに備えていたのだ。
「でも三人とも、大分戦闘に慣れて来てるよ。この調子だと、明日は三層に潜れるんじゃないかな?」
「もう? 少し早くないですか?」
「二層の敵自体は一層と強さは変わらないからな。実はあまりここに長居する意味は薄いんだ」
この階層は罠や環境に配慮しつつ戦闘をこなす、いわばマルチタスクな思考を鍛えるための場である。
この迷宮で本格的に敵が強くなるのは三層、四層からなのだ。
「まぁ、今日はもう結構な時間が経っているし、あと数回戦闘をこなして地上へ戻ろう。明日は三層へのアタックを予定しておくからそのつもりで」
今日、明日のスケジュールをアーヴィンさんが立てて、指揮する。
いつの間にか、彼がリーダーみたいになっている。やはり長年パーティを率いてきただけあって、自然とそのポジションに収まってしまうのだろう。
ボクも七年間、アリューシャ達と共に戦ってきているが、どちらかというと立ち位置は戦友だ。どちらが上という関係ではない。
そんな、ちょっとした『格』の違いを実感しながら、パワーレベリングの初日を終了したのである。
この村にも食堂は少しずつ増えつつあるが、それでも数は多くない。それに味もダントツでトーラスさんの宿がトップを維持している。
そんな訳で地上に戻ったボク達は、さっとお風呂で汗を流した後はいつものトーラスさんの宿で食事を取る事になった。
尚、安く食事を済ますための配給は、組合のホールに移動している。百ギルという格安で食事できるのも、この村の売りの一つだ。
混雑する食堂に入ると、そこかしこからボクに向かって声が掛かった。
「よう、ユーリ! 今日の収穫はあったか?」
「こんばんわ、ユーリちゃん。新人と迷宮に潜ってるんだって?」
顔馴染みの冒険者たちによる、あからさまに揶揄するかのような、興味本位の声。
注文を取りに来たトーラスさんも、ボクの顔を見てニヤニヤ笑いを浮かべている。
「いらっしゃい、ユーリさん。今日は何をご注文で?」
「トーラスさんまで! っていうか、一体どこからその話が漏れてるんですか!?」
ボクの叫びに、食堂の客は一斉に一方向に顔を向けた。
そこにはルイザさんと食事を取るアーヴィンさんの姿があった。
「でな。ユミルってば、そこで新人達にユーリって名乗りやがってさ。正体隠すとか、劇の主人公かって思っちゃったよ!」
「アーヴィンさぁぁぁぁん……」
彼の背後に立ち、恨みがましい声を上げるボク。そんなボクを見て、ルイザさんは朗らかな声をこちらに掛けてきた。
「あら、こんばんわ。久しぶりねユーリ♪」
ニヤニヤとこちらに視線を送り、そう呼んでくるルイザさん。
背後に立つボクに、お茶を噴き出して青ざめるアーヴィンさん。
どうやら今夜は、もう一つミッションが残っていたようだ。
アーヴィンさんにオシオキという、残念なミッションが……