第百七十八話 迷宮探索指南
本格的なパーティを、いつもの面子以外と組むのは初めての事だ。アーヴィンさんとも何度か組んだことはあるが、それは迷宮を案内した時や材料調達などで助力を頼んだ程度のもので、がっつりパーティ行動を取るのは実は初めてだったりする。
そこで改めて思い知ったのだが――彼、実はかなりのスパルタだったのである。
少しでも甘い行動を取れば指摘がビシビシ飛んでくる。
ザック達もイケメン剣士の内情がここまで厳しいと思っていなかったのか、その対応は混乱を極めていた。
「ザック、右から一匹来ているぞ! ティルクは突っ込みすぎだ。後衛との距離を考えろ!」
「は、はいぃ!?」
一層のT字路。そこの左右から挟み込むように襲い掛かってきたシャドウウルフの群れに、今もアーヴィンさんの指摘が飛んでいる。
「俺とユーリで二匹ずつ受け持つ、残り一匹がお前たちの担当だ。落ち着いて行け!」
「判りましたぁ!」
「ルカ、前衛が押さえる前に撃ち込むな。注意を引くだけだ。先制攻撃は時と場合を考えるんだ! ユーリ、突出しすぎだ。全部一人で始末する気か!」
「ご、ゴメンナサイ――あれ?」
新人達と一緒に、なぜかボクまで叱責されている。
確かにパーティ行動は苦手だけどさ。ゲームではずっとソロだったし……ソロ……いや、友達がいなかった訳じゃないんだぞ?
「アリス、ユーリの治癒は後回しで良い。そいつは殴ってもやられるようなタマじゃない」
「えー?」
「アーヴィンさん、地味にひっでぇ!?」
確かにこの階層の敵じゃ、ほとんど傷らしい傷を負わない。放っておいても自然回復で賄える程度だ。
心配性なアリューシャは、ボクが傷を負うとすぐに【ヒール】を飛ばしてくれるが、パーティ的に見れば、これは明らかな過剰回復である。
ヒールにも、わずかながらスキル待機時間が設定されているため、微妙に連射が利かない。
その隙にザック達に致命的な何かが起こる可能性もありうるのだ。それを警戒した指摘だろうけど……無慈悲すぎる。
罵声を上げながらも、シャドウウルフを二匹その場にキープする。背後ではアーヴィンさんも同じように二匹をキープしていた。
T字路を活かして、ボク達が左右に突出して敵を抑え込み、内部に一匹だけ敵を取り込んで、そこをザックとティルクが攻撃する。
こうすれば新人達は一匹だけに集中できるという寸法だ。
センリさんは相変わらず後方監視兼射撃要員。とは言え彼女の持つ銃の攻撃力は高すぎるので、ほとんど射撃していない。
この銃から正体がバレる可能性も高いので、あまり多用はできないのだ。
そのセンリさんが、珍しく切迫した声を上げる。
「背後からチャージバード二羽!」
戦闘の喧騒を聞きつけて、敵の増援が現れたらしい。
いつもの彼女ならば、何も言わず撃墜してしまう所だが、今は新人の育成も掛かっている。
そして新人達がチャージバードを相手取るのは、いささか危険が伴う。それを警戒しているのだろう。
「判った。マリさん、さすがに彼らにチャージバードを無傷というのは難しい。そちらで対処してくれ」
「りょーかいっと」
「アリス、前後で支援しないといけないけど、いけるか?」
「まかせてー」
その声と同時に飛んできたのは、ダメージ量を三割カットする【ディバインアーマー】の魔法。
この魔法も運営による弱体化を経験しているが、今でもボス戦ですら有効で、一時は『デバ鎧があれば勝てた』というセリフが流行るほどの重要魔法である。
直後に響く銃声、タイミングを同じくして突撃してくるチャージバード。
二羽のうち一羽が銃撃を逃れ、突撃してくる。アリューシャは両手杖を持って、それを迎え撃った。
「って、アリュー――アリスゥゥゥ!?」
アリューシャは現在、賢者系の最高位職に就いている。これは魔術師系の一系統で、大魔術師の系統より攻撃力は落ちるが、多彩な汎用性を持つルートだ。
そして普通、魔術師系は敵の前に立たない。ボクが焦ったのは、この常識のせいだ。
だがアリューシャはチャージバードの攻撃をあっさりと躱し、強かに杖で打ち据え、撃墜する。
地面に落ちたチャージバードに、センリさんが容赦なく銃撃を加えて始末していった。
普通ならばセンリさんが前に出るシーンでしょ、今の!?
「よし!」
「『よし』じゃない。危ない事しちゃダメって言ってるでしょー!」
「迷宮に来てて、それはないよ。ユミ――お姉ちゃん」
アリューシャにお説教するため、纏わりついてきているシャドウウルフを即座に斬り捨てる。
受け持つ通路の安全を確保してから、ボクはアリューシャに詰め寄った。
「それにしても、もっと楽な戦術とかあるじゃない。【ファイアウォール】で足止めするとか――」
炎の壁を立てて敵を足止めするのは、ミッドガルズ・オンラインでも基本戦術である。
熟練者になると壁を縦に当ててヒット数を稼ぐなどの小技を使いこなしてくるのだ。初期の頃はその技がものすごく有効だったが、上級職採用以来、技を駆使するよりも大威力魔法を続けざまに撃つ方が重要になってしまっているのが現状である。
「だってあれくらいなら余裕もって躱せると思ったし……」
「普通は躱せないんだがな。まぁ、あまり過保護にすると体が鈍る。今の程度は大目に見てやろう、ユーリ」
いきなりアリューシャが近接戦をこなした事を怒るボクを、アーヴィンさんが肩を叩いてなだめる。
彼にとっては、ああいう光景は日常茶飯事なんだろうか?
「アーヴィンさんだって、ルイザさんがいきなり近接戦闘したら、驚くでしょ?」
「いや? むしろ彼女は小手先の技を駆使して敵を引き付けてから封じ込めるのが得意だぞ?」
そう言えば海賊のアジトでの戦闘も、そういう技を好んで使っていた気がする。
彼女も一流の魔法使いなので、大威力な攻撃魔法の一つや二つは覚えているはずなのに。
「むぅ、心配じゃないんですか?」
「そりゃ心配だけどな。そういうスタイルの仲間なんだから、そこは尊重してやらないと」
アリューシャは幼い頃、ボクに剣技を習い、前線に立つ事を目指していた。
その後、センリさんの加入などいろいろあって、後衛の専門職みたいになってしまっているけど、その時の思いはいまだに残っているのだろう。
彼女は事あるごとに戦闘に加わろうと、前に出てくるのだ。
「それは……彼女のスタイルには合わない戦い方かもしれないし……」
アリューシャが経由している二つの最高職。基本的に大司祭も精霊使いも、接近戦には向いていないのだ。
それが、ボクの心配を重ねる要因でもある。
ただし、大司祭は状況によっては下手な前線よりもタフになれるのだが。
いわゆる殴りアコと呼ばれる存在は、自身を強化し、癒しつつ戦うので、下手な前線キャラよりもタフさを発揮する。
ただし最大HPの少なさゆえに、一撃で即死させられるほどの大威力攻撃には弱い。
それはアリューシャも同じだ。彼女はボクよりも、遥かに撃たれ弱い。
「この階層ならば、即死するような攻撃は飛んでこない。チャージバードだって、危険な攻撃をしてくるのは確かだが、【ヒール】する暇もないほどの威力がある訳じゃない。大丈夫だと彼女が判断したのなら、その意思は尊重してやるんだ」
「そう、なんですかね……?」
アリューシャと一緒に戦い続けてもう七年。ボクは過保護とも言えるくらい、彼女を守り抜いてきたはずだ。
でもそれは、アリューシャにとって目指す戦い方とは違うのかもしれない。
「お姉ちゃん。わたしは大丈夫だよ? だから、もっと自由に動いてくれても平気」
「あ――」
新人達との冒険で、図らずもボクとアリューシャの認識の違いが浮き彫りにされてしまった。
これはボクも考え直すいい機会かもしれない。もし、もっと強敵と戦っている時に、その『認識のずれ』が出てしまったらと思うと、想像するのも恐ろしい。
今、この場でその問題が発覚してよかったとも言える。
「そうだね。帰ったら少しお話しよう?」
「うん」
「あのー……?」
いきなり蚊帳の外に置かれたザック達が、そこに声を掛けてきた。
「残り一匹も処理終わりましたけど、それはどうしましょう?」
「あ、ごめん」
ボクとアーヴィンさんが話し合っている間に、ザック達が残りの一匹を処理し終えたようだ。
彼らも少しずつ、戦いに慣れてきている。元より役割分担はきっちりできていたので、型にハマれば実に安定している。
「それにしても、さっきの。凄かったですね、ユーリさん」
「はぃ?」
「ほら、シャドウウルフ二匹をあっという間に斬り伏せて――」
「あ、あー、うん。火事場のバカ力って奴?」
あの時は慌てすぎて、あからさまに普通じゃない戦闘力を、問答無用で解放してしまった。
これが原因で正体がバレたら……いや、別にバレても全然やましい所はないんだけど、少しばかり気恥ずかしい。
というか、正直これでバレたら悶絶物じゃないだろうか?
「慌てて振り回した剣が、偶然ヒットしたんだよ。いやー、ぐーぜんってこわいなー」
「とてもそうには見えませんでしたけどね……」
「いや、ラッキーヒットって凄いね!」
「ここまで執拗にラッキーを主張する人は初めて見たかもしれません」
冒険者というのは大抵、見栄っ張りなモノだ。本当にラッキーヒットした場合、その幸運に感謝しつつも実力を装う物である。
そういう観点からすれば、ボクの行為は真逆だった。
「それより早く素材を剥ぎ取ってしまわないと、血の臭いを嗅ぎ付けた別のモンスターが襲ってくるよ?」
「あ、そうでした!」
慌ててシャドウウルフの毛皮を剥ぎ取りにかかるザック達。
シャドウウルフは基本的に毛皮くらいしか使い道はないが、チャージバードの方は内臓を取り出せば大概の物は使い道がある。
強靭な羽毛、肉、細いくせにやたら硬い骨など、考え方次第でいろんな道具に使えるのだ。
「そういえば、この迷宮の権利者であるユミルさんも、こういった素材で道具を作るのが得意だって話ですね」
「う……そ、そんな話も聞く……かな?」
「シャドウウルフの毛の歯ブラシ、ボクもよく使ってるんですよ」
「毎度どうも」
「え?」
「いや、なんでも」
最近は固い背中側の毛と、柔らかい腹側の毛を使い分けて、歯ブラシの固さにもバリエーションを付けている。技術は日進月歩しているのだ。
「この村でお店出してるみたいだし、一度顔出してみたいですね」
「最近はタルハンに引っ越しているから、あまり開いてないみたいだけどね」
「そうなんですか。残念です」
来られたら否応なく正体がバレるじゃないか。なんでこんな厄介な状態になったんだ……
それもこれも、ザック達が仲間の下調べをしなかったからだ。
本来なら、翌日にはボク達の正体に気付いて『名前を隠して仲間になるなんて、人が悪いですね!』という話で終わったのに。コイツ等と来たら、いまだに気付いてやがらないのだ。
「スタミナは大丈夫か?」
「はい、まだ行けます」
「なるほど、一層の相手にはそろそろ慣れてきたようだな。そろそろ二層に降りてみるか?」
アーヴィンさんの提案に、ザックは驚いたような表情をして見せた。
「ええっ、まだ初日ですよ! もう二層に降りるんですか?」
「初日で二層に到達したのは、ユミルでもできなかった事だぞ。光栄に思え?」
「アーヴィンさんは五層まで行きましたよね? ボクの案内で」
「あー、そんな事もあったなぁ」
「初日で五層!? さすが有名冒険者は格が違う……」
なぜ爆上がりするアーヴィンさんの株。ボクのおかげなのに……
微妙に納得のいかない、そんなやり取りをしつつも、ザック達を二層へ案内したのだった。
ROで敵に縦火壁やられて死んだ事がある私です。




