第十七話 休日の過ごし方
翌朝、色々と擦ったり抓ったりしてモヤモヤを解消したボクは、スッキリと目を覚ます事が出来た。
問題は少々がんばり過ぎて、身体が相当にだるいという点だ。
さすがに二時間ばかしノンストップはハードすぎた。こういう行為が初めてというのもあったが、今後は少し自重気味にしよう。
昨夜は身体を洗った後ヨタヨタと小屋まで戻り、毛布に潜りこんだところで意識が途絶えている。
目を覚ました時、横でアリューシャがちゃんと寝ているのを確認して息を吐いた。
どうやら夜に抜け出したのは、気付かれていないらしい。
アリューシャは子供らしく、睡眠時間がとても多い。一日で十時間くらいは寝ているんじゃないだろうか?
彼女が起き出すまでベッドでごろごろとしながら、今日の予定を組み立てる。
この朝の一時も、ここに来てからの日課になっている。
まず、宿泊小屋の建築は完成しているので、よほど大量に人が来ない限りは安心だろう。
プライバシーの確保のために、敷居になる衝立も作っておいたし。
衝立には閂を掛けれる様にしてあるので、その気になれば壁の様に使えるはずだ。
アーヴィンさんたちが来るのは、あれからおよそ一月と言っていたので、そろそろやって来てもおかしくはない。
最近ハードに働いていたし、夕べは無駄に体力を消耗してしまった……凄く良かったけど。
ここらで数日、身体を休めるのもいいかも知れない。
アリューシャもこの二ヶ月、ボクに付きっ切りで働いている。
子供なのにずっと手伝いとか、ストレスで病気になってもおかしくない。
「そうだ、遊具とか作るのもいいかも知れないな……ブランコとか、お昼寝用のハンモックとか」
不幸な事に、この周辺にはブランコに使えそうな背の高い木は存在しない。
けど丸太なら大量にインベントリーに収納されているし、組み合わせて土台を作る事はできなくも無いだろう。
座板を吊るすための鎖は存在しないけど、植物の蔦なら……これも大量にある。
この迷宮に生えている蔦は非常にしなやかで丈夫だ。太さも一センチ程度なのでロープに丁度いい。
しかも、下手なロープよりも強度があり、腐食にも強い事がこの一ヶ月で判明している。
これを使用しない手は無いだろう。
「後、アリューシャのヘルメットも必要だよなぁ」
一応彼女は聖火王の冠を常時着ける様にしている。
だがこの防具は冠というだけあって、防御力という点では不安があるのだ。
しかもアリューシャは今後、背負子に乗って移動する事になる。
という事は、落下に対する備えをしておく必要があるという事だ。
「インベントリーに何かあったかな……?」
ウィンドウを呼び出し内部を検索してみるけど、所持していたのは最高位職用の高レベル装備や、オートキャスト用の防具ばかりだった。
「こんな事なら……もっと色々用意すればよかった」
ミッドガルズ・オンラインにはキャラクタースロットという物があり、複数のキャラクターを一つのIDで使い分ける事ができた。
ボクがもっとも頻繁に使用していたのは、このユミルだが――他にもキャラクターが居なかった訳ではない。
オーソドックスな魔術師系三次職の魔導師や、攻撃速度をひたすら追求した盗賊系暗殺者系列の三次職の虐殺者なども使用していた。
そうでもないと、本気でゲーム内ボッチになってしまうからだ。
パーティを組む際はこういったオーソドックスなキャラを使用し、ソロで遊ぶ時はネタキャラのユミルを使用する。
それがボクのプレイスタイルと言えた。
「もっともユミルばっかり使ってたせいで、結局ボッチプレイだった訳だけどさ……」
そもそも複数のキャラがいないと、千五百枠を超える倉庫の意味がない。
いくら回復アイテムや装備が豊富と言っても、一キャラクターだけではそこまでは使用しない。
そして、そういったキャラを持つ以上、ボクも魔術師系や盗賊系の装備を、ある程度倉庫に保存していた。
「まぁ、今となっては無い物ねだりかな……お?」
インベントリーの中にあった一つのアイテムに目を惹かれた。
黒く染まった三角形の装飾のついたヘアバンド――
「ネコミミの髪飾り! これがあったか!?」
ネコミミ装備。
古今東西のMMOには、必ずと言っていいほど登場する定番アイテムである。
もちろんミッドガルズ・オンラインにも存在していた。しかも数種類。
これは攻撃の際、クリティカルと言う必中攻撃の発生率を引き上げる効果のあるタイプのネコミミだ。
このゲーム、プレイヤーサイドは高レベルになるほど攻撃を避ける事が難しくなるが、敵は異様な回避力を発揮する様になっていく。
もちろん魔導騎士は命中力にも優れた職ではあるが、高命中で有名な弓職や、必中効果のある魔法を使う魔法職に比べると、やはり落ちる。
どうしても当てられない敵と言うのが存在するのだ。
そこでこのクリティカル装備を使用すると、攻撃を当てる事ができるようになると言う訳だ。
ともあれ、所詮はネコミミ、優れた防御力がある訳ではない――が。
「ネコミミ天使幼女!? これは萌える!」
もはや本来の目的を忘れているかも知れないが、これは重要なポイントだ。
それに落下したとしてもHPを強化してるアリューシャなら、大した問題にならないはず……!
「と、言いたい所だけど……そうも行かないのか。流石にゲームとは違うしな。この装備は別の機会に着けてもらおう。絶対に、だ」
決然と呟いて、検索を続ける。
防御力の無い雷雲を模した帽子、防御力の無い小悪魔を模した帽子、防御力の無い天使の光輪……
「オートキャスト装備ばっかじゃねぇか……当たり前だけど」
そもそも聖火王の冠だって、複数の敵を纏めてタゲ取りするために持ってきたものだ。
タゲ取りとは、モンスターの標的を自分に向けさせる行為の事である。非攻撃的な敵の場合、こちらが攻撃しない限り襲い掛かってこない。そういう場合、この装備で使用できる【ファイアボール】が便利である。
他にも範囲攻撃手段はあるが……MPの消耗が激しいのだ、魔導騎士は。
「防御力の高い物はみんな三次職用か……聖火王が一番マシかな? 背中がちょっと熱いけど」
頭部の防護はもう冠に任せておいて、肘や膝のプロテクターを考えた方がいいかも知れない。
これはミッドガルズ・オンラインには設定されていない防具部位だ。
自作していけば、いざと言う時に役に立つだろう。
「ん、んうぅ……」
ごそごそとウィンドウを操作していたので、アリューシャが目を覚ました様だった。
目を擦りながら伸びをする彼女を見て、思わず笑みが浮かぶ。まるで猫みたい。
「おはよう、アリューシャ。よく眠れた?」
「うん、おはよー、ゆーね」
着替えを済ませて桶に水を汲み、洗顔を済ませる。
もう噴水まで行かなくても、顔くらいは洗える程度には生活レベルが上昇している。
「今日はね、迷宮に入らないで色々と小物を作ろうと思うんだ」
「いいの? おしごと休んで」
「いや、お仕事じゃ無いし……まぁ、身体も疲労が溜まってきてるし休息は必要だよ。アリューシャも疲れとかあるでしょ?」
「んー、そうかな?」
手足をパタパタ動かして、調子を探る。その様子がまるで踊ってるみたいで微笑ましい。
ボクは思わず頭を撫でてしまう。こんな小動物みたいな仕草は反則だろ。
「そうかも?」
「でしょ。今日は身体を休めるつもりで、小さな物作っておしまいにしよう」
「わかった!」
ボクは大量の革紐を取り出して、繋いだり結んだりしながら網を作るように指示。
その間、ボクは家のそばに柱を四本立てておく。
壁沿いを柱を立てて屋根に登り、柱の上に拳を叩きつけた。
アーヴィンさんの支給品の中にはもちろんハンマーもあったのだが、これほどの柱を叩く為の物は用意されていない。
剣では斬れ味が良すぎて真っ二つになってしまうし、剣以外の武器は持ってきていない。
別に石や木を使って叩いてもいいのだけど……正直ユミルの拳の方が威力が有りそうな気がしたのだ。
「えーと、【オーラウェポン】!」
闘気を武器に乗せる上位職のスキルを発動し、拳を強化。今回の場合、武器とは素手の事になる。
更に魔法攻撃力を物理攻撃に乗せ、威力を上げるスキルも存在するが、これは剣限定と言う条件がついていた。
だが、今までの戦闘の経験から察するに、丸太を打ち込む程度ならこのスキルだけでも充分なはずだ。
実際一度拳を叩きつける度に、ドズンと鈍い音が響き、小屋が揺れる。
一撃で数十センチも沈み込むので、面白くなってきて続け様に叩き込んだ。
「うははは! 俺TUEEEE!」
「ゆーね、うるさい! もう、網が編めないじゃない」
「サーセンっしたぁ!?」
どうやら作業の邪魔になった様なので、少しだけ静かに打ち込むように気を使ってみた。
柱を建てた後は二人でネットを作り、端になる部分に木を結びつけて幅を確保してから、柱に設置する。
強度が充分かどうか確認した後、アリューシャを乗せてあげた。
これで簡易ハンモックの完成である。
「どう? これでお昼寝したら気持ちよさそうじゃない」
「うわぁ、ゆらゆらしてる」
「そこで横になってごらん」
そのままだとネットの上で飛び跳ね出しそうだったので、慌てて正しい使い方を指示する。
アリューシャは基本的には素直な子なので、言われた通り横になった。
「どう?」
「ふわふわー、くもの上でねてるみたい」
ご満悦な様子に満足して、ボクも隣の柱にネットを掛ける。
「ブランコは明日でいいか。お昼ごはん食べたら、今日はここでお昼寝しよう」
「さんせー」
ギリギリお昼前だけど、朝から作業していたのですでに太陽は真上だ。
遅めの昼食を摂って、後片付けをしていたらいい感じに日も傾くだろう。
まだまだ夏日は続いているので、日差しには注意しないといけない。
「そうか、熱中症対策に飲み物入れる所とか用意しておいたらいいな」
ネットの枝部分に水袋を吊るし、口に特殊な植物の茎を刺す。
この植物は内部が空洞になっていて、ストローのように使えるのだ。しかも柔軟性がある。
「ここに水袋吊るしとくから、熱くなったらここから飲むんだよ?」
「はぁい」
水袋に入れる水に少し果汁を混ぜて甘めの水を用意してあげる。
するとアリューシャは、速攻で口に含んで飲みだした。
「あ、こら! お昼ごはん前でしょ」
「ゆーねのけちー」
珍しく抵抗する素振りを見せたアリューシャを、力尽くでハンモックから引き剥がし、昼食の準備を整える。
今日は……というか、今日もカンカン照りなので、鶏肉のササミ部分を裂いて解し、食用になる野草を刻んだサラダの上に塗す。更にカッテージチーズを細かく千切ってトッピング。
最後に魚醤とリモーネ(レモン風の果実)の果汁を混ぜた即席ドレッシングを用意してサラダが完成した。
パンが欲しい所だけど、小麦は残念ながら存在しないので、二層で取れたタロという名の芋を蒸かして主食にする。
サラダのドレッシングはリモーネの分量を自分で追加調整出来るように、取り分けてから自分で掛けるようにしたのだけど、アリューシャはリモーネを入れすぎたようで、なかなか面白い顔になっていた。
まったく、この子はやる事成す事可愛すぎる。
仕方ないので、掛けすぎたサラダはボクが食べてあげたのだった。
夜にもう一本投稿します。