第百七十七話 新人の初戦
闇の中、新人冒険者達を引き連れながら、恐る恐る歩を進める。
今回、彼らはアリューシャの様に自衛できる訳ではない。村周辺で果実拾い兼害獣退治で腕を磨き、始めて迷宮に挑む新人である。
はっきり言って、チャージバードやシャドウウルフ相手に戦えるかどうかと言うのは、疑問なのだ。
センリさんの見立てでは基礎はできているそうだが、戦闘と言うのは技量だけでは成立しない面もある。
不意打ちに罠、数の暴力、始めて目にする攻撃。そう言った物を目の当たりにして、焦らず、慌てず、最適解を導き出す必要があるのだ。
「そこの通路、曲がった所に敵です」
「え、判るんですか?」
「ええ、足音がしました」
正確にはボクの危険感知能力に掛かっただけで、足音がしたかどうかは判らない。こればかりは説明のしようのない感覚なんだよね。
慌てて腰の剣を引き抜くザック。ティルクとルカも自らの武器を構えた。
それと同時に、角からシャドウウルフの一団が姿を現す。その数、四匹。
「数が多い。ボクが二匹受け持つから、ザックとティルクは一匹ずつ対処して!」
「は、はい!」
というか武器はすぐに準備して置ける場所に用意しとけ。いつもだったら先手を取って数秒で終わる敵だぞ。
そんな風に内心思いながらも、ボクが先行し、敵を引き付ける。
出遅れた彼らの分、三匹を一手に引き付けるために挑発のスキルを利用し、敵を引き付ける。
「【プロヴォック】!」
正面からくる敵を二匹、後ろに逸れようとする敵はスキルで一匹。残る一匹くらいは彼らで処理してもらわないと、パワーレベリングにならない。
「う、うわぁ!」
「速い!?」
不安視した通り、ザックの悲鳴とティルクの驚愕の声が聞こえてきた。草原に住むロックウルフと迷宮のシャドウウルフではその機動力は段違いだ。
初めて見る速さで動く敵に、狼狽する新人たち。
「ほら、落ち着いて! 動きが速いだけで動きは単純よ!」
センリさんの叱咤の声が飛ぶ。
その間にもボクは三頭の狼を捌き続ける。この程度の敵ならば、装備と回復力任せで回避を捨てても問題ないのだが、それでは後ろで見ている彼らの勉強にならない。
最小限の動きと体捌きで攻撃を往なし、躱し、抑え込む。
「くそっ、来るな! このぉ!」
ザックの必死な抗戦の声が聞こえてくる。
「……どうもこっちを見る余裕はないんじゃないかな? まぁ、仕方ないか。アリス、支援してあげて」
「はぁい」
返事が返ってきた直後、身体強化する魔法と攻撃を防ぐ障壁魔法が飛んでくる。
身体能力を大幅に引き上げれば彼らも余裕を持って対処できるだろうし、攻撃を防いでくれる障壁は精神的余裕を生む。
「これは……」
「わたしの魔法ー。今の内に倒しちゃえ」
「あ、ありがとうございますっ!」
アリューシャの魔法で一気に持ち直す新人達。この安心感こそ、回復系の真骨頂である。
「ほら、早くそっちを始末しないと、ボクが死んじゃうぞー?」
「全然余裕に見えるんですけどっ!?」
「え、それは困るからわたしが倒しちゃっていい?」
「ウソです。余裕あるからアリスは引き続き支援ヨロシク」
「ウソなんてヒドイ!」
ルカちゃんがそう叫びながら弓を引く。
放たれた矢は一直線に標的に向かって飛んでいく――ボクに向かって。
「ひょわぁ!?」
「あ、ごめんなさいっ」
「目をつぶって撃ったろ、今!?」
「怖くって!」
「力強く断言するなぁ!」
状況が落ち着いたら、彼らも実力を発揮できる。
ザックが正面に立って敵を押さえ、ティルクが牽制し、ルカが仕留める。そのコンビネーションで、程なく一匹を仕留めて見せた。
その様子を見届けてから、一匹を意図的に彼らの方に放す。
「そっちに一匹行ったよ!」
「任せてください、今度こそ――!」
こうして一匹ずつ、彼らに流して戦いに慣れさせていく。
いつもなら数秒で終わる戦闘を、十分近く掛けてこなしていったのだった。
「ハァッ……もう、終わり、ましたか?」
「はい終了。お疲れさま」
簡単に十分というが、この時間を全力で動くのは非常に苦しい。剣道や空手の試合でも二、三分しか試合時間がない事からも全力で動く事のきつさは理解できるだろう。
ザックとティルクも例に漏れず、戦闘終了と同時に床にへたり込んで、息を荒げていた。
固定砲台役のルカちゃんはマシな様子だったけど、それでも疲労の色は隠せていない。
「これが迷宮の初戦闘だった訳だけど……散々だったねぇ」
「うう、申し訳ない。まさかこれほどプレッシャーに違いがあるなんて思ってなくて……」
「その『まさか』で命を落とす人も多いんだから、これからは慎重にね」
「肝に銘じておきます。本当に」
どこか迷宮を甘く見ていた昨日と違い、今度こそ神妙な顔つきで頷く新人達。
迷宮の厳しさを教える事には成功したようだった。
「それじゃ、こっちに安全地帯があるから、そこで一休みしよう」
「え、なんで判るんです?」
「君達ね……迷宮に挑むにしても、仲間に誘うにしても、下調べくらいはしておきなさい」
迷宮一層の地図なんて、組合で受付のお姉さんに聞けば無料で配ってくれる。
今の所、十一層までの地図はオープンソースだ。
それすらしないなんて、彼らの目論見は甘すぎるとしか言いようが無い。
「いい? 情報はそのまま君達の命綱になるんだよ? 例えば今モンスターに襲われたら、対応できないでしょ? でも安全地帯を前もって知っていれば、そこまで逃げ伸びる事ができる」
「な、なるほど……」
「情報を甘く見ちゃダメ。これは地上での依頼もそうだけど、冒険者なんて根無し草をやるんなら、打てる手は打っておく事を心掛けないと」
「勉強になります。僕とあまり歳が変わらないように見えるのに、凄いですね、ユーリさん」
「いや、だからボクは年上だから……」
どうもここでもボクの外見が威厳を損ねている気がする。
厳しい事を言っている気もするが、これはボクもアーヴィンさんやヤージュさんから教わってきた事だ。
ボクの場合は困難を踏み潰せるだけの戦闘力があったけど、彼等ではそうはいかない。冒険者の仕事振りを教え込むなら、こういった細かな点から躾けていく必要があるのだ。
「それが、どうしても先輩に見えなくって……ユーリさん、可愛いですし」
「はいはい、ありがとね。でも先輩と知っているのなら、キチンと敬いなさい」
「敬えー」
アリューシャが追随して先輩アピールをしている。両手を腰に当てて後ろに倒れそうなくらいふんぞり返っていた。
これ以上ないくらいのドヤ顔は写真に撮っておきたいくらいだ。
「今度センリさんにカメラ開発してもらおうっと……」
「え、何か言いました?」
「いえ、なんでも」
偽名で組んでいる以上、今更本名なんて名乗れない。というか、すっごい気恥ずかしいので、無理だ。
「ほら、立って。安全地帯の泉の部屋まで行くよ。アリ――ス、次の戦闘では障壁の魔法はカットでお願いね」
「え、いいの?」
アリューシャは首を傾げて問い返すが、戦う事で受ける痛みにも慣れる必要はある。
「いつまでもボク達と組む訳じゃないしね。彼ら自身の力を少しずつ伸ばしてあげないと。そのためには過保護はダメ」
「うん、わかった!」
「うえぇ……お手柔らかにお願いしますよ」
「ビシビシ行くよ。ビシビシ!」
「びしばしー」
半ば引きずるようにザック達を立たせ、泉に向かって歩き始めたのだった。
そう言えばセンリさん、さっきの戦闘で何もしてませんでしたね……?
泉の部屋では、先着した二つのパーティが休憩を取っていた。
この草原で井戸を介さず水を補給できる、貴重な場所である。ここは常に誰かがいる人気スポットだ。
そこで見知った顔――アーヴィンさんも休憩していた。
「はい、お邪魔しますよー」
「ああ――あれ? ユミ――」
「スタアァァァァップ!」
「ふぐぉ!?」
危うくボクの本名を呼ぼうとしたアーヴィンさんの顔面に膝を入れて、口を封じておく。
事情を知らない彼にしたら理不尽極まりない行いだが、緊急回避なので勘弁してもらいたい。
この部屋を利用するのはボクも例外じゃない。下層へ転移するには、ここの台座を利用しなければならないのだ。
つまり、週末は毎回この部屋を通過している。そうなるとボク以外の冒険者もここを経由して下層へ行く訳で……だから彼がここにいても何もおかしくない。
だからこそ、余計な事を漏らさないように口止めしておく必要があるのだ。
顔面に膝を入れて蹴り倒し、その勢いのままマウントポジションを取って、小声で事情を説明した。
「という訳で、ここではボクはユーリです。オーケー?」
「お、オーケー。でも押し倒すならもっと人目のない所でお願いしたい」
「このまま窒息するまで口塞いでやろうかな? それともルイザさんに言いつける?」
「それは勘弁してくれ」
確かに腹の上に馬乗りになって、顔がくっつくほど近くでささやく様は押し倒していると言えなくもないが、ボクが押し倒したいのはアリューシャ一人である。
こんなムサい男を押し倒したい訳ではないのだ。
「あの、ユーリさん?」
「いやぁ、ゴメンゴメン。ちょっと知り合いに出会ったから、過剰なコミュニケーションを取ってしまってね?」
腹の上から飛び降り、転がったアーヴィンさんを蹴り飛ばしながら、言い繕う。
アーヴィンさんは『ヒデェ!』とか言いながら転がっていったけど、ここは我慢してもらおう。
「お知合いですか?」
「有名人ですよ。アーヴィンさんです」
「あ、この迷宮のトップクラスの一人の!?」
「それをブッちぎってる冒険者もいるんですけどねー?」
こっそり先行者のプライドが顔を覗かせたりするんだけど、ここはご容赦いただきたいものである。
「そういえば、アーヴィンさんは今日は一人?」
「ああ、ルイザが最近離脱気味だし、ローザも今日は体調が優れないらしくてね。ダニットと二人で今日は休憩日にしたんだ」
「それなのに何でここにいるんです?」
「いや、ほら……日課って、やめると落ち着かないだろ?」
落ち着かないから単独で迷宮に挑むとか、彼も無茶な事をする……とは言え、それを行える実力もあるし、昔の事を思い浮かべても、彼は無謀な計画を実行に移す傾向があった。
ボクと初めて出会った時なんて、草原横断旅行中だったし。
「ユミ――ユーリは新人の育成と言っていたか?」
「はい。新人のザック君とティルク君。それにルカちゃんです」
「は、初めまして!」
「これがトップクラス……カッコいい」
「わ、オーラとか感じるよ。これが強者の威厳って奴?」
こら、ルカちゃん。ボクには強者のオーラは感じないというのかね? この村で最強レベルの自負はあるんだけど!
だがアーヴィンさんもここ数年で実力を一気に伸ばしている。すでに在りし日のヤージュさんは抜いているかもしれない。
「俺なんて、まだまだ強者の域に達していないさ。そういうのは……この村の名前を持つ冒険者に言ってあげないとね」
「この村の……ユミルさんですか?」
アーヴィンさんがニヤニヤとこちらを見ている。センリさんもニヤニヤとこちらを見ていた。お前ら、後で仕返ししてやるからな。
アリューシャは懐かしそうに泉を見ている……というか、その視線の先はゾウさんのエレクチオンした石像に向かっていた。
この部屋のアレは非常に教育に悪いので、トラキチに苦情を申し立てておこうと決意する。
「ああ。彼女が相手なら、俺なんて一秒も持たないぞ」
「そこまでですか!?」
「それはもう。この村……いや、この世界でも最強の剣士だからな。その美しさも相俟って、巷では『烈風姫』なんて呼ばれ――プフッ」
「笑うなや!」
心にもないお世辞を並べ立てていたアーヴィンさんが、耐えきれずに吹き出してしまい、思わず全力でツッコミを入れてしまった。
村の実力者に暴言を吐くボクに、新人達はハラハラした視線を向けている。
「いや、済まない。お詫びに俺も新人育成に付き合ってもいいかな?」
「え、アーヴィンさんが?」
「いいんですか!?」
歓喜の表情を浮かべるザック達だが、ボクとしては事情を知る人間が増えるのは、正直心配で仕方ない。
今日のセンリさんの口数がことさら少ないのも、おそらくはボロを出さないためでもあるのだろう。
「ああ、今日はうちのパーティも休息で、暇を持て余していた所だからね――それに、面白そうな事してるし」
「後半、聞こえたからね!」
「いやいや、新人の育成なんてローザ以来久しぶりだから、つい」
明らかに面白がってそうなアーヴィンさんだが、その実力は折り紙付きである。
パワーレベリングに付いて来てくれるというのなら、これほど心強い味方もいないのは確かだ。口が軽いのはやや不安要素ではあるが。
それに冒険者としては、ボクよりも先達に当たるし、新人育成もローザ相手で慣れている。
一緒に来てくれるならば、効率も上がるだろう。
こうして、ボク達のパーティにアーヴィンさんが加入したのだった。
迷宮での活動をほとんど書いてなかった気がしないでもないので、彼らの育成がてら序盤の迷宮の意義などを……