第百七十六話 育成開始
タルハンに【ポータルゲート】で帰還し、顔見知りの商人に事情を話して馬を売ってもらう事になった。
顔見知りの商人とは、セイコとウララを売ってくれたキースさんである。
あれから何度も村へ家畜を輸送した彼は結構な財を築いているらしく、小さいとはいえ自前の商店を開いていた。
「こんにちは、キースさん。お久しぶりです」
「おや、ユミルさんじゃないですか! これは実に懐かしい」
水鉄砲大会などで細々と顔を合わせたりはしていたが、腰を据えて話をするのは本当に久しぶりだ。
よく見ると忙しそうに動き回るボリスさんもいる。
この店はスレイプニール達を売ってくれたキースさんに、リンちゃんを売ってくれたボリスさんもいるので、地味に世話になっているな。
にこやかに出迎えてくれたキースさんは、ボクを奥の応接室に迎え入れてお茶を振る舞ってくれた。
ちなみにアリューシャは屋敷でお留守番である。朝からあちこちと連れ歩いてしまったので、せっかく疲れを抜くための休みなのに、まったく休めていなかったからだ。
彼女は大人しげな外見に似合わず、勢いに任せて突っ走ってしまうので、こちらが体調をしっかりと管理してあげないといけない。
ちなみにセンリさんは、村でザックたちと戦術の詰めを行ってもらっている。またお留守番になってしまい、誠に申し訳ありません。
このお詫びはいずれ精神的に。なお、性的には行いません。
「ボリスさんと共同経営にしたんですか、この店?」
「ええ、少々短気な面はありますが、彼はあれで目端がかなり利きますので。ユミルさんには言うまでも無かったですね」
「はは、まぁ、そうですね」
キーヤンの事件から真っ先にドラゴンの宝を見つけようと乗り込んでいった行動力と言い、そこで卵を見つけて戻ってきたことと言い、ボリスさんは着眼点と行動力において非凡なものを見せている。
キースさんも新たに開拓する村にいち早く家畜を提供するなど、かなりの行動派だ。
この二人はある意味、似た者同士なのかもしれない。
「今日は別の件でお願いがあってですね……」
開拓村で開かれる少年競馬大会の詳細をキースさんに聞かせる。
まだ本決まりではないが、村に家畜を納める彼の協力があれば、大方成功したようなものだ。
ボクの話を聞いて、キースさんはその商人らしからぬ鋭い目を、さらに細めた。
「ほう……いけません、いけませんねぇ、ユミルさん」
「え、何かダメでしたか?」
「そんな面白そうなお祭りで、私達を蚊帳の外にしようというのがいけません!」
「はぃ?」
拳を握って熱弁を振るいだすキースさん。
そういえば彼は、水鉄砲大会の時も率先して動いていた気がする。ひょっとしてお祭り男だったのか?
「馬の提供は組合の買い上げと言う事なので、問題なくお渡しします。ですがそうなると、労働用の馬よりも軍用の足の速い物の方がいいのか……」
「いや、後々には村民に買い取ってもらいたいですし、子供が乗る橇なので、あまり本格的な速さは見てる方が怖いです」
「そうですか? では農耕用を……まずは三頭? ご用意させていただきましょう」
「済みませんね、小出しで用意してもらって。まだ厩舎の方が用意できていないので」
「それは構いませんとも。結果的に組合が二十頭ほど買い上げていただける訳ですし、契約内容としてはこちらとしてはケチの付けようがありません」
そこでキースさんはテーブルの上に合ったお茶に手を伸ばし、口に含む。
充分に喉を潤したところでテーブルに肘を突き、こちらを見やる。
「それで……広告の方はどうなってます?」
「まずそこを聞くんですか……いや、さすが商人さんですね」
聞かずとも判る。彼の目論見は、村の新しい祭りに協賛として、自分の店の名前を載せる事にある。
ユミル村に出入りし、それなりに知名度のあるキース&ボリス商会。それがお祭りに寄与しているとなれば、商会の好感度も上がると予想される。
「まだ動き出したばかりで計画段階です。一応組合が主導で広告を打つ予定ですけど」
「なら勝ち馬に乗っかる余裕はまだありますね」
「勝つと決まった訳じゃないですよ。お祭りなので赤字もあり得ます」
「娯楽の少ない村でお祭りですよ? 勝つに決まってるじゃないですか。ここは是が非でも協力させてもらいますからね」
「それは心強いです」
馬を提供する商人側が、ここまで乗り気なのだ。これで運営サイドの問題は、ほぼ取り払われたと言っていい。
後は参加する子供を確保するだけだ。
「まさか子供向けの競技にユミルさんが参加する気で? 違和感はありませんが、いくら何でも――」
「しませんよ! それに違和感、感じてくださいよ!?」
「いやいや、いつまで経っても幼――いえ、お美しい」
「あからさまに取り繕われたし! まぁ、参加するのは村の子供たちの予定です。ボクはもちろん、アリューシャも釘を刺されました」
「アリューシャさんではなく、セイコとウララ、でしょう? あの子達を格安でお譲りしたのは、商人として痛恨の極み……まさかスレイプニールの幼生だったとは」
「あ、あはは……」
正確にはアリューシャのチートによって、異種進化した結果である。
表向きには大型馬が実はスレイプニールの幼生だったことにしてあるので、キースさんにとっては大損食らったように感じているのだ。
「まぁ、いつまでも過去の失敗を悔やむのは商人としても未熟な証拠ですね。しかもそれを相手に零すなど見苦しい限りでした。お許しください」
「いえいえ。お陰で良い子達と巡り合わせてもらえましたから。キースさんには感謝してもしきれないくらいです」
「そう言っていただけると、幾分気持ちも落ち着いてきますね。それでは商売のお話に。今お渡しできる農耕馬ですが……」
こうして、ボクはキースさんから健康な農耕馬を仕入れることに成功したのだった。
おまけでスポンサーにもなってもらえましたとさ。
翌朝、アリューシャと共に村に戻って組合に仕入れた馬を引き渡す。
この際、勝手にスポンサーをゲットしたことについて、ヒルさんから少しばかりお小言を貰ってしまった。彼としては、これを機に新たな商人との関係を結ぶ思惑もあったようだ。
もちろん、スポンサーは複数あっても問題はないので、釘を刺される程度だった。
そして今日は新人冒険者ザック達をパワーレベリングする日である。
パワーレベリングとは、ゲーム用語で先達の引率による強制的レベルアップなどを指す言葉だ。
「それでは今日から一週間、よろしくお願いします」
「はい、よろしく。言葉使い、もっと普通でいいよ?」
「それが、これが彼の癖っぽいのよね。私が言っても全然治らなかったわ」
「あはは、申し訳ないです」
「悪い事じゃないんだけどねー」
組合のロビーで合流し、そのまま村を出て迷宮へと向かう。彼らも初めての迷宮探検とあって、緊張を隠しきれていない。
しかし、この様子だとまだボク達の事には気付いていない様子だ。初めて顔を合わせた相手と冒険するにあたって、相手の下調べ位した方がいいと思うのだが……
「見た所、ボク達の事については全然調べてないよね? 初対面の相手に不用心じゃないかな?」
「あ……そうですね、忘れていました。でもユーリ達は悪い人には見えないし、問題ないかって思って。うん、信頼してるよ」
「この野郎、さらっと口説き文句口にしてやがる……」
「え?」
「なんでもないよー」
間違いない。今確信した。ザックは天然タラシ成分を持っている。ボクも気を付けよう。
まぁ、センリさんはカザラさんがいるし、ボクは元男だし問題ないと思うけど。
問題あるとすれば……こういう系に免疫のないアリューシャか。
「アリュ――アリスに手を出したら、コロスよ?」
「ええ!? なんです、突然! いや、出しませんって!」
「なら良し。でも肝に銘じておいてね?」
「ええ、人伝にパーティ内の恋愛は死の危険があると聞いてますから」
これは実は結構ある話なのだ。
ゲームと違って、この世界の心を持った仲間は人間である。そこに好悪の感情はあって当然なのだ。
だが、これがパーティとして機能するかとなると、その感情が妨げになる事例が多い。
治癒術師の【ヒール】を掛ける順番、前衛の受け持つ敵の優先度、後衛の殲滅する順番など、クレバーに判断せねばならない事例は多い。
しかも野外での集団活動となると、風呂だのトイレだの生々しい生理現象まで付き纏う。
アーヴィンさんの所のルディスさんとクラヴィスさんのように、円満脱退と言う事例の方が少ないのだ。
「まー、人の気持ちはどうにもならない面もあるけど、冒険中は少なくともそれを押さえる事。これ先達からの忠告ね?」
「はい、覚えておきます」
先輩風を吹かせてドヤ顔で説教して見せたが、考えてみればボク自身そんな修羅場の経験はない。
というか、これまでの経験上、アリューシャとセンリさん以外にパーティを組んで冒険すること自体が少なかった。
「ひょっとして、ボクって侘しい人?」
「唐突に何言ってるのよ?」
「あ、そうだ。セン――マリさん、彼らの様子はどうでした?」
昨日一日かけてセンリさんにはザック達のパーティとしての動きを見てもらってる。実戦に入る前に聞いておいて損はない。
「あー、ザックは見ての通り前衛なんだけど……盾を持ってないのを見てもわかる通り、攻撃寄りなのよね。ティルクもタンクとしては動けないし」
「盾持ちが欲しい所ですねぇ」
「わたし、ドンドン回復させるよ?」
「そうならないように動くのが最善なのだよ、ア――アリス君」
「むぅ」
このパーティでは治療を一手に引き受けるアリューシャとしては、怪我人が出た時は見せ場でもある。
だがそれはミスをした証でもあるのだ。治癒術師の出番は少ない方がいい。
「ルカは誤射しない程度には精密な射撃はできるけど、連射速度が遅いわね。接近されたら少し危ないかも」
「了解了解。つまり、今日のボクはタンク役ですね」
だとすれば【ヒール】の使えるブリューナクを用意した方がよかったか? でもボク達の正体を知らない彼らの前で、インベントリーを開く訳には行かない。
ここは【ヒール】を付与した髪留めを使って、誤魔化すしかないか。
あれならば、荷袋の隅に入っていたと言う態を取って誤魔化す事ができる。
そうこうしている間に、迷宮の入り口に辿り着いた。
手早くたいまつやらランタンを用意するボク達を、ぼうっとした表情で見つめるザック。
そう言えば、始めてアーヴィンさん達と迷宮に潜った時のボクが、あんな表情をしてたっけ。少し懐かしい気分に浸りながら、迷宮での明かりの重要性について、ザックたちに説明しておく。
こういう知識を引き継ぐ経験も、得も言われぬ気分になるモノである。
ヤージュさんが後進育成にハマっていたのは、こういう気分を味わうためだろうか?
「それじゃ、ボクとティルクが最前線に出る。ザックはその後ろ。間にアリスとルカを挟んで、最後尾はマリさん」
「え、ボクが一番前じゃないんですか?」
「この迷宮は一層はそれほど罠が無いけど、二層からは結構あるんだ。そういう意味でも罠を感知できる斥候役は前に置いた方がいい。そして敵を後ろに逃さないタンク役がそれに並ぶの。ボクが取りこぼした奴を、ザックが足止めしてくれればいいよ」
「へぇ、判りました。でも最後尾は?」
おお、初めての迷宮で背後からの攻撃の危険性に気付くか。実は優秀なんじゃないか、彼?
「それはマリさんが押さえてくれます。ああ見えて地味に打たれ強いので」
「後ろは任せときなさい。でも私達がいなくなったら、その辺も注意しておいてね」
「はい」
こうして、ボクの初めての後輩育成が始まったのである。
競馬の話は少し間を置きます。
準備期間とかの動きは、お約束な流れになる事が多いので……